« 2章、旅立ちの前後 | トップページ | アメリカからヨーロッパへ:注記 »

1章、「終活」の一つ

目 次

1.「終活」ブーム

・作成の経緯

・「終活」の一つとして

2.現代社会の特徴

・唯物論的な思考

・時代背景

3.スピリチュアリズムとは

・世俗的なスピリチュアリズム

・素朴なスピリチュアリズム

・スピリチュアリズムの位置関係

・スピリチュアリズムの伝統的定義

・霊的成長を指向するスピリチュアリズム

 

<注1>~<注2>

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

1.「終活」ブーム

☆作成の経緯

これまで筆者は高齢者と何度か「死」に関して話す機会を持つことが出来ました。その際に気付いたことは、高齢者の「死」や「死のプロセス」に関するあまりの無知ぶりでした。本来この世に於いて「死」に関する事柄を人々に分り易く解説するのは宗教者のはずです。しかし宗教者の多くは十分な霊的知識の持ち合わせがなく、説明の仕方も特定の宗教宗派の教義に偏った「死後観」に終始しているため、説得力に乏しいというのが現状です。

 

この「旅のガイドブック」は当初、高齢者のために「死」や「死のプロセス」を簡単にまとめただけの小冊子でした。この小冊子を筆者の周辺に配布したら予想外の好評を得ました。その後何度か改訂を重ねていくうちに、次第にページ数が増えて最終的に「地上人生→死のプロセス→幽界生活→霊界生活→再生準備段階→再生人生」という形で、顕幽における人生全体を網羅する冊子が出来上がりました。

 

☆「終活」の一つとして

近年老齢人口の増加に伴って「終活(しゅうかつ)」がブームとなっています。この「終活」という言葉の意味は、おおよそ「人生の最後を迎えるにあたって事前に行うべき整理」とされているようです。大型書店に行けば「終活」に関するコーナーが設けられており、そこには「エンディングノートの記載」「遺言や財産分与」「葬儀の仕方」などに関する書籍が並べられています。しかし最も肝心な「死」や「あの世に関する事柄」は「終活」のテーマには含まれていません(→これらは宗教の範疇とされているようです)。

 

近年の「終活」ブームから見えてくることは、現代人は「死」の問題を直視せず、残された遺体の処理方法や「争続(遺産分割の争い)」など、死の周辺部にばかり気を使い過ぎている、ということです。本来は「死」を直視して、「旅立ち」前後の環境の変化を事前にシュミレーションしておき、「死のプロセス」を無事に完了させることが最も大切なことなのですが。

 

この「旅のガイドブック」では、「人はどのようなプロセスを経て本来の住居である霊界(狭義)に戻るのか?」「人は何のためにこの世に生まれてくるのか?」という深遠なテーマを、筆者の独自な観点から、さまざまな霊界通信を基に“霊界側の視点”でまとめてみました。そして最大公約数的な形の霊界描写を行って、一つの「死のプロセス」を提示してみました。「終活」の一つとして参考になれば幸いです。

 

2.現代社会の特徴

☆唯物論的な思考

現代人に見受けられる特徴的な思考傾向に、宇宙の一切の存在や現象を物質で説明する「唯物論的世界観」がある。この世界観から「脳と心の関係」はどのように説明されているのだろうか(→なお「心」という言葉は抽象的な概念だが、ここでは精神・感情・意志・理性・知識・思い・心情等を含んだ多義的な概念として用いる)。

一般的には物的脳にはさまざまな心の働きを司る領域・中枢があり、この領域・中枢の作用によって心は作り出される、そのため「精神(心)は物的脳によって生み出された副産物である」と説明されている。このような考え方が影響力の強い知識人によって唱えられてきたことから、多くの現代人は「死によって精神(心)は雲散霧消してしまい全てがなくなってしまう」ので、当然の結果として「死後の世界」は存在しないなどと主張している。

 

日常的に「死」と向き合う医療の現場では、従来から「心拍停止」「自発呼吸停止」「瞳孔散大・対光反射喪失」の「三徴候死」をもって「死」と診断する慣行が続いてきた。近年「死の判定基準」を巡って、臓器移植とセットとなって「脳死は人の死か」が論議されたことは記憶に新しい。この論議の背景には「唯物論的人間観」が存在している。そのため死後の世界を肯定する立場から「脳死」の是非を検証しようとする動きは脇へ追いやられてしまった。

 

☆時代背景

近年、世界各地においては局地的紛争が繰り返し発生している。その紛争の背景には虐げられてきた民衆の権利意識の目覚めもあるが、大部分は権力者や既得権者による権益の拡大が、宗教対立や民族対立の裏側に隠された形で存在している。さらに社会的格差から派生する悲劇も日常的に繰り返されており、社会不安がますます増大している。私たちはこのような情報をマスコミという媒体を通して知ることになる。

このように現代社会は人間関係の煩雑さなどもあって、繊細な人にとっては平穏に生きていくこと自体が格段に難しい時代となっている。

 

3.スピリチュアリズムとは

☆世俗的なスピリチュアリズム

唯物主義を基調とした効率重視社会に生きる人たちの間では、身の回りのモノや生活シーンの中に“精神的な癒しや潤い”を求める傾向が見られる。このような“ストレス社会”を反映して、ビジネスの世界でも「癒し」や「潤い」をテーマにした商品やサービスが提供されるようになってきた。

 

世の中の多くの人たちが「スピリチュアル」や「スピリチュアリズム」という言葉に対して持つイメージは、「開運・恋愛・未来予測などによって世俗的な幸福や成功を得る」といった占い的な意味合いや、パワースポットに詣でることによって自己の運気をアップさせて自己実現を図るなど、娯楽的傾向を持つもの。さらにはビジネスとして霊的な力を充実させることができると称するグッズの物販や「癒しの場」の提供、潜在能力を開発することを謳い文句にしたセミナーの開催などがある。また「前世や守護霊調査」によって自分に自信を持って前向きに生きたいなどという人もいるであろう。

このように多くの人たちのスピリチュアリズムに対する理解は、世俗的な欲求とセットとなった開運や、個人的な慰め・癒しといった「娯楽の一環」に留まるという印象を持つ。

 

ここから見えてくることは近年の「スピリチュアリズム・ブーム」は、来世の存在や死後個性の存続と言ったスピリチュアリズムが持つ本来のテーマとは切り離された形で、現世利益的に用いられてブームとなっているということである。

本稿ではこれらの「スピリチュアリズム」を「世俗的なスピリチュアリズム(=現世利益的なスピリチュアリズム)」と呼ぶことにする。「旅のガイドブック」で取り上げる「スピリチュアリズム」は、このような「世俗的なスピリチュアリズム」とは異なる。

 

☆素朴なスピリチュアリズム

世界を「霊肉実体二元論」的に理解して、人間の本質は霊であり肉体が消滅した後も霊の世界(=死後の世界)で存続し、顕幽の交流は可能であるとする思想を「スピリチュアリズム(Spiritualism)」と呼ぶ。一般にこれは「霊魂説」と呼ばれているものであるが、このような観念は古代から存在していた。本稿ではこの立場を便宜「素朴なスピリチュアリズム」と呼ぶことにする。

 

この「素朴なスピリチュアリズム」に対して、1848331日アメリカ・ニューヨーク州の寒村、ハイズヴィルのラップ現象から始まったスピリチュアリズムを「近代スピリチュアリズム(Modern Spiritualism)」または「新スピリチュアリズム(New Spiritualism)」と呼んでおり、「素朴なスピリチュアリズム」とは区別して扱われている。

 

両者の大きな違いは、「近代スピリチュアリズム」では「顕と幽の交信は科学的に証明が可能であるとの確信の上に立つ」ことを強調する点にある。この立場に立って顕幽二つの世界を統括する原理を科学的に解明しようとする努力が“ハイズヴィル事件”以降なされてきた。この気運の高まりによって、従来は一括りに神秘現象とされてきた事柄から詐術や錯誤を注意深く排除して、真実の現象のみを選別する。そして選別された現象に対して“科学的な解説”を施す、このようなことが可能となった。

このような「近代スピリチュアリズム」は短期間に急速に広まったが、その背後には霊界主導によって地球を根本から「霊的に刷新する」という目論見が存在していたことが、高級霊からの霊界通信を総合的に判断してみれば窺える(注1)。

 

☆スピリチュアリズムの位置関係

一般に「近代スピリチュアリズム(以下、スピリチュアリズムと呼ぶ)」の位置関係は「右隣りには実証を重視した科学の世界」が広がっており、反対側の「左隣には信念を重視した信仰・宗教の世界」が広がっていると言われている。そのため「実証を重視する者は、科学へ傾斜する」傾向を強め、「信念を重視する者は、信仰へ傾斜する」傾向を強めていく。

このように相反する二つの世界(→実証重視の世界と信念重視の世界)を隣接領域に持つため、一口に“スピリチュアリスト”と云ってもその立ち位置はさまざまである(→何を基準にして“スピリチュアリスト”と定義するかの問題もあるが)。なおこのスピリチュアリズムの実証重視と信念重視という二面性は、証拠に対して求める厳密さの程度にその違いが明確に現れている(注2)。

 

19世紀後半の西洋社会でブームとなった「家庭交霊会」では心霊現象が頻発して起きた。この心霊現象は間もなく科学者の目に留まり、広く関心を呼び起こして科学的な調査研究の対象となった。当時の一流の科学者の調査研究によって心霊現象の仕組みが明らかとなって、その結果「霊魂説」が確固たる「事実(=いわゆる事実として)」として打ち立てられた(→これをスピリチュアリズムでは「土台部分」と位置付けている)。このような経緯から従前の「素朴なスピリチュアリズム」と区別する意味で、1848年以降のスピリチュアリズムを「近代スピリチュアリズム(=新スピリチュアリズム)」と呼んだ。

このスピリチュアリズムの土台部分である「霊魂説」は、実証重視の科学の世界へと繋がっている。そして各種心霊現象を調査研究する「心霊研究」として発展し、その後「超心理学」と呼ばれるようになって学問分野の一角を占めるに至っている。

 

☆スピリチュアリズムの伝統的定義

スピリチュアリズムの体系はその「土台部分」に「霊魂説」が存在する。この「霊魂説」は各種物理的心霊現象や交霊会における招霊現象によって“事実として証明された事柄”であり、その内容は世界を「霊肉実体二元論」的に理解して死後の世界が存在すること、死後は霊の世界で生き続けるという「死後個性の存続」、この世とあの世は交流しているという「顕幽の交流」を肯定する立場のことである。

この「霊魂説」の上部構造に高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想(哲学)」がある。この「スピリチュアリズム思想」には「人生をどのように生きるべきか」や、人生に於いて遭遇する「困難や苦難にどのように対処したらよいか」など、人の生き方を深く掘り下げる力がある。

 

高級霊が述べているように「知識には責任が伴う」ことから、「スピリチュアリズム思想」を学んで知識の分量を増やしていくと、次第にその人の「生き方が問われてくる」ことになる。いわば生き方の「質的な転換(知識から生き方へ)」を迫られることになるわけである。この「質的な転換」は個々人の自由意志にゆだねられているが、なかには「スピリチュアリズム思想」をこの世を生き抜くための「生き方の指針(=実践哲学、信仰)」にまで高めていく人も出てくる。そのため上部構造たる「スピリチュアリズム思想」は信仰と相性が良く、宗教の世界へと繋がっている。

 

このようにスピリチュアリズムは、その下部構造(土台部分)に「霊魂説」が存在し、この部分が科学的側面に繋がっており、科学との相性が良い。また「霊魂説」の上部構造にある「スピリチュアリズム思想」は、物事の本質を深く掘り下げる哲学的側面を有している。さらにこの思想は人の生き方さえも変えてしまう力を持っているので、信仰や宗教の世界へと繋がっている。ここから「スピリチュアリズムは科学であり、哲学であり、宗教である」とする伝統的な定義が思い起こされる。

 

☆霊的成長を指向するスピリチュアリズム

高級霊が説いた霊的教訓には次のような特徴がある。

この世的な教えでは地上生活における「困難や苦難は出来るだけ避けるべき」こととされているが、高級霊は地上人生において誰にでも訪れる「刻苦と苦難」を、霊性を高めるための“魂の磨き粉”と位置付けている。そして霊的成長を目指すためには「刻苦と苦難と修養と節制の生活」が必要であると述べている。このように「刻苦と苦難」に新しい意味付けを行った点に特徴がある。

 

この「スピリチュアリズム思想(哲学)」の根幹部分には、「人類は、肌の色の違い、言語の違い、国家の違いを超越して、神を共通の親とした一つの家族」。または「神という共通の親によって生み出された兄弟姉妹」とする思想がある。この「神→人類」という思想は、「神(=全存在の究極の始源、統一原理)」と人類の間に「現人神」や「絶対者」を置かない極めてシンプルな思想である。そのため特定の政治体制にとっては、極めてラジカルな思想とされて危険視されるケースもある。このシンプルな思想が、何時の日か世界の主導的思想になっていけば、人種差別や特権者の横暴も消えて、唯物主義と物質至上主義に覆われた社会は劇的に変化していくであろう。

 

このように本来のスピリチュアリズムには、各自の生き方を変えて個々人の集合体である社会をも変えていく力がある。ここには多くの人が理解する物的指向の強いこの世的な幸福追求型の「世俗的なスピリチュアリズム(=現世利益的なスピリチュアリズム)」といったイメージは全くない。むしろ“霊的知識の体系”を自己の生き方に活かして霊的成長を図るという「実践哲学」的な意味合いが強く見えてくる。

本稿ではしばしば「スピリチュアリズム」という言葉を用いているが、上記のような理由からこの言葉の意味を「世俗的なスピリチュアリズム(=現世利益的なスピリチュアリズム)」としてではなく、霊的知識を自己の霊的成長に活かしていく「質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism)」として用いている。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

<注1>

高級霊からの霊界通信によれば、スピリチュアリズムとは「霊的知識」または「霊的知識の体系」であり、スピリチュアリズムの普及運動とは「霊的知識を地上に根付かせる」ことによって、最終的には「地球浄化」をなしとげることであると述べている。そのためには一人一人が霊的知識を日常生活に活かすような生き方をして、霊性の向上を図っていかなければならないとしている。

 

<注2>

☆実証重視の世界

心霊研究は懐疑論者を相手にする既成科学の世界を目指していたため、より厳密に実証性を追求する道を選ばざるを得なかった。そのためSPR(心霊研究協会)は懐疑論者の数々の批判に応えるために次第に「証明のハードル」を高くしていった。研究には「徹底した懐疑的態度」と「実証主義で科学的精神に徹した調査研究方法」が導入されて、極めて厳しく管理された実験が行われるようになっていった。

なぜなら心霊現象を学問領域に取り込んで、公認された学術の世界で認知させるためには、不思議な現象にまつわるところの「詐術や錯誤」を注意深く排除して、事実の確認の上に立つ研究態度は欠かせないから。

 

☆信念重視の世界

スピリチュアリストたちが住む世界は、信念重視の世界であり、そこでは「生き方の問題」に重きが置かれている。そのため日常的に懐疑論者の眼を意識しなくてすむため、既成科学では証明がつかない「直感による証明」であっても良く、証拠は信念を補強するための役割を担うに過ぎない。このように「証拠に関する考え方」は、実証重視の心霊研究者と信念重視のスピリチュアリストでは大きく異なってくる。

このような立場の違いからスピリチュアリストは、心霊研究者の「徹底した懐疑的態度」と「実証主義で科学的精神に徹した調査研究」に見られる態度、このような執拗なまでの「入り口部分」に対するこだわりには付いていけないという気持ちになってくる。

 

« 2章、旅立ちの前後 | トップページ | アメリカからヨーロッパへ:注記 »