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地縛霊救済の事例

☆Aさんの事例

Aさんは老スピリチュアリストが主宰する勉強会で「地上人の学びによって地縛霊が救済されている」という現実を知った。それ以降Aさんは“スピリチュアリズムの学び”に対する気持ちに変化が生じたという。Aさんは私に「先祖の未浄化霊がボクに憑いてきて、ここで一緒に勉強しているのだよ」「これがボクの先祖供養だよ」などと話してくれた。

 

それから10年後、家族で実家の墓参りに行くという日の前の晩、Aさんは風邪をひいて体調を崩していたので早めに床に就いた。明け方、鮮明な“夢”を見たという。それは次第に暗闇が薄れてきて、辺りが明るくなってくるという情景から始まる“夜明けの夢”であった。しばらくその情景を見ていると太陽が昇ってきて、朝日に輝く雄大な円錐状の山容が現れてきた。Aさんによればその間の感覚は一枚のきれいな風景画を見ている気分であったという。

すると突然視界がズームとなって、山の中腹を山頂目指して登って行く一団の姿が見えた。Aさんによればその一団からは“和気あいあいとした楽しそうな雰囲気”が感じられたという。すぐに祖霊が浄化していく場面なのだと理解した。しばらくして眼が覚めた。目覚めると昨夜の激しい頭痛と悪寒が嘘のように消えており、軽やかで非常にさわやかな気分であったと話してくれた。

 

☆Bさんの事例

霊能者Bさんは老人ホームでボランティア活動を行っていた。Bさんによればボランティアに行く前日あたりから、毎回決まって“身体に重くのしかかってくるような感覚”があるという。ボランティア当日、Bさんは“のしかかってきた霊たち”に向かって、「さあ行くよ、ついておいで」と声をかけて出かけるという。老人ホームで汗を流して帰宅する頃には、身も心も軽やかになって帰れると私に語ってくれた。時々「今日はこのような霊が(Bさんに)憑いていたが離れていった」と教えてくれた。

Bさん曰く、地上時代に怠けていた縁のある未浄化霊を引き連れて「その霊に私の肉体を通して働いてもらっている、一種の先祖供養だよ」と。

 

Cさんの事例

数年前、Cさんはある会合でたまたま知り合った霊能者を通して、先祖から次のようなメッセージを受け取った(→霊能者の霊感書記という形で)。なお霊能者はCさんが勉強会で霊的真理を学んでいることは知らない。

――イヤーありがたいことでございます。我等が末の者の内に一人でもこのような心掛けの者(→霊的真理を学んでいること)が出て来てくれることは、うれしいことでございます。まだまだ未熟者なれど、よくよく我等先霊の者も学んでいることをよく伝えて下され。正保310月、正典――

 

霊能者によればこの“正保310月(164610月)”という年号は、通信霊である“正典さん”が死亡した日であるという。この霊信と霊能者が霊視によって見せられた映像を総合的に判断してみれば、通信霊の“正典さん”は知人と地上的な縁故がある霊であり(→血縁的に見れば知人の先祖霊)、霊界側の救済霊の一人として地縛霊(→知人と地上的縁故がある地縛霊)の救済活動に当っていたと思われる。その救済活動に際して、知人の“霊的真理の学び”が大いに役に立った、そのことに対するお礼ではないだろうか。ここから分かることは、物的波動の中で生きている地縛霊の救済活動には“地上的な血縁”が活用されているということである。

 

Dさんの事例

Dさんが20代後半に体験した「霊的真理の学び」と「地縛霊の救済」を巡る興味深い話を本人の了承のもとにまとめて見た。

宗教や信仰ということが大嫌いなDさんは「精神世界」という言葉が出始めた1979年に、大型書店の「精神世界」というコーナーで『心霊科学入門』という本(→心霊の世界を宗教的な色がない理性的な記述で解説した本であり、そのためDさんにも内容を受け入れることが可能であった)を偶然に見つけた。手に取って立ち読みして、一応書籍名と発行者名だけは手帳に控えて、買わずに本を棚に戻した。

 

後日ふと思い出したDさんは、「心霊を研究している団体とはどのようなところなのか」興味が湧いたので、メモした書籍の発行者名を頼りに電話帳から電話番号と住所を探し出して、電車を乗り継いで住所地に出向いてみた。探し当てた住所は古びた木造アパートを解体している工事現場であった。Dさんは「心霊という胡散臭いものを研究している団体」と「古びた木造アパートの解体現場」とが妙に繋がって、薄汚い木造アパートの一室に住所を置く怪しげな団体はどこかに移転したのだろうと思ってその日は自宅に戻ったという。

 

それから一月後、再び気になったDさんはメモしておいた番号に電話をかけてみた。すると電話がつながった。念のため住所を確認すると「東京都新宿区上落合1丁目〇〇番〇〇号」と教えてくれた。Dさんのメモには「下落合1丁目〇〇番〇〇号」とあり、本来は「上落合1丁目」とメモすべきところ「下落合1丁目」と記載してしまい、間違った「下落合1丁目〇〇番〇〇号」の「古びた木造アパートの解体工事現場」を訪ねたことに、その時始めて気づいたという。

 

それから一年後、その団体で精神統一をしている時に霊能者を通して先祖霊からのメッセージがDさんに届いた。それによれば“先祖霊〇〇〇(→後日調査したところ実在の先祖であったことが分かった)”は、宗教や信仰が大嫌いなDさんを苦労してこの団体に連れてきたという。メッセージの最後に「わしがDを連れてきたのでよろしく頼む」と関係者に挨拶を残して去って行った。

一連の経緯から推測するに、何としてでもDさんに霊的真理を学ばせたいとする先祖霊と、それを阻止したいとする霊との間で激しい綱引きがあったことが、書店での本との出会いやDさんを間違えた住所地に出向かせたこと、入会したが「場違いな世界に戸惑いを覚えさせて」何度か退会しようとしたことなどから窺い知れる。その時始めてDさんは“先祖霊〇〇〇”の苦労が理解できたという。

 

さらに数年後、背後霊から「因縁がほぐれてきた(→地縛霊の救済に目途が立ったということ、地縛霊の覚醒時期が到来したということ)」とのメッセージが届いた。シルバーバーチを信奉している関係者からは“白い眼”で見られるが、その頃からDさんの経済的環境が好転して、物的面での歯車がかみ合ってきたという(→当初から現世利益を意図したものではなく、地縛霊が救済されたことによって結果的に物質面での歯車がかみ合ってきたということになる。地縛霊が無意識に地上に向けて発するマイナスの波長の流出が覚醒したことによって止まり、従来まで地縛霊の血縁者の周りに漂っていた重苦しい雰囲気が薄れてきた、そのことが結果的に物的面での好転に繋がったということ)。

 

Dさん曰く「先祖霊の一人が苦労して私を霊的真理が学べる場に連れてきた。そこでの学びを通して血縁の地縛霊を目覚めさせて、それによって複雑に絡み合っていた因縁の糸がほぐれた」と。Dさんの先祖霊(→霊界側の救済霊の一人である実在した霊)にとっては、血縁関係にある数多くの地縛霊を救済するためには、何としてでもDさんに霊的真理を学んでもらい、その学びを通して、またはその学びの場を使って意識が地上に向いている地縛霊を目覚めさせる必要があった。

このようにDさんのポジションは、血縁にまつわる先祖霊の救済には欠かせない、いわばキーマン的存在であったことになる。これはDさん自身が今回の再生人生で解消すべきカルマを、D家に生まれてD家に存在する“カルマの流れ(〇〇→〇〇→曽祖父→祖父→父→)”を利用しながら、自分自身のカルマの解消をはかったという図式になる。

 

☆救済の形態は多様である

Aさんの事例のように未浄化霊(地縛霊)が血縁者に憑いて“勉強会で一緒に学んでいる”という話は、さまざまな霊界通信の中でも語られており、地縛霊の救済のためのプログラムの一つになっているようである。また背後霊から見せられたAさんの“夢の話”は、地縛霊が救済されていく情景を見せることによって自信を持たせて、より一層“霊性向上の道”に進んでいくようにとの意味があったのであろう。これに対してBさんのケースは珍しい事例である。

 

上記の事例からも分かるように、血縁関係においてキーマンとなっている者が“霊的真理を学べる場に出向く”ということは、偶然にそのような会合を知ったからということではない。その裏側には地縛霊の救済に活用したいとする霊界側の強い意向が存在している。

一般に「墓参り」や「法事」といったことが先祖供養の代名詞となっているが、本来の先祖供養とは「地縛霊を救済すること」であり、その形態は多種多様である。霊界の救済霊はさまざまな縁を有効に活用して「霊界の悲劇」の一つである「地縛霊の救済」に当たっているようである。

 

シルバーバーチの世界で最もポピュラーな「先祖供養」は、本人が「質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism)」関連の本を読んで、心から理解・納得することである。この時の霊的真理を理解したという波動が、私たちの最も身近にいる血縁の地縛霊に“あたたかい念”となって届き、目覚めを促進することに繋がるからである。このように「地縛霊の救済」は特別なことではなく、今日からでも始めることが出来るものである。

 

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