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意識と物的形体との関係

目 次

1.「意識」が「進化」する

・「進化」の定義

・「進化」と「発達」の違い

・「意識」の「個別化の道」

・「意識」という用語

・人間の構造

・グループとしての意識と個別意識

 

2.地球という惑星

・霊、中間物質、物質の関係

・天体固有の「普遍的流動体」

 

3.物的な表現媒体

・「霊」の「表現媒体(物的形体)」

・「意識」と「表現媒体」の関係

 

4.「因果律」の問題

・「霊」の在り方の違い

・「霊」と「神の分霊」という言葉の違い

・因果律の表れ方に差異

 

5.汎神論に通じる

・大自然は神が顕現したもの

・「消極的な利他的行為」による「進化」

 

6.物的体験を積む

・試行錯誤の過程

・単純な構造から複雑な構造へ

・発達レベルの異なる生命体の共存

 

7.天使的存在の役割

・ミケランジェロ作「アダムの創造」

・洋服の仕立屋

・完成度の低いものから高いものへ

・仕立屋の正体は誰か

・進化と体験との関係

 

・<注1>  <注4>

 

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1.「意識」が「進化」する

☆「進化」の定義

シルバーバーチは「進化」を次のように「定義」している。「進化とは低いものから高いものへの成長過程にほかならない」(6195③)。または「進化とは内部に存在する完全性という黄金の輝きを発揮させるために不純物という不完全性を除去し磨いていくこと」(6114⑪)であると。つまりシルバーバーチが言う「進化」とは、「意識(霊の外皮)」に「霊」をより多く顕在化させていく過程に他ならない。

 

☆「進化」と「発達」の違い

本稿では「意識(霊の外皮)」に「霊」がより多く顕現して行く状態を「進化」と呼んでいる。これに対して「意識(霊の外皮)」が地上体験を積むためにまとう物的形体が、低い段階から高い段階に至ることを「発達」と呼んで両者を使い分ける(→単細胞、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類という形で物的衣装が進歩していくこと)。なお個別霊たる人間がまとう物的形体を「発達」という観点から見れば、人間の肉体はこの地上において「創造の最終地点」に立っている。そのため人間は「全生命体の頂点に立つ」ことになる。

このように本稿で用いる「進化」という用語は、霊的な意味での「進化」を指しており、唯物論的一元論に立った「進化論の進化」とはその内容を異にしている。「進化論」には霊的観点が抜け落ちている。

 

☆「意識」の「個別化の道」

この「意識(霊の外皮)」が「進化」していくためには物的体験を積まなければならない(→但し本稿では「進化」に物的体験を必要としない“天使的存在”は除いている)。この「意識」が「進化(個別化の道)」していく状況を、レース地に亀甲模様のデザインが編み込まれているカーテンで譬えれば、「最大の亀甲模様→中型の亀甲模様→小型の亀甲模様→最小単位の亀甲模様」と、編み込まれたデザインが細分化していく流れとなる。

シルバーバーチは「意識」が個別化していく過程を「個別的意識を持つに至っていない動物には、種族全体としての類魂があります・・・進化が進むにつれて類魂の数は少なくなり、個別化された魂が増えていく」(8206⑦~⑮)と述べている。

 

☆「意識」という用語

シルバーバーチに代表される高級霊は「意識」という言葉を次のように用いている。

たとえば「植物には意識があるが、あなた方のいう意識とは違う」(語る436④)、「植物には思考力はなく意志もない」(霊の書231⑤)として。哺乳類を除く動物では「動物(=哺乳類)よりさらに下がると類魂の意識もなくなる」(道しるべ223⑥)と。これに対して「類魂意識」を持つ哺乳類では「動物には自我意識はない」(霊の書233⑫)として「意識」を使用する。「個別意識」を持つ人間の場合は「意識とは自分が何であるか、誰であるかについての認識のこと」(道しるべ222⑬)として。さらに「意識は神の一部」「自我意識」「類魂意識」などと用いられている。このように同じ「意識」という言葉であっても、その意味する内容は同じではない。

 

☆人間の構造

人間の構造は「物的要素」と「霊的要素」、そして両者をドッキングさせるための「中間物質」の三者から成り立っている。「物的要素」には「物的身体」と物的身体のコントロールセンターとしての機能を持つ「物的脳」とがある。「霊的要素」とは一般に「霊的身体」と「霊の心(霊的意識)」と「霊(神の分霊)」であると説明されている。

本稿では「霊+意識(霊の外皮)」を用いて、「意識(霊の心、霊的意識)」の発達に伴って「霊の外皮」に「霊」の顕現が増すという形で「霊」と「意識」を説明する。

 

☆グループとしての意識と個別意識

シルバーバーチは「魂」を「意識」と同義語(語る425⑦)として述べている。さらに「進化が進むにつれて類魂の数は少なくなり、個別化された魂が増えていく」(8206⑮)とも述べている。この関係を次のように説明してみる。

 

たとえば鮭の卵全体を「グループとしての意識(=単なる個々の意識の集合体、群魂、集合魂など)」として、鮭の成熟卵をほぐした一つ一つの卵(イクラの一粒)が「個々の意識」とする。いま大きな「器(どんぶり)」に鮭の成熟卵が山盛りに盛られているとする。

説明の都合上ここでは「器=“種”=グループとしての意識=意識(霊の外皮)」とする。この「器」に盛られた“イクラの一粒(個々の意識)”が物的形体をまとって、地上に誕生して体験を積み、その体験を「器」に持ち帰る。因果律は“イクラの一粒(個々の意識)”ごとに発生するのではなく、「器」を単位として働く。この“イクラの一粒”による地上体験の持ち帰りが延々と続いて、次第に「器」は「進化」していく。「進化」するにつれて「器」の大きさが次第に小さくなって、盛られた卵の数も減っていく、と同時に卵自体も次第に大きく成長していく。

 

地上体験を積んで「進化」が進むと、「器」は「単なる個々の意識の集合体」から「類魂意識を持った集合体(卵どうしに仲間意識が芽生えてくる)」へと進化する。「個々の意識」の働きは地上体験を「器」に持ち帰って全体の「進化」に寄与するレベルに留まる。そのため因果律は「器」全体に対して働くことになる。

さらに「進化」が進めば、充分に成長した卵は質的に転化して「器」と同化する。ここに「個別意識」を持った個別霊が誕生する。これ以降、因果律は「個別意識」に対して働くことになる。

 

2.地球という惑星

☆霊、中間物質、物質の関係

今から約46億年以上も昔、神の創造物である「根源的物質」が変化して個々の物質となって(霊の書36⑤)、その物質が空間にまき散らされ、その一部が凝縮して地球という天体が形成された(霊の書41②)。

地球という惑星は完全な状態で創造されたのではなかった(184⑦)。地球誕生初期の激しい造山活動が収まると次の発達段階に入った。無機物は中間物質の“生命素(普遍的流動体)”と一体化することによって活性化して、「意識(霊の外皮)」が物的体験を積むための物的形体(=原始的な生命体)、いわゆる“生命が流入する器”を作り上げた。

 

無機物たる水・空気・鉱物・無機化合物等の個々の物質は「根源的物質」が変化したもの(霊の書36⑤)、または「物的要素の個別化によって生じた」もの(霊の書57⑬)とされるが、いまだ非活性化の状態にある。物質と霊はその質的差異が大きすぎるため直接には結びつかないので、両者の結合は「根源的物質(=普遍的物質)」が変化した半物質状の「普遍的流動体」によって行われる(霊の書34③、50①)。

物質はこの「普遍的流動体(=中間物質、半物質、幽質結合体)」の一種である生命素と一体化することによって、活性化して有機物となり(霊の書50②、48⑥)、初めて生命の器たる物的身体となりえる(霊の書49④)。この「普遍的流動体」は目的に応じて生命素となったり、霊と物質の接合体となったり、シルバーコードになったり、物質化現象を出現させるエクトプラズムとなったりと、さまざまに変化する(霊の書34⑧)。

 

☆天体固有の「普遍的流動体」

各天体の物的要素は「根源的物質」がその天体の性質に応じて変化して、個別の物質となって構成されている。そのため各天体を移動できるクラスの霊(=高級霊)が、その天体の「霊媒」と接触する場合には、理論上その天体の中間物質で構成された「普遍的流動体」をまとう必要がある(霊の書63⑩)。

現実には「進化」の進んだ天体を除いて、両者の霊格の差からその天体出身の霊を「霊界の霊媒」として用いて、その「霊界の霊媒」が、かつて中間境で脱ぎ捨てた「普遍的流動体(幽質結合体)」を再度まとって、その天体の物質界で生活する霊媒にコンタクトを取る方法を用いるであろう。つまり「A天体出身の高級霊」+「B天体出身の霊」+「B天体で生活する霊媒」という形で。

 

地球という天体に於いて「死」を迎えた者は、中間境である「冥府」で霊的調整を行い(個人的存在114⑦)、さらに霊的身体を完成させて中間物質の「幽質結合体」を脱ぎ捨てていく(永遠の大道50⑪、個人的存在80①)。地球を構成する物質が変化して作られた中間物質の「幽質結合体」は、地球という天体のオリジナルなものである(霊の書63⑨)。地縛霊はこのオリジナルな「幽質結合体」を脱ぎ捨てることができないため、いつまでも地球という天体に縛り付けられた霊のことである(→この意味から筆者は「自縛霊」ではなく「地縛霊」という言葉を使用している)。

 

3.物的な表現媒体

☆「霊」の「表現媒体(物的形体)」

神が創った宇宙は「根源的素材」である「霊(一般的な霊、普遍的要素としての霊)」によって満たされている。一般には「あらゆる生命体に大霊が充満している。あらゆる存在に大霊が内在している。あらゆる法則の中にも大霊が内在している」(語る120⑩)という言葉で表現されている。

 

しかし宇宙のあらゆるものに遍満している「霊」の「意識(霊の外皮)」における顕現状況は、物的な表現媒体によって異なるため一様ではない。たとえば鏡に映る像が歪んで見えるからと言って、像本体が歪んでいるという言い方はしない、なぜなら鏡の表面を磨けば鮮明に像を反射させることができるから(5148⑤~149⑩、語る127⑪)。物的世界で「霊+意識(霊の外皮)」の表現媒体は各種体験を積みながら、いわば鏡の研磨作業を行っているようなものである。その研磨の過程を「進化」と呼ぶ。

 

その“物的な表現媒体(物的形体)”は「根源的物質」が何らかの形で質的に変換されて、個々の物質となって出来上がったものである。そのため各天体の構造や条件によって“物的な表現媒体(物的形体)”が異なるため、各天体で生活するなんらかの物的身体を持った意識的生命体(人間的存在)は、日頃私たちが見慣れている物的形体をしているわけではない(6170⑧)。

地球という天体に存在する空気や水、鉱物、無機化合物等、これらから出来上がった大自然や各種生物等の物的身体は、地球独自の性質を持った物的な表現媒体の一例である。この物質で構成された大自然や生命体の背後に「意識(霊の外皮)」があり、そこに「霊」が存在している。

 

☆「意識」と「表現媒体」の関係

前述したように、シルバーバーチは「意識」を「神の一部」であるとして(3113④、メッセージ147⑪)、その「意識」がさまざまな「表現媒体」を通して顕現しながら「進化」すると述べている。本稿では「意識(霊の外皮)」が内在する「霊」の顕現を増すために、物的世界で各種の「表現媒体」をまとって体験を積むという図式で説明している。

 

人間を頂点とした生命は「進化」に物的体験が欠かせないので、「霊」→「意識(霊の外皮)」→「物的な表現媒体」という関係になる。この関係は「意識(霊の外皮)」に「霊」の顕現を増して「進化」していくためには、「進化」レベルに応じた「物的形体(物的な表現媒体)」をまとって地上体験を積む必要があるということを示している。

地上でまとう「物的形体」が下等動物から高等動物に「発達」していくということは、霊的要素である「意識(霊の外皮)」が「進化」しているということである(→「霊」が「意識(霊の外皮)」を通して、より一層顕現しているということ)。

 

これに対して“天使的存在”は「進化」のために、物的世界での体験を必要としない。人霊も霊的成長が進んで「類魂・再生システム」を不要とする段階に至れば(シルバーバーチなど)、“天使的存在”と同様な「進化のシステム」に乗ることになる。この場合の「進化」は、各種の霊的体験を積むことによって「意識(霊の外皮)」に内在する「霊」の顕現の度合いを増すという形になる。

 

4.「因果律」の問題

☆「霊」の在り方の違い

宇宙を構成している霊的な根源的素材が個別化されて生じた「意識(霊の外皮)」は、内在する「霊」を少しずつ外部に顕現させて行きながら、グループ(単なる個々の意識の集合体)としての規模を次第に縮小して(→所属する魂の数の減少。または細分化、個別化の道)、遂には個別意識の萌芽形態たる「類魂意識」へと「進化」していく。「意識(霊の外皮)」の「進化」を“レースのカーテン(レース地に亀甲模様のデザインが編み込まれている)”に譬えると、「意識(霊の外皮)」は「最大の亀甲模様→中型の亀甲模様→小型の亀甲模様→最小単位の亀甲模様」と細分化していく形をとる。「意識(霊の外皮)」が「小型の亀甲模様(個別意識の萌芽形態たる類魂意識)」までは、「グループとしての意識(単なる個々の意識の集合体、群魂、集合魂など)」を単位として「霊」は顕現する。

そこからさらに長い時を経て、レースのカーテンは「最小単位の亀甲模様」まで「進化」して、「個別意識」を持つ個別霊の誕生となる。「霊(神の分霊)」の働きも「グループ」から「個人」となって一身専属的に作用することになる。

 

これを図式的に見れば「巨大な意識(単なる個々の意識の集合体、最大の亀甲模様)」―→「類魂意識(小型の亀甲模様)」―→「個別意識(最小単位の亀甲模様、個別霊)」となる。それぞれの「意識(霊の外皮)」の裏側には「霊」が存在している。これが「意識」が「個別化(=細分化)」していく道筋である。「個別意識(最小単位の亀甲模様、個別霊)」を持つに至る迄は、「霊」は「個々の意識の集合体=グループ」として働くので、“グループ”が因果律を考える際の基本となる。

 

☆「霊」と「神の分霊」という言葉の違い

シルバーバーチは「人間に潜在している霊性と動物のそれとはまったく同じもの。程度において差があるだけで本質において差はない」(8181⑫)と述べている。

 

たとえばオリンピックのマラソン競技で、「メダリスト(1位~3位)」と「入賞者(4位~8位)」と「9位以下の完走者」の違いを比較してみればよく分かる。完走者の3位と4位は順番が一つ違うだけなのに、マスコミにおける扱いは大きく異なる。さらに8位入賞者と9位の選手とでは報道のされ方は雲泥の差となる。このマラソン選手を譬えにして説明する。

9位でゴールした選手は「単なる意識の集合体」における「個々の意識」の一人であり、8位から4位までの入賞選手は「類魂意識」の一人であり、3位以上のメダリストは「個別意識」を持った個別霊に譬えることが出来る。

それぞれの選手は完走したという点では「メダリスト」も「10位の走者」も違いはないので「本質に於いて差はない」といえる。両者は順位(→「霊の外皮」における「霊」の顕現の程度の違い)に於いて、「メダリスト」と「10位の走者」という違いがあるだけである。しかしこの両者の違いは報道における際の扱われ方、さらには選手自身にとって「メダリスト」「入賞者」「完走者」という言葉の重み自体が、その後の選手人生にとって大きな意味を持ってくる。

 

このように同じ「霊」であっても、意味する内容は人間に内在する「霊」と動物の「霊」とでは大きく異なってくる。そのため同じ「霊」であっても、人間の個々人が一身専属的に有する場合を「神の分霊」として用いて、動物以下の「グループとしての意識」と言う形で有する場合を「霊」として、言葉の上で両者を使い分けているだけである。

 

☆因果律の表れ方に差異

この「霊」を「個々人が一身専属的に有する場合」と「グループとして有する場合」の違いは、因果律との関係で大きな問題となる。

巨大な「意識(→単なる個々の意識の集合体)」はグループ全体で「霊」を専有する形をとる。このグループは「進化」するにつれて、規模を次第に縮小しながら細分化(=個別化)していく。動物の「類魂意識」段階までの「霊の在り方」は、グループの大小にかかわらず、グループで専有する形をとるので、因果律はグループ全体に対して働く。これをシルバーバーチは動物の因果律は一匹一匹に働くのではなく“種”のグループ全体として働くと述べている(語る199①)。

これに対して個別霊における「霊の在り方」を見れば、「最小単位の亀甲模様=個人」に一身専属的に有する形をとるので、因果律は個々人に対して働くことになる。

 

5.汎神論に通じる

☆大自然は神が顕現したもの

大自然は神が顕現したものである(8180⑤)。神とは「霊(根源的素材)」であり、全存在に内在している(→霊とは神であり、全存在に内在しております:1137⑬)。その「霊」が何らかの理由で個別化されて「意識(霊の外皮)」に内在する「霊」となった(→本来はレースのカーテンも遮光カーテンも一枚の布である。レース地の亀甲模様の形状に裏側の遮光カーテンが切り取られたように見えるだけ。亀甲模様を中心に見れば個別化となる)。

 

個別化された「霊」を内在させた「意識(霊の外皮)」は、「進化」レベルが低い初期の段階では、“広大なスケールを持った大自然”という姿となって現れる。物質である大自然は、いまだ中間物質の生命素と一体化していないので活性化していない。そのため“生命が流入する器”とはなりえない。中間物質の接着がない「意識(霊の外皮)」は、物質に直接働きかけることはできないので(→動力源が備わっていないので自らは動けない:霊の書50⑥参照)、間接的行使という形で大自然の裏側に隠れた状態で潜在している(→いわば“眠れる魂の集合体”として)。

 

☆「消極的な利他的行為」による「進化」

大自然という物的形体を伴った「意識(霊の外皮)」の「進化」は、大勢の精霊(妖精)が動力源となって、極めてゆっくりとしたスピードで進展する(→進化の過程はゆっくりと、そして着実に進行します:新啓示184⑫)。たとえば造山運動による地形の変化によって動植物の生育環境を整える、火山の噴火や地震によって地形をリセットする、強風や嵐によって大地の風化を促して生命体の生育環境を作り変える。このように自らを他の生命体に捧げることによって、いわば一種の“消極的な利他的行為”によって物的形体の背後にいる「意識(霊を内在させた巨大な眠れる意識の集合体)」は「進化」していく。

 

人間は他者に対して“積極的な利他的行為”を行うことができるため、「進化」するスピードは他の生命体と比較して段違いに速い。これに対して「巨大な眠れる意識の集合体」がまとう大自然という物的形体には動力源がない。この場合は自らの存在を他者に提供する形の“消極的な利他的行為”となる。そのため「進化」は極めてゆっくりとしたものとなる。感受性豊かな人であればこの雄大な大自然を前にして、潜在化した「意識(霊の外皮)」を感じ取りその背後に「個別化された霊」の存在を見出すかもしれない。

 

シルバーバーチは「大霊は石ころにも宿っているのか」との質問に対して、「大霊は全てのものに宿っております。大霊から離れて存在できるものは何一つありません」(道しるべ188⑬)とか、「すべてが神であり、神がすべてなのです」(道しるべ46⑩)と述べている。この文章からも「意識(霊の外皮)」は「進化」の初期の段階では、物質(→雄大な大自然や個々の物質など)という姿で現れてくることが推測できる。なお「神が全てのものに宿る」とは自然物に宿ることであって、人間の利便性のために作られた人工物に宿ることではない。人工物の場合はサイコメトリーの問題となる。

 

一般に汎神論は「神と万物との間に区別を認めず神の創造性を否定する立場」と言われている(→百科事典マイペディアの説明では「神的存在と世界ないし自然とに断絶を設けない宗教・哲学上の立場」であるとされている)。汎神論がこの定義であればシルバーバーチの神観とは異なる。シルバーバーチの神に関する記述からは、読む者をして汎神論を彷彿させてしまうため、スピリチュアリストでもシルバーバーチの神観は汎神論であると理解する人は多い(語る18⑬、45⑫参照)。しかしこの大自然と神との関係は、「進化」の初期段階の「意識(眠れる意識の集合体)」に内在する「霊」の顕在化の問題として処理できる。

 

6.物的体験を積む

☆試行錯誤の過程

霊的存在である「意識(霊の外皮)」が「進化」していくためには、その「進化」レベルに見合った物的形体をまとって、個体としての地上体験を積まなければならない(注1)。地上体験を積むことによって巨大なグループを形成している「意識(霊の外皮)」は「進化」し、次第に細分化(=個別化)されていく。

 

生命を宿すところの生命体には、それ独自の発達過程がある(8182⑦)。「意識(霊の外皮)」の進化レベルを踏まえて、“天使的存在”は意念で形体を創造するが、その創造も勝手気ままに行うのではなく、神の摂理の枠内という制約がある。

地球の歴史を振り返れば、“天使的存在”による「霊+意識(霊の外皮)」がまとう物的形体の創造過程は、試行錯誤の連続であったことを示している。それは何度かの物的形体の大量絶滅があったことからも分る(注2)。最初に原始的な生命体を創り、その物的形体が「意識(霊の外皮)」の「進化」の状況に見合ったものとして適正か否かを確認しながら、そこから次の創造に活かせるものを残して、不具合な物的形体の種を絶滅させてきた。この繰り返しによって、「意識(霊の外皮)」の「進化」状況に見合った物的形体を少しずつ発達させてきた。

 

☆単純な構造から複雑な構造へ

神の摂理の執行者である“天使的存在”は、意念によって「意識(霊の外皮)」の「進化」レベルに見合った物的形体を創った。その物的形体は「単純な構造のものから複雑な構造のものへ」という具合に、右肩上がりで発達していった。

 

霊の世界に於いて「意識(霊の外皮)」として存在する初期の段階では、生命体(→物質は生命素と一体化して活性化し、初めて生命の身体となる。そこに“意識”が宿る:直接的な関与の形態)が形成されるまでは大自然(物質)の裏側で潜在(間接的な関与の形態)している。

その後「意識(霊の外皮)」の「進化」が進み、神の摂理の執行者である“天使的存在”は法則の枠内で、初歩的な「原核生物」の身体を創った。そして「進化」に見合った「単細胞生物」の身体を創り、次に「植物」の身体を創った。さらに「意識(霊の外皮)」は「進化」し、“天使的存在”はそれに見合った「魚類」の身体を、次に「両生類」の身体を、次に「爬虫類」の身体を創っていった。さらに「意識(霊の外皮)」は「進化」し「鳥類」の身体をという具合に創っていった(注3)。この段階までの「意識(霊の外皮)」は、「霊」を内在する単なる「個々の意識の集合体」という「進化」レベルである。

 

その後、霊の世界に於いて「意識(霊の外皮)」の「進化」はさらに進み、個別意識の萌芽形態たる「類魂意識」を持つまでに「進化」していった。この段階に至って初めて「個々の意識の集合体」は、仲間意識のような“共有状態の意識(類魂意識)”を持つことが出来た。“天使的存在”はその「意識(霊の外皮)」の「進化」に対応した物的形体として、哺乳類に分類されるそれぞれの“種”を用意した。

哺乳類の中において、低い“種”から高い“種”へと「進化」して「意識(霊の外皮)」が次第に細分化されていく過程を、シルバーバーチは「(進化によって意識なるものを構成する個々の)類魂の数は少なくなり、個別化された魂が増えていく」(8206⑮)と述べている。

 

その後、約6500万年前に「霊長類」が登場した。“天使的存在”はその「霊長類」という物的形体を試作品として用いて、何度か手を加えながら個別意識を持つ人間の物的形体に最も適した形体として発達させた(→但し“天使的存在”が創ったのは人間の物的形体であって、神の一部である「霊+意識(霊の外皮)」は当初から存在している:注4)。

この物的形体を創造する過程に於いて、前の経験は次の創造物製作に活かす形で活用された。このようにして「意識(霊の外皮)」の「進化」に応じた生物が地上世界に出現していった(→それぞれ最初の創造物は“天使的存在”が創り、その後の個体の繁殖は全ての要素が最初の物的形体の中に組み込まれていた:霊の書44①)。ここに地球上にアメーバ―から高等動物、人間に至る出現の順番の根拠が存在する(注3)。

 

☆発達レベルの異なる生命体の共存

なお「意識(霊の外皮)」の「進化」が進んだ高等動物の物的形体を観察して見れば、その内部に発達レベルの異なる原始的な生命体を複数抱え込んでいることが分かる。進化レベルの上位にある生命体の中に、下位の進化レベルにある生命体を多数取り込ませて、全体を統合する形をとっている。このように下位の生命体に「進化」の場所を提供するということは、存在それ自体が一種の“消極的な利他的行為”となっている。

 

たとえば哺乳類の腸に住み消化吸収を促す各種バクテリアや細菌、各種防御機能の働きをする免疫機能などの存在にその事例を見ることが出来る(→近年話題に上がっている“腸内フローラ”などはその好例)。これに対して寄生虫やウィルスは外部から体内に侵入して、宿主に寄生して健康を破壊する方向で働いている。このように「進化」レベルが上位にある生命体の中に、複数の原始的な物的形体をまとった「個々の意識」が住みついて、無意識的に上位の物的形体に従属した形で地上体験を積んでいる。

 

7.天使的存在の役割

☆ミケランジェロ作「アダムの創造」

私たち個別意識を持つ個別霊は、ここに到達するまでは「意識の進化」に応じて、地上的観点からいえば悠久の時の流れの中で、様々な物的形体(→哺乳類、鳥類、魚類、植物、無生物等の物的形体)を身にまといながら地上体験を積み重ねてきた。この「意識(霊の外皮)」の細分化(個別化の道)の過程は、大まかに言えば「巨大な個々の意識のグループ(単なる個々の意識の集合体)」 ―→「〇〇〇のグループ」―→「類魂意識を持つ小グループ」 ―→「個別意識を持つ個別霊」という流れで「進化」していく。

 

個別霊(→人間的存在の場合であり、天使的存在を除く)となるためには物質と結びつく必要がある。人間はいわゆる「受胎(→シルバーバーチは受精時という意味で使っている:3173⑨)」の瞬間に受精卵という物質と結合して“生命が流入する器(物質と中間物質が結合したもの)”が創られて、ここに「霊的要素(霊・霊の心・霊体)」が宿って、初めて個別意識を持った個別霊となる(5145⑩)。

 

人間に「霊的要素」が流入される場面を象徴的に描いたものとして、ミケランジェロ作「アダムの創造」(ヴァチカンのシスティナ礼拝堂の天井壁画)がある。この壁画には“土塊のアダムの体”に、神が人差し指で「霊的要素」を吹き込む姿が描かれている。これは『旧約聖書』の「創世記2⑦」の記述を絵画に表したものであるという。この「アダムの創造」をスピリチュアリズム的に解釈すれば神の指示に従って“天使的存在”が創った“土塊”に「神の分霊」が合体(=霊的流入)する場面を象徴的に描いたものといえる。

 

☆洋服の仕立屋

譬えを使えば、一人の人間の成長過程は「子供  青年  壮年  シニア世代」と移っていく。洋服の仕立屋さんは、その人のそれぞれの成長段階に見合ったオーダー・メードの洋服を作っていく。小学生に似合う子供服、社会に巣立っていく青年のためのスーツ、社会の第一線で働く壮年に見合ったスーツ、そしてシニア世代に見合った渋い色柄のスーツ等という具合に仕立てていく。

 

一人の人間が成長するに従って自分の考えを持ち、それを主張して自己の価値観が形成されて、それが生き方に反映していく、内部にあるものが外部に現れていく成長過程を「霊」が外部に顕現していく過程ととらえるわけである(→悠久の時の流れの中で“意識”が“進化”していく、その過程のこと)。その成長過程に見合ったスーツを、物質界における物的形体と置き換えるわけである。

 

☆完成度の低いものから高いものへ

「意識(霊の外皮)」が「進化」していくためには、地上体験を積む必要があり、そのためには物的形体を身にまとう必要がある。

たとえば「霊+意識(霊の外皮)」は、「単細胞生物的なスーツ」→「多細胞生物的なスーツ」→「〇〇〇〇的なスーツ」→「脊椎のある魚類的なスーツ」→「両生類的なスーツ」→「爬虫類的なスーツ」→「鳥類的なスーツ」→「哺乳類的なスーツ」へと、次々と「意識(霊の外皮)」の「進化」レベルに見合ったデザインのスーツを羽織って、地上体験を積むわけである。完成度の低いものから高いものへと漸進的にスーツのデザインが変化して、それに応じて物的体験も深まっていく。

 

ダーウィンが述べたような“スーツそれ自体”がゆっくりと、漸進的に、または突然変異的に、一段階上のデザインのスーツに「進化」していくのではない。「霊+意識(霊の外皮)」が「進化」するのである。

 

☆仕立屋の正体は誰か

一般的な解説では「意識(霊の外皮)」の「進化」に見合った時点でまとう物的形体は「神の創造行為によって準備される」と説明されている。実際には上記の譬えでいう「仕立屋」が物的形体を創造するわけだが、彼らの正体は神の創造行為に際して、具体的な「執行者」という形で関わりを持つ「造化の天使(→宇宙の経綸を担当する“天使的存在”)」である。彼らが神の意志を代行して、「意識(霊の外皮)」の「進化」の程度に見合った物的形体を意念で作り出している。

 

この物的形体に「グループとしての意識(単なる意識の集合体である“器”に魚卵が山盛りに盛られている状態、“群魂や集合魂”)」から派遣された「個々の意識(魚卵の中の一粒の卵)」が宿り、地上体験を積み生命を全うして、霊の世界に戻って「意識(霊の外皮)」の「進化」に寄与することになる。当然に因果律は「個々の意識」ではなく、「意識(霊の外皮)」を一つの単位として働く。この点が個別霊たる人間との違いになっている(→人間は“霊”を個々人が専有しているため因果律は個人単位で働く。しかし人間以下の生物の場合にはグループを単位として“霊”を有しているので、因果律はグループを単位として働く)。

 

このように「進化」を、ダーウィンの物的形体の連続進化という観点からではなく(→進化論は霊的存在を認めていないので、物的形体の中で理論を完結させなければならないという欠陥を持っている)、「意識(霊の外皮)」の「進化」による「霊」の顕現の拡大という霊界側からの視点で見るわけである。その時点における「意識(霊の外皮)」の「進化」に見合った物的形体が用意されており、それを身にまとって地上体験を積んで、その体験を霊界に持ち帰ってグループ状態にある「意識(霊の外皮)」が「進化」していく、という観点からとらえるわけである。

 

☆進化と体験との関係

なお“進化と体験との関係”では、下等動物は自らの体験のみが全てであるが、「意識(霊の外皮)」の「進化」によって高等動物の物的形体をまとうことになると、そこではグループ内の間接体験も部分的には活用することができるようになる。これが「個別霊の人間」の段階になると、他人の体験(→本人から見れば間接体験のこと)のすべてが自己の霊性向上に活かせるようになる。さらに「個別霊たる人間」が類魂に戻ると、そこでは類魂のメンバーから見れば間接体験であるはずの他人の“地上における体験”も、自分の“直接体験(体験の共有化現象)”とすることができるようになる。

このように「意識(霊の外皮)」の「進化」によって、体験は次のようなステップを踏んで拡大していく。「直接体験のみ」→「直接体験+間接体験」→「直接体験+間接体験を直接体験化する」。

 

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<注1>

シルバーバーチは「(大霊の一部である)この意識なるものは、私の知る限り無窮の過去から常に存在してきたものですが、それがさまざまな形態を通して顕現し、その表現を通して絶え間なく洗練されつつ、内在する神性をより多く発現していくのです。これまでありとあらゆる生命現象を通して顕現してきて、いまなお顕現し続けております。いま人間という形態で表現している意識も、かつては動物・鳥類・魚類・植物その他の生物と、無生物と呼ばれているもの全てを通して表現されてきたのです。これからも進化と成長を続け、発展し、拡張し、神性を増し、物質性を減らしていきます。それが創造の全目的です。大霊の一部である意識が、千変万化の形態を通して絶え間なく顕現していくということです」(メッセージ147⑫)と述べている。

 

☆コメント

悠久なる時の流れの中で、「進化」レベルに応じた物的形体をまとうことによって「意識(霊の外皮)」は「進化」して、個別意識の萌芽形態たる「類魂意識」を持つまでに至った。さらに内在する「霊」の顕現を増して、遂には個別霊の持つ「個別意識」へと「進化」した。このように「意識(霊の外皮)」は「グループ(魂の集合体)」に所属する魂の数を減らしてゆきながら、「単なる意識→類魂意識→個別意識」となって「進化」する。

 

<注2>

◆生物の誕生

物的地球は今から約46億年前に誕生した。この地上に生物は次のような時系列で登場し、絶滅していった。

今から約38億年前にバクテリア(真正細菌)が出現し、約32億年前に光合成をする生物(→シアノバクテリアという藍色をした藻の仲間の微生物、原核生物)が現れた。約21億年前にミトコンドリア、葉緑体、真核生物が現れて、約10億年前に多細胞生物が現れた。約54000万年前に「カンブリア爆発」が起きて、この時代の地層から多細胞生物の化石が大量に出土した。これらの生物は数百万年という短期間に爆発的に出現したものであった。カンブリア紀に出現した生物は、競争相手の全くいない環境で、現在の我々から見ても奇妙なデザインをした運動能力にたけた生物として繁栄していった。約4億年前に「植物の上陸」や魚類の登場があり、「両生類の上陸」があった。さらに約3億年前に爬虫類が出現し、25000万年前に「爬虫綱」に属する恐竜が登場し、その後白亜紀に全盛期を迎えたが約6600万年前に絶滅した。鳥類は約15000万年前に出現した。恐竜が絶滅した以降は哺乳類(→約22000万年前に最初の哺乳類が登場)の全盛期となって、霊長類は6500万年前頃に登場した。

 

◆生物の大量絶滅

生物の大量絶滅は何度も起きている。今から45000万年前頃(→オルドビス紀末、全ての生物のうち85%が絶滅)、25000万年前頃(→ペルム紀末に全ての生物のうち90%以上が絶滅)、2億年前頃(→中生代の三畳紀末に全ての生物のうち70%以上が絶滅)、6600万年前頃(→白亜紀末に、全ての生物の70%以上が絶滅)に大量絶滅が起きた。

 

◆転換点に立っている

識者によれば現在、生物の“種”は大幅に減少しているという。これは「意識(霊の外皮)」の物的形体としての受け皿が減少していることを意味する。この背景には「物的地球の転換期の問題」があるのではないだろうか。

46億年という歳月を費やして、“造化の天使”は「原核生物→単細胞生物→〇〇〇→植物→〇〇〇→魚類→両生類→爬虫類→鳥類→哺乳類」という物的形体の発達ルートと型を創ってきた。この右肩上がりに出来上がった発達ルートと型を使って、これまでは“造化の天使”は、霊の世界に於ける「意識(霊の外皮)」に対して、「進化」の程度に応じた物的形体をまとわせるという仕事をしてきたが、ここにきて急激な“種”の減少が起きている(→物的形体という受け皿の減少)。

推測するにこれまでの物的地球は、「霊の学びの場」を作り上げるという環境整備にエネルギーを費やしてきた(→全体の流れが物質へ形体へと、外部に拡張・拡大する方向で進化のコースが進んできた)。これからは「完成した“形体としての場”の質を上げる(→地球自体の輝きを増していく)」という方向に向かうのではないだろうか。これは19世紀半ば以降、高級霊から霊界通信によって霊的真理がもたらされて、「スピリチュアリズムの普及」という形で世界に広まっていったことと無縁ではない。このように現在、物的地球は大きな転換点に立っていると言えるのではないだろうか。

 

<注3>

◆人間界への誕生

シルバーバーチは「人間界への誕生には二種類ある」として、「古い霊が再び地上へ戻ってくる場合と、“新しい霊”が物質界で個体としての最初の段階を迎える場合です」(593②)と述べる。

上記の「新しい霊」の説明として「(動物の類魂は各種属にそれぞれの類魂がある。それがさらに細分化してその)細分化したものにもそれぞれの類魂がおります。新しい霊――はじめて人間の身体に宿る霊は、動物の類魂の中でも最も進化した類魂です」(5101⑧)。

さらに「(ペットとして可愛がられた動物は)類魂全体に対して貢献したことになります。類魂全体としてその分だけ進化が促進されたことになるのです。・・・全体のために個が犠牲になったということです。そうしたことが多ければ多いほど類魂の進化が促進され、やがて動物の段階を終えて、人間の形体での個体としての存在が可能な段階へと進化していきます」(592⑧)。「進化が進むにつれて類魂の数は少なくなり、個別化された魂が増えてまいります」(8206⑮)と述べている。

マイヤース霊は「地上への誕生のまったく別なケースとして、動物の未熟な魂が数多く集まって一個の人間の魂として誕生してくることがある・・・意識というものがより複雑な組織体を通して体験を重ね、最終的には人間のレベルに達するという基本的原理にのっとったまで」(個人的存在81②)との一文もある。マイヤース霊はシルバーバーチと同じことを述べている。

 

◆シルバーバーチの説明

シルバーバーチは「動物の世界には個的意識はなくとも、その奥には類魂としての意識が存在します。動物よりさらに下がると類魂の意識もなくなります」(道しるべ223⑤)。さらに「直前まで動物だった類魂が人間界への仲間入りをしたのです。アメーバ―の状態から始まって爬虫類魚類鳥類、そして動物と、あらゆる進化の段階を経て、今ようやく人間へと達したのです」(593⑧)と述べている。ここから「動物」を哺乳類として用いて鳥類をその範疇にいれていない。この点から見て鳥類には「類魂意識」はないと考えられる。

 

◆マイヤース霊の説明

この点についてマイヤース霊は分かり易く説明している。「植物・昆虫・魚類・それに四足動物を学校の学年別のように考えれば分かり易いでしょう。物的形態の死滅後、植物のエッセンスないしは魂が無数に集まって一つにまとまった存在を形成し、やがて一学年進級して昆虫の身体に宿ります。その昆虫の魂が無数に集まって一つのまとまった存在を形成すると、今度は魚類あるいは鳥類の身体へと進級します。こうした過程が延々と続いて、遂には人間に飼い馴らしている動物の中でも最も知的なものへと進化して行きます。・・・そして、いつかは地上へ戻り、人間の身体に宿ることになります・・・『創世記』の第一章に出てくる“禁断の木の実”・・・禁断の木の実であるリンゴを食べたということは、魂の進化の歴史における、動物的段階から人類への過度期を象徴的に述べているのです・・・全宇宙を通しての進化の趨勢は単純から複雑へと向かっており、“動物的感性”とでも言うべきもの、要するに物的身体の死後に生き残る部分は、少なくとも短時間こちらの世界に生き続け、地上時代に近い状態で生活しています。しかし、宿命的に地上へ戻ることになっています。そして機が熟せば人間の身体に宿ることになります」(永遠の大道259頁~262頁)と。

 

◆浅野和三郎の「類別的進化」

浅野和三郎は日本における「スピリチュアリズム(心霊主義)&サイキカル・リサーチ(心霊研究)」の草分けの一人であり、日本の「伝統的な祖霊観・霊魂観」と「新スピリチュアリズム(Modern SpiritualismNew Spiritualism)」を融合させて「和製スピリチュアリズム」を打ち立てた人でもある。20世紀前半、西洋の多くのスピリチュアリストが「有神論的進化論」の立場に立っていたことに自信を得た浅野は独特な進化論を述べた。浅野が唱えた進化に「類別的進化論(人は人、猿は猿として類別的な進化を遂げる)」がある。この進化論は、植物はあくまでも植物として進化し、動物はあくまでも動物として進化して、それぞれが完成の域に達するという立場である。

 

◆「類別的進化」と『霊の書』

アラン・カルデック編「霊の書231⑭」には「上層界では何もかもが完全に近づくことは事実です。が、動物があくまでも動物であり、人間があくまでも人間であるように、植物はあくまでも植物です」。さらに「霊の書42⑦」では「(最初の生物はどこから来たのか)どこからというのではなく、地球そのものに“胚”の状態で含まれていて、発生に都合のよい時期の到来を待っておりました。地球の初期の活動がようやく休止すると、有機的原素が結合して地上に生息するあらゆる生物の胚を形成しました。そして各々の種に生気を賦与する適切な時期の到来まで、その胚はさなぎや種子と同じように、不活性の状態で潜伏していました。やがてその時期が到来して発生し、繁殖して行きました」との記載がある。これは浅野が述べた「類別的進化」と同じである。浅野はアラン・カルデック編『霊の書』の影響を受けて独自の「類別的進化論」を唱えたのではないだろうか。

 

『続スピリチュアリズム入門』の66頁には「動物の集合魂がさらに進化したときはどうなるか?」につき、次の二つの見解が紹介されている。

一つは「動物の集合魂が進化して人間の霊レベルに近づくと、その中から人間の個別霊が誕生する」という見解であり、これはマイヤース霊やシルバーバーチがとっている立場である。次に「動物の集合魂は“種”として固定されていて、どこまでも人間は人間、サルはサル、イヌはイヌであって動物から人間へという進化のプロセスはない」という見解は、『霊の書』の立場であり、日本では浅野和三郎が唱えた「類別的進化」のことである。

 

本稿は前者の「マイヤース霊、シルバーバーチ」の見解に立って、そこに独自の見解を加味して述べている。筆者は地上的な“種”がそれぞれに応じて進化するという「類別的進化」は、あくまでも地上側から見た立場であり、『霊の書』は時代的背景を考慮しなければいけないと考えている。「進化」を論ずるためには、「意識」が霊の世界において「進化」していくためには、どのような物的形体をまとって地上体験を積んだらよいか、という観点から見なければ実態に迫ることはできないとの見解を持つ。

 

ただし『霊の書』にも上記の「類別的進化」と相反するような解説文もある。「自然界は全てがつながっていて一体化へ向かっている・・・下等な段階の創造物の知的要素に磨きがかけられ、少しずつ個別化され、発芽現象に似た一種の準備段階をへて形質変換が行われ、ようやく“霊(→個別霊のこと)”となったのです」(霊の書234⑩)。このように『霊の書』の文章も読み方によっては「マイヤース霊、シルバーバーチ」と同じ趣旨を述べている箇所もある。

なお『シルバーバーチの霊訓』にしてもすべて同じ趣旨で貫かれているわけではない。たとえば「ネコはネコのままです。ですが、ずっときれいなネコになります。ポールくんのような人間の子供も、地上での生活が長いほど霊界へ来た時にきれいになっているのです」(語る393①)や「8182⑥~」の文章は読み方によってはどちらともとれる。

 

<注4>

浅野和三郎は「龍神(=天使的存在)を以て人類発生の遠祖である」「龍神が人類発生の母体又は遠祖である」と述べて、人類は龍神の“天使的存在”から生まれたと主張した。この説の欠点は、人間の「霊(霊的要素)」と「肉体(物的要素)」を一緒にして論じている点にある。龍神(=天使的存在)が創ったのは人間の「物的身体」のみであって、神の一部である「霊・意識」は当初から存在している。一般に創造説では「神は人間を創造した」として、その一行で説明が終わっているが、現実の創造行為の作業現場では、神の摂理の代行者である“天使的存在”が担当し、摂理の範囲内で意念によって物的形体を創っている。

 

 

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