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3章、中間境(冥府)

目 次

1.中間境(冥府)とは

・霊的世界の名称

・霊的な調整をする場所

・霊界の病院

・幽界へ旅立つ準備

2.地縛霊

・死の自覚がない霊

・中間境の下層にたむろする悪質な霊

・地縛霊になりやすい人

3.問題行動を起こす地縛霊

・親和性の法則

・段階的に深まる憑依のレベル

・「霊障」とは何か

・憑依の具体例

4.地縛霊の救済

・救済の対象となる霊とは

・救済方法

・救済された事例

・話しかけの具体例

 

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1.中間境(冥府)とは

☆霊的世界の名称

「霊界(広義)」は霊的レベルが異なった数多くの界層が、グラデーション的に連続して存在する世界である。そのため「霊の世界は一つである」ともいえる。しかしグラデーション的に存在する霊の世界の中でも、私たちが関心を持つ場所は、物質的要素が濃い界層(→中間境や幽界など)に限られる。思いっきり想像の翼を広げて見ても、例外的に「再生・類魂(霊的家族)」との関係で扱う「霊界(狭義)」の入り口迄であろう。

 

このようなグラデーション的に広がる霊の世界の中でも、物質的要素の濃い低い界層を便宜「幽界」と呼んでいる。その幽界と地上とが接する部分を特別に「中間境(または冥府)」と呼ぶ。霊界通信に出てくる「霊界の病院」「幽界の休息所」「地上時代を反省する場所」などの施設は、このエリアに用意されている。

 

☆霊的な調整をする場所

霊的に見れば「死」とはシルバーコードの切断であり、「死のプロセス」とは物的世界の粗い振動数を持つ肉体を捨てて、霊的世界のより細かな振動数に対応する身体に“脱皮”していく一連の現象のことである。このプロセスを完了させて、より細かな振動数に対応することができるようになるためには、一時的な“意識の中断(=死の深い眠り)”を伴った霊的調整を行わなければならない。この霊的調整が「中間境(=冥府)」と呼ばれる場所で行われている。

 

死者は「死のプロセス」の最終地点である「中間境」で、まどろむような状態の中で地上人生の反省を行い、さらに霊的波長の調整を行って物的要素を多く含んだ幽体を完成させる。そして「中間境」に中間物質で出来た「半物質状の幽質結合体」を脱ぎ捨てて、物質性が濃厚な霊的世界(幽界)へと出ていく。このように「中間境」は死者が霊の世界で生活するための準備の場所である。

 

「中間境」という界層は、“人間という物的衣装”を身に付けた者は、長期か短期かの違いはあるが一人の例外もなく全員が滞在する場所である。イエスでさえもこの境涯に入って肉から霊への霊的調整を行うために、暫しの休息を取っている。数多い霊の中には霊的調整がなかなか完了しないため、何百年も地縛霊状態を続けて「中間境」に滞在している霊もいる。このような地縛霊は、“新調の衣装”である幽体がいまだ完成せず、「半物質状の幽質結合体」を脱ぎ捨てることが出来ないため、いつまでも「中間境」を抜け出せないからである。

 

☆霊界の病院

事故死などによって物的身体から霊的身体が急激に分離(引き裂く)された場合には、分離に伴うショックが霊的身体にまで及んで、一時的な障害が生じることがある。このような「特別な看護を要する霊」のための施設が霊的世界の入り口である中間境には用意されている。

この病院に収容された霊は「ショックの後遺症」を癒すための処置や、霊的身体を形成するための調整が、霊的エネルギーの注入という形で行われている。霊界の病院で治療を受ける霊には、「霊性に歪みがある霊」「魂に深い傷を負った霊」「精神的に不安定で指導と助けが必要な霊」「無残な事故で急死した霊」「爆弾の直撃にて戦死した霊」などがいる。これらの霊は地縛霊にならないためにも「特別な看護」が必要となる。

 

☆幽界へ旅立つ準備

この「中間境」死者はまどろみながら、地上時代の言動や心に宿した想念の全記録を(→強く念じた想いや片時も頭から離れない想念のことであり、日常の他愛もない想念のことではない)フラッシュバック的な映像の形で見せられる。この映像を見せられた死者は、思慮に欠けた言動や人を傷つけた行為、因果律に反した行為など、地上時代の問題点が明らかにされるためすべてをすぐにでも償いたい気持ちになる。

 

死者は「中間境」に滞在中に“肉から霊への霊的調整”を行って、物質性を帯びた霊的身体である幽体を完成させる。そして身に付けていた幽質結合体を、あたかも古いコートを脱ぎ棄てるかのように棄て去って、新調の幽体をまとって「幻想の世界」である幽界に出ていくことになる。

死者が赴く「幻想の世界」とは「昼下がりのまどろみのような世界」であったり、「浄化のための世界(→浄化の程度に応じて厳しい世界から穏やかな世界まで広がっている)」であったりする。死者は「明確な霊的自覚」が芽生えてくるまで、これらの世界で指導霊に導かれながら滞在することになる。

 

2.地縛霊

☆死の自覚がない霊

地縛霊とは、死によって肉体を棄てたにもかかわらず、いまだに死の自覚がないため、身体は霊界にあるにもかかわらず、その世界の霊的波長に感応できずに、いつまでも物的波長の中で暮らしている霊をいう。このような霊は、霊的調整が完了していないので幽体が完成せず、「半物質状の幽質結合体」を脱ぎ捨てることが出来ないでいる。当然に幽体に“脱皮”できないので「中間境」から脱け出られずにいる。このような地縛霊という名の“落ちこぼれの霊”は無数にいるという。

 

戦時下に於いては、霊的知識のない死者が、何の準備もなしに大挙して霊的世界に送り込まれてくる。霊的知識がないので死の自覚がなく、意識が地上に向いているため周りで待機している救済霊とは波長が合わず、地縛霊の視界に入らない。そのため救済の手が差し伸べにくい状態にある。このような霊はいまだ死んだという自覚がないため、物的波長から霊的波長への切り替えが完了せず、霊的視力が使えない状態となっている。このような死者は自らの意識の中に「死の自覚」が芽生えてくるまでは、相変わらず戦場で戦闘行為を繰り返している。そのうち周りの様子がおかしいことに気づき始めて、内部から「死の自覚」が芽生えてくると、霊界からの救済の手が初めて差し伸べられることになる。

 

戦死者だけに限らず同様な事例は多方面に数多く見られる。たとえば自殺した地縛霊は死の自覚がないため“死にきれなかった”と思い、親和性の法則から波長の合う地上人のオーラに引き寄せられて、憑依した状態で自殺を繰り返す。麻薬中毒で死んだ地縛霊は波長の合う者に憑依して麻薬依存症にさせる。さらには地縛霊の憑依現象と思われる通り魔事件など、現代社会は地縛霊に関わると思われる事件・事故が日常的に発生している。

 

☆中間境の下層にたむろする悪質な霊

霊界通信によれば「野獣のような性格の者、殺人者、犯罪者、麻薬常習者、ごろつき、悪質金融業者、嫉妬や復讐心に燃える者」など、他人への迷惑など考えたこともない者が地縛霊となって、中間境の下層でたむろして、地上世界に悪影響を及ぼしているという。このような霊は上層に広がるより明るい霊的世界のことや、霊性を向上させるなどということは考えたこともなく、自らの利己心が生み出す“闇の中”を、当てもなくさ迷い歩いて、地上人のオーラから出る「小さな灯」にすがりつこうとする(→あたかも誘蛾灯に引き付けられる蛾のように引き寄せられていく)。

 

霊界通信によれば、このような“悪質な地縛霊”に憑依される地上人は「自己中心的、意志薄弱で自主性がない、未熟な精神の持ち主」などの特徴があり、それなりの“受け皿”が出来上がっている者であるという。たとえば薬物中毒者は、麻薬常習者の地縛霊を引き寄せるなど、親和性ある地上人に引き付けられていく。引き寄せられた地縛霊は地上人と霊的波長を同調させて(→地上人のオーラの中に強引に入り込むイメージ)、物的身体のコントロール機能を乗っ取ろうとする。その結果、地上人が持つオーラの防御機能は破られて、地縛霊に精神の中枢機能を乗っ取られてしまい、異常な行動を起こすようになる。

 

☆地縛霊になりやすい人

ア)働き盛りで(若くして)亡くなった人

働き盛りで亡くなった人の中には、心の底から「精神(心)は物的脳の副産物」と思っている人もいる。このような人の場合は、霊的知識がないので死の自覚が芽生えにくく、地縛霊になりやすい。霊界通信の中には「大八車を押す」という仕事を、延々と何十年~百年以上も続けている霊が出てくる。この霊などは典型例である。

 

イ)「お金、物質、この世的なモノ、世俗的名誉」に執着が強い人

お金やモノなどはこの世だけのもの。これに強く捕らわれてしまうと、霊の世界に行ってからも「物的波長の中で暮らす」ことになる。このような物的なモノに執着の強い死者は「明確な死の自覚」が生まれにくいため、とかく地縛霊になり易い。

霊界通信の中には「私は算盤一途になり、金、金、金、人間はお金が第一と過ごしてきました。世の中は他人に世話をかけなければ、これが一番。自分の財産を作り、地位を築きました。何もかも世の中は金だからというので、胸の中には常に算盤がありました」という霊人が出てくる。この霊もお金にとらわれて地縛霊になってしまった。このような事例は多い。

 

ウ)自殺した人

一口に自殺者といっても、それまでの地上人生をどのようにして送ってきたか、霊的成長レベルや霊的資質はどうか、さらには自殺の動機は何かなどによって境遇は異なってくる。

自己犠牲的要素が強い自殺の場合は、自らの命を絶つ行為に利己性は薄いので(→たとえば三浦綾子著『塩狩峠』の永野信夫、彼は自らの身体を線路上に投げ出して列車を止めた)、自殺者の意識が外側に向いて開いているため、救済霊との接触が極めてスムーズに運ぶ。

自殺者に「明確な死の自覚」が芽生えれば「死のプロセス」を穏やかに進むことが出来る。

 

自殺の動機が利己性の強い場合には(→たとえば新幹線の車内で焼身自殺をした者など)、そのネガティブな想念が自殺者を包みこんでしまうことになる。その結果、自殺者の意識が内側に強く向いてしまい、周りに厚い想念の壁を作る。このネガティブな想念の壁を壊すには、自殺者自身の意識を外向きに変える必要がある。そのため長時間にわたる忍耐強い努力や克己心が必要となる。このような努力を通して自殺者の意識が外側に向いてきた瞬間をとらえて、救済霊が手を伸ばすことになる。このような自殺者は地縛霊となっており、中間境から何時までも抜け出せない。

例外的に憑依霊による自殺がある。この場合には自殺者はしばらくのあいだ暗闇で過ごすことになるとしても、自殺の責任は憑依霊側にある。そのため憑依霊は自殺をさせたという行為の結果責任を負って償いをしなければならない。

 

エ)熱心な宗教の信者

熱心な宗教の信者は、その宗教の「教義(→その教義が霊的真理から離れれば離れるほど)」が作り上げた想念の世界に閉じ込められ易い。教団の形式を守り教義を盲信することが宗教ではない。宗教は教義とは何の関係もない。本来の宗教とは、人のために自分を役立てることであり、これが取りも直さず“神への奉仕”に繋がる。また日常生活をどのように行うかが重要。ノルマを達成して教団や教祖に奉仕することが宗教ではない。

 

オ)特定の思想の持ち主

特定の思想の持ち主も、自分の作り上げた想念の世界に籠ることになり易い。思想やその人の世界観は、「霊の心」が扱う領域なのであの世に持ち越せる。「霊の心」は「霊(神の分霊)」の表現器官に過ぎないので、突き詰めれば思想や世界観も「霊」が顕現していくためのツールにすぎない。つまり思想や世界観を超えたところにあるのが、自我の本体たる「霊」ということになる。思想家や思索家は、地上時代に自ら作り上げた思想体系・世界観という轍(わだち)に足を取られてしまうことになり易い。地縛霊にならなかったとしても幽界の低い世界で過ごすことになり易いので注意。

 

カ)素直さに欠ける者

誰でも死後の世界の入り口でガイドに出会って、「死のプロセス」をスムーズに辿れるように手引きしてもらえる。その際にガイドの言葉に、強情を張らずに素直(素直さとは霊的特性の表れ)に従えるか否かがポイントになる。この世で素直さを身につけることも重要。

 

3.問題行動を起こす地縛霊

☆親和性の法則

地縛霊に憑依される主な原因としては、一般に次のようなケースが考えられる。

いわゆる霊的に敏感な霊媒体質者――「中間物質(幽質結合体)」の変形であるエクトプラズムを豊富に持っている者や、オーラを大量に発散させている者(肉体や霊体から発散されるオーラ)など――の場合にはその傾向が顕著に表れる。しかし霊的に鈍感な者といえども極度の疲労状態で、肉体のバリアーが弱っている場合は注意を要する。

さらに「身体と精神と霊の関係」が調和を欠いており、地縛霊などを引き付ける何らかの条件が本人側にある場合。酒の飲み過ぎ、薬物中毒がある場合。本人側に度を越した虚栄心や利己心などの要因がある場合など。このような傾向が強ければ強いほど、知らぬ間に地縛霊や悪意を持った低級霊を引き付けてしまうことになる。

 

一般にはこのように本人側に何らかの原因があって、「親和性の法則(波長が同調する)」によって霊を呼び込み、憑依が起きてしまうケースが大部分であろう。物質界と霊的世界とは絶えず影響し合っているので、人間は日常的においてありとあらゆる霊的影響力にさらされている。その中から「親和性の法則」によって「実際に引き寄せるのは自分と同じ霊格を持った霊だけ」「邪悪な人間は邪悪な霊を引き寄せ、心清き人は心清き霊のみ引き寄せる」ことになる。

 

☆段階的に深まる憑依のレベル

霊界通信によれば、地縛霊や悪意を持った低級霊などが憑依してくるレベルには次の三段階があるという。以下のケースでは主に霊媒体質者を念頭に置いている。

 

ア)憑依の第一段階

この段階は、憑依霊がしつこく霊媒体質者に付きまとって来るレベルで、本人はその状態を客観的に理解している。霊媒体質者は憑依霊に気持ちを合わせず、意志を強固に持って「こんなことではいけない」と撥ねつければ両者の関係は切れる。この点からも霊媒体質者は日頃から霊性やモラルを高めておく必要がある。さらに守護霊が援助できる条件を整えておかなければいけない。

 

霊媒体質者は「自分は他人と違って特殊な能力の持ち主なのだ」と自惚れて、憑依霊と意識を合わせてしまうと(=波長を同調させると)、憑依のレベルは次の第二段階に進行するので注意。本来はこの第一段階で、霊媒体質者は憑依霊と波長を同調させず、憑依霊を撥ねつけなければいけない。このことからも特に霊媒体質者は、憑依霊から身を守るためにも正しい霊的知識を持つことがいかに大切であるかが分かる。知識は身を守る盾となるから。

 

イ)憑依の第二段階

憑依霊は霊媒体質者の心をくすぐるような「慈悲心・人類救済・神の愛」などを散りばめた言葉で接触してくる。霊媒体質者は憑依霊が述べる美辞麗句を散りばめた言葉によって道徳的感覚が麻痺してしまい、あたかも本人自身が救世主にでもなったかのような錯覚に陥って、大真面目に大言壮語してはばからない状態となる。

高級霊の霊界通信では霊媒体質者に「自分は神の化身であると思い込ませ、それらしき勿体ぶった態度でご託宣を述べさせる。誰が聞いても滑稽きわまる内容なのだが、その辺の判断力がマヒしているから、本人はみじんもおかしいとは思わずに、大真面目で大言壮語をする」と。このように憑依の第二段階を述べている。この段階にいる霊媒体質者を時々見かけることがある。家族や周囲の者は何とかして、精神状態を正常に戻させようとするのだが、本人に憑依霊を切り離すだけの強い意志力がなければ、憑依は次の第三段階に進んでいく。

 

ウ)憑依の第三段階

憑依霊に霊媒体質者の自由意志を含めた人格全体が完全に支配されてしまう。他人が見れば明らかに支離滅裂な行為だが、本人はそれを正常で立派な行為と思っている。この段階は思考活動と自由意志が完全に憑依霊に奪われている。この段階になると完全にお手上げ状態になるので、病院に強制的に入院させて治療に専念させる以外にない。

 

☆「霊障」とは何か

本人の身の回りに次々と“予期せぬ不幸”が起きるという場合や、本人に重い障害が先天的または後天的に発生する場合は、霊的には次の三つのケースが考えられる。

 

ア)一つ目の「出生条件」のケース

本人が生まれつき“重大な病”を抱えている場合、または人生の働き盛りに“重大な病”が発症して“不幸が起きる”という場合(→霊障という表現で呼ぶ場合もあるが)には、一般には次のようなことが考えられる。

再生人生のスタート時点で、霊界で指導霊の助言に基づいて「出生条件を設定」する際に、今回の再生人生の主たるテーマとして、過去に自ら作ってしまった“霊的負債(=マイナスのカルマ)”の返済をはかるという、極めて重い選択をした可能性が高い。

この場合は「出生条件を設定」する際の一つとして、障害を持った肉体(→または働き盛りで発症するという究極のケース)を選択する場合もある。クリアすべきテーマによっては例えば重い障害を持って貧困家庭に生まれる、または重い障害を持って紛争地の最貧国で、女性として生まれるなど、さまざまな条件が想定される。いずれのケースでも肉体的ハンディを背負いながら、健常者と同様に困難や苦難を“磨き粉”に使って霊性を磨くことになる。

 

発症した病は再生人生の途上において“治る時期(→カルマ切れによる負債の完済時期)”が到来すれば、心霊治療などを受けることによって劇的に治病することになる。仮に治病しなくても本人の死によって、障害を持った肉体を脱ぎ捨てることになるので、遅かれ早かれ解放されることになるが。

なお本人の不摂生によって病が発症する“軽いカルマ”の場合は、乱れた生活を正すということによって大部分は解消していく。このように人生における「困難や苦難は何のためにあるか」という解釈が、スピリチュアリズムと“この世的な思想”では根本的に異なっている。

 

イ)二つ目の「親和性」のケース

人間は絶えず心の状態に見合った波長を周りに発信しているので、本人の低い波長に同調した未熟霊(→地縛霊や幽界の下層にいる低級霊)が次々と呼び寄せられている。本人が霊的に敏感な霊媒体質者であれば、未熟霊との同調は憑依という現象で現れる。霊的に鈍感な体質者でも良からぬ影響力が、その人の周りを取り囲むという形で現れる。その良からぬ影響力が直接的に及ぶ場合や、不思議と物事が悪い方向に流れていくという形で間接的に及ぶ場合もある。

本人が生活を正して霊的波長を高めていけば、次第に同調しなくなって自然と離れていくので収まって行く。このように霊障と言われる不幸は「親和性の法則」の応用で解決する場合もある。

 

ウ)三つ目の「近親者」のケース

地縛霊の祖父が血縁者である霊媒体質者の孫に無意識のうちに頼ってきて、血縁者の孫が祖父の死亡時の肉体の状況を再現(→死亡時の病気の痛みが再現する)してしまう場合がある。地縛霊はいまだに“病に侵された肉体”があると思い込んでいるため、その病の苦しみを引きずっている。

地縛霊に「明確な死の自覚」が芽生えて、物的波長から霊的波長に切り替えが完了すれば、病の問題は解決するのだが。このような場合は祖父と霊的に感応し易い孫から、「愛念を送る」や「真理を語って聞かせる」ことによって、地縛霊である祖父の意識の切り替えを図って救済する方法が一般的である(→霊界は思念の世界なので)。

 

これと同様の現象は交霊会ではよく見られる。交霊会では病死した霊が霊媒に憑ってきた際に、その病気の状態を霊媒が再現してしまうことがある。サニワが地縛霊を諭して「明確な死の自覚」を持たせると、病の苦しみから霊は劇的に解放される。基本的にはこれと同じ現象である。

 

☆憑依の具体例

ア)気功で霊媒体質が目覚めた

矢作直樹著『人は死なない』(バジリコ2011年刊、70頁~)の中に自殺霊に憑依された人の話が載っている。

文中Bさんという名で登場する女性は、20歳の時に友人4人とIT関連の会社を立ち上げた。業績は順調で社員も150人ほどで、忙しい会社であった。そのため鬱になる社員もいて、Bさんはよく相談にのっていたという。「私は人に相談を受けることが多く、そういう時はすごく感情移入してしまう」性向であったという。Bさんは姉の勧めで気功教室に通うことにした。その気功でBさんの体が勝手に動くようになってしまい、生来の霊媒体質が目覚めてしまった。

 

イ)地縛霊(自殺霊)に憑依される

その後「あなたの体を借りたい」といって寄ってきた“女性霊(地縛霊)”に憑依されてしまい、無意識のままマンションの8階から飛び降りてしまった。「いつ自分が実家からマンションまでやって来たのか全く記憶がなく、飛び降りようとした記憶もありませんでした。本当に、気付いたときは落下するところでした」と“自殺”の前後を語っている。一命は取り留めたものの車椅子の生活になってしまった。

事故から4年後、Bさんは声のかすれを治療するため、友人から紹介されて有名な気功治療院を訪ねた。そこで気功師から手かざしで気を入れてもらった時に、再び憑依現象が起きてしまった。この時はBさんの夫が憑依霊に対して「丁寧に話を聞いてやったため、納得して私から出てゆきました」。それ以降、Bさんは気功はやめることにして「それからは自分をしっかり持ち、他人に依存しないようにするとともに、あまり他人の話に引っ張られないように心掛けるようにしました」と述べている。その後、現在に至る迄、憑依現象は起きていないという。

Bさんに憑依した“女性霊”は生前自殺をして命を絶ったが、いまだ死の自覚がないので波長の合う人を見つけては憑依して、自殺を繰り返している地縛霊であると思われる。

 

ウ)今後Bさんはどうすれば良いか(処方箋)

Bさん自身は生まれつきの霊媒体質であり、それが気功によって目覚めてしまった。Bさん自身の性格は「相談時の感情移入」から考えて、相手と波長の合わせ方がうまい共感能力の高い人といえる。そのような共感能力の高い人が人生相談を行う場合には、自分の立ち位置を常に明確にしておかないと、相談者と相談員がお互いに感情的に盛り上がってしまい相談にならない。また相談員が霊媒体質の人であれば、なおのこと心の一点に冷静な覚めた目を持って、自分は守護霊と一体となっているとの気持ちを強く持たなければ(→日頃からパイプを太くしておく)、相談者が変わるごとにその都度、霊的に影響を受けてしまう。霊媒体質者が相談業務を行う場合には、特に注意した方が良いであろう。

 

今後Bさん自身、他人に依存せずに、精神的に自立した生き方に方向転換していく必要がある。そのためには、少しずつ霊的知識を勉強して、守護霊とのパイプを太くしていく生き方(→毎日短時間でもよいから瞑想という形で一定時間とって、守護霊との感応動向の時間を持つ)をして、心身共に霊的ガードを固めていくことが大切となる。

 

4.地縛霊の救済

☆救済の対象となる霊とは

物的波長の中で暮らしており、自ら作った想念の世界に籠っている地縛霊に対しては、霊界人よりも同じ物的波長にある地上人からの方が救済のための手を差し伸べやすい。なぜなら地縛霊は霊的波長に感応しないため、霊界からの救済の手が届きにくいからである。地上人が供養の対象とする霊とは、このような地縛霊になる(→供養する霊の範囲が確定する)。地縛状態を脱すれば、救済霊の“救済プログラム”に従って霊的世界に馴染んで行く。

 

☆救済方法

供養の方法は地縛霊と波長的に感応道交しやすい血縁者から「愛念を送る」や「真理を語って聞かせる」ことが基本となる。なぜなら霊の世界は“思念の世界”だからである。一般的には血縁者は一定期間辛抱強く、地縛霊に向かって“語りかける”と言う形で、思念を送ることから始める。その思念は温かい微風となって地縛霊の周りに漂う。その漂っている微風を地縛霊が感じ取った時が、地縛状態を脱する“目覚めの時期”の到来となる。その段階が何時訪れるかは個々の霊的状況によって異なるが。

なお注意すべき点として、霊媒体質者の背後に“地縛霊を救済するための霊団”が結成されていない段階では、手を広げて一般人を対象とした救済に走ると、逆に憑依されてしまう危険性がある。見えない世界の霊的活動には一層の慎重さが求められる。

 

一般的な救済プロセスは次のような流れになると思われる。

「血縁者から地縛霊に愛念を送る」―→「地縛霊は暖かい風が吹いてくるのを感じる(=目覚めの時期の到来)」―→「地縛霊は血縁者が語る霊的真理に聞き耳を立てる」―→「地縛霊は自らの死に思いを巡らす」―→「地縛霊は死の自覚を持つ(霊的波長が切り替わる)」―→「地縛霊の霊的視力が開ける(霊的波長に感応できるようになったから)」―→「地縛霊は救済霊の存在に気が付く」となる。

 

☆救済された事例

ある霊界通信に地縛霊となった牧師の妻が救済された事例が載っている。

牧師の妻は「主人と共に幾十年、キリスト者としての信仰生活をして霊の世界に来ましたが、信仰の教えの通りではなかった」。キリスト教の教義と現実は異なっていたという。当然に牧師の妻は「私は死を自覚しなければならないとか、死んだ者には病がないとか、そういう事を考えたことがありませんでした」と述べている。

この霊は地縛霊の時に無意識のうちに、「(スピリチュアリストの甥の)Aさんに憑いていて学んだということが今では判っています」と述べている。地縛状態を脱した牧師の妻は「今、私は自由に飛廻れますから、あなたがたの集まりには先に行って聞いております。お話は私に関することでなくても、やはり通ずるものがありますからよく判るのです」と述べている。

 

比較的良質の交霊会の記録を読んで見て分かることは、地縛霊や地縛霊状態を脱して間もない霊は、牧師の妻と同様の方法で縁のある地上の人間に憑いて、一緒に学んでいることが多いようである。本来であれば「死の自覚を持った霊」は、救済霊が用意したプログラムに従って、霊の世界において「霊としての自覚」を深めていくのが一般的であろう。しかしそのプロセスは画一的なものではなく、その霊にとって“心霊グループの霊的真理の学習会”が最も適していると思われれば、その場が有効に活用されるようである。

私たちが霊的真理を心から納得(→付け焼き刃的な理解ではなく霊の心の領域での理解)できれば、自分自身もその理解をあの世に持ち越すことが出来るし、その理解したという思念が霊にも伝わることになる。ここからも地上人の役割は大きいことが分かる。

 

☆話しかけの具体例

霊媒体質者の孫から病気で死んだ“祖父(地縛霊)”に対して、思念を送って「明確な死の自覚」を芽生えさせるための状況を会話風にして述べて見る。

 

孫は意識を祖父に合わせて心の中で呼びかける。

「おじいちゃん、お目覚めですか」

「人間は死んでも死なないのだよ。おじいちゃんが今いる場所は地上とソックリでしょう」

「おじいちゃんには二つの身体があるのだけど、知っていましたか」

「いまは病気で苦しいと思うけど、病気に侵された身体は死とともに棄ててしまったので、本当はないんだよ」

「人間は死ぬとそれまで使っていた身体から抜け出すのだよ。ほらおじいちゃんと一緒に見たセミの脱皮、それと同じだよ」

「死んだのだから病気に侵された身体は、脱皮して地上に置いてきたのだよ」

「おじいちゃんの気持ちが病気の身体に向いているから、何時までも苦しい思いをしているのだよ」

「おじいちゃん、自分は死んで新しい世界に来たと強く思ってごらん。セミが脱皮して新しい身体になって、空に羽ばたいていくのと同じだよ」

「気持ちを新しい身体に向けるのだよ」

「病気の身体は棄ててしまって、今は健康な身体をまとっていると強く思うのだよ」

「心の底から自分は死んで、健康な身体になって新しい世界に来たと思ってごらん。そうすると灯りが見えてくるよ」

「周りにいるおじいちゃんの知っている人たちの姿が見えてくるよ」

このように孫がおじいちゃんと対面して話している状態を想像して、辛抱強く思念を送ることが必要となる。

 

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