« 再生人生と宿命論との違い | トップページ | ポルターガイスト »

瞑想の光と影

☆瞑想が注目されている

精神修養法の一つである瞑想(→精神統一は瞑想法の一種)には、従来から「平常心を養うことができる」「集中力が高まる」「心身の健康が増進する」などの効用があることが知られている。このように瞑想には精神状態の調整や精神面のバランスを高める効果、さらには身体面におけるリラックス効果によって健康を維持するなどの効用があることから、現代のストレス社会の中で近年“瞑想の効用”がクローズアップされてきている。たとえばアメリカのグーグルなどの最先端企業が「社員の生産性向上」や「ストレスマネジメント」という観点から、瞑想を社内プログラムに取り入れて一定の効果を出しているという。

20世紀の後半以降、目覚ましい発達を遂げてきた分野に脳科学がある。近年この脳科学の最新の技術や手法を使った研究によって、瞑想時における脳内の変化が次第に明らかになってきた。それに伴って各分野において“瞑想の効用”が注目されるようになってきた。

 

☆瞑想の方法

瞑想にはさまざまなスタイルがあるが、一般的な瞑想法としては次のような形で行われている。

<場所>

瞑想は気が散らない静かな場所で行うのが良い。しかし都会に住む家族持ちの人にとっては、瞑想場所の確保はなかなか難しい問題である。

<姿勢など>

瞑想には「座って行う」「立って行う」「横になって行う」「歩行しながら行う」などのスタイルがあるが、一般には床に座って、または椅子に腰かけた状態で背筋を伸ばして行うことが多い。また瞑想は目を閉じた状態で行う(または半分閉じて自分の鼻先を見る)。

<呼吸>

瞑想法の違いによって呼吸法は数多く存在するが、ここでは一般的な呼吸法を説明する。最初の二三回はゆっくりと深い呼吸(=腹式呼吸)を行って、瞑想を行うための身体的な体制を整える。その後は自然な呼吸に移行して、リラックスした状態で瞑想に入って行く。

<瞑想時の意識の向け方>

ほとんどの人は瞑想中に雑念が湧いてくる(→雑念が湧かないでそのまま深い瞑想に入って行ける瞑想者もいる)。瞑想のベテランになると「雑念を受け流す」ことが上手になり、頭に浮かんできた雑念に意識を向けないで(=追いかけないで)、湧いてくるままにすることができるようになる。

一般には自分の呼吸に意識を集中して雑念を流すことが多い。よく言われている言葉に「雑念と雑念の間が瞑想である」があり、気がついたら時間が経過していたということがしばしばある。人によっては特定のモノや自分の守護霊、または「決められた単語や語彙」に意識を集中して行う場合もある。自分に合った形で行えば良い。

<時間>

一人で行う場合には、瞑想時間は一般に10分~20分くらいが多いのではないだろうか。慣れてくると決めた時間になると自然に意識が戻ることが多い。なお深い瞑想状態に入る人もいるので、キッチンタイマーやデジタル式の目覚まし時計を使用しても良いであろう。

 

☆受信装置とアンテナの関係

近年の瞑想ブームでは、瞑想者の身体面や精神面の効能のみがクローズアップされており、霊的面への配慮が見られないケースが多い。人間とは霊的要素と物的要素が中間物質によって合体された存在であるので、この「霊肉実体二元論」の観点から見なければ「瞑想のメカニズム」は正しく理解できない。そのため現在のブームからでは、「瞑想の影の部分」がなおざりにされているきらいがあり、弊害が心配される。

 

私たちの周りにはさまざまな霊的レベルにある霊界人の思念や、この世の人間が発した雑多な思念が電波のように飛び交っている(3140⑤、メッセージ170②)。その中からどのような霊と感応道交(=霊的影響力を受けること)するか、またはこの世の人間が発した雑多な思念の中から何を受信するかは、その人の霊的レベル(=その人が持つ固有の霊的波長、周波数のようなもの)と親和性によって決まってくる。そのため人間はしばしば通信装置にたとえられている(3138⑤、3139⑪、メッセージ167⑪、メッセージ169⑦他)。

 

私たちは生来的に“受信装置(→装置には必ずアンテナが付属している)”を持っており、この“受信装置”で霊界人やこの世の人間が発した雑多な思念を受け取っている。一般には先天的に受信装置の感度が良好な霊媒体質者は別として、通常人の“受信装置のアンテナ”には錆がついており感度が悪い。瞑想(精神統一)という身体技法は、アンテナの錆を落とす行為であり、瞑想者の固有の波長(=受信装置の周波数)に見合った思念や霊的波長との同調を良好にさせる行為、と考えればその仕組みが理解しやすい。

一般に同調してくる霊(→または飛び交う雑多な思念の中から拾ってしまうもの)は、瞑想者の固有の周波数に見合った霊(→または空間を飛び交うこの世の人間の思念)なので、瞑想の実修と同時に瞑想者の固有の周波数を上げる“努力(=修養的生活)”をしなければならない。なぜなら瞑想によって「アンテナの錆落とし」が進んだ分だけ、固有の周波数に見合った霊などの影響をより一層受けやすくなるからである。

 

一般に言われている“瞑想者の固有の周波数(=波長、受信装置の周波数)”とは、その人の“平均的な周波数”のことである。私たちは肉体をまとって雑多な人間が混在している社会で生活している以上、私たちの意識レベルは低い意識状態から高い意識状態の間を終日揺れ動いている。そのため高い意識状態を一日中保ち続けることは極めて困難である。霊性レベルが高いと言われる人でさえ、肉体が不調の時や自分に関係したトラブルに巻き込まれた時は、意識が本能的に自己保全に向かうため、霊性レベルを落とすことになるからである。

このように修養的生活を心がけるということは、その人の“平均的な周波数”の底上げを図る努力を行うということである。

 

☆意識をズラす技法

瞑想の舞台裏はどのようになっているか、少し検証したい。

私たちの日常の意識状態は、五感から入ってくるさまざまな刺激に対して過敏に反応して興奮した状態に置かれている。瞑想はこのようなさまざまな物に反応している状態を鎮めて、意識の焦点を自己の身体からずらせていく行為に他ならない。ズレの程度が大きければ深い瞑想状態となり、ズレが小さければ浅い瞑想状態となる。瞑想の熟練者は容易く深い瞑想状態に移行できるようになる。

しかし瞑想はあくまで意識を肉体意識からズラす技法であって、その者の心境(=霊格)を高めることとは必ずしもイコールではない(→瞑想はあくまで技法であり、アンテナを磨くだけにすぎない)。坐っているだけでひとりでに霊格が上がっていくものではない(→たんに瞑想のみ行うことで、高級背後霊と感応したり霊性が向上したりすることはない)。

 

瞑想時に霊界(幽界)から働きかける霊は、「同調の原理(=親和性)」から瞑想者の日頃の心境に応じた霊(→その人の“平均的な周波数”に応じた霊)である。一般に瞑想は清浄な気分で行うため、その人の最も高い振動状態で行うのが普通だが、体調不良や精神状態の悪化などから、稀に低い周波数(=波長)のままで瞑想に入る場合があり、この場合は憑依され易くなる。

瞑想時において高い背後霊と感応道交しようとするためには、日頃から意識の底上げを心掛けなければならない。しかし前提条件を具備した正しい瞑想であっても、あせりや気負いは禁物である。自然体でリラックスして背後霊に任せた瞑想をすべきである。このようなことを充分に注意して行う必要がある。

 

☆未熟霊との同調

瞑想の病的形態としては「精神錯乱の状態を呈する場合も決して珍しくない」や、「宗教の作法において熱中すると無我の状態となり、一種の統一状態に入るのでさまざまな障害が現れやすい」などが報告されている。また「霊能を啓開されたがために、かえって不幸な結果を招いている実例があまりにも多く見聞する」や、「(瞑想によって)性格的に著しく調和を欠いた問題行動を起こしやすい人間を生み出してしまう」という報告例もある。さらに日常生活における行動で、ふとした出来心、激情、陰鬱な気分、イライラ、不可解な衝動、精神的奇行などが生じたり、強められたりすることも起きる。これらは瞑想によって受信装置の“アンテナ”が磨かれた分だけ、「同調の原理(=親和性)」から瞑想者の固有の波長に見合った霊からの影響力が強く作用した結果であると思われる。

 

一般に危険性がある瞑想とは、「瞑想の前提条件が欠けた状態」で行うケースや、瞑想を行う目的が「利己的なもの・物質的なもの」に置いたケースなど、このような場合に多く見られる。また精神的に障害をもっている者や情緒不安定者やノイローゼ気味の者の場合には、瞑想中に霊動が発動しやすくなり危険な状態になることが多い。

 

☆モーゼスの『霊訓』における瞑想のすすめ

高級霊のインペレーターは「われらの側より最も近づき易い魂は普段より霊的交わりを重ねている者である」(霊訓上167⑦)として、瞑想の重要性を述べている(→瞑想によって背後霊とのパイプが太くなるから)。さらに「霊訓下202⑦~」では利他的行為と修養的生活の大切さを述べている。

しかしながらモーゼスのような高い霊性レベルにある者に対してさえ、精神的・肉体的に状態が悪い時は「霊との交わり」をしないようにと忠告している。高級背後霊との感応道交が常にはかられているからと云っても、状態によっては肉体特有の波動の低さゆえに低級霊の影響を受けてしまう場合があるからである。

――神経の一本一本が震えるほど神経組織全体が過労ぎみで緊張の極みにある時は、それも叶わぬ。われらとしては殆ど手の施しようもなく、せめてそうした精神状態が呼び寄せる低級霊に憑依される危険からそなたを守るのが精一杯である。そのような状態の時はわれらの世界との交信は求めぬように忠告する。・・・そなたはこれより急速に進歩し、それがあらゆる種類の霊的影響を受け易くする(霊訓下44⑮~45④)――

 

さらにインペレーター霊は瞑想を避けた方が良い場合の事例を次のように述べている。

――「磁石が鉄を引きつける如くに霊的影響力を何でも引き寄せてしまう。・・・地上では低き次元での霊的引力の作用が現実にあるからである」(霊訓下126⑧)として、同調の原理を述べた上で「軽薄なる心で以て霊界と係わりをもつ者、単なる好奇心の対象に過ぎぬものに低俗なる動機からのめり込む者、見栄っ張りの自惚れ屋、軽率者、不実者、欲深者、好色家、卑怯者、おしゃべり、この種の者にとっては危険が実に大である。われらとしては、性格的に円満を欠く者が心霊的なものに係わることは勧められぬ・・・節度なき精神、興奮しやすき感情、衝動的かつ無軌道な性格の持ち主は低級霊にとって恰好の餌食となる。その種の人間が心霊に係わることは危険である」(霊訓下168⑤~168⑮:下線筆者)――

このような人は“瞑想(=霊的なもの、霊との交わり)”を避けた方が良いと述べている。このようにインペレーター霊は誰かれ構わずに、やみくもに瞑想を行うようにとは述べていない。

 

☆『シルバーバーチの霊訓』における瞑想のすすめ

高級霊のシルバーバーチは、参加者の質問に応えて「精神統一をなさることです。時には煩雑なこの世の喧騒を離れて魂の静寂の中にお入りなさることです。静かで受身的で受容性のある心の状態こそ霊にとって最も近づき易い時です。静寂のときこそ背後霊が働きかける絶好機なのです。片時も静寂を知らぬ魂は騒音のラッシュの中に置かれており、それが背後霊との通信を妨げ、近づくことを不可能にします。ですから少しの間でいいのです。精神を静かに統一するように工夫することです。・・・背後霊のオーラとあなたのオーラとが融合する機会が多いほど、それだけ高度なインスピレーションが入ってきます」(218⑨~18⑮)として“瞑想(=精神統一)”の重要さを述べている。

 

上述したように瞑想時は霊にとって最も近づき易い時であり、近づいてくる霊は「同調の原理(=親和性)」から瞑想者の日頃の心境に応じたレベルの霊である。『シルバーバーチの霊訓』の記載からも分かる通り、シルバーバーチは利他的行為や霊的視野から物事を見ることの重要さを繰り返し述べている。これらが前提にあってその上で瞑想(=精神統一)を勧めているのであり、上記の回答部分だけを取り出して、やみくもに「霊との交わり」を求めて瞑想に入ると、人によってはさまざまな問題が起こるので注意する必要がある。

 

☆「瞑想ブーム」への警鐘

このように瞑想には精神面や肉体面におけるプラスの効用や、霊的面において守護霊や指導霊などとのパイプが太くなるといった「瞑想の光の部分」が存在する。反面「同調の原理(=親和性)」から「瞑想の影の部分」も存在する。この点を踏まえた上で瞑想の指導者は、実修者に対して対処すべきである。近年の「瞑想ブーム」は霊的面から見て危うい面を持っている。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

839①>

あなたがた人間は受信局と送信局を兼ねたような存在です。純粋に自分自身の考えを生み出すことは極めて稀です。地上のラジオやテレビにバイブレーション(周波数)があるように、人間にもそれぞれの周波数があって、その波長にあった思想、観念、示唆、インスピレーション、指導等を受信し、今度はそれに自分の性格で着色して送信しています。それをまた他の人が受信するわけです。その波長を決定するのは各自の進化の程度です。霊的に高ければ高いほど、それだけ感応する思念も程度が高くなります。ということは、発信する思念による影響も高度なものとなる。(同趣旨:メッセージ167⑨~169⑩)

 

« 再生人生と宿命論との違い | トップページ | ポルターガイスト »