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スピリチュアリズム

<目 次>

1.近代スピリチュアリズムとは

・素朴なスピリチュアリズム

・迷信の混入

・ハイズヴィルの地縛霊

・近代スピリチュアリズム

2.スピリチュアリズムの位置関係

・実証重視の世界と信念重視の世界

・伝統的な定義

3.社会変革思想

・現世利益的なスピリチュアリズム

・質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism

・スピリチュアリズムは社会変革思想

4.スピリチュアリズムが目指す世界

・主導的思想の変更

・地上世界の役割

・試練には

・洗練されてレベルアップした世界

 

<注1>  <注6>

 

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1.近代スピリチュアリズムとは

☆素朴なスピリチュアリズム

古代社会では集団内で行われる祭祀の執行者には、内容に応じてシャーマンや部族のリーダーが務めていた(→例えば邪馬台国の卑弥呼や神功皇后など)。このような祭祀の執行にシャーマンが携わるといった慣行は、あらゆる時代や地域において見られることから、死後にも個性が存続するとした霊魂崇拝や先祖崇拝は世界各地に存在していたことが窺える。このような霊の実在や霊の世界に関する事柄は、長い間おもに宗教の管轄とされて、宗教の一部として語られてきた歴史が存在する。

 

世界を「霊肉実体二元論」的に理解して、人間の本質は霊であり肉体が消滅した後も霊の世界(=死後の世界)で存続し、顕幽の交流は可能であるとする思想を「スピリチュアリズム(Spiritualism)」と呼ぶ。一般にこれは「霊魂説」と呼ばれているものであるが、本稿ではこの立場を便宜「素朴なスピリチュアリズム」と呼ぶことにする。

 

☆迷信の混入

古代人が遺体をどのように扱ってきたかは発掘された考古学上の資料から推測できるが、それらの資料から集団内の「他界観」が窺われる。青森県の三内丸山遺跡や秋田県の大湯遺跡、さらに各地で発掘された縄文時代の遺跡の発掘調査からは、古代人は「死者霊(=祖霊)」を身近なものとして感じていたこと、そこから「祖霊の祀り→信仰・宗教」へと発展していったことが見えてくる(→縄文人の祭りには“再生と関連するもの”が多いと言われている)。考古学者は発掘された遺骸の形状から推測して「縄文人は他界の観念をもっていた。ヒトに魂が内在する観念をもっていた」(注1)と述べている。

縄文時代の主たる生業は狩猟・漁労・採集であったことから、その時代の信仰形態とは「祖霊崇拝」と、動物や山川草木などの事物に魂が宿るとする「精霊崇拝信仰」であった。

 

明治時代から昭和初期に書かれた文献(→例えば昭和初期に刊行された『東京附近における俗説俗習』や明治期から昭和初期までを扱った『呪い・まじない・民間療法』など:『近代庶民生活誌19巻』所収)を読んでみれば、現代人から見れば明らかに迷信であるものや、「妖怪のようなもの」「摩訶不思議なモノ」が存在すると信じていた日本人は、大勢いたようである。

日本は自然に恵まれた国土であり、長い間稲作をベースにした生活を営んできた国である。江戸時代には米が一種の通貨の代わりを果した「米本位経済」が行われていた。このような自然と共存してきた国民性ゆえに「霊肉実体二元論」に立った霊魂信仰や民間信仰が育まれていったといえる。しかし自然科学に関する知識が乏しかった時代においては、当然の如くさまざまな俗信や迷信が“霊的土壌(=素朴なスピリチュアリズム)”の中に紛れ込み混在していた(注2)。

 

☆ハイズヴィルの地縛霊

古くから知られている現象にポルターガイスト(=騒々しい幽霊)がある。この現象は物理的な原因がないにもかかわらずラップ(叩音)がしたり、物品が宙を舞ったり、破壊したり、激しい音をたてるという一連の現象であり、始まりの時と同様に唐突に終了する点に特徴がある。この現象は一方的に物理現象が発生するため、発生源である霊との間には交信が成り立ちにくいとされている。

 

このような特徴を持つ現象であるにもかかわらず、1848331日アメリカ・ニューヨーク州の寒村、ハイズヴィルのフォックス家で起きたラップ現象では、幼い姉妹と発生源である霊との間で通信が試みられて、その結果、霊の身元が明らかになった。この“事件”は全米中で評判となり、刺激を受けた人たちの間で霊との交信が行われるようになった。

後年、コナン・ドイルはハイズヴィルの地縛霊の役割について「(見えない世界からの)働きかけの全体的な方向はいまや拡大して、より重要な転向をした。もはや殺された一人の男の訴えの段階ではなくなったのだ。かの行商人は先駆けとして使用されたもののように見える。彼が突破口と方法とを見出したいま、無数の知性的存在が、彼の背後に群がり来たのである」(田中千代松著『新霊交思想の研究:改訂版』38頁)と述べている。

 

☆近代スピリチュアリズム

この“事件”がきっかけとなってその後、霊の実在(=死後個性の存続)と顕幽の交流は可能であるという思想を、従来の「素朴なスピリチュアリズム」と区別する意味で「新スピリチュアリズム(New Spiritualism)」あるいは「近代スピリチュアリズム(Modern Spiritualism)」と呼ぶようになった。

従来から存在していた「素朴なスピリチュアリズム」と「新スピリチュアリズム(=近代スピリチュアリズム)」と呼ばれている思想との大きな相違点は、後者は「顕と幽の交信は科学的に証明が可能である」を強調する点にある(→田中千代松著『新霊交思想の研究:改訂版』8頁参照)。この立場に立って顕幽二つの世界を統括する原理を科学的に解明しようとする努力が“ハイズヴィル事件”以降なされてきた。

 

不思議現象を科学的に解明しようとする気運の高まりによって、従来は一括りに神秘現象とされてきた事柄から詐術や錯誤を注意深く排除して、真実の現象のみを選別する。そして選別された現象に対して“科学的な解説”を施す、このようなことが可能となった。

このように「新スピリチュアリズム」は短期間に急速に広まったが、その背後には霊界主導によって地球を根本から「霊的に刷新する」という目論見が存在していたことが、高級霊からの霊界通信を総合的に判断してみれば窺える(注3)。

 

2.スピリチュアリズムの位置関係

☆実証重視の世界と信念重視の世界

一般に「新スピリチュアリズム(以下、スピリチュアリズムと呼ぶ)」の位置関係は「右隣りには実証を重視した科学の世界」が広がっており、反対側の「左隣には信念を重視した信仰・宗教の世界」が広がっていると言われている。そのため「実証を重視する者は、科学へ傾斜する」傾向を強め、「信念を重視する者は、信仰へ傾斜する」傾向を強めていく。

このように相反する二つの世界(→実証重視の世界と信念重視の世界)を隣接領域に持つため、一口に“スピリチュアリスト”と云ってもその立ち位置はさまざまである(→何を基準にして“スピリチュアリスト”と定義するかの問題もあるが)。なおこのスピリチュアリズムの実証重視と信念重視という二面性は、証拠に対して求める厳密さの程度にその違いが明確に現れている(注4)。

 

19世紀後半の西洋社会でブームとなった「家庭交霊会」では心霊現象が頻発して起きた。この心霊現象は間もなく科学者の目に留まり、広く関心を呼び起こして科学的な調査研究の対象となった。当時の一流の科学者の調査研究によって心霊現象の仕組みが明らかとなって、その結果「霊魂説」が確固たる「事実(=いわゆる事実として)」として打ち立てられた。このような経緯から従前の「素朴なスピリチュアリズム」と区別する意味で、1848年以降のスピリチュアリズムを「新スピリチュアリズム(=近代スピリチュアリズム)」と呼んだ。

 

一般に科学者による心霊現象の調査研究によって明らかとなった事柄をスピリチュアリズムでは「土台部分(→霊魂説のこと)」と呼ぶが、この「土台部分」の上に「スピリチュアリズム思想」が載っている。実証重視の科学の世界へと繋がっている「土台部分」は「心霊研究」として発展して、その後「超心理学」と呼ばれるようになった。1969年にアメリカ科学振興協会に加入して、「超心理学」は学問分野の一角を占めるに至っている。

 

☆伝統的な定義

スピリチュアリズムの体系はその「土台部分」に「霊魂説」が存在する。この「霊魂説」は各種物理的心霊現象や交霊会における招霊現象によって“事実として証明された事柄”であり、その内容は世界を「霊肉実体二元論」的に理解して死後の世界が存在すること、死後は霊の世界で生き続けるという「死後個性の存続」、この世とあの世は交流しているという「顕幽の交流」を肯定する立場のことである。

この「霊魂説」の上部構造に高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想(哲学)」がある。この「スピリチュアリズム思想」には「人生をどのように生きるべきか」や、人生に於いて遭遇する「困難や苦難にどのように対処したらよいか」など、人の生き方を深く掘り下げる力がある。

 

高級霊が述べているように「知識には責任が伴う(153②)」ことから、「スピリチュアリズム思想」を学んで知識の分量を増やしていくと、次第にその人の「生き方が問われてくる(226⑤参照)」ことになる。いわば生き方の「質的な転換(知識から生き方へ)」を迫られることになるわけである。この「質的な転換」は個々人の自由意志にゆだねられているが、なかには「スピリチュアリズム思想」をこの世を生き抜くための「生き方の指針(=実践哲学、信仰)」にまで高めていく人も出てくる。そのため上部構造たる「スピリチュアリズム思想」は信仰と相性が良く、宗教の世界へと繋がっている。

 

このようにスピリチュアリズムは、その下部構造(土台部分)に「霊魂説」が存在し、この部分が科学的側面に繋がっており、科学との相性が良い。また「霊魂説」の上部構造にある「スピリチュアリズム思想」は、物事の本質を深く掘り下げる哲学的側面を有している。さらにこの思想は人の生き方さえも変えてしまう力を持っているので、信仰や宗教の世界へと繋がっている。ここから「スピリチュアリズムは科学であり、哲学であり、宗教である」とする伝統的な定義が思い起こされる。

 

3.社会変革思想

☆現世利益的なスピリチュアリズム

世の中の多くの人たちが「スピリチュアル」や「スピリチュアリズム」という言葉に対して持つイメージは、「開運・恋愛・未来予測などによって世俗的な幸福や成功を得る」といった占い的な意味合いや、パワースポットに詣でることによって自己の運気をアップさせて自己実現を図るなど、娯楽的傾向を持つもの。さらにはビジネスとして霊的な力を充実させることができるとするグッズの物販や「癒しの場」の提供、潜在能力を開発することを謳い文句にしたセミナーの開催などがある。また「前世や守護霊調査」によって自分に自信を持って前向きに生きたいなどという人もいるであろう。

 

このように多くの人のスピリチュアリズムに対する理解は、世俗的な欲求とセットとなった開運や、個人的な慰め・癒しといった娯楽の一環に留まるという印象を私は持つ。

ここから見えてくることは近年のマスコミやビジネスの世界で盛んに取り上げられている「スピリチュアル」や「スピリチュアリズム」は、来世の存在や死後個性の存続と言ったスピリチュアリズムが持つ本来のテーマとは切り離された形で、現世利益的に用いられてブームとなったということである。

 

☆質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism

シルバーバーチに代表される高級霊からの霊界通信によれば、スピリチュアリズムとは「霊的知識(7175⑧)」または「霊的知識の体系」であり、スピリチュアリズムの普及運動とは「霊的知識を地上に根付かせる(メッセージ99⑥)」ことによって、最終的には「地球浄化(メッセージ223⑭~224⑯)」をなしとげることであると述べている。そのためには一人一人が霊的知識を日常生活に活かすような生き方をして(9117⑬~118③)、霊性の向上を図っていかなければならないとしている。

 

シルバーバーチが説いた霊的教訓には次のような特徴がある。

この世的な教えでは地上生活における「困難や苦難は出来るだけ避けるべき」こととされているが、シルバーバーチはこれらに新しい意味付けを行った。それは『シルバーバーチの霊訓』の中で繰り返し説かれている、個別霊が自我に目覚めて霊的進化を図っていくためには霊的資質を開発しなければならないこと、そのためには「刻苦と苦難と修養と節制の生活(997④)」が必要であること、このようなフレーズからも窺える。

 

シルバーバーチは地上人生において誰にでも訪れる「刻苦と苦難」を、霊性を高めるための“魂の磨き粉”と位置付けている。この“魂の磨き粉”の粒子は各自それぞれ異なるが、この粒子が粗ければ「刻苦と苦難」から受ける主観的ダメージは大きく、粒子が細かければ比較的楽に「刻苦と苦難」を乗り越えられることになる。

昔から「①修養の生活」と「②節制の生活」は、宗教や修養の世界では普通に説かれてきた。ここに「③刻苦と苦難」という“魂の磨き粉”を付け加えて、シルバーバーチは霊的レベルを上げるためには「①②③」の全てが必要不可欠であるとして「刻苦と苦難」に新しい意味付けを行った。

 

☆スピリチュアリズムは社会変革思想

高級霊も述べているように“スピリチュアリズム(=霊的知識、霊的知識の体系)”には、各自の生き方を変えて個々人の集合体である社会をも変えていく力がある。そのためスピリチュアリズムは、究極的には「唯物主義と利己主義という地上世界を蝕む二つのガン(1101⑫)」を駆逐する「社会変革思想」となる。

スピリチュアリズムの根幹部分には“神(=全存在の究極の始源、統一原理)”を人類共通の親として、「人類は、肌の色の違い、言語の違い、国家の違いを超越して、神を共通の親とした一つの家族」「神という共通の親によって生み出された兄弟姉妹」という考え方がある。この「神→人類」という思想は、神と人類の間に「現人神」や「絶対者」を置かないシンプルな思想(=社会変革思想)であるため、特定の政治体制にとっては極めてラジカルな思想とされて危険視されるケースもある。

 

このように本来のスピリチュアリズムには、多くの人が理解する物的指向の強いこの世的な幸福追求型の「世俗的なスピリチュアリズム(現世利益的なスピリチュアリズム)」といったイメージは全くない。むしろ“霊的知識の体系”を自己の生き方に活かして霊的成長を図るという「実践哲学」的な意味合いが強く見えてくる(注5)。

本稿ではしばしば「スピリチュアリズム」という言葉を用いているが、上記のような理由からこの言葉の意味を「世俗的なスピリチュアリズム(現世利益的なスピリチュアリズム)」としてではなく、霊的知識を自己の霊的成長に活かしていく「質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism)」として用いている。

 

4.スピリチュアリズムが目指す世界

☆主導的思想の変更

現代社会は唯物論が「主導的思想」となっている「物質至上主義社会」である。これに対して霊的知識(=霊的真理)が地上世界の隅々まで行き渡って「主導的思想」となった社会を、スピリチュアリズムでは「地上天国」とか「新しい世界」と呼んでいる(3122⑥、744②)。一般に宗教の世界では地上世界から病気や貧乏、争いごとがなくなり、そこで暮らす者にとって理想的な場所となることを「地上天国の到来」や「弥勒(みろく)の世」などと呼んでいる。

 

☆地上世界の役割

宇宙全体の仕組みからいえば地上世界の役割は、霊的レベルの異なる霊が共通の衣装たる肉体をまとって霊性の向上を図る場所、いわば「学校」や「トレーニングセンター」という位置付けである。ここで“魂の磨き粉”を使って学び、さらにはカルマの解消をも図っている。地上での体験にはこのような“磨き粉”としての役割が存在する。

このような世界において「スピリチュアリズムの普及運動」の最終目標とは、霊的自覚を持った人たちが数多く出現して奉仕を基調とした社会の到来、いわゆる「新しい世界(=地上天国)」を到来させることである(11167②、11175⑦)。

 

☆試練には

物的体験を積む過程で遭遇する困難や苦難は“魂の磨き粉”としての役割を担っているので、「新しい世界」になっても何らかの“魂の磨き粉”は存在する(4118⑤、道しるべ217③参照:→カルマを解消するための手段としても磨き粉は存在する)。

一般に試練には「物的試練」と「精神的試練」とがあり、後者にはさらに「物的試練から派生した精神的試練」と「純粋な精神的試練」とに分かれる。既得権益を死守する層に有利に作られた社会制度に起因する物的試練や、この物的試練から派生した精神的試練など、これらが是正されても「純粋な精神的試練」は霊的試練ゆえに残る。「新しい世界」に存在しないのは「社会制度に起因する無用な悲劇」である(道しるべ217⑥)。

 

☆洗練されてレベルアップした世界

将来的に“地球の存在や役割”に変更がない限り「新しい世界」になっても地上世界が「学校」であることに変わりはない。このような前提に立てば「新しい世界」の到来とは、困難や苦難がなく願望が何でも叶う社会になることではない(→このような世界であれば幽界の下層にある物質臭の強い世界と何ら変わらないから)。人間は常に上を目指して進化しているので「改善の可能性がなくなる段階は決して来ない」(メッセージ189⑫)ので、「新しい世界」の到来とは物的地球という「学校」の役割が現在と比較して、一段と洗練されてレベルアップした状態となっている、ということである。

 

霊界には「社会変革思想」という側面を持つ「自己変革を促すスピリチュアリズム(9117⑬~118③)」を日本に定着させて社会意識の変革を図り(注6)、そして日本を足掛かりにして世界を変えていく、という壮大な戦略が存在しているのではないだろうか。

 

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<注1>

丹羽佑一著「他界観念」(縄文人の考古学11『心と信仰―宗教的観念と社会秩序』同成社2007年刊所収、199頁)で、古代人の「他界観」を述べている。

さらに丹羽佑一氏(香川大学教授、考古学者)は上黒岩岩陰遺跡の縄文人の人骨のあり方から「改葬人骨の性別構成、男女成人骨に想定される生前の婚姻関係から、魂の向かう他界には出自の連鎖をメンバーシップとする先祖の社会が想定される」(前著197頁)と述べている。

 

<注2>

民俗学では「民衆の間で行われる宗教的な慣行・風習、呪術・占い・まじない、幽霊・妖怪の観念など」を俗信と呼んでいる。これらには科学的な根拠や合理性はないが、人々の日常生活の中で信じられて実践されてきた行為や観念であるとされている。さらに俗信と迷信との違いに関しては、俗信の中でも特に「社会に対して害毒を及ぼすものを迷信」といって区別している(民俗学研究所編『民俗学辞典』東京堂出版1951年刊、329以下)。そのため全ての俗信が迷信となるわけではない。

日本ではこの俗信の流布に携わる者として「古くから聖職者・呪術者・ヒジリの徒が関与した部分が多い」(前著)と言われている。このように加持祈祷を行う修験者や「霊の仲介者(→ごみそ、イタコ、ノロ)」などを通して、身近な形で「霊魂や霊の世界が実在すること」「顕幽の交信が可能なこと」が、何の疑いもなく信じられてきた。

 

<注3>

スピリチュアリズムは「霊的知識(7175⑧)」や「霊的知識の体系」とされるが、これを地上に根づかせて各人の生き方を変えていく。そして個々人の集合体たる社会をも変革していく。それが「スピリチュアリズムの普及運動」すなわち「地球を霊的に刷新する運動」と言われるものである。この普及運動は霊界主導で1848年から展開されている。この間の出来事が『シルバーバーチの霊訓』では、次のように述べられている。

 

――(シルバーバーチは)一時的にインスピレーションがあふれ出たことはありますが、長続きしていません。このたびのコミュニケーションは組織的であり、協調的であり、監理・監督が行き届いており、規律があります。一大計画の一部として行われており、その計画の推進は皆さんの想像も及ばないほどの協調体制でおこなわれております。背後の組織は途方もなく巨大であり、細かいところまで見事な配慮がなされております。すべてに計画性があります。そうした計画のもとに(19世紀半ばに)霊界の扉が開かれたのです。このたび開かれた扉は二度と閉じられることはありません(7151⑩、福音103②)――

 

――唯一これまでの啓示と異なるところは、入念な計画に従って組織的な努力が始められたということです。それが、地上の年代でいえば19世紀半ばのことでした。今度こそは何としてでも霊的知識を地上に根付かせ、いかなる勢力をもってしても妨げることのできない態勢にしようということになったのです。その計画は予定通りに進行中です。そのことは、霊的知識が世界各国でさかんに口にされるようになってきていることでもお分りでしょう(メッセージ99④)――

 

<注4>

☆実証重視の世界

心霊研究は懐疑論者を相手にする既成科学の世界を目指していたため、より厳密に実証性を追求する道を選ばざるを得なかった。そのためSPR(心霊研究協会)は懐疑論者の数々の批判に応えるために次第に「証明のハードル」を高くしていった。研究には「徹底した懐疑的態度」と「実証主義で科学的精神に徹した調査研究方法」が導入されて、極めて厳しく管理された実験が行われるようになっていった。

 

心霊現象を研究対象とするためには、厳格な条件管理がなされた実験室という空間内で、現象がある程度反復的に起こる必要がある。そのため力量のある能力者といえども、このような科学の世界においては被験者とはなりえないということが起こりえる。この厳しい管理実験下においても、フィリピンの心霊手術師ホアン・ブランシェは、糖尿病患者に対して治療を行って一定の成果を上げている(東長人、パトリック・ガイスラー共著『ブラジルの心霊治療・奇跡を操る人々』荒地出版社1995年刊、352頁~357頁参照)。ただし管理実験下といった状況であったことや、懐疑論者の研究者から現象を出現するだけのエクトプラズムの供給を受けることが出来なかったことなどから、現象は微弱なものであったが。

 

☆厳密性を要求する理由

研究者が厳密性を要求する理由を分かりやすい例をあげて説明する。

たとえば「武田信玄」と書いた用紙を密封した容器に入れて、透視実験を 山梨県の甲府市で行なった場合に、 透視能力者が用紙に書かれた「武田信玄」の文字を言い当てたとする。その際に透視能力者が本当に透視したのか、あるいは 「甲府市 = 武田信玄」 と連想して当てずっぽうに言って正解となったのかの区別がつかない。結果的に正解であったのだから実験は成功であるとの主張も可能であるが、これでは学術的には全く意味がない実験であったと言えよう。

このように実験全体が科学的研究手法に則って行わなければ、後世に残せる真に価値のある学術的な実験とはならないと言うことである。

心霊現象を学問領域に取り込んで公認された学術の世界で認知させるためには、このような「詐術や錯誤」を注意深く排除して事実の確認の上に立つ研究態度は欠かせない。

 

☆信念重視の世界

スピリチュアリストたちが住む世界は、信念重視の世界であり、そこでは「生き方の問題」に重きが置かれている。そのため日常的に懐疑論者の眼を意識しなくてすむため、既成科学では証明がつかない「直感による証明」であっても良く、証拠は信念を補強するための役割を担うに過ぎない。このように「証拠に関する考え方」は、実証重視の心霊研究者と信念重視のスピリチュアリストでは大きく異なってくる。

スピリチュアリストの立場からすれば、心霊研究者の「徹底した懐疑的態度」と「実証主義で科学的精神に徹した調査研究」に見られる態度、このような執拗なまでの「入り口部分」に対するこだわりには付いていけないという気持ちになってくる。

 

<注5>

この世は物質の世界であり、経済構造や商業活動などが物欲を刺激する形で展開されている。物質の世界における思念(=思い)は、言葉・動作や表情などのしぐさといった何らかの物的行動に包んで表現しなければ、その思念は外部から認識することはできない。この物質の世界で霊は肉体をまとうことによって物的波動に感応しやすい人体構造になっている。そのため肉体の維持・保全を優先的に考える肉体特有の意識(→自己の本能に基づく意識)が、本来の意識たる霊的意識に対して優位に、しかも霊的意識の発現に対して常に制約的に働くことになる。いわばこの物的世界では人間の物的な構造上から見た場合には、「物質的・本能的な生き方」が安定していると言える。

 

会津地方の郷土玩具に“起き上がり小法師”という素朴な民芸品がある。この人形は一般に円錐状の形をしており、底に重心があるため何度倒しても起き上がる構造になっている。

この地上世界で「霊的な生き方」をするということは、いわば“起き上がり小法師”を傾けた状態で一定時間保ち続けることであり、気を抜くと元の安定した姿に戻ってしまう。この繰り返しによって人形を傾けた状態が長くなるように、意識的な努力をすることが霊性レベルを高めるためには必要となってくる。このように霊的意識の持続には大変な努力が必要となるため、地上世界は一種の“加圧トレーニングセンター”となっている。

 

加圧トレーニングとは、腕や脚の付け根に専用ベルトを巻いて加圧し、血流やホルモンの増強をはかって筋力のアップをはかるもので、スポーツやリハビリの現場で利用されている。地上世界では人間の本能や社会・経済構造などが、いわば利他性強化のための加圧装置の役割を果たしているといえる。

 

<注6>

☆社会の変革期と意識の変化

江戸時代の藩幕体制下では、人々の忠誠心の対象は所属する藩であり、藩の集合体たる日本国ではなかった。幕末の対外的危機意識の高まりの中から、日本という国家や国民意識が徐々に生まれてきた。

明治政府は西洋の科学技術や制度、文物などを取り入れて、西洋諸国に追いつくための「国家の近代化政策」を急激に推し進めていったが、この過程で国民共通の国家観(ナショナリズム)や国民意識が芽生えてきた。この時期に進められた神仏分離令、太陰暦の廃止、断髪令、西洋化された食の奨励(肉食の奨励など)、洋服の奨励、教育制度等の改革は、近代化の一環として行政主導で進められたものであった。いわばこれらは西洋列強に追いつくために社会に根付く旧来の生活文化や民族風習を見直すための作業であった(→技術や制度の導入と相まって慣習の見直しが行われた)。

行政主導で行われた社会の近代化はあらゆる分野に及んだが、その一環として当時の人たちの思考や行動様式に巣くっている迷信の排除があった(→井上円了の妖怪学研究は民間人の立場からこの問題に取り組んだものと言えよう)。

 

☆意識の変革によって社会が変化する

敗戦後間もない昭和211127日、文部省の科学教育局資料課は「各地における慣習状況調査表」を郵送して、行政主導による迷信調査を行った。昭和211224日には文部省に「迷信調査協議会」が設置された。文部省が行った調査方法とは、各県から「都市部・農村部・漁村部」それぞれ各一校ずつ、計三校の小学校を指定して、迷信回答調査票を児童に配布して、家人に記入させて回収し、統計を取る方法で行われた。その迷信調査の報告が『日本の俗信、1(迷信の実態)』『日本の俗信、2(俗信と迷信)』『生活慣習と迷信』(文部省迷信調査協議会編、技報堂、昭和25年~30年刊)にまとめられて出版されている。

 

近代以降の日本では明治期と敗戦後の社会において大きな意識の転換があった。まず明治期、欧化政策をとった明治政府による迷信排除(→井上円了は民間人の立場から迷信排除に携わった)が行われて、社会の近代化と共に国民の意識の変革がなされた。次に敗戦後の社会においては、日本国憲法の制定と共に人権意識が高まって、社会に根強く残る旧弊の見直しが行われた(→売春防止法の制定など)。

このように明治期や敗戦後という大きな転換期に際しては、社会制度の見直しと共に慣習の見直しが行われてきた。誰が主導的立場に立って行うかの問題はあるが、思考や行動様式の変革なしには社会制度は変わらないからである。

 

☆第三の意識の変革期

この二つのドラマチックな社会の変革期とは異なるが、現在は第三の意識の変革期にあたるといえよう。昨今コンピューターの利用が急激に進み、バーチャルな空間で物事が決定される仕組みが急速に出来上がりつつあり、国民の意識もそれにつれて徐々に変化してきている。このような社会の変革とともに国民の意識も大きく変わりつつある現在、スピリチュアリズムがブームとなっている。

 

この第三の変革期をさらに広い視野から見渡せば、現在のスピリチュアリズム・ブームが今後、表層的なもの(→いわゆる“現世利益的なスピリチュアリズム”のこと)から、より本質的なもの(→質の高い高等なスピリチュアリズム:Higher Spiritualism、いわゆる生き方の指針としてのスピリチュアリズムのこと)に移行していけば、人々の意識に大きな変革が起こって、唯物主義を基調とした社会制度は徐々に変わっていくことになる。

なぜならスピリチュアリズムの本質的な理解が広がれば、スピリチュアリズム思想を自らの生き方の指針にしようとする人たちが数多く出現することになり、その結果、その社会の構成員の意識に変化が生じて、社会の慣習は質的な転換を迫られることになるからである。このように社会の変革と国民の意識の変革とは車の両輪となっており、相携えて社会が変わっていくことになる。現在はまさにこの意識の変革期にあたっている。

 

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<参考ブログのアドレス>

Higher Spiritualism関連書籍

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2016/06/higher-spiritua.html

 

 スピリチュアリズムが目指す世界

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2016/06/post-7ca0.html

 

 日本における祖霊観・霊魂観

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2016/06/post-6b57.html

 

 浅野和三郎の「神霊主義」

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2016/06/post-bfa5.html

 

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<記号の説明>

・「153②」とは、潮文社『シルバーバーチの霊訓』1巻の53ページ2行目

・「メッセージ99⑥」とは、ハート出版『シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ』99ページ6行目

・「福音103②」とは、スピリチュアリズム普及会『地上人類への最高の福音』103ページ2行目

・「道しるべ217⑥」とは、スピリチュアリズム普及会『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』217ページ6行目

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