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一つの見方(全体の概略)

 

目 次

①.はじめに

②.一つの視点

③.全体の概略

④.大まかな「霊的進化」の流れ

⑤.一つの考え方

・単なる個々の意識の集合体

・哺乳類の“種”に対応する“類魂”

・個別意識

 

<注1>~<注3>

 

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①.はじめに

この160年余りの間、私たちは高級霊から霊界通信という形で「霊的教訓」を受け取ることができた。高級霊からもたらされた霊的教訓は、押し並べて単純素朴なものである。しかしこの単純素朴な教訓の中にも、ときおり宇宙の深淵を垣間見せるような教えも存在する。今回は「意識の進化(個別化から個性化の道へ)」というテーマに沿った「霊的教訓」を集めて、原初的形体の「意識(意識なるもの)」が個別意識を持った個別霊へと進化していく道筋に関して「一つの考え方」を示してみた。

 

②.一つの視点

神の一部である「霊」や「意識」には形体がない。その形体なき「意識」が「進化(=霊の顕現を増して意識のレベルがアップしていくこと)」していくためには、物的形体をまとって地上体験を積む必要がある(但し天使的存在を除く)。

 

悠久の「進化」の流れの中で「意識(霊の外皮)」は次第に個別化されていく。この個別化の頂点には“個別意識を持った個別霊(物的形体は人間の姿をとる)”が存在する。さらに個別霊は「類魂・再生システム」を使うことによって一段と霊の顕現を増して、個別霊が持つ個人的存在は次第に薄れて「個性化の道」を辿って行く。このように意識が個別化していく過程の先に「個性化の道」が広がっている。この「進化(個別化)」の“一地点”に「動物」という物的形体をまとって地上体験を積んでいる「意識」がある(注1)。

 

③.全体の概略

本稿(意識の進化:個別化から個性化の道へ)では「意識(霊の外皮)」がさまざまな物的形体をまとって「進化」していくという観点から、次章以下の項目に分けて「一つの考え方」を示してみた。

 

次章の「2.霊の外皮としての意識」では主に個別霊の「意識」を取り上げて「一つの考え方」を示した。「3.意識と物的形体との関係」では主に「意識」と「物質」が「霊」との係り合いの中でどのように「因果律」が働くのかをまとめてみた。「4.動物について:総論編」では個別化の途上で“動物の物的形体”で出現する「意識」を取り上げた。「5.動物について:個別問題」ではそれぞれのテーマごとに「一つの考え方」を示した。このような流れで見て行けば「動物」にまつわる問題の裏側がよく見えてくる。

 

④.大まかな「霊的進化」の流れ

宇宙に遍満している「霊(根源的素材としての霊、普遍的要素としての霊)」は、何らかの目的のもとで個別化がなされて「意識に内在する霊」、つまり「霊+意識(霊の外皮)」となった。このように「個別化された霊」の外皮として「神の一部である意識」(3113④、113⑪)は存在する。

 

この「意識」は悠久の時の流れの中で、霊的進化の階段を上りながら「意識に内在する霊」の顕現の度合いを高めていく(3112⑩、113⑥)。形体なき「意識」が「進化」していくためには、「哺乳類、鳥類、魚類、植物、その他」(3113⑧~⑩)といった物的形体をまとって、地上体験を積む必要がある(注2)。

 

上記を踏まえて「意識」がたどる「進化の行程」を大まかに見ていくと「A:単なる個々の意識の集合体(集合魂、群魂) ―→ B:哺乳類の“種”に対応する類魂という意識の集合体 ―→ C:個別意識」という流れになる。

 

「意識(霊の外皮)」の「進化」が「A:単なる意識の集合体」や「B:類魂という意識の集合体」の段階では、「霊」の有り様は「個々の意識の集合体」に内在する形を取るので、因果律は「個々の意識の集合体」であるAやBを単位として働く(注3)。

 

地上で見せる物的形体である“一匹一匹の個体(→AやBといった意識の集合体に所属する個々の意識)”には、専属的な霊的要素は存在せず、AやBといった「個々の意識の集合体(または集合魂や群魂)」の一員として「霊」を共有することになる。そのため動物は地上で見せていた個性を死後は維持することはできず(→個別の霊的要素を持たないため、但しペットは除く)、それぞれが所属する“種”ごとの「意識の集合体」に吸収されてしまうことになる。

 

⑤.一つの考え方

ア)単なる個々の意識の集合体

これは「グループ・スピリット」「群魂」「集合魂」などと呼ばれているものであり、「器(どんぶり)」に「個々の意識」が山盛りに盛られた状態に例えることが出来る。一つのイメージとして、どんぶりに魚卵の“イクラ”が山盛りに盛られた状態。この魚卵のイクラ一粒(=個々の意識)が、地上に於ける一匹一匹の動物という姿をとる。

 

その際に「個々の意識」は「器の霊的な進化レベル」に見合った物的形体をまとって地上体験を積み、死によって所属する「意識の集合体」に戻ってくる。これを「器(どんぶり)」に盛られた魚卵が尽きるまで延々と繰り返す。なお因果律は「器」という「意識の集合体」を単位として働くので、「個々の意識(イクラの一粒)」が獲得した地上体験は「器」全体の霊的進化に寄与することになる。イクラの一粒である「個々の意識」には霊的な自己決定権はない。決定権は「霊」を内在させた「個々の意識の集合体」である「器(どんぶり)」に帰属している(→「霊」を一身専属的に有する個別霊とは因果律の働き方が違う)。

 

イ)哺乳類の“種”に対応する“類魂”

単なる「個々の意識の集合体」である「器」が次第に「進化(→個々の意識が持ち帰った地上体験によって“器”に内在している“霊”の顕現が増していく状態を指す)」して、ある霊的な「進化」レベルに達すると「器」に質的な変化が生じてくる。

 

それまでの単なる「個々の意識の集合体」であった状態から、「個々の意識(イクラの一粒に相当する)」相互間に一種の「仲間意識」が芽生えてくる。この「進化」の段階に至ると地上でまとう物的形体は「哺乳類」となる(→哺乳類も霊的進化の低い段階にある“種”から高い段階の“種”まで多数存在する)。この霊的な「進化」の段階になると「類魂意識」を持つまでになり、「霊の外皮」に「霊」の顕現をさらに増大させていく。

 

イメージ的には「器」に盛られた個々の卵が次第に成長して、いわば魚卵からウズラの卵に大きく成長したようなもの。「器」に多数の卵が山盛りになった状態に変わりはない(→個々の意識である卵が地上体験を積んで“器”に戻るため、因果律は“器”を基準に働く)。霊的進化が進んでいけば「器」の大きさが次第に小さくなって盛られた卵の数も減っていく(→よりレベルの高い哺乳類の“種”に移行する)。それと同時に卵自体も大きく成長していく。

 

ウ)個別意識

霊的進化が一層進んでいけば「個々の意識の集合体」に質的転換が起きて、「器の形状の変化(器をレースのカーテン地の亀甲模様に例えれば、最大の亀甲模様→中型の亀甲模様→小型の亀甲模様→最小単位の亀甲模様へと“細分化・個別化”していく)」と、「器に盛られた卵の変化(一粒一粒の卵が大きく成長していく)」によって、「器に一個の卵」が盛られた状態となる。そして遂に「器」と「卵」は同化して「一個の個別意識」となる。ここに至って初めて霊的要素を専属的に有した「個別霊(客観的存在としての私)」が誕生する。

 

 

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<注1>

考古学の遺跡調査によれば、古代人の住居跡の発掘現場からは動物の骨が多数出土しているという。約1万年前の縄文時代早期の遺跡からは、人骨と共に犬の骨が出てきている。発掘調査をした考古学者によれば、これは狩猟のパートナーとして主人と一緒に葬られた犬であったという。この時代、すでに犬は人間の身近にいた。

 

このような埋葬という行為を通して、古代人は埋葬者には、遺体とは別個に霊的な存在があり、これがあの世で生き続けるという観念をすでに有していたことが推定される。埋葬という行為は中期旧石器時代(約30万年前~約3万年前)に活躍したネアンデルタール人の遺体に見られるが(→遺体には「埋葬の痕跡が見られる」と言われている)、一般化するのは後期旧石器時代(約3万年前~1万年前)のクロマニヨン人になってからであるという。

 

人間には肉体以外に“霊的な存在”があるとする「霊肉実体二元論」は、長い間私たちの生活の中に支配的な観念として根付いていた。しかし西洋社会では近世(→ルネサンスから絶対王政期)以降、物質面の発達に伴って次第に後退していった。

 

<注2>

シルバーバーチは「あなた方一人一人が一匹の猿だったとか魚だったとか小鳥だったというのではなく、そのグループ・スピリットの一部だった時期があるということです」(語る189⑤~⑦)と述べている。

 

☆コメント

霊的視点から見れば人間が有する「個別意識」になる前は、「哺乳類の“種”に対応する類魂という意識の集合体」を構成する「個々の意識」であった。さらにその前は「単なる個々の意識の集合体」の一員であった。「意識」が霊的進化をしていくためには、地上でその「進化」に見合った物的形体をまとって体験を積まなければならない。その際の物的形体がたまたま「猿や魚や小鳥」の姿であったということである(→必ずしも猿や魚や小鳥である必要はないが)。シルバーバーチは霊界側から「意識の進化」という観点から「あなた方一人一人がグループ・スピリットの一部だった時期がある」と述べているだけである。

 

<注3>

シルバーバーチは出席者の「動物の類魂は同じ種類の動物に何回も生まれかわるのですか、それとも一回きりですか」の質問に対して、「一回きりです。無数の類魂が次々と生まれかわっては類魂全体のために体験を持ち帰ります(→“類魂=個々の意識”は一回限りの地上体験を積んで、それを“グループ・スピリット”に持ち帰って、全体の進化に寄与する)。動物の場合はそれぞれ一度ずつです。全体として再生する必要はありません。それでは進化になりません」(595④~⑦)と述べている。

 

☆コメント

「器(どんぶり)」に“イクラ”が山盛りに盛られている。この“魚卵の一粒(=個々の意識)”が地上に於ける一匹一匹の動物という姿をとる。無数の魚卵が地上で体験を積み、それを「器(どんぶり)」に持ち帰る。これによって「器、意識」が「進化」していく。人間の場合には「個別意識」が再生して、さらなる進化向上をはかっていくが、「器」には再生はない。

 

 

意識の進化(個別化から個性化の道へ):目次

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2017/04/post-e188.html

 

 

 

 

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