« 2022年『シルバーバーチの霊訓』連続講座の開催に際して | トップページ | 第1講:スピリチュアリズムの基本――霊的摂理について <講義用ノート> »

第1講:生き方としてのスピリチュアリズムとは <講義用ノート>

目 次

1.「連続講座2020」を始めるに際して

2.1960年代から2000年代にかけての動向

・大まかな“霊や死に関する事柄”の変遷

・アプローチの多様化

 

3.死に対する見方・考え方

①.「死は終焉」という考え方

・死によって私は雲散霧消する

・この説を主張する人は多い

・この説の問題点

②.「生命(霊)の海に溶け込む」という考え方

・馴染み易い説

・日本の伝統的な霊的世界観

③.スピリチュアリズムの考え方

・死の先にも人生は続く

・スピリチュアリズムの立場から個別問題を考える

 

4.思想家を悩ましてきた問題

・何のためにこの世に苦難はあるのか

・何のためにこの世に生まれてくるのか

・人は死んだらどうなるか

 

5.個人や社会の意識を変える運動

①.素朴なスピリチュアリズム

②.「近代スピリチュアリズム」とは

・1848年のハイズヴィル事件(フォックス家事件)

・近代スピリチュアリズム(新スピリチュアリズム)

③.生き方としてのスピリチュアリズムとは

・本来の住処

・地上世界

・この世は学校

・知識から生き方へ

④.スピリチュアリズムは「意識を変える運動」

・スピリチュアリズムは知識

・霊的知識を日常生活に活かしていく

・個々人が変われば社会も変わる

 

<注1>~<注9>

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

1.「連続講座2020」を始めるに際して

A:死は誰にでも訪れる

多くの人は「死」や「死後の世界」に関しては「縁起でもない」「まだ先のこと」と考えて、まともに取り合おうとしない。人によっては「死を考えると怖い」とか「身近な人が死んで行くのを見るのが怖い」という人さえいる。そこには「死」や「死後の世界」に関する知識がないことからくる恐怖感、あえて目を閉じて見ようとしない「死の先送り」や「死に対する思考停止現象」が見られる。

一般に現代人は将来のことに関しては「その時になったら考えれば良い」とする傾向が強い。まさに「死」や「死後の世界」は“先送りされるテーマ”の最たるものである。しかし「死」は誰にでも否応無しに平等に訪れる。

 

B:現代人の無知ぶり

古代人は自然科学に関する知識を持ち合わせていなかった。そのため地震・噴火・嵐などの自然現象を「神の怒り」と考えて恐れおののいていた。一方“探査ロケット”に代表されるような高度に発達した科学技術を獲得し、きらびやかな近代文明を誇っている21世紀の現代社会はどうであろうか。

現代人であっても「死」や「死後の世界」の話になると、多くの人は驚くほどの無知ぶりをさらけ出す。それは古代人が自然現象に対して示していた理解と同程度である。霊的知識がない現代人の姿は、地震・噴火・嵐などの自然現象に恐れおののいていた古代人の姿とダブって見えてくる。私たちは自然科学の知識がなかった古代人を笑うことは出来ない。

 

C:正しい霊的知識の普及

地上世界に「死」や「死後の世界」に関する正しい知識を普及させること。そして自覚した者から霊的知識を日常生活に活かしていくこと(2204⑮参照)。これらの地道な普及活動を通して人々の意識を変えていく「意識の変革」こそが、利己主義が増殖し際限なき貪欲によって貧富の差が拡大して、争いが絶えることの無い現代社会が抱える病理現象を、根本的に変えていく喫緊の処方箋であると筆者は考えている。

 

この観点に立って昨年に引き続き「シルバーバーチの霊訓、連続講座2020」を開講します。今年のテーマは「シルバーバーチの教えを日常生活に活かしていくには」です。このテーマで今回は進めて行きたいと思います。

 

2.1960年代から2000年代にかけての動向

ア)大まかな“霊や死に関する事柄”の変遷

この五十年の間、世の中の“霊や死に関する事柄”の意識動向は大きく変化してきている。最初に「1960年代から2000年代にかけての動向」を年代順に見てゆく。

 

A1960年代~1970年代

1960年代の文化的な特徴として、アメリカに端を発した「対抗文化(カウンターカルチャー、反主流派の文化、ヒッピー運動)」がある(注1)。この「対抗文化」の一つである自然回帰運動の経験者や、東洋の宗教・精神文化などの体験者が「ニューエイジ運動」の担い手となった。科学の分野では物理学に意識の概念を導入した「意識工学(自然認識科学)」。また禅や瞑想を学問の中に取り入れた分野が出てきたのもこの時期(ニューサイエンス)であった。日本では1970年代の後半以降に「精神世界」というジャンルが登場して、従来まで宗教の範疇で語られてきた“霊や死に関する事柄”が、宗教から切り離されて一人歩きするようになったのもこの時期であった。

 

B1980年代

1980年代後半の日本社会は拝金主義の風潮が蔓延しており、人々はバブル景気(198612月→19912月)に浮かれていた。他方これに反する動きもあった。この時期、当時吹いていた“精神世界ブーム”という時代の風に背中を押される形で(→1980年前後から、大型書店では宗教書の隣に“精神世界コーナー”が設けられるようになってきた)、良質なスピリチュアリズムHigher Spiritualism文献(注2)が翻訳されて相次いで出版されていた。

この時期の日本はバブル景気という拝金主義の風潮と、商業ベースに乗りづらい“良質なスピリチュアリズム文献”の相次ぐ出版という、いわば物欲指向とその対極にある霊的指向という“二つの相反する動き”が同時に起きていた。

 

C1990年代~2000年代

1990年代の後半は急激にインターネットが発達した時期であった。新たな「基本ソフト(OSWindows95)」の出現によって、インターネット利用の環境が整ってコンテンツが充実してきた。この時期以降の急速な技術革新による生活環境の変化は、私たちにさまざまな恩恵をもたらしたと同時に意識の変化も余儀なくさせた(注9)。

このような状況下で“霊や死に関する”アプローチにも変化が生じて、2000年代以降はインターネットを活用してスピリチュアリズムを普及する動きが強まり、一種の「スピリチュアリズム・ブーム」が出現した。このブームが現在に至っている。

 

イ)アプローチの多様化

A:生まれ変わり事例の研究

この時期、死後の世界へのアプローチも多様化した。1960年代の後半以降、ヴァージニア大学教授のイアン・スティーヴンソン(Ian Stevenson1918年→2007年)は“生まれ変わり型事例”の実地調査を行い、この分野のパイオニアとなった(→笠原敏雄訳『前世を記憶する子どもたち』日本教文社1990年など)。

 

B:臨死体験の研究

臨死体験の定義は「臨床的に死を宣告された、もしくはそのように見えた者が、その後蘇生した時点で、あるいはそれからしばらくした後に語る、その間の体験」のこと(→外形から見て死んだとされた者が蘇生した時点で語る体験のこと)。日本の『万葉集』にも記述がみられるように臨死体験は古くからあった。その臨死体験が学問的な研究対象となって注目されるようになったのは1970年代中頃から1980年代にかけて。

 

欧米では臨死体験が1970年代中頃から1980年代にかけて注目されるようになった。医師のキューブラー・ロス(Elisabeth Kübler Ross1926年→2004年)やレイモンド・ムーディ(Raymond Moody1944年→ )の研究をきっかけとして、臨死体験を学問的研究の対象とする動きが芽生えてきた。

その後医師のマイケル・セイボム(Michael B Sabom)は1977年に臨死体験の研究報告を『フロリダ医師会誌』に掲載し、1982年に著書『Recollections of Death』(マイケル・B・セイボム著、笠原敏雄訳『あの世からの帰還』日本教文社1986年)として出版した。さらに最も詳細な医学的データが残されたケースとして知られている「パム・レイノルズの臨死体験」の研究報告書をバーロウ神経学研究所から取り寄せて著書『Light and Death』(続『あの世からの帰還』日本教文社2006年)の中で公表した。

この臨死体験の研究に心理学者、精神神経医、脳生理学者、宗教学者、哲学者などが幅広く参加してきた。1980年代になると臨死体験は広く知られるようになった。

 

◆臨死体験の特徴

ア)意識は肉体の外にあるという体外離脱体験(自己視型体験、意識と形体との分離)

・本人の意識は肉体ではなく「分離して遊離した自分」の中にある(本人の視点は肉体の外)。

・ベッドに横たわる自分の肉体を他人事のような感覚で見下ろす(肉体からの分離感)。

・自分の肉体から分離することによって体が軽くなったような感覚を持つこと。

・“分離した自分の心の状態”は完全に覚醒して意識水準は高く、驚くほど思考が明晰。

イ)トンネル体験

・多くの体験者が「暗く長いトンネル」に引き込まれたと述べる。

ウ)光に包まれる体験

・光に包まれて至福の時間が持てた、気持ちが良かったという体験のこと。

エ)走馬灯的な回想体験

・自分の一生がパノラマ的に展開、それを一瞬のうちに見る体験のこと。

・死後、中間境で見る回想体験との違いはシルバーコードが切れているか否かにある。

オ)神秘的な体験

・自分の側に他者の存在を感じ取る体験のこと。

カ)不本意な生還

・シルバーコードが切れていないので意識は肉体に戻る。

 

通常は「私という意識」とその意識の表現器官である「形体(物的脳・肉体)」は一致している。それがある特殊な状態になると「私という意識」と「形体」は分離する。その現象が特徴的に出現して研究テーマとなったのが、蘇生者が語る臨死体験。

 

C:日本では

日本では“生まれ変わり型事例”の実地調査としては、1960年代後半に公益財団法人日本心霊科学協会が行った「勝五郎再生」(注3)の調査研究が知られている。

日本で臨死体験という言葉が普通に使われるようになったのは1990年代以降のことである。1991年に放映された立花隆氏による「NHKスペシャル、立花隆リポート」や、著書『臨死体験』(文芸春秋1994年)が大きいと言われている。広く臨死体験が知られるようになると患者に意識がなくとも病室内では患者の話はしないという風潮が強まっていった。なぜなら患者が病室の天井付近で聞いているから。

 

1960年代以降の見えない世界の研究動向は、従来までの宗教や信仰からのアプローチだけに留まらず「生まれ変わりの研究」「臨死体験の研究」「潜在意識の研究」「超心理学(テレパシー・透視・予知・念力など)の研究」「気や気功の研究」「トランスパーソナル心理学(人間の知覚を超えたものが人間の心理に与える影響を研究する学問:研究者自らが瞑想やヨガなどを体験して内面的な体験を深めて研究に応用している)」など、多様性が見られる。

 

3.死に対する見方・考え方

①.「死は終焉」という考え方

ア)死によって私は雲散霧消する

一般に物的脳にはさまざまな心の働きを司る領域・中枢があり、この領域・中枢の作用によって心は作り出される。そのため「精神(心)は物的脳によって生み出された副産物である」と説明されている。このような考え方が影響力の強い知識人によって唱えられてきたことから、多くの現代人は「死によって精神(心)は雲散霧消してしまい全てがなくなってしまう」ので、当然の結果として「死後の世界は存在しない」と主張している。死後の世界は存在しないので、より一層この世に対する執着が強くなっていく。そのため現代人は若さや不老長寿(→美魔女願望、百歳長寿、健康寿命など)に対する願望は根強い。

 

イ)この説を主張する人は多い

A:医療関係者

唯物論的な考え方が未だに支配的な医療の世界、特に高度医療を提供する病院では「絶対に人を死なせてはいけない」「死は敗北である」と考える傾向が強い。なぜなら死は終焉であり死後の世界はないから(→老人福祉施設に併設された看取りを行う医療施設と、高度医療を提供する病院とでは当然に医師の死生観に対する違いが見られる)。

 

B:著名人

脚本家の倉本聰氏は2017年のインタビュー記事「理想のやすらぎの在り処とは、脚本家・倉本聰かく語りき」の中で、「僕は死ぬことに納得している。死んだ後に天国に行くとか地獄に行くとかもない。全部無です」と述べている。倉本氏は「全部無です」と言っているので「死は終焉」と考えているのでしょう。

 

C:宗教者

ジェンダー論で著名な社会学者の上野千鶴子氏と、著名な宗教者の瀬戸内寂聴氏(19225月生、97歳)との対談(上野千鶴子著『おひとりさまの最期』朝日文庫302頁~303頁)から。上野氏は東日本大震災の被災地に入った仏教者は、生き残った方たちに「愛する人が先に往って、あなたをあの世で待っておられますよ。この一言が言えてうらやましいですね」と述べた。これに対して瀬戸内氏は「そう言えるようになったのはここ数年のことです」「得度した時には(→51歳で出家)、あの世を信じていませんでした」と述べた。

この発言から瀬戸内氏は90歳近くまで「死後の世界」を信じていなかったことになる。現在はあの世の存在を肯定しているが(→瀬戸内氏の死生観は、死後は個性を失って“霊の海に溶け込む”と考えているのか、それとも死後も個性が存続して生き続けると考えているのか、どちらかは不明)。

 

D:アクティブシニア

多くの意欲的で元気なシニア世代(=アクティブシニア)の方々は、「死」や「死後の世界」について「縁起でもない」としてまともに考えようとしない。そこには「死の先送り」や「死に対する思考停止」現象が見られる。

2013年のシルバー川柳入選作に「子は巣立ち、夫は先立ち、いま青春」がある。この作品からは子供は独立して家を出た、世話の焼ける夫は亡くなった(→妻は世間並みに夫の死後1年くらいは喪失感で寂しかったであろうが)、今は24時間自分の為に使えるので青春そのもの、老後の自由な時間を謳歌する心情が伝わってくる川柳である。

 

ウ)この説の問題点

死後の世界を一切認めない「死は終焉」という考え方の問題点としては、「人間は平等には生まれてこない(→生まれながらの経済的格差や、身体的・精神的障害の有無など)」「この世で因果律は完結しない」「逃げ得を許す」などが指摘できる。

 

死後の世界を一切認めなければ、この世で悪行の限りを尽くしても、見つからなければ「不正を咎められることはない」と考える人が出てくる。これでは人間社会が長年に亘って作り上げてきた倫理観の崩壊であり、ますます社会が悪くなっていく。また健康を害した高齢者や要介護の高齢者の場合には、この死生観では“後ろ向きの終末期”になってしまう。

 

②.「生命(霊)の海に溶け込む」という考え方

ア)馴染み易い説

上記のような唯物論的な考え方に馴染めない人たちの多くは、死を「生命循環」的に考える傾向がある。これには唯物論に近い考えをする人たち(→死は終焉、但し生きていた証は残る)から、よりスピリチュアリズムに近い考えをする人たち(→33回忌までは死霊という名の個別霊、それ以降は祖霊という名の集合魂。日本の伝統的な霊魂観)まで幅がある。

 

この考え方によれば、死とともに“私という個人”は消えてなくなって、死後は一種の「生命エネルギーのような大きな海」に溶け込み、そこから「大海の一滴」という形で次の新たな生命が生み出されると説く(注4)。死とともに“個性を持った自分(〇〇という名前の付いた自分)”は消えるが、「生命エネルギー」という概念の中に“自分が存在したという証”は残ると考える。これに近い考え方が血縁をベースにした日本の伝統的な霊的世界観にもある。日本人は比較的この「生命の循環(=生命の海に溶け込む)」説に馴染み易い。

 

イ)日本の伝統的な霊的世界観

日本の伝統的な習俗からは、供養の対象となる“死霊(死者の魂)”は「弔い上げ(33回忌)」によって初めて汚れを拭い去って清まり、個性を失って先祖の霊に融合して「祖霊という大きな海」に溶け込む(→33回忌までは死霊という名の個別霊、それ以降は「〇〇家、一族」というラベルの付いた海に溶け込む)。この祖霊が草葉の陰から子孫を見守る形で、または再生することによって、「祖霊という大きな海」と地上にいる一族との間を行き来することになる(注5)。「祖霊」とは個性を失った先祖の霊魂の集合体であり、一種の「集合魂」のこと、スピリチュアリズムで言うところの「個別霊(→死後も個性は存続する)」ではない。

 

この死霊(個別霊)が祖霊(33回忌以降は集合魂)となり、祖霊は神格化して祖神や氏神として祀られる「死霊→祖霊→祖神・氏神」という流れは、民族宗教である神道にも取り入れられている。神道では「神」と「祖先」との間には明確な境界がなく渾然一体のものとして扱われており、遠い祖先は祖先であると同時に「神(人格神)」としても崇められている。

 

③.スピリチュアリズムの考え方

一般に「Spiritualism」は「心霊主義」や「心霊学」などと訳されてきたが、現在ではその表記のまま「スピリチュアリズム」と訳されている。この訳語の「スピリチュアリズム」とは、霊魂の実在を基盤として「死後の世界の存在」や「死者との交信」を認め、さらに「死後も人間の個性は存続する」ことを信じる「霊魂説」を肯定する立場や思想のことである。

 

ア)死の先にも人生は続く

A:死は第二の誕生

シルバーバーチは「死は第二の誕生」(344⑫~⑬参照)と述べる。このように言えるのは「死の自覚を持った霊」の場合のみである。死んだことを自覚しない、未だ意識が肉体に向いている霊にはこの言葉は当てはまらない。なぜなら「死の自覚のない霊」は未だに肉体があると信じているので(→私は死んでいるとは思わないなど)、物的波長から霊的波長への意識の切り替えが出来ていない。そのため脱ぎ棄ててきた肉体を長年にわたって蝕んで来た病魔や、死の間際の痛みや苦しみなど、病気の感覚を未だに引きずっているから。

 

B:形体が変化するだけ

スピリチュアリズムでは「死の先にも人生は続く」、死は単に肉体がなくなっただけであり、その人の生前の個性や性癖は死後もそのまま維持していると説く。そして「死」とは、自我の表現媒体が肉体から霊体に移行する為の「通過点」に過ぎず、そこには物的波長から霊的波長へ切り替えを行うための「死の眠り」が存在すると主張する(→「死の眠り」とは、パソコンにソフトウエアをインストールする際に再起動して完了させるようなもの)。

 

例えればJR千葉駅から電車に乗って太平洋側を行くと、安房鴨川駅は外房線の終着駅であると同時に内房線の始発駅でもある。外房線に乗っていた“私”と内房線に乗っている“私”とは全くの同一人である。外房線という電車が内房線に変わっただけであって“私という意識”に変化はない。安房鴨川駅での乗り換えが“死の眠り”である。

 

死によって肉体の機能は停止する。それ以降“私という意識”の表現媒体は従来までの鈍重な物的身体(肉体)から、より精妙な霊的身体(→物質性の濃い霊体、いわゆる幽体のこと)に切り替わる。その切り替えには“波長の変換(→低い物的波長からより高い霊的波長への切り替え、バイブレーションの調整)”を伴うため、必ず「死の眠り」が存在する。このように「死」とは生活の場が“この世からあの世に代わる”通過点に過ぎない。

 

C:地上時代の個性を携えて霊の世界で生き続ける

死によって“私という意識”は、地上時代に形成された個性や性癖を保持したままの状態で死後も霊的世界で存続する(→少なくとも“霊の表面意識”に霊的自覚が芽生えてくる迄は)。それ故にスピリチュアリズムでは「死の先にも人生は続く」または「死んでも“私という意識”は生き続ける」などと説く。

 

イ)スピリチュアリズムの立場から個別問題を考える

A:高齢者の生き方の変化に繋がる

家族と同居している高齢者は「長く生き過ぎた(→もう十分生きた、早くお迎えが来ないかな)」「家族には迷惑をかけたくない」などと、何かと周囲に気を遣うことが多いという。さらに長年連れ添ってきた伴侶の死による生き甲斐の喪失や、健康に対する不安感から“うつ”になる老人も多い。スピリチュアリズムが主張する「死後生」の事実は、高齢者が陥りやすい厭世観に変化を生じさせて、自殺防止にも役立つことになる。なぜなら死の先にも人生が続くのなら、今をもっと大切にしようとする気持ちが芽生えてくるから。

 

老人の自殺は依然として多い。警察庁生活安全局地域課作成「平成18年中における自殺の概要資料」によれば、平成18年の自殺者総数は32,155人で、その内60歳以上の自殺者は11,120人となっている。60歳以上の自殺者は全体の34.6%を占めている。

 

B:グリーフケアについて

グリーフケアとは身近な人の死に直面して、喪失感に陥る人に対する癒しや慰めのこと。医療の世界では「遺族外来」「遺族ケア外来」「緩和ケア内科」等の名称が使われているが、埼玉県日高市にある「埼玉医科大学国際医療センター」では「精神腫瘍科」という名称が使われている(→素朴な疑問として唯物論の立場からは、患者に対してどのようなケアをするのだろうか)。「死は終焉である、死後の世界はない」と考える唯物論的死生観では、永遠に失ったことに対する空虚感が強くなる。その為、残された遺族の喪失感はより一層強くなる。

 

これに対して「死の先にも人生は続く」と説くスピリチュアリズム的死生観では、死に行く者にも残された者にとっても双方が救いとなる。この観点に立って初めて真の意味でのグリーフケアが可能となるから。なぜなら死後も“私という意識”は、表現媒体が異なるだけであって依然として存続しており、両者に親和性があれば霊の世界で再び出会うことが出来るから。

このような考え方をすることによって愛する者との死別は一時のものであり、心の痛みが癒されることになる。さらに「死の先にも人生は続く」という“事実”は、残された遺族に対して「再会できる迄の期間をどう生きるか」という明るい希望を持たせることにもなる。

 

C:お迎え現象について

死期が迫った者のもとに亡くなった家族や親類縁者が訪れるという「お迎え現象」(注6)は、自宅で家族に見守られながら死を迎える時代(在宅死)には普通に見られた現象であった。現在は死期が迫った者の最期の場所は、大部分は病院である(病院死)。

そのため最近まで「お迎え現象」は医療関係者の間では意識障害の「せん妄」として扱われていた(岡部健・竹之内裕文編『どう生き、どう死ぬか』弓箭書院2009166頁)。意識障害の「せん妄」と疑われた死期が迫った者に対しては、治療の為に興奮を鎮めて幻覚を抑える働きがある抗精神病薬が投与される。薬剤の投与によって次第に意識がはっきりしない状態となる。周囲の者は死に行く者の意識がはっきりとした清明状態でないと「お迎え」の話は聞けないので、必然的に「病院死」が主流の時代では「お迎え」の報告例は少ない(この項目、奥野滋子著『“お迎え”されて人は逝く―終末期医療と看取りのいま』ポプラ新書2015年刊参照)。

 

D:何のために「お迎え」を体験するのか

死後の世界を信じていない人でも「お迎え」を体験することによって、従来まで有していた“霊的な頑なさ”が取れて行く。生前口癖のように「死は怖い」と言っていた老人の死に顔が非常に穏やかであったという話はよく聞く。この穏やかな心の状態は、霊の世界の入り口で待つ“ガイド(→死のプロセスを滞りなく導いてくれる霊、多くは亡き血縁者や知人が担当)”が死者に接近するのを容易にしてくれる。そして死者が“ガイド”の言葉に素直に従えば、ほどなく「死の自覚(→自分は死んで霊の世界に来たという自覚)」が芽生えてくる。亡き血縁者の愛に基づく「お迎え」には、このような目的が存在する。「死は終焉」や「生命(霊)の海に溶け込む」といった死生観からは、「お迎え現象」の真の理解は得られない。

 

上記のような目的(→次のステップである“ガイドとの出会い”を容易にさせる)があるので「お迎え現象」には恐怖感は伴わない。これに対して患者が幻覚を見て(→血まみれの顔、魑魅魍魎など)恐怖感を抱く場合は意識障害の「せん妄」の可能性があり、ベッドからの飛び降り等の事故防止のためにも適切な医療行為は必要である。両者を見分ける際のポイントは、患者が穏やかな気持ちになって語っているか、恐怖感を持って語っているかにあるので判別がつく。

 

D:自然災害の多発化に伴う変化

近年は自然災害が多発している。多くの人は20113月の「東日本大震災」で津波が押し寄せる映像や、福島の原発事故(人災の側面が強い)の映像をリアルタイムに見て、他人ごとに思っていた「死」を身近に考えるようになってきた。

シルバーバーチは「地球も進化している。地震も雷も進化のしるし」(5143⑪~⑫参照)として、物的地球そのものも「進化」していると述べる。スピリチュアリズムの観点に立てば自然現象を「災害」と見るのは、人間的視点に立った見方と言うことが分かる。

 

また動物や植物も物的地球で生をうけて、それぞれの形体を通して得た物的体験を“種というグループ(=意識)”に持ち帰って「(集合魂たる意識を)進化」させている。物的地球は人間だけの専有物ではない。人間は自然や動植物と共存して、同じ「地球学校の生徒」として学んで行かなければならない(→河川の氾濫には遊水地を作って自然と共存していくなど、自然を抑え込むといった人間中心の発想を変えていく必要がある)。

 

4.思想家を悩ましてきた問題

ア)何のためにこの世に苦難はあるのか

A:魂の磨き粉

長年にわたり思想家を悩ませてきた問題に対して、スピリチュアリズムではどのような回答を出すのか。まず「何のためにこの世に苦難はあるのか」というテーマがある。これをスピリチュアリズムの観点に立って考えて見れば、人生上の苦難は“魂の磨き粉”という位置づけになってくる。

 

霊的視野から見れば、地上人生はホンの一瞬のことに過ぎない。シルバーバーチは永遠の観点から地上人生を見る、視点を変えてみることを私たちに説いている。この観点から苦難を見ると別の側面が見えてくる。

この世的な幸せを得ることが目標、物的要求を満たすことだけが目標といった人生からでは、「魂(=意識)を向上させる」ことはできない。この世に生まれてきた人間の本来の姿は、何らかの荷を背負い困難と取り組みながら、そこから何かを学び取って霊性を向上させる、それが地上人生の本来の姿である(152⑨参照)。

なぜなら人間は、困難、苦労、悲しみ、痛みなどを体験して、それらが魂の琴線に触れることによって、初めて自我に目覚めて霊的真理を受け入れる素地が出来上がるから(164②、3130⑨参照)。いわばそれらの体験は、受容性に富む魂を作り出すための“魂の磨き粉”の役割を担っている(769⑧~⑩、3213⑨参照)。魂の目覚め(=霊的自覚)は簡単には得られない(→成長は困難に堂々と対処し、挑戦を正面から受け止め、そして克服していく中で得られる:1273⑥参照)

 

B:自動的に磨かれることはない

ただし「困難・障害・病気など」に出会いさえすれば自動的に人間性が磨かれる、というわけではない。その「困難・障害・病気など」が人生を別の視点から見つめさせるきっかけとなって、結果的に人間性を磨くことに繋がるということである(8138⑥、8140⑧~⑩参照)。受け身的ではなく果敢に困難に挑み、そこから何かをつかみ取って行く態度が必要となる。

 

例えば70歳の老人が自らの来し方を振り返って、あの時の苦労がなければ自分の一生はチャランポランな人生だった、あの時の苦労が自分を磨いた、という独白と同じ。通常は苦しみの渦中にいる当の本人は悪戦苦闘して闘っており、周りを見回す精神的余裕はないだろうが、それを乗り切った暁には大きく成長して霊性も一段と磨かれることになるということ。このことは「困難・障害・病気など」を乗り切った多くの人が体験談として述べている。

 

C:霊性レベルと磨き粉の関係

シルバーバーチは「地球は宇宙の惑星の中でも最も進化の程度の低い部類に属する」(11177⑭~⑮参照)と述べる。環境と霊性レベルは一致するので、地上人類の霊性レベルの低さ故に“磨き粉の粒子”はそれなりに粗い、その“目の粗い磨き粉”を使って体を洗っているようなものである(→地球の霊性レベルに応じた粗い研磨剤入りの磨き粉。つまり重い病気や重大事故や災害に巻き込まれると言った厳しい体験のこと)。例えれば軽石に石鹸を付けて体をゴシゴシと洗うようなもので、当然に肌が痛い。そこまでしないと余りにも低いレベルにある地球人の霊性は目覚めないから。

 

◆「霊性の目覚め」とは

人間は霊であり、霊として何をなさねばならないか、ということを物的体験によって、表面的な自覚ではなく心の底から自覚する(→明確な霊的自覚を持つこと)、その為の仕組みが各自の人生の随所に組み込まれている。いわば「困難・障害・病気・災害」は「学校の試験」のようなものであり、霊的視点がどこまで身に付いたかを人生の節目で試される。

 

D:「塞翁が馬」の故事

大部分の人は「困難や障害はできるだけ避けるべき」との心情を持って生活している。シルバーバーチはこのような多くの人の願いとは真逆のことを説いて、困難や障害に出会ったらそこから逃げるのではなく、これらに積極的に立ち向かって自らの手で克服していく、その為の心構えを説いた(31⑫~2①参照)。例えば「コロナ不況」で事業が立ちいかなくなったら、債権者に頭を下げて回り、罵声に耐えながら再起を図る、または事業をたたむということ。仮にも責任を部下に押し付けたり、海外に逃亡したり、自殺したりと見苦しく逃げ回らないということ。

 

地上的な意味での幸福になることが地上人生の目的ではない。シルバーバーチはこの世的な視点で幸不幸を見るのではなく、霊的視点から見ることを説いた。このような霊的視点から見れば、不幸な人生が霊的に見れば幸多い人生であったということもあり得る。

 

E:刻苦と苦難、修養と節制の生活

シルバーバーチは人々から忌避されてきた「困難や障害に魂の磨き粉という役割」を持たせて、新しい意味付けを行った。そして霊的成長には「修養と節制の生活」と「刻苦と苦難」、この双方が必要になると述べた(997④~⑤参照)。

 

霊性の向上は「刻苦と苦難と修養と節制の生活」を通してしか成しえない。このように自我の本体に内在している“霊(神の分霊)”に宿された資質(→あらゆる種類の美徳と善行、つまり親切、同情、慈悲心、思いやり、寛容心、公正、慈善、愛などの神の属性)を、自らの手で顕在化させる「霊性の開発」は、悪戦苦闘しながら困難や障害等と闘って乗り切っていかなければ勝ち取れないもの。最も達成が困難なものとなっている。そのために「永遠の時が用意されている」。ここから設問の「何のためにこの世に苦難はあるのか」の回答が出てくる。

 

イ)何のためにこの世に生まれてくるのか

A:カルマの解消

次に「何のためにこの世に生れてくるのか」というテーマがある。人は地上に生まれるにあたって最初にやり遂げるべき「人生のテーマ」を自由意志で決める。これは次の二つの側面から考えることが出来る。一つは個別霊が過去の地上人生で作ってしまったカルマの解消、つまり地上でしか償えない性質を持ったカルマの解消(→霊的負債の完済)という側面がある(10123⑧~⑨参照)。霊界で引き続き霊的成長の道を歩んでいくためには、自らの“意識の領域”に存在する霊的進化の足を引っ張る“カルマ(大きなシミ)”を、何らかの行動によって消して行かなければならない。

 

B:新たな地上体験を積む

さらにこの世に生れてくる別の側面としては、霊性を向上させるために「新たな地上体験を積む」という目的がある。個別霊は霊的レベルに見合った霊界の相応の界層で親和性のある他の個別霊と「霊的家族(→類魂、拡大した私)」という集団を作って、体験を共有しながら霊的成長を図っている。この集団は単なる個別霊の寄せ集めとは違い「大きな意識体を構成する集団」である。「その全体の進化の為に各自が体験を求めて物質界にやってくる」(語る319①~②参照)。

このように再生には「地上でしか償えないカルマの解消」(→個別霊の側面から見た再生)と、「霊的成長をするために新たな体験を積む」(→霊的家族という側面から見た再生)という二つの側面がある。ここから「何のためにこの世に生れてくるのか」の回答が出てくる。

 

ウ)人は死んだらどうなるか

最期に「人は死んだらどうなるのか」のテーマがある。スピリチュアリズムでは死はたんに肉体がなくなるだけ、地上時代の個性や性癖は何ら変わらずに保ったままの状態で、地上とそっくりな世界(=幽界)で生活すると説く。

 

5.個人や社会の意識を変える運動

①.素朴なスピリチュアリズム

霊魂は肉体が滅びても永遠に存在するという考え方は、洋の東西を問わず古代から存在している。これは神話伝承や出土品、例えば土器を母体に見立てて再生を願う土器棺墓(どきかんぼ)、妊婦や出産時の姿を形にした土偶などの出土品から「死者の霊魂」や「死後の世界」を前提とした観念が存在していたことが分かる。

このような古代から世界各地に存在してきた「死者の霊魂」や「死後の世界(他界)」を前提とした「素朴なスピリチュアリズム(=自然発生的なスピリチュアリズム)」には、近代スピリチュアリズムの「霊魂説」の観念と共通した部分が多い。前者の古代から存在した現象には「科学的説明」が為されておらず、そこには多くの迷信や俗信が混在している。その点が後者の「霊魂説」との相違点となる。

 

②.「近代スピリチュアリズム」とは

ア)1848年のハイズヴィル事件(フォックス家事件)

アメリカ・ニューヨーク州ロチェスター近郊のハイズヴィルにある“幽霊屋敷”に、184712月にフォックス家の人たちが引っ越してきた。

始めのうちは何事もなかったが翌年18483月以降、拳で家の壁を叩く音やノックの音、家中の家具を動かす音などが連日鳴り響いた(→ポルターガイスト現象)。331日の夜にひときわ大きなラップ音が発生したので、姉妹のマーガレットとケイトは発生源の霊と通信を試みたところ、霊からラップ音による返答が返ってきた。

 

その通信とは姉妹側が質問事項を述べて、それを霊側は“ラップの回数でイエス・ノーを返答する”形で会話がなされた。その結果、ポルターガイストを発生させた霊の身元が判明した。霊の身元はチャールズ・B・ロスマ(31歳)という名前の行商人であり、5年前この家に住んでいた住人に包丁で喉を切られて、所持金の五百ドルを奪われて殺害されたという。さらに死体は階段を引きずられて地下室の土間に埋められた、ということが判明した(→ここまでのやり取りにだいぶ時間がかかったのではないだろうか)。

 

イ)近代スピリチュアリズム(新スピリチュアリズム)

この「ラップによる霊との交信(1848331日)」によって、フォックス家の姉妹の噂は瞬く間にニューヨーク州北部から近隣の州へと広がり、大きく報じられて評判となった。当事者である姉妹は事件の渦中から逃れるためロチェスターにいる長女の家に引っ越したが、姉妹の行くところには絶えずラップ音やその他の心霊現象がついて回った。このことからラップなどの現象は、姉妹の“体質(=霊媒体質)”を介して発生したものであることが明らかとなった。この事実から心霊現象が発生する為には、その場に中間物質のエクトプラズムを供給する霊媒体質者の存在が不可欠であること。ここから心霊現象の発生と霊媒体質者の存在との因果関係が判明した(→霊媒体質者から流出したエクトプラズムを使って心霊現象を引き起こすため)。

 

この時期フォックス家の姉妹に触発される形で、各地に心霊現象を起こすことができる霊媒が次々と現れて各種現象が発生した。そしてこれらの現象に学者や知識人、聖職者などが関心を示し、アメリカ社会に一大ブームを巻き起こした。このブームは1850年代にはヨーロッパに飛び火し、その後世界各地に広まった(注7)。1870年以降、当時の一流の科学者を巻き込んだ調査研究によって、次第に心霊現象の仕組みが明らかとなってきた。この調査研究はその後の「科学的検証を伴った心霊ブーム」に道を開いた。近代スピリチュアリズムは「この世とあの世の交信は科学的に証明が可能」を強調する点で、自然発生的な素朴なスピリチュアリズムとは区別される。

 

◆「心霊研究」とは

「心霊研究」とは通常の物理法則では説明がつかない超常現象や超心理現象について、科学的な研究を行うことを指す言葉(→「超心理学」の古称)。一般に“信仰”に傾斜していく傾向を持つスピリチュアリズムとは一線を画す。

科学者による心霊現象の調査研究によって明らかとなった事柄を「スピリチュアリズムの土台部分(=霊魂説のこと)」と呼んでいる。この部分の超常現象や超心理現象の研究が「心霊研究」である。アメリカ・デューク大学のライン博士が1934年に発表した研究報告書以降、「心霊研究」は「超心理学」と呼ばれるようになった。ライン博士の研究は、従来の「霊魂仮説」に替わって「形なき知的存在の働きを仮定せず、仮に超常的な現象が起きても、それは生きた人間の仕業である」とした点に特徴がある。

 

③.生き方としてのスピリチュアリズムとは

ア)本来の住処

私たちの本来の住処は、霊的家族が待つ“霊界(狭義)”である。この“霊界(狭義)”は「同一霊格で、親和性を有する霊」が集団で生活する均一な世界である。そのような環境(→同一霊格で親和性がある霊の集団)の中で生活しているために、出会う人も自分と同じ霊格・タイプの者となり、遭遇する体験も共通している。

シルバーバーチは「こちらでは同一レベルにまで進化した者どうしの生活が営まれており、霊格による区別がはっきりしているからです。ですから地上のように比較対象というものがありません」(1巻174②~④参照)と述べている。

 

イ)地上世界

A:肉体を通して自我を表現する世界

この地球という物的世界で一定期間を過ごすためには、本来の私という意識(→霊魂、自我の本体)は肉体を通して自我を表現しなければならない(→肉体は個別霊がまとう衣装)。

 

その肉体という表現器官の仕様書(注8)は、本来の私という意識が選択した再生人生の“テーマ(→どういう種類のカルマを地上生活で清算するのか。または再生人生で新たに獲得すべき地上体験は何かなど)”に最もふさわしい、条件に見合った肉体となっている(→ケースによっては遺伝性の病気を発症するDNAを持つ両親を選択する場合がある)。

 

B:多様な霊格の霊が交わる世界

地上世界は霊格がバラバラで親和性がない霊、本来の住処である“霊界(狭義)”では絶対に交わることがない霊が、共通構造の肉体をまとうことによって、地上という同一平面で交わって生活している混在社会である。

 

C:地上世界は相対性・両極性の世界

地上世界は霊的に見て混在した世界であるため、本来の住処である“霊界(狭義)”では出会うことがない人や体験(→直接体験、間接体験)に遭遇する

困った隣人がいれば手を差し伸べる“愛にあふれた者(→被災地に率先してボランティアに出向く者)”がいる一方で、我が子をマンションの一室に閉じ込めたまま食事も与えずに恋人がいる鹿児島に旅行に行く者や、自分の快楽しか眼中にない利己主義者がいる。いわばこの世は本来の住処では絶対に出会うことがない霊(→肉体をまとった霊)と、日常的に出会うことができる(→直接に又は報道を通して間接に)、両極性に満ちた世界となっている。

 

ウ)この世は学校

私たちは“霊界(狭義)”では体験できないことを、地上という「学校」で、直接にあるいは間接に体験することができる。快楽主義者や利己主義者の末路を、直接にあるいは間接に見聞きして自らの教訓としている。このように地上は霊性向上の為に学ぶ機会に数多く出合える場となっている(→なぜなら地上は両極性の社会だから)。その為にいろんな学びができるので、この世は「学校」と言われている。

 

私たちはこの地上世界で苦と楽、悲しみと喜び、愛と憎しみ、勇気と臆病、平静さと怒り、嵐と晴天、明るい側面と暗い側面、困難と闘争など、さまざまな両極性(相対性)や二面性を体験(直接体験、間接体験)することによって学んで、各自霊性の向上を図っていく仕組みとなっている。シルバーバーチも「地球は学習のために通う“学校”です。その(学校での)学習は、比較対象の体験による以外には有り得ない」(到来25⑩~⑬参照)や、「人生とは学校です。刻苦と闘争、努力と困難、逆境と嵐の中をくぐってこそ魂は真の自我に目覚める」(4214⑩~⑪参照)と述べる。

このようにスピリチュアリズムでは地上世界を「学校」と呼んでいる。肉体は“私という意識”がまとう「学校の制服」である。

 

エ)知識から生き方へ

A:日常における実践

生き方としてのスピリチュアリズムとは、霊的世界や霊的知識を学んだらそれを日常の生き方に生かしていく、自らの生き方を変えていく、つまり「知識から生き方へ」という「意識の変革」を伴うスピリチュアリズムのこと9117⑭~118③参照)。

スピリチュアリズムでは日常における実践を重視しているので「実践哲学」とされている。方向性として「知識としてのスピリチュアリズム」や「世俗的なスピリチュアリズム」は、今後は「生き方としてのスピリチュアリズム」に収斂されていくのではないかと思われる。

 

B:たとえ

私たちが日常意識している「物的な心(→脳を介して形成された心)」は、利他的に働く霊的意識と利己的に働く本能に起因する意識(自己保全等)、この二つの意識がせめぎ合いながら形成されている。この状況を「起き上がり小法師」を使って説明してみる。

 

平らな台の上に「起き上がり小法師」を置く。この状態が本能に起因する意識が優位な状態、いわばモノ(本能に起因する意識)が優位、それに霊(霊的意識)が従属する意識状態で、この世的には最も安定した通常の利己的な意識となる。その状態から「起き上がり小法師」を傾けた状態にする。この状態が利他的に働く霊的意識が強い状態、いわば霊が優位、それにモノが従属する意識状態となる。この世的には異常な意識状態となるため、気を抜くと元の安定した“モノが優位”の状態に戻ってしまう。スピリチュアリズムを「生き方の指針にする」とは、傾けた状態を絶えず意識するようにして、この時間を長くしていくことを指す。

 

④.スピリチュアリズムは「意識を変える運動」

ア)スピリチュアリズムは知識

シルバーバーチは「スピリチュアリズムは知識です」(7175⑧参照)と述べている。スピリチュアリズムとは霊的知識であるが故にいか様にも活用できる。その利用実態はスピリチュアリズムが本来想定していた「来世の存在」や「死後個性の存続」等を前提とした「生き方の問題(→来世があるならこの世を如何に生きるべきか)」とは切り離された形で、「娯楽の一環」としてまたは「生業の糧」として、世俗的な欲求とセットとなって現世利益的に用いられている(→世俗的なスピリチュアリズムとして)。さらには単なる知識として“引出しの中”に仕舞い込まれるなど、多様な形で用いられているのが現状である。

 

イ)霊的知識を日常生活に活かしていく

シルバーバーチは事ある毎に「霊的知識に沿った生き方」や「霊性の向上」が最も大切であると述べている。例えば「獲得した知識は着実に実生活に生かしていくように心掛ける」(226⑤参照)など。なおシルバーバーチが述べる「霊性の向上」とは、自我の本体に潜在している“霊(神の分霊)”を意識の領域に顕在化させていく“意識の進化”のことであり、形体に具わっているサイキック能力の開発ではない。

 

個々人が「霊性の向上」を目指して行く為には、獲得した霊的知識を「生き方の指針」に据えて、日常生活を変えていく「意識の変革」が必要となる。なぜなら「死の先にも人生はある(死は第二の誕生)」という「スピリチュアリズム的死生観」が真に理解されることによって、その人の人生観が大きく変化して行くから(→いつの日か人間は物的地球という“同じ学校の生徒”として、動植物や自然と共に学んでいるのだという意識を持つまでに成長する、その結果、真の意味での共生社会が登場する)。

 

ウ)個々人が変われば社会も変わる

スピリチュアリズムの本質的な理解が広がり、「普遍的なスピリチュアリズム思想」を「自らの生き方の指針」にしようとする人たちが数多く出現して行けば、その社会の構成員の意識に変化が生じて、社会の慣習は質的な転換を迫られることになる。

現在のスピリチュアリズム・ブームが今後、表層的なもの(→いわゆる“世俗的・現象的なスピリチュアリズム”のこと)から、より本質的なもの(→生き方の指針としてのスピリチュアリズムのこと)に移行していけば、人々の意識に大きな変革が起こって、唯物主義を基調とした社会制度は徐々に変わっていくことになる。

 

欧米人には「救世主待望論」を主張する人が多いが、“社会全体の意識レベルの向上”は個々人の意識の変革が積み重なって少しずつ向上して行くもの。一人の救世主が現れて、一夜明ければ地球の霊性が他力的に向上していた、社会が変わっていたというものではない。意識を変える運動は時間のかかる最も困難な「社会変革運動」である(注9)。それ故に「スピリチュアリズム普及運動」も焦りは禁物、往々にして焦りは運動を過激にしていくから。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

<注1>

■「対抗文化」とは「既存の支配的な文化に対抗するもう一つの文化」という意味。一般に「人間と自然との共生型の社会を目指す生活様式・思想・運動などを指す言葉」として使用されている。この「対抗文化」は、黒人解放運動、女性解放運動、ベトナム反戦運動、ロックミュージック、フォークソング、フェミニズム運動、住民運動、自然回帰、エコロジー、東洋の宗教への指向という形をとって、欧米や日本などの「先進国や消費文化の発達した大都市圏で同時多発的に多様な形態として展開」(島薗進)した。この運動の経験者が「ニューエイジ運動」や「精神世界」などの分野に幅広く参加していった。

 

<注2>

■近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓、全12巻』(潮文社1985年~1988年)。ステイトン・モーゼス著、近藤千雄訳『霊訓』(国書刊行会1985年)。アラン・カルデック編、桑原啓善訳『霊の書』(潮文社1986年~1987年)等、多くの良書がこの時期刊行された。

 

<注3>

■江戸時代の文化文政期(1804年~1830年)、東京都日野市程久保と隣接する八王子市東中野に跨る地域で起きた実話。当事者が実在したこと。生没年や住んでいた場所、墓所がハッキリしていること。さらに勝五郎が語った内容が幕府に報告された文書(文政6419日御書院番頭佐藤美濃守宛の届書)や、文人・学者などが記録した資料(平田篤胤の「勝五郎再生記聞」、鳥取藩の支藩である若桜藩主池田定常の「勝五郎再生前世話」など)に残っていることから注目を集めた。小泉八雲は随筆集『仏の畠の落穂』10章で「勝五郎の転生」を載せて海外に紹介した。なお2017年に東京都日野市郷土資料館でイベントが開催された。

 

<注4>

■作家の五木寛之氏は『玄冬の門』(ベスト新書2016年刊、124頁~130頁)の中で、「生命エネルギーの永久運動ということを考えています」「自分がいなくなれば無になるけれども、それは大きな海の中で海水に溶け込んでしまって、そこでもう自分はなくなる。でも、その海水はまた水蒸気となり、雲となり、雨となって降り注いで、また一つの命になる」「自分が消滅する。海のような大きな世界の中に溶け込んでしまう」「自分の生命が溶け込んで消えてしまう。自分は消えるけれども、今度は大いなる海の中に溶解してしまって、大きな生命の循環の中に何か、自分の個性ではなく、個人ではなくて、生命エネルギーみたいなものが繰り返し循環する」「自分の終わりではあるが、生命の終わりではない」と述べている。

 

■この五木寛之氏の「生命観(大河の一滴)」という考え方は、高級霊シルバーバーチの「個的存在が消えてなくなる時は永久に来ません。反対に完璧に近づくほど、ますます個性が顕著になっていきます」(新啓示163⑬~⑭参照)や、「人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それはこちらへ来てからも同じです」(語る348⑪~349②参照)とは異なる。“私”は永遠に消滅しない。

 

<注5>

■国学院大学日本文化研究所編『神道事典(縮刷版)』(弘文堂)によれば、祖霊とは先祖の霊であり「個性を持たない霊魂を言うことが多い」「死んでから一定年数(多くは33年)以内の供養の対象となる死霊と区別して、個性を失ったものを祖霊」「祖霊がさらに神霊へと昇華する」「神格化した祖霊が、氏神や村落共同体などにより祖神や氏神として祀られる」とある。また「祖神」とは「生きている人間との広い意味での系譜的つながりにおいて捉えた概念」で、祖神は「親神(おやがみ)ともいう」(390頁参照)とある。

 

■民俗学者の柳田国男氏は「人は亡くなると祖先神となって山に鎮まり自然神である山の神となる」「春先には里に降りて来て田の神となり、子孫の農耕生活を守護し、そして秋の収穫後は再び山に戻って山の神となる」として、地上にいる一族との間で行き来すると述べる(『柳田国男事典』勉誠出版1998年刊の「山の神・田の神」参照)。

 

<注6>

■仙台で在宅緩和ケアを行っている医師たちは、2003年から2007年にかけて行ったアンケート調査をまとめて、それを2008年に東京大学大学院の研究誌『死生学研究、第9号』(20083月)に「現代の看取りにおけるお迎え体験の語り――在宅ホスピス遺族アンケートから」として掲載した。

2008年以前は、医療関係者の間では患者の「お迎え現象」を目撃しても、それを公表することが憚れる、そんな雰囲気が職場にはあったという。このアンケート調査が公表された以降は、医療関係者の間で「お迎え現象」が注目されるようになってきて、ここ10年余りで職場の雰囲気に変化が生じてきたという。

 

■心理学者のカーリス・オシス(1917年生、哲学博士)は、1961年から1964年にかけてアメリカ東部5州に住む医師・看護師各2,500名を対象にした大規模な調査を行った(5,000通の調査票の内1,004通が回収された)。さらに1972年から1973年にかけてインド北部で医師と看護師にインタビューをして、704通の調査票が得られた。

回収された1,700通余りの調査票を分析して、臨終時の体験は「大半が薬物や高熱や脳の疾患とも無関係」また「性別、年齢、宗教とも無関係」であること。さらにこれらの現象は「患者のお迎えという明白な目的を持っており、精神病的な幻覚とは大きく異なる」と述べている。日本における調査結果と類似するが「霊姿は必ずと言ってよいほど、死後の世界から訪れた使い」として、「大多数は他界した肉親であった」という。このようにオシスの調査から「お迎え」には、アメリカやインド北部、さらには日本との共通性が窺えて興味深い(K・オシス、E・ハラルドスン『人間が死ぬとき』たま出版1979年刊)。

 

<注7>

■スピリチュアリズム普及運動の口火

この霊界主導による運動の口火は、先進国の大都会に住む上流階級出身者が受け取ったものではなかった。当時の二流国家の農業国アメリカの片田舎に住む、名もない姉妹が地縛霊の交信者となって普及運動の口火が切られたのであった。

このようにして口火が切られた“スピリチュアリズムの普及運動”は、またたく間にアメリカ中を席巻した後、大西洋を渡ってヨーロッパに舞台を移して、各国の上流階級から一般庶民まで巻き込んだ一大ブームとなった。そして当時の先進国であるイギリスやフランスを発信地として、スピリチュアリズムは全世界に向けて広まっていった。

 

またスピリチュアリズムは日本や中国が霊界から受信して、そこから世界に向けて発信されたのではなかった。なぜなら19世紀は「白人至上主義の時代」であり、キリスト教の宣教と重ね合わせた形で、西洋から中南米・アジア・アフリカへという“大きな流れ”が存在していたからである。霊界側はこのような地上世界の勢力図を上手に使って、霊的潮流を全世界に行き渡らせていった。

 

■キリスト教色が濃い理由

よく言われるように“定評ある高級霊からの霊界通信”にはキリスト教的な“いろ”が付いている。それは通信の受信者にイギリスやフランスの霊媒が用いられたためである(→霊媒現象は霊媒の潜在意識にある用語や概念を使って行われるから)。また霊言現象の交霊会では、参加者の意識レベルに合わせた応答をせざるを得ないという制約がある。さらに参加者の宗教であるキリスト教や西洋的な価値観に配慮した応答がなされるので、これらの色が前面に出てしまう。霊媒と参加者全員が日本人であれば、同様に通信内容に人種特有の色が付くので、無色透明の霊界通信はありえない。

そのような欠陥はあるものの高級霊からの通信の受信者に日本や中国の霊媒を選ばずに、イギリスやフランスの霊媒を選んだのは、ひとえに当時は「東洋→西洋」という流れよりも「西洋→東洋」という流れの方が、1800年代後半から1900年代前半の世界においては最も各国の人々に受け入れやすい、との地上側の事情を霊界側が利用したものと思われる。

 

20世紀の前半までは「西洋優位の白人至上主義(当時は世界の常識)」という大きな“流れ”が地上世界には存在していた。霊界側は20世紀の前半まで存在した「西洋→東洋」という大きな“流れ”や、地上世界の勢力図を上手に使って、スピリチュアリズムを全世界に行き渡らせていった。残念ながら『シルバーバーチの霊訓』に代表される高級霊からもたらされた霊界通信は、受信地がキリスト教文化圏であったがために「西洋的なもの」というレッテルが張られている。しかし内容は普遍的なものであり、日本人にも十分に受け入れ可能な霊的教訓となっている。

 

■普及経路

この霊的潮流は、日本には明治時代に西洋の各種思想とともに断片的に流れ込んできたが、20世紀初頭の明治末期から大正時代にかけて、心霊関係の書籍の翻訳(英語→日本語)という形で、主にイギリス系のスピリチュアリズムが流入して一大出版ブームが起きた。大まかに言えば霊的潮流は、主として「アメリカ(1848年受信)→イギリス(1852年霊媒の英国訪問)→日本(明治・大正期の翻訳)」という経路を辿って日本に流入してきたと言える。

 

19世紀の「万国公法(国際法)」によれば

――19世紀の「万国公法(国際法)」では、ヨーロッパ文明を有する国だけが文明国とみなされ、国際法上の主体として認められていた。文明国は、開拓・征服・割譲によって新たな領土を獲得し、相互にそれを承認し、確定する権利を有していた。世界は三つに分けられる。第一は「自主の国(ヨーロッパ諸国)」で完全な政治的承認がなされた国。第二は「半主の国(半未開国:中国や日本など)」で部分的な政治的承認が得られた国であり、西洋諸国は一定の条約を結ぶ(不平等条約)が、拒んだ場合は武力征服する。第三は「未開国(アジア・アフリカ諸国)」であり、「無主の地」として征服の対象とされた地域である(皆村武一著『“ザ・タイムズ”にみる幕末維新』中公新書1998年刊、91頁参照)――。

当時は西洋優位の考え方が「世界の常識」であった。ここに明治新政府がイギリスを手本として近代化政策を強力に推進させた理由があった。

 

■南部バプテスト連盟

特徴的な事例が「南部バプテスト連盟」の世界宣教に見られる。エドウイン・ルーサー・コープランド(Edwin Luther Copeland1916年→ )は南部バプテストの宣教師、西南学院大学の神学部教授を務めた人だが、自ら所属する「南部バプテスト連盟」の宣教活動を批判的に述べた著書『アメリカ南部バプテスト連盟と歴史の審判』(八田正光訳、新教出版社2003年刊)を著している。

その著書によれば1915年に南部バプテスト連盟の外国伝道局(局長にJ・F・ラブが就任)では、「世界宣教におけるヨーロッパ人優先権(=アングロサクソン白人優越感)の考えが大きく強調された」という。局長ラブの考え方は「白人だけが、単に自分だけの人種だけでなく全ての人種を回心させる才能を持っている」。さらに世界伝道を遂行するための資質である“率先力”と“冒険心”は「この資質はアングロサクソン人に所有されており、どの黄色、褐色、赤色、または黒色人種にもないものである」(63頁~85頁)と述べている。このラブの考え方は西欧の植民地主義からも見られるように(→人種的優越や文化的優越といった優越感として)、白人一般に共通した考え方であった。

 

<注8>

■肉体という表現器官の仕様書

肉体の各部位の仕様は各人各様である。例えば生まれながらにして遺伝性の病気を持つ者や、人生の途上で遺伝性の病気が発症する者などがいる。この場合は再生人生で達成すべきテーマに沿った肉体をまとう必要性から、遺伝性の病気の発症リスクが高いDNAを持つ両親を選択して出生してきたといえる。

さらに人生の途上で遺伝とは関係ない難病などが、縁に触れて発症する可能性のあるような肉体器官を持つ人もいる。また生まれながらにして肉体部位の欠損などを持って出生する人もいる。これ以外に男に生まれるか女に生まれるかの選択もある(→人は再生人生のテーマを達成しやすい性別で出生する。再生人生のテーマ如何によっては障害を持った女に生まれて、難民となって紛争地をさまよって生きるという選択もあり得る)。

 

このように私たちの肉体の構造は同じであっても、再生人生のテーマによって“肉体の仕様書”は各自異なっている。オーダーメイドの仕様書によって肉体器官は作られている。以上から言えることは、病気や障害などはその人の“再生人生のテーマ”と密接に絡んでいるため、この世的な観点から軽々しい評価はできない。物質面・肉体面というこの世的な視点からのみ見れば、この世は矛盾に満ちた世界と言えようが、霊的視点から見れば何ら矛盾はない。

 

<注9>

■技術や制度の導入と慣習の見直し

江戸時代の藩幕体制下では、人々の忠誠心の対象は所属する藩であり、藩の集合体たる日本国ではなかった。幕末の対外的危機意識の高まりの中から、日本という国家や国民意識が徐々に生まれてきた。慶応4年(1868年)をもって明治元年とする詔書(しょうしょ)が出されて明治維新となり近代化の歩みが始まった。

 

明治政府は西洋の科学技術や制度、文物などを取り入れて、西洋諸国に追いつくための「国家の近代化政策」を急激に推し進めていったが、この過程で国民共通の国家観(ナショナリズム)や国民意識が芽生えてきた。この時期に進められた神仏分離令、太陰暦の廃止、断髪令、西洋化された食の奨励(肉食の奨励)、洋服の奨励、教育制度等の改革は、近代化の一環として行政主導で進められたものであり、いわば西洋列強に追いつくために社会に根付く旧来の生活文化や民族風習を見直すための作業であった。

行政主導で行われた社会の近代化はあらゆる分野に及んだが、その一環として当時の人たちの思考や行動様式に巣くっている迷信の排除があった。井上円了の妖怪学研究は民間人の立場からこの問題に取り組んだものであり、文化面から近代日本の立ち上げに貢献した一人と言える。

 

■意識の変革によって社会が変化する

敗戦後間もない昭和211127日、文部省の科学教育局資料課は「各地における慣習状況調査表」を全国に郵送して、行政主導による迷信調査を行った。昭和211224日には文部省に「迷信調査協議会」が設置された。

文部省が行った調査方法とは、各県から「都市部・農村部・漁村部」それぞれ各一校ずつ、計三校の小学校を指定して、迷信回答調査票を児童に配布して、家人に記入させて回収し、統計を取る方法で行われた。その迷信調査は『日本の俗信、1(迷信の実態)』『日本の俗信、2(俗信と迷信)』『生活慣習と迷信』(文部省迷信調査協議会編、技報堂、昭和25年~30年刊)にまとめられて出版されている。

このように大きな転換期に際しては、社会制度の見直しと共に慣習の見直しが行われてきた。国民の意識の変革なしには社会制度は変わらないからである。

 

■第三の変革期

近代以降の日本では明治期と敗戦後の社会において大きな意識の転換があった。まず明治期、欧化政策をとった明治政府による迷信排除が行われて、社会の近代化と共に国民の意識の変革がなされた。次に敗戦後の社会においては、日本国憲法の制定と共に人権意識が高まって、社会に根強く残る旧弊の見直しが行われた(→売春防止法の制定など)。

この二つのドラマチックな社会の変革期とは異なるが、現在は第三の意識の変革期にあたる。昨今、コンピューターの利用が急激に進み、バーチャルな空間で物事が決定される仕組みが急速に出来上がりつつあり、国民の意識もそれにつれて徐々に変化してきている。このような社会の変革とともに国民の意識も大きく変わりつつある現在、スピリチュアリズムがブームとなっている。

今後スピリチュアリズムの本質的な理解が広がって行けば、霊的知識を「自らの生き方の指針」にしようとする人たちが数多く出現することになる。その結果、国民の意識に変化が生じて、その時代の意識レベルに見合った社会制度が構築されて行く。このように社会制度と国民の意識の変革とは“車の両輪”となっており、相携えて社会が変わっていくことになる。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

◆戻る

『シルバーバーチの霊訓』講座、その2

『シルバーバーチの霊訓』講座、その2:目次

 

 

« 2022年『シルバーバーチの霊訓』連続講座の開催に際して | トップページ | 第1講:スピリチュアリズムの基本――霊的摂理について <講義用ノート> »