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参考、個別霊の進化と霊的エネルギーの関係

<目 次>

1.神と宇宙との関係

・創造者が創った宇宙

・宇宙の統治手段としての法則

・譬えで説明すると

・高級霊信仰の誤り

 

2.霊的エネルギーの流入

・流入ルート

・垂直方向のルートと水平方向のルート

・霊的な動脈硬化

・二種類の利他的行為

・利他的行為の原則と特則の事例

 

*本稿は知人が発行する“会員向けの刊行物”に掲載した文章を再掲したものです

 

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1.神と宇宙との関係

①.創造者が創った宇宙

万物の根源である「神」は悠久の昔、何らかの「目的(神の意志)」を持って宇宙を創った。そのため「宇宙は神の反映」であり「神が宇宙組織となって顕現した」(5145①)ということが出来る。

シルバーバーチは「神」を「永遠不変の大霊」「全生命の根源」「宇宙の全存在の究極の実在であるところの霊的な宇宙エネルギー」(7200⑪)などと表現している。被造物たる宇宙には「神」と同質の「絶対的エネルギー」(1076⑨)や「霊的な宇宙エネルギー」(7200⑫)が満ち溢れている。さらに「神」は「生命(物質の場合には潜在した状態にある)」や「霊」であり、全存在物に内在している(1137⑬、636②)ので、ここから「神=生命=霊」という図式が成り立つ。

シルバーバーチはこのような「霊」の個別化を、「究極の実在であるところの霊的な宇宙エネルギー」が「個別的意識形体」となったのが人間であると説明する(7200⑫)。このことから「普遍的要素としての霊」から個別化によって「個別霊」が生まれたことになる。

 

②.宇宙の統治手段としての法則

シルバーバーチは「個別霊」の具体例として、霊的進化に物的体験を必要としない「天使的存在」(新啓示124④~⑧)と、物的体験を必要とする「人間的存在」(5145⑩)を例示している。前者の天使的存在は、当初から高級界に所属する高級霊であり「宇宙の経綸の仕事」を担当する、後者の人間的存在である地球人類は、宇宙の中で数多く存在する物的身体を持った意識的生命の一つにすぎないと述べる(6170②~⑨)。

 

創造主である「神」は、宇宙の全存在物が霊的進化の道を公平に辿れるようにするために、その手段として法則を創り、その執行役として天使的存在を置いた。この霊的法則と霊的進化との関係は、宇宙の全存在物に遍く内在している「霊」が、依怙贔屓なく公平に“霊の顕現の場”に、神の属性を増していけるようにと(顕現は0%から限りなく100%に近いレベルまで存在する)、その進化の手段として「神の法則(=摂理)」が創られた。

ここから「神」と宇宙にある万物との関係は「神→法則⇔万物」という図式となり、「神」は法則の裏側に隠れる形で存在することになる。一般には「神は大自然の法則よりももっと大きい存在」という表現になる。なぜなら神は法則を支配していると同時に、その「法則が作動する仕組みもこしらえた無限なる知性であり、その法則は神の意志が顕現したもの」だから(11107⑩)。

 

この関係を人間側から見れば「神」は「神→法則⇔人間」という形で、法則を通して人間と相対することになる。このように神と人間の間に法則が介在することによって、人間は法則という“流れ”に乗れば「神」の顕現を増して進化の道を歩むことが出来るが、法則に背を向ければ停滞することになる。古来より「神」は直接人間と相対する「神⇔人間」という関係で、さまざまな言葉で表現されてきた。しかし「神」は人間的な存在ではなく、直接相対する関係でもない。直接相対する「神⇔人間」という関係では、神との取引を擬制した関係を作りあげ、また現世利益的な信仰を生みやすい。シルバーバーチは明快に人間をイメージする「人格神的な神観」を否定している(426④)。

 

③.譬えで説明すると

創造者たる「神」を「緑茶の茶葉:A」とし、被造物である宇宙に遍満する「霊(普遍的要素としての霊)」を「緑葉の茶葉を粉末状にした粉末緑茶:B」に譬えて説明する。

緑茶の茶葉を粉砕機のミルにかけて粉末状にする。そこから適量の「粉末緑茶:B」を“ペットボトル(=宇宙に譬える)”に入れて水を注ぐとお茶が出来上がる。出来上がったBAのお茶の成分は全く同一なので、「神」は「絶対的エネルギー」や「霊的な宇宙エネルギー」という形で“宇宙(=ペットボトルを宇宙に譬える)”に遍満していることになる。

 

悠久の昔、何らかの目的のもとで「霊の個別化」がなされて、宇宙は神と同質のBとそれが顕現する“場所”という形となって「宇宙の二重構造」が生まれた。この個別化によって「個別的意識形体をとる人間」(7200⑫)が誕生した。これにより「霊(神)」は「①普遍的要素としての霊」と「②個別化した霊」となり、②はそれが顕現する場所をも同時に生み出した。

Bは「霊の個別化」によって“カプセル状”になってそれぞれの人間に内在しているが、その“霊の顕現の場(=いわゆる意識、魂、霊の外皮)”における顕現状況は、個々人ごとの霊的進化レベルに応じて異なっている。

シルバーバーチは「霊」が顕現する場所である「意識(=霊の外皮、意識なるもの、魂:語る425⑦)」は、無始無終で無窮の過去から常に存在しており「大霊の一部」(3113④、メッセージ147⑪)であると述べている。ここから「神=霊=生命=“意識”」という関係性が見えてくる(1137⑬、833⑫)。

 

いま個別化された「霊(B)」を「果物のタネの部分」とし、“霊の顕現の場”を「果物の果肉部分」とする。一般に用いられている「自我の本体たる霊魂」という言葉は、「霊(=果物のタネの部分)」と「魂(=果物の果肉部分)」が合体した言葉である。いわば「果実一個分」を表す言葉であると言える。形体なき霊魂(果実一個分)は霊体や肉体をまとって各種体験を積み重ねることによって、内在するカプセル状の「霊(B)」を「0%」から限りなく「100%」に近い位置にまで、「魂(=霊の外皮、意識)」という“場”に顕現させていく。この顕現状況によって個別霊の霊的進化レベルが決定される(=果実の完熟度合に譬えられる)。

 

信仰の世界では「神人合一」という言葉をよく聞く。この言葉の定義を創造した者(A)と創造された者(Bが内在している宇宙の存在物)が一つになるということであれば、理性的に考えれば在り得ないことは分かる(福音177④、到来269⑧参照)。

それでは創造された「個別的意識形体をとる人間」(7200⑫)がインディビジュアリティを限りなく開発して、内在する「霊(B)」の顕現を100%にすることは可能か。理論上はABが合体するわけではないので可能に思える。しかしシルバーバーチは「生命は永遠にして無限、完全へ向けて絶え間なく努力していくのであり、その過程に“終局”はない」:(福音177⑨参照)として、これも否定している。

 

④.高級霊信仰の誤り

人間という個別霊は内在する「霊」を「魂」という“霊の顕現の場”により多く顕現させていくために、さまざまな地上的体験や霊的体験を積み重ねながら霊的進化の道を歩んでいる。その個別霊の進化は「霊」の顕現の“場”における状況が「0%から100%の範囲内」に応じて個別霊ごとに異なっている(言い換えれば個別霊ごとに道義心のレベルが異なることになる)。そのため霊界は霊的進化レベルに応じた「階層構造的な世界」といえる。

人間たる個別霊は地球という紛争と悲劇が絶えない惑星を“学校”として用いて、そこで様々な体験を“魂の磨き粉”にしながら霊的成長をはかっている。地球で生活する人間という個別霊の霊的レベルは、宇宙全体から見れば限りなく低い。シルバーバーチは「地球は宇宙の惑星の中で最も進化の程度の低い部類に属す」(11177⑭)と述べている。

 

このような地球という霊的進化の低い惑星で体験を積む個別霊から見れば(例えば顕現の度合いが5%の霊)、相対的に霊の顕現レベルが高い霊は(例えば顕現の度合いが20%以上の霊)、どの個別霊も一様に見えるのかもしれない(例えば10歳の子供から見れば30歳以降の大人はみな同じように見えると同様に)。

私たちが指導霊や支配霊などと呼ぶ背後霊は、私たちより霊的進化のレベルが一歩先を歩む霊たちである(なかには修行のために背後霊となって憑いている低級霊もいるが)。また各組織や自然界を担当している個別霊(人間的存在や天使的存在の個別霊)もいる。これらの個別霊は自分が担当する“持ち場(人間や建造物、地域など)”を通して、その職責を全うすることによって、それぞれがより高いレベルへと霊的成長を目指している、いわば修業中の身である。そのためシルバーバーチは「指導霊というのは崇拝の対象とされることは望んでいない」「唯一崇拝の対象とすべきものは神」のみと述べている(1118①)。

 

万物の根源である「神」以外は全て被造物であり、高級霊といえども「霊」の顕現の度合いを限りなく「100%」にまで高めるために、さまざまな体験を通して霊的成長を図っている。多神教の世界では「神々」や「諸仏」を崇拝の対象としており、日本でも「八百万の神」信仰や「諸仏崇拝」がある。ここで信仰や崇拝の対象とされている「神々」や「諸仏」とは主に高級霊のことである。シルバーバーチの言葉にもあるように、崇拝の対象は創造者である「神」のみであり、被造物たる高級霊(=八百万の神、神々、諸仏、イエス、天使、人霊など)ではない。なぜなら高級霊は一種の「中間管理職(自分が受け持つ範囲の責任者)」であり、最終的な責任者ではないから。

 

日本的な心霊の世界では「八百万の神」という呼称で、「神」と共に「高級霊」も崇拝の対象としているが、シルバーバーチの観点から云えば問題がある。しかし人間はその時点の成長レベルにおいて理解しえた抽象概念以上の、より大きい抽象概念をイメージとして思い描くことは難しい、という限界を持っている。そのための一つの解決策として、高級霊は私たち人間の“兄や姉”である、最終責任者の「神」に取り次ぐ中継役である、との認識を持つことが「指導霊崇拝」に陥るのを避けるためのポイントになるではなかろうか。

 

モーゼスの『霊訓』には「神の概念が理解できた者なら直接神に祈ることです。が、それができないのであれば、自分にとって最も身近な信仰の対象を仲立ちとして祈るがよろしい。その仲立ちによって祈りが大神へ届けられます」(続霊訓75⑨~⑪)との記載がある。

この「祈りの仲立ち」とはイメージしやすい守護霊なり指導霊なりを仲立ちとしたスタイルの祈りである。日本的なスピリチュアリズムの世界でも、自分の守護霊や指導霊を仲立ちとして「神にお取次ぎの程をお願いします」と祈る霊能者もいる。この「祈りの仲立ち」説の仕組みは、守護霊なり指導霊が一種の“ライフル銃の照準器”的な役割を果たすことになるので、最終的に神に祈りのピントが合うことになるからである。

祈りの意念は目標地点に向けて仲立ちを経ながら相応のレベルまで届く。霊界における祈りの処理は、専門の霊団が祈りに含まれる純粋性や利他性などを分析し選別して処理するが、価値評価の高い祈りは順次高位の霊に取り次がれていく(彼方の生活1208⑥~参照)。

 

2.霊的エネルギーの流入

①.流入ルート

宇宙に遍満している「神」と同質の「霊(=普遍的要素としての霊)」は、「霊的エネルギー(=絶対的エネルギー、霊的な宇宙エネルギー)」の流入という形で、宇宙の全存在物の霊的進化に影響力を及ぼしている。霊的進化のレベルが進んだ“個別霊(天使的存在、人間的存在)”は、質の高い膨大な量のエネルギーを自在に扱うことが出来る。

 

宇宙に遍満している霊的エネルギーは人間たる個別霊の「自我の本体」にある「魂の窓」から流入して(2121⑤、2124⑨)、内在する「霊」を活性化させて、神の属性を「魂」という“場(=いわゆる意識、霊の外皮、インディビジュアリティなど)”により多く顕現させていく。個別霊の「霊魂」を活性化させた霊的エネルギーは、その表現形態である「霊的身体」に流れ込む。さらに中間物質(=半物質状の幽質結合体、半物質的流動体、接合体などの名称がある)を経由して物的身体に流れ込んで、それぞれの部位を活性化させる。

 

霊的進化の道を歩んで行くためには、さまざまな体験を「魂の磨き粉」として「霊」の顕現の度合いを高めていく必要がある。その手段の一つに利他的行為がある。人間が地上世界で他者に対して行う利他的行為は、霊的エネルギーを「私」から「あなた」へと流していく行為に他ならない。この行為を日常生活の中で継続して行えば、霊的エネルギーが流れ込む“パイプ”はより太さを増していくことになる。霊的エネルギーは「通過する道具によって制限される」(1130⑥~⑩)ので、霊性が高ければ高いほどそれだけ多くの質の良い霊力が大量に流入する。その結果「魂」という“場”に顕現する「霊」の割合は高まっていく(顕現の度合いは0%から99.99%の範囲内で)。

 

②.垂直方向のルートと水平方向のルート

宇宙に遍満している霊的エネルギーが、人間社会に満ち満ちていくためのルートには、人間の霊的要素(霊・霊の心・霊体)から中間物質を経由して、物的要素(物的脳、肉体)に流れ込む「垂直方向のルート」がある。このルートで流れ込んできた霊的エネルギーは、他者に対する利他的行為によって、水平方向(人から人へ)に転換して流れていく。このように霊的エネルギーは垂直方向と水平方向の二つのルートによって、人間社会の隅々まで及んでいく。

 

宗教では利他的行為が推奨されているが、これはスピリチュアリズムの観点からも正しさが証明されている。他者に対して行う利他的行為、行為の本質は自らの霊的エネルギーを相手に与えることに他ならないが、さらに多くの霊的エネルギーを本人の霊的要素の中に呼び込むことになる(霊力の通風孔を大きくしていく行為:2121⑤)。

その結果として本人の霊性も高まっていくので(霊的エネルギーの質が高まり分量も増えていく)、霊性の向上には利他的行為が大きく寄与することが分かる。このように多くの霊的エネルギーを自らの中に呼び込むためには、自分を経由して他者により多く“流す行為”が必要となる(利他的行為によって自らが所持する霊的エネルギーを移動させること)。いわば自分の中に一種の“真空状態”を作りだして、さらなる霊的エネルギーを自分の中に呼び込む、という図式になるわけである。

 

霊的エネルギーの流入と霊的成長は密接に関係していることから、霊的成長のキーワードは「人のために自分を役立てる」ことである。なぜなら人のためを思って何らかの利他的行為を行うことは、宇宙に遍満している霊的エネルギーを、自分を経由して他者に流すこと(=施しをすること)に他ならないから。

こうして個々人の利他的行為(→霊的エネルギーを相手に流すという水平方向のルートのこと)と、霊性の向上に向けた修養と節制の努力の積み重ね(→自らの中により多くの霊的エネルギーを取り込む、垂直方向のルートのこと)、この両者の組み合わせによって、地上世界に絶対的に不足している霊的エネルギーは次第に分量を増やしていくことになる。ここに“修養的な生活と利他的行為を基本に据えた生活”(997④)が推奨される理由がある。その結果「地上世界の霊的レベル」は一段と向上して、人の行為の基調が利己的から利他的に代わり「唯物主義と利己主義の二つのガン」は徐々に駆除されてゆく。

 

③.霊的な動脈硬化

霊性の未熟さやネガティブ思考は“霊的生命力(=霊的エネルギー)の通路”を塞ぐ阻害要因となる。霊性の未熟さの表れである“異常なまでの物的志向性(異常な物欲、度を越した利己性)”の持ち主や、“度を越したネガティブ思考(必要以上に心配する、取り越し苦労をする)”の持ち主。いわば“霊的な動脈硬化”の要因を持った人は「霊的生命力の通路」を自ら塞いでしまっていることになる。(→主に半物質状の幽質結合体から物的脳や肉体へのルートに問題が発生する)。

 

その結果、本来“物的脳や物的身体の各部位”に流れるはずの霊的生命力(=霊的エネルギー)が充分に流れずに、精神的な病や肉体的な病となって発症することになる。ネガティブ思考の持ち主(霊的な動脈硬化の要因を持った人)が霊的エネルギーの循環を正常に回復する手段として知られているのが、一般に「瞑想(精神的に障害がある場合は避ける)」と「笑いの効用(精神的な障害があっても有効)」である。

 

④.二種類の利他的行為

A:利他的行為の原則(人の為になる行為なら何でも良い)

シルバーバーチは宗教の基本は「いつどこにいても人のために自分を役立てること」であり「奉仕こそ霊の通貨」(757⑦)であると述べている。これは信仰者の最大の関心事である“神に対する奉仕”、つまり地上を霊的エネルギーで満たして「新しい世界の建設」に貢献することは、「神の子である地上の同胞に奉仕すること」であるから(語る83⑮、最後啓示61⑤)。シルバーバーチは「奉仕こそ霊の通貨」であると事あるごとに述べている。言いかえれば「人のために自分を役立てること」と同じである。「新しい世界の建設」はこれが基本となっている。このようにまずは自分の出来ることから利他的行為を行いなさいということになる。

 

B:利他的行為の特則(霊的真理の普及をしなさい)

スピリチュアリズム(=霊的思想:11175⑬、1176②)を普及する行為は、人間の生き方や社会の在り方を根本的に変える利他的行為である。この行為は一般的な利他的行為(上記A)に対して、より専門性を持った利他的行為であり「人の為になる行為なら何でも良い」の特則にあたる。霊的真理を理解したスピリチュアリストは、いわばその道の“スペシャリスト”なので、上記「A」のような一般的な利他的行為に留まらず専門性を生かした「B」のような行為も出来る(→利他的行為の選択の幅が広がることになる)。

 

⑤.利他的行為の原則と特則の事例

専門性と利他的行為の関係を、地震の被災地で“瓦礫の片付け”を行うボランティアのグループに入って、復旧活動に携わる医師の行為を例にとって考えてみると良く分かる。

被災地で「医療行為が求められていない“平時の時”」は、その医師の利他的行為は賞賛され何等問題は生じない。しかしその被災地において「医療行為が求められているような“非常時”」においては問題が発生する。医師が“非常時”においても、なおも“瓦礫の片付け”にこだわり、それを優先して行い続けている場合には「道義上の責任」が生じる。なぜなら医療行為は医師でなければできない行為であり、職業倫理上も自ら率先して医療行為に携わることが求められるからである。

このように代替可能な“瓦礫の片づけ行為(→労務提供型の利他的行為)”と、一身専属的な“緊急医療行為(→専門性を持った利他的行為)”とを同列に並べて、自分の好みで前者を選択するということは、ケースによっては許されない場合がある。

 

同様なことは霊的真理を理解したスピリチュアリストにもいえる。ただし霊的真理を理解したといっても、その理解の深さや自覚の程度は各人各様(ピンからキリまで)なので、その“能力に応じた責任の発生”ということになる。

これに対して医師は、一定の能力を有していると判定された者にのみ与えられた公的資格なので、その名称を有する者には一定以上の能力があるという“社会の期待感(当然に責任もあるということ)”があり、そこにスピリチュアリストとの本質的な差異がある。

スピリチュアリストが行っている霊的真理の普及活動は、人間の生き方の本質部分に深くかかわっている利他的行為である。利他という点では他の行為(一般的なボランティア活動)と質的には同一だが、人の生き方や社会の在り方を根本から変えるという点では、利他の程度は極めて高い行為と言える(→社会変革を目指したものだから)。したがってあまた存在する利他的行為の中でも霊的真理の普及活動は、人の霊的成長や社会の根本的な変革に直結するため(→「新しい世界」の建設に直結するから)、利他的行為の頂点に位置しているといえるのではないだろうか。

 

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◆「スピリチュアリズム」とは「社会変革思想」

シルバーバーチは「スピリチュアリズム」とは「単なる名称:1176②」「信仰ではなく知識:7175⑧」「霊的思想:11175⑬」であると述べている。そして「スピリチュアリズムの普及運動」とは「霊的知識を地上に根付かせる」ことによって、最終的には「地球浄化」をなしとげることであると述べている(メッセージ99④~⑦、メッセージ223⑭~224⑯)。そのためには一人一人が霊的知識を日常生活に活かすような生き方をして(9117⑭~118③)霊性の向上を図っていく、修養的な生活(997④)と利他的行為を基本に据えた生活が推奨される。

このように「スピリチュアリズム(=霊的思想)」には、各自の生き方を変えて個々人の集合体である社会をも変えていく力がある。そのためスピリチュアリズムは、究極的には「唯物主義と利己主義という地上世界を蝕む二つのガン(1101⑫)」を駆逐する「社会変革思想」となる。

 

◆スピリチュアリズムの体系

スピリチュアリズムの体系はその「土台部分」に「霊魂説」が存在する。この「霊魂説」は各種物理的心霊現象や交霊会における招霊現象によって“事実として証明された事柄”であり、その内容は世界を「霊肉実体二元論」的に理解して死後の世界が存在すること、死後は霊の世界で生き続けるという「死後個性の存続」、この世とあの世は交流しているという「顕幽の交流」を肯定する立場のことである。これは従来多くの人が抱いていた“素朴なスピリチュアリズム”に、この世とあの世の交信は科学的に証明が可能であるとする立場が加わったもの(=近代スピリチュアリズム)。

この「霊魂説」の上部構造に高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想(哲学)」がある。この「スピリチュアリズム思想」には「人生をどのように生きるべきか」や、人生に於いて遭遇する「困難や苦難にどのように対処したらよいか」など、人の生き方を深く掘り下げる力がある。

 

シルバーバーチも述べているように「知識には責任が伴う(153②)」ことから、「スピリチュアリズム思想」を学んで知識の分量を増やしていくと、次第にその人の「生き方が問われてくる」ことになる。いわば生き方の「質的な転換(知識から生き方へ)」を迫られることになるわけである。この「質的な転換」は個々人の自由意志にゆだねられているが、なかには「スピリチュアリズム思想」をこの世を生き抜くための「生き方の指針(=実践哲学、信仰)」にまで高めていく人も出てくる。そのため上部構造たる「スピリチュアリズム思想」は信仰と相性が良く、宗教の世界へと繋がっている。

 

このようにスピリチュアリズムは、その下部構造(土台部分)に「霊魂説」が存在し、この部分が科学的側面に繋がっており、科学との相性が良い。また「霊魂説」の上部構造にある「スピリチュアリズム思想」は、物事の本質を深く掘り下げる哲学的側面を有している。さらにこの思想は人の生き方さえも変えてしまう力を持っているので、信仰や宗教の世界へと繋がっている。ここから「スピリチュアリズムは科学であり、哲学であり、宗教である」とする伝統的な定義が思い起こされる。

 

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◆参考

新しい世界の建設に関しては、次の文章を参照のこと。

「スピリチュアリズムが目指す世界」

http://1411.cocolog-nifty.com/ks802/2016/06/post-7ca0.html

 

◆注意

文中には筆者の独自用語があります。煩雑にならない限りできるだけ用語の定義や、別の表現を付け加えました。本来なら独自用語を使わずに、共通用語を作ってそれに統一したいのですが、スピリチュアリズムの世界でも著作権がうるさいですのでやむをえません。

 

 

 

 

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