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浅野の発表作品と掲載誌

浅野が発表した主な雑誌名と作品は次の通り。

 

①.掲載誌『帝国文学』

☆メモ

『帝国文学』は東京帝国大学の文科関係者によって帝国文学会が組織されて、その機関誌として明治28年(1895年)110日に創刊された。『帝国文学、26、索引』(日本図書センター1981年刊)を調査して、その中から浅野和三郎の作品を拾い出した。

 

☆「詞藻」欄に掲載

馮虚道人著「吹雪」(明治31310日発行)

馮虚著「梅雨」(明治31610日・710日・810日発行)

浅野馮虚著「谷川の水」(明治32110日、210日発行)

馮虚著「若木の桃」(明治32310日発行)

馮虚生著「血くもり」(明治32610日発行)

馮虚著「秋の心」(明治321110日発行)

浅野馮虚著「月の赤城」(明治33110日発行)

△△△△著「迎春記」 (明治33610日発行)

→著者名が△△△△だが『近代文学研究叢書』によれば浅野の作品であるという

馮虚生著「按針塚、1」(明治331110日発行)

浅野馮虚著「按針塚、2」(明治331210日発行)

浅野馮虚著「半日の逍遥」(明治34410日発行)

浅野馮虚著「夢の夢」(明治34710日発行)

浅野馮虚著「吾が同窓」(明治35310日・410日・610日発行)

馮虚生著「花見ぬ人」(明治36410日発行)、百号記念号

馮虚生著「能美の花」(明治37110日発行)

 

☆「論説」欄に掲載

浅野和三郎著「散文詩の成立」(明治32310日発行)

 

☆掲載欄の表記なし

浅野和三郎著「外国文学研究の態度」(明治40110日発行)は『帝国文学』における掲載欄の表記はない。なお『近代文学研究叢書、41巻』によれば、この作品は「明治41110日発行」の『帝国文学』に掲載されていると記されている。しかし『帝国文学、26、索引』を調べたが『近代文学研究叢書、41巻』の記載は誤りであり、正しくは「明治40110日発行」であることが判明した。

浅野馮虚著「赤狐の話」(大正861日発行)は『帝国文学』の掲載欄の表記はない。

 

②.掲載誌『太陽』

☆メモ

博文館は明治28年(1895年)1月に「太陽」を創刊した。浅野はこの雑誌に次の作品を載せた。

☆作品

浅野和三郎著「我邦の新体詩」(明治324月発行)。

 

③.掲載誌『新声』

☆メモ

文芸投書雑誌『新声』は、新潮社の創業者である佐藤義亮が明治29年(1896年)に創刊したもので、浅野は一時期この雑誌の主筆であった。

☆作品

浅野馮虚著「古寺」(明治326月発行)

浅野馮虚著「雷雨録」(明治327月発行)

浅野馮虚著「おぼろ影」(明治3210月発行)

浅野馮虚著「文界時評」(明治333月発行)

浅野馮虚著「海辺の逍遥」(明治3310月発行)

浅野馮虚訳「ランプ物語」(明治368月発行)

 

④.掲載誌『明星』

☆メモ

与謝野鉄幹は明治32年(1899年)に「東京新詩社」を結成し、翌年4月に機関誌「明星」を創刊した。浅野はこの雑誌に次の作品を載せた。

☆作品

浅野馮虚著「勝力の岬」(明治337月発行)

浅野馮虚著「監獄の火事」(明治351月発行)

浅野馮虚著「汽車の旅」(明治357月発行)

馮虚生著「山崩れ」(明治3611月発行)

 

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