« 第3講:他界霊の意識の変化 <講義用ノート> | トップページ | 死後の旅路の行程—スピリチュアリズムの観点から »

第4講:霊的に成長する為には <講義用ノート>

目 次

1.分霊と意識はワンセット

・霊と魂

・一つの考え方

 

2.分霊の顕在化率を高める手法とは

・進化と形体との関係

・利他的行為という愛

 

3.霊的エネルギー

①.利他的行為とは霊的エネルギーを相手に流すこと

②.垂直方向のルートと水平方向のルート

・「垂直方向」と「水平方向」の関連性

・霊的エネルギーの流入と霊的成長

③.霊的な動脈硬化

 

4.川の流れ(摂理)に沿った生き方

・知識から生き方へ

・流れに沿った生き方

・より多く「神の属性」を表した生き方へ

 

5.二種類の利他的行為

①.原則と特則

・利他的行為の原則(人の為になる行為なら何でも良い)

・利他的行為の特則(霊的真理の普及をしなさい)

②.具体的事例

・医師の事例

・スピリチュアリストの事例

 

6.祈りと瞑想

①.祈り

・祈りの対象と忠誠を捧げるべき対象

・祈りとは魂の行

・祈りの効用

・定型的な祈り、御利益信心的な祈り

・仲立ちを介した祈り

・霊界での祈りの扱われ方

②.瞑想のメカニズム

 

7.スピリチュアリズムが目指す世界

・霊的知識を日常生活に活かしていく

・個々人が変われば社会も変わる

・二方面からのアプローチが必要

・「地上天国(新しい世界)」の建設

 

<注1>~<注5>

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

1.分霊と意識はワンセット

ア)霊と魂

頻繁に用いられている「霊spirit」と「魂soul」という言葉は、事典や参考図書等を調べてみても厳密な意味での違いはなく、かなりあいまいに使われている。翻訳者の近藤千雄氏によれば『シルバーバーチの霊訓』では「魂はそのまま霊と置き換えることが出来る。事実シルバーバーチは人間の構成要素を“肉体と精神と霊”と言ったり、“肉体と精神と魂”と言ったりしている」(2217④~⑥参照)として、一般には「霊spirit」と「魂soul」は置き換えが可能な言葉であると述べている。

 

イ)一つの考え方

A:当ブログでの用例

当ブログでは「霊魂」の「霊」とは「神の分霊」という意味で用いている。また「霊魂」の「魂」とは「潜在化している分霊が顕在化する場所」、つまり「神が外部に向けて顕現していく存在の場」(彼方4144①~②参照)という意味で用いている。

 

B:分霊が顕在化する場所とは

私たちの自我の本体、つまり「本来の私という意識(霊+魂=霊魂:注1)」には、各人ごとに「霊(神の分霊)」が潜在している(153⑬参照)。その「霊」が顕在化する場所(→本来の私という意識)を「魂」と呼んでいるに過ぎない。そして「霊(神の分霊)」が「魂」の領域に顕在化する比率(0%~100%)の違いから、意識水準の高い霊(顕在化率が高い霊)や低い霊(顕在化率が低い霊)が存在することになる。

 

C:ワンセットで組み込まれている

<シルバーバーチの見解>

シルバーバーチは「神は全生命に宿っております。全存在の内部に宿っております。全法則に宿っております」(5140⑪~⑫参照)として、被造物のすべてに神が宿っていると述べる。さらに神が顕在化する場所としての「魂とは全宇宙に遍在するものです。“意識”です。一個の身体によって束縛されるものではなく、無限の広がりを持つもの」(12195⑥~⑦参照)とも述べている(→ポイントは“意識”は一つに繋がっている、個々人の意識は類魂意識に、その類魂意識は拡大した類魂意識へと一つながりで繋がっていること)。

 

<存在の場としての意識>

この言葉から神によって創られた宇宙(1196⑤参照)には、神の一部である“霊(神の分霊)”と「神が外部に向けて顕在化していく存在の場としての“意識”」。この二つが常にワンセットになって万物に遍満していることが分かる。なおここで言う“意識”とは我々が一般に使用する所の脳を中心とした意識ではなく、潜在している神の分霊が顕在化する場所という意味での“意識”のことである。

 

<人間にも組み込まれている>

個別霊たる人間の“本来の私という意識”の中にも、「神の一部」(3113④、8105⑩~⑪、1167④~⑤、メッセージ147⑪参照)である「霊(神の分霊)」と「魂(意識)」はワンセットになって組み込まれている。

そのため「あなたも神の一部なのです」「神はあなた方一人一人であると同時にあなた方一人一人が神なのです」「ミニチュアの神です」「あなた方は神の縮図であり、その拡大が神というわけです」「一歩一歩、無限なる神に近づいて行くのです」(180⑧~⑫参照)という表現になる。

 

D:個別霊や集合魂がまとう形体

<人間の形体とは>

説明のしやすさから人間は「霊体と中間物質と肉体」の三者が重なり合って存在するとされているが、実際は「肉体と中間物質」、その中間物質の中に将来、霊的な世界で自我の表現媒体となる幽体の原型となる“エッセンス”が存在している(個人的存在82頁~84頁参照)。このエッセンス部分は睡眠中に抜け出して霊的な世界で種々の体験を積むが、その際に変幻自在に変化する中間物質はシルバーコードになって肉体との間を繋げている。

 

<エッセンス部分にある幽体の完成>

シルバーコードの切断によって死を迎えた他界者は、中間境で「明確な死の自覚」を持つことによってエッセンス部分の幽体が完成して、中間物質で出来た形体を脱ぎ捨てる。そして幽界の下層界にある「極楽」又は「浄化の世界」に入って行く。

 

<意識がまとう形体>

人間は“自我の本体(=本来の私という意識)”に「分霊」を一身専属的に有している。そのため「個別霊(→意識がまとう形体は一体のみ)」と呼ばれている。

進化レベルが人間以下の動植物では、個々の形体(一匹の動物)の中には「分霊」を専有しておらず、それぞれの“出身母体のグループ(→集合意識)”ごとに内在している。そのため因果律は“グループ”ごとに働く。意識(出身母体のグループ)がまとう形体は無数なので「集合魂」と呼ばれている(注2)。

 

<例えを使って説明する>

丼ぶり(出身母体のグループ)にイクラが山盛りになっている図を使って説明する。イクラの一粒が地上世界で私たちが見かける個々の動物の姿、その動物が地上体験を積んで“丼(→グループ又は未発達の魂が無数に集まって一つにまとまった集合魂)”に持ち帰る。その過程が延々と続く。一匹の動物(イクラの一粒)には、生命素を取り込むための中間物質と物的形体が一対となって存在するが、霊的要素は“出身母体のグループ”の共有状態となっている(→ペットは人間の愛を受けて一時的に個別の霊的要素が出現する)。「分霊」は丼に内在しており(因果律は丼、つまりグループを単位として働く)、イクラの一粒には内在していない。人間以下の場合は“出身母体のグループ(集合魂)”を単位として「進化」して行く。グループの進化に伴って、まとう形体も「植物→昆虫→魚類→〇〇」と一学年ずつ進級して行く(永遠の大道259頁~260頁参照:形体が無い集合魂という意識の霊的進化に伴って、その表現形体も一歩一歩発達して行く)。

 

2.分霊の顕在化率を高める手法とは

ア)進化と形体との関係

A:意識レベルに応じた形体をまとって体験を積む

形が無い“意識”が進化して行く為には、何らかの“形体”をまとって“体験(→物的体験や霊的体験)”を積む必要がある。まとう形体は「意識の進化」の程度に応じて変化する。

 

B:霊的進化とはインディビジュアリティの開発のこと

シルバーバーチは「進化とは内部に存在する完全性という黄金の輝きを発揮させるために不純物という不完全性を除去し磨いていくこと」(6114⑪~⑫参照)、または「霊的進化はひとえにインディビジュアリティの限りない開発です」(9131④~⑤参照)と説く。

 

なお『シルバーバーチの霊訓』ではインディビジュアリティを「本当の自我(10116⑦~⑧参照)」「本来の霊的自我(最後啓示95⑥参照)」「魂の全体像(10123②参照)」「霊的意識体(到来40②参照)」として、いわば「意識全体」という意味で用いている。

 

C:個性化の道

人間に関して言えば霊的進化とは、自我の本体に潜在している“分霊”を魂の領域(=本来の私という意識)に、より多く顕在化させていく過程(→個性化の道)に他ならない(333②~⑤参照)。顕現が増してゆくにつれて意識は深まって行く(到来26⑪、4155⑩参照)。そして霊的進化に応じて(→分霊の顕在化率が高まること)、意識がまとう形体(→肉体や幽体や霊体など)からは、“神の属性(→愛・寛容さ・叡智・親切・優しさ・思いやりの心・協力の精神など:注3)”が外部により多く滲み出てくる(→人間はミニチュアの形ながら神の属性の全てを内蔵しているから:6176⑤参照)。したがって神の属性の一つである“愛に満ち溢れた霊”とは霊格の高い霊である。

 

イ)利他的行為という愛

A:人間を通路として流れ込む

宇宙に遍満している「霊的エネルギー(→普遍的要素としての霊の一種)」は、個別化の頂点に立つ人間の愛を通路として“生物(→動物、植物、菌類、原生生物、原核生物)”の世界に流れ込んでいる(→この流れによって生命は進化する:590⑪~⑭参照)。これをシルバーバーチは「創造的エネルギーが人間を通じて働いている」(3113⑭参照)と表現している。

 

人間は進化が人間の次に位置する動物(犬、猫など)との接触を通して、人間の“愛”によってそれらの動物に自我意識を芽生えさせることが出来る(→例えばペットの犬や猫は際立った個性を見せる)。そのため物的形体の発達がより上位にある動物は、人間から“愛”を受け取るために人間の生活領域に近づいてくる(590⑥~⑦、8211⑪参照)。

 

B:霊的進化の指標は“愛”

意識の中により多くの霊的エネルギーを取り込み、活性化させる為のポイントは“利他的行為という愛”にある。なぜなら「生命が高級になればなるほど、愛他性を増し排他性を減らす」(3114①~②参照)から。ここから霊的進化の指標は“愛”であり(590⑬参照)、残虐性や野蛮性ではないことが分かる(8179①~⑥、8207②~③、5100⑨参照)。このように霊的エネルギーの流入には、他者に対する“利他的行為という愛”がカギとなっている。

 

C:消極的な利他的行為から積極的な利他的行為まで

利他的行為には「消極的な利他的行為(→植物は自らの身を他者の生存のために捧げている。哺乳類は血縁や仲間内には手を差し伸べるが、所属する群れ以外には手を差し伸べたりはしない)」から、「積極的な利他的行為(→人間は被災地でのボランティア活動に見られるように、見ず知らずの人たちにも手を差し伸べることが出来る)」までピンからキリまである。

シルバーバーチは「奉仕は霊の通貨」と述べたが、さしずめ「消極的な利他的行為」は額面が少額なコインであり、これに対して「積極的な利他的行為」は高額な額面のコインであると言えようか。

 

3.霊的エネルギー

①.利他的行為とは霊的エネルギーを相手に流すこと

霊的進化の道を歩んで行くためには、さまざまな体験を「魂の磨き粉」にして“分霊”の顕在化率を高めていく必要がある。その手法の一つに利他的行為がある。人間が地上世界で他者に対して行う利他的行為は、霊的エネルギーを「私」から「あなた」へと流していく行為に他ならない。個々人がこの行為を日常生活の中で継続して行えば、各自が有する霊的エネルギーが流れ込む“パイプ”はより太さを増していくことになる。

霊的エネルギーは「通過する道具によって制限される」(1130⑥~⑩参照)ので、霊性が高ければ高いほどそれだけ多くの質の良い霊力が大量に流入して行く。その結果“意識の領域(=魂)”に顕現する“分霊”の割合は少しずつ高まって行く(→顕現の度合いは0%から99.99%の範囲内で)。

 

②.垂直方向のルートと水平方向のルート

ア)「垂直方向」と「水平方向」の関連性

A:垂直方向のルート

宇宙に遍満している霊的エネルギーが、人間社会に満ち満ちていくためには二つのルートがある。まず人間の“自我の本体(=本来の私という意識、霊魂)”にある「魂の窓」(2121⑤、2124⑨参照)から流入した霊的エネルギーは、潜在化している“分霊”を活性化して“意識の領域(=魂)”により多く“分霊”の顕現を促して行く。人間の自我の本体を活性化させた霊的エネルギーは“霊的身体”に流れ込む。さらに中間物質(=半物質状の接合体)を経由して物的身体に流れ込んで、それぞれの部位を活性化させて行く。このような「垂直方向のルート」がある。

 

B:水平方向のルート

このルートで流れ込んできた霊的エネルギーは、他者に対する利他的行為によって「水平方向のルート(→人から人へ、人から動植物へ)」に転換して流れて行く。霊的エネルギーはこのような「垂直方向のルート」と「水平方向のルート」の二つによって、人間社会の隅々まで及んでいく。

 

C:利他的行為の本質

宗教では利他的行為が推奨されている。これはスピリチュアリズムの観点から見ても正しさが証明されている。他者に対して行う利他的行為の本質は、自らの霊的エネルギーを相手に与えることに他ならない。この利他的行為を通してさらに多くの霊的エネルギーは本人の霊的要素の中に流れ込む(→霊力の通風孔を大きくする行為:2121⑤参照)。その結果、本人の霊性も高まっていく(→霊的エネルギーの質が高まり分量も増えていく)。霊性の向上には利他的行為が大きく寄与していることが分かる。

このように多くの霊的エネルギーを自らの中に呼び込む為には、自分を経由して他者により多く“流す行為”が必要となる。その為には利他的行為によって自らが所持する霊的エネルギーを移動させることである。いわば自分の中に一種の“真空状態”を作りだして、さらなる霊的エネルギーを自分の中に呼び込む、という図式になるわけである。

 

イ)霊的エネルギーの流入と霊的成長

霊的エネルギーの流入と霊的成長は密接に関係していることから、霊的成長のキーワードは「人のために自分を役立てる」ことである。なぜなら人のためを思って何らかの利他的行為を行うことは、宇宙に遍満している霊的エネルギーを、自分を経由して他者に流すこと(→施しをすること)に他ならないから。

こうして個々人の利他的行為(→霊的エネルギーを相手に流すという水平方向のルートのこと)と、霊性の向上に向けた修養と節制の努力の積み重ね(→霊性レベルの向上により自らの中により質が高い多くの霊的エネルギーが流れ込む、垂直方向のルートのこと)、この両者の組み合わせによって、地上世界に絶対的に不足している霊的エネルギーは次第に分量を増やしていくことになる。ここに“修養的な生活と利他的行為を基本に据えた生活”(997④参照)が推奨される理由がある。その結果「地上世界の霊的レベル」は一段と向上して、人間の行為の基調が利己的から利他的に代わり、その結果「唯物主義と利己主義の二つのガン」(1巻101⑫~⑭参照)は徐々に駆除されてゆく。

 

③.霊的な動脈硬化

霊性の未熟さやネガティブ思考は“霊的生命力(=霊的エネルギー)の通路”を塞ぐ阻害要因となる。霊性の未熟さの表れである“異常なまでの物的志向性(→異常な物欲、度を越した利己性)”の持ち主や、“度を越したネガティブな感情(→必要以上に心配する、取り越し苦労をする)”の持ち主。いわば“霊的な動脈硬化”の要因を持った人は「霊的生命力の通路」を自ら塞いでしまっていることになる(→主に半物質状の接合体から物的脳や肉体へのルートに問題が発生する)。シルバーバーチは「心配の念はその人の周囲の物的ならびに霊的雰囲気を乱し、私たちによる援助が届けにくくなる」(11114⑬参照)と述べる。

 

その結果、本来“物的脳や物的身体の各部位”に流れるはずの霊的生命力(=霊的エネルギー)が充分に流れずに、精神的な病や肉体的な病となって発症することになる。ネガティブ思考の持ち主(→霊的な動脈硬化の要因を持った人)が霊的エネルギーの循環を正常に回復する手段として知られているのが、一般に「瞑想(→精神的に障害がある場合は避ける)」と「笑い・笑顔の効用(→精神的な障害があっても有効)」である(注4)。なお心霊治療は霊的生命力の流れを外部から強制的に回復させるもの、本人の努力が伴わなければ一時的な効果に終わる。

 

4.川の流れ(摂理)に沿った生き方

ア)知識から生き方へ

高級霊は「知識には責任が伴う」(153②、9135③参照)と述べる。スピリチュアリズム思想を学んで知識の分量を増やしていくと、次第にその人の生き方が問われてくる。なぜなら学んだ霊的知識を日常生活の中に反映させる、生き方の「質的な転換(知識から生き方へ)」が求められるから(383⑦参照)。

 

イ)流れに沿った生き方

まず“川の流れに乗る(→霊的摂理に沿った生き方)”為には何が霊的知識かを知らなければならない。ここから「第一段階」として広く霊的知識を普及させることの大切さが出てくる(→例えばインターネットの活用、講座や勉強会の開催など)。上記のデモンストレーションに刺激を受けて「第二段階」として少数だが霊的知識に関心を示して学び始める人が出てくる。そして学びを通して知識の分量を増やしていくことになる。さらに「第三段階」としてその中からごく少数だが「生き方の質的な転換」が起こり、実生活に霊的知識を応用した生き方に向かう人たちが出てくる。その人たちは各々試行錯誤の中から自分の生活スタイルに合った活用法を見出していく。

 

シルバーバーチは上記「第二段階」の霊的知識を知っているというだけでは、身についたとはいえない。それを「第三段階」の実生活の場で実践して初めて理解したことになると述べる。なぜならその人の霊性レベルの判断指標は日常の行為にあるから(9巻117⑭~118③参照)。

 

ウ)より多く「神の属性」を表した生き方へ(注3)

人間は各自肉体をまとって地上体験を積み重ねながら霊性の開発を図っている。霊性を開発するためには霊的成長を促すような生活、たとえば“神の属性”の一つである「寛容の精神、同情心、愛の心など」を持つようにする、また無私の行為によって自分で自分を変えていくことが必要となる。霊性が開発された分だけ“潜在的完全性(分霊)”が“意識の領域”に顕在化してくる。その結果その人の肉体を通してより多くの“神の属性(→愛、寛容さ、叡智、真理、公正、親切、優しさ、思いやり心、協力の精神など)”が滲み出て来る。

 

5.二種類の利他的行為

①.原則と特則

ア)利他的行為の原則(人の為になる行為なら何でも良い)

シルバーバーチは宗教の基本は「いつどこにいても人のために自分を役立てること」であり「奉仕こそ霊の通貨」(757⑦参照)であると述べている。これは信仰者の最大の関心事である“神に対する奉仕”、つまり地上を霊的エネルギーで満たして「新しい世界の建設」に貢献すること。これは「神の子である地上の同胞に奉仕すること」によって達成されるものだから(語る83⑮、最後啓示61⑤、430⑪~⑫参照)。

シルバーバーチは「奉仕こそ霊の通貨」であると事あるごとに述べている。言いかえれば「人の為に自分を役立てること」と同じである。「新しい世界の建設」はこれが基本となっている。このようにまずは「自分の出来ることから利他的行為を行いなさい」ということになる。

 

イ)利他的行為の特則(霊的真理の普及をしなさい)

スピリチュアリズム(=霊的思想、霊的知識:11175⑬、1176②参照)普及の目的は、人間の生き方や社会の在り方を「物的視点から霊的視点」へと根本的に変える「意識の変革」にある。最終的には個々人の「意識の変革」を目指すスピリチュアリズムの普及は、より専門性を持った利他的行為であり、一般的な利他的行為の「人の為になる行為なら何でも良い」の特則にあたる。

霊的真理を理解したスピリチュアリストは、いわばその道の“スペシャリスト”なので、上記「ア」のような一般的な利他的行為に留まらず、専門性を生かした「イ」のような行為も出来ることになる。利他的行為の選択の幅が広がることになる。

 

②.具体的事例

ア)医師の事例

この“利他的行為の原則”と“利他的行為の特則(専門性)”との関係を、地震の被災地で瓦礫の片付けを行うボランティアのグループに入って、復旧活動に携わる医師の行為を例にとって考えてみると良く分かる。

 

被災地で医療行為が求められていない“平時の時”は、その医師が行う瓦礫の片付けという利他的行為は賞賛されて、なんら問題は生じない。しかしその被災地において医療行為が求められている“非常時”の場合には、少なからず問題が発生する。医師が“非常時”においても、なおも“瓦礫の片付け”にこだわり、それを優先して行い続けている場合には「道義上の責任」が生じる。なぜなら医療行為は医師でなければできない行為であり、職業倫理上も自ら率先して医療行為に携わることが求められるからである。

このように代替可能な“瓦礫の片づけ行為(→労務提供型の利他的行為)”と、一身専属的な“緊急医療行為(→余人を以って替え難い専門性を持った利他的行為)”とを同列に並べて、自分の好みで前者を選択するということは、ケースによっては許されない場合がある。

 

イ)スピリチュアリストの事例

同様なことは霊的真理を理解したスピリチュアリストにもいえる。ただし霊的真理を理解したといっても、その理解の深さや自覚の程度は各人各様なので(→ピンからキリまで)、その“能力に応じた責任の発生”ということになる。

これに対して医師は、一定の能力を有していると判定された者にのみ与えられた公的資格であり、その名称を有する者には一定以上の能力があるという“社会の期待感(→当然に責任もあるということ)”がある。そこにスピリチュアリストとの本質的な差異がある。

 

スピリチュアリストが行っている霊的真理の普及活動は、人間の生き方の本質部分に深くかかわっている利他的行為である。利他という点では他の行為(→上記の一般的なボランティア活動)と質的には同一だが、人の生き方や社会の在り方を根本から変えてしまうという点では、利他の程度は極めて高い行為と言える(→社会変革を目指しているから)。したがってあまた存在する利他的行為の中でも霊的真理の普及活動は、人の霊的成長や社会の根本的な変革に直結するため(→個々人の「意識の変革」は「新しい世界建設」の為の最初の一歩だから)、利他的行為の頂点に位置しているといえるのではないだろうか。

 

6.祈りと瞑想

①.祈り

ア)祈りの対象と忠誠を捧げるべき対象

本来の私という意識に潜在している“分霊”を顕在化させるための手段としては、祈りと瞑想が良く知られている。ここでは祈りを見ていく。

 

祈りの対象は神である(11113⑩~⑪参照)。なぜなら祈りとは、神の分霊である自己とその始源との一層緊密な繋がりを求めるための手段であるから(12125⑪参照)。従って神の使者である高級霊やイエスを祈願の対象とするのは間違いとなる(語る159⑦参照)。

 

シルバーバーチは忠誠を捧げるべき対象は「神と永遠不変の摂理」(7207③~④、メッセージ165⑮~⑯参照)であると述べる。これに対して祈りの対象は「神のみ」(11113⑩~⑪参照)として、両者を区別して用いている。なぜなら祈りの照準は“自己とその始源との緊密化”という観点からみて当然に「神」でなければならないのに対して、永遠の旅を続ける為には「流れに乗る」という意味で「摂理」に合わせる必要が出てくる。そのため忠誠の対象として「神」に「永遠不変の摂理」が加わった。

 

イ)祈りとは魂の行

祈りとは自分自身の波長を高めて、少しでも高い界層との霊的な交わりを求める行為である(3141④~⑥参照)。シルバーバーチは「祈りとは魂の行」(3226⑪参照)であり「より多くのインスピレーションと霊的エネルギーを摂取するための手段である」(3227①参照)と述べる。世間で言う祈り、例えば「何らか願いを叶えてもらう」ために「高次の存在」に祈願する行為とは異なる。

このように「祈りとは魂の行」であるため、祈りが出来ない時や祈りたくないと思えば祈る必要はないことになる(3227⑥、7205①参照)。

 

ウ)祈りの効用(注5)

波長を高める霊的活動としての祈りや衷心からの祈り、人のために役立ちたいとする祈りは、一種の「磁気力にも似た吸引力」のような力が発生して、祈る者の霊的成長に見合った分の援助を自動的に引き寄せる(1170⑩~⑪、11114⑪~⑫参照)。しかし祈りによって自然法則(=因果律の法則)の働きを変えることはできない。また地上的な労力の代用にもなりえない(3218⑩~⑪参照)。

祈りに対する回答は、その時の祈る者の霊的成長にとって一番望ましい形で与えられる(158⑭~59②参照)。祈りの動機次第によっては、何の反応もないということもあり得る。

 

エ)定型的な祈り、御利益信心的な祈り

無意味な文句の繰り返しや、神に挨拶するための機械的な祈り、集団で行う紋切り型の祈りには何の効果もない。祈りの効果を決定づけるのは、祈る人の霊格と動機である(到来173⑦~⑨参照)。御利益信心は利己的な要求なので、これらの祈りは当人の霊的成長にはプラスにならないので何の効用もない(1169⑩参照)。シルバーバーチは「利己的な祈りは時間と言葉と精神的エネルギーの無駄遣い」(7198⑭参照)であると述べる。何々をしてもらいたいと願う“要求型の祈り”は祈りではない。

 

オ)仲立ちを介した祈り

限界ある人間が「指導霊崇拝」を回避するための祈り方として「高級霊は私たち人間の“兄や姉”であり、最終責任者の神に取り次ぐ中継役である」とする祈り方がある。『モーゼスの霊訓』には「神の概念が理解できた者なら直接神に祈ることです。それができないのであれば、自分にとって最も身近な信仰の対象を仲立ちとして祈るがよろしい。その仲立ちによって祈りが神へ届けられます」(続霊訓75⑨~⑪、同趣旨12122⑫~123③参照)との記載がある。

この「祈りの仲立ち」とはイメージしやすい守護霊なり指導霊なりを「仲立ち」としたスタイルの祈りのこと。守護霊や指導霊が一種の“ライフル銃の照準器”的な役割を果たすことになり、最終的には“神に祈りのピントが合う”ことになるから。

 

カ)霊界での祈りの扱われ方

祈りは「祈りの純粋性や利他性の度合い」に応じて、「仲立ち」を経ながら相応のレベルまで届く。霊界通信の『ベールの彼方の生活』には、霊界には祈りを専門に処理する霊団がおり、祈りに含まれる純粋性や利他性などを分析して、価値評価の高い祈りは順次高位の霊に取り次がれていく(彼方1208⑥~⑧参照)との記載がある。同趣旨として「人間が祈りを発すると、それを中継する霊が受け取り、その霊自身の判断による回答」(続霊訓78②~③参照)を授かるという記載もある。

なお“要求型の祈り”は物質志向が強いため上昇せずに、祈る内容に応じて親和性から幽界の下層界にいる低級霊との間に繋がりが生じる。

 

②.瞑想のメカニズム

人間を固有の周波数を持った“通信装置”に例えてみると“瞑想のメカニズム”がよく理解できる。瞑想とはこの通信装置の“アンテナの錆”を落とす行為と言えようか。

霊媒体質者の場合は先天的にアンテナが磨かれていて感度が良好だが(→その結果、いろんな霊の影響を受け易くなる)、通常人は錆が付着して感度が悪い状態となっている。

 

私たちの日常生活では、親和性の法則から絶えず“通信装置のアンテナ”から雑多な思念を受け取っている。五感から入るさまざまな刺激に対して過敏に反応して、意識は興奮した状態にある。瞑想はさまざまな物に反応している状態を鎮めて、意識の焦点を自己の身体からずらせていく技法のこと。ズレの程度が大きければ深い瞑想状態となり、ズレが小さければ浅い瞑想状態となる。熟練者は容易く深い瞑想状態に移行できる。瞑想はいわば瞑想者の“固有の周波数”に見合った霊的波長を持つ霊と、同調を良好にさせる行為であると言える。

 

上記のように考えれば、瞑想が習熟(=アンテナの錆落とし)していくことと、瞑想者の心境が高まること(=固有の周波数がアップすること)は必ずしもイコールではないことが分かる。瞑想はあくまで技法であり、アンテナを磨くだけにすぎないもの。坐っているだけでひとりでに霊格が上がることはない。アンテナの錆落とし(=瞑想の実修)と同時に、通信装置の周波数を高める努力(=修養的生活と利他的行為)が必要となる。なぜなら瞑想によってアンテナの錆落としが進んだ分だけ、固有の周波数に見合った霊の影響をより一層受けやすくなるから(→同調してくる霊を選別する必要がある)。

 

7.スピリチュアリズムが目指す世界

ア)霊的知識を日常生活に活かしていく

シルバーバーチは事ある毎に「霊的知識に沿った生き方」や「霊性の向上」が最も大切であると述べている。例えば「獲得した知識は着実に実生活に生かしていくように心掛ける」(226⑤参照)など。なおシルバーバーチが述べる「霊性の向上」とは、本来の私という意識(自我の本体)に潜在している“分霊”を顕在化させていく“意識の進化”のことであり、形体に具わっているサイキック能力の開発ではない。

 

個々人が「霊性の向上」を目指して行く為には、獲得した霊的知識を「生き方の指針」に据えて、自らの日常生活を変えていく「意識の変革」が必要となる。なぜなら「死の先にも人生はある(死は第二の誕生)」という「スピリチュアリズム的死生観」が真に理解されることによって、その人のその後の人生観が大きく変化して行くから。

 

イ)個々人が変われば社会も変わる

スピリチュアリズムの本質的な理解が広がり、「普遍的なスピリチュアリズム思想」を「自らの生き方の指針」にしようとする人たちが数多く出現して行けば、その社会の構成員の意識に変化が生じて“社会の慣習や制度”は質的な転換を迫られることになる。

現在のスピリチュアリズム・ブームが今後、表層的なもの(→いわゆる“世俗的・現象的なスピリチュアリズム”のこと)から、より本質的なもの(→生き方の指針としてのスピリチュアリズムのこと)に移行していけば、人々の意識に大きな変革が起こって、唯物主義を基調とした社会制度は徐々に変わっていくことになる。

 

欧米人には「救世主待望論」を主張する人が多いが、“社会全体の意識レベルの向上”は個々人の意識の変革が積み重なって少しずつ向上して行くもの。一人の救世主が現れて、一夜明ければ地球の霊性が他力的に向上していた、社会が変わっていたというものではない。意識を変える運動は時間のかかる最も困難な「社会変革運動」である。それ故に「スピリチュアリズム普及運動」も焦りは禁物、往々にして焦りは運動を過激にしていくから。

 

ウ)二方面からのアプローチが必要

A:地上世界の取り組み

個々人の利他的行為によって、地上世界に不足している霊的エネルギーはその分量を増して行く。数多い利他的行為の中でも人の生き方を変える力がある霊的知識、その普及運動は地上世界を蝕む“ガン(→際限なき貪欲や利己主義、唯物主義など)”を駆除する際に有効な働きをする。このため霊的知識を普及させて「地上世界を浄化していくこと」が喫緊の課題となっている。

 

B:幽界の下層界の取り組み

地上世界の浄化と同時並行的に、幽界の下層世界の浄化が必要となってくる。「スピリチュアリズムの普及運動」は幽界の下層にいる霊に「霊的自覚(→霊として何を為すべきかの自覚)」を持たせる運動という側面もある。つまり地上の親和性ある人間に対して「教唆や幇助」と言った形で、利己的な行為を助長する低級霊に対して、霊界側から働きかけを強化して、それらの霊に対して「霊的自覚」を持たせる為の取り組みが行われている。このように現在進行中の「スピリチュアリズム普及運動」は顕幽両面に亘る壮大な運動である。

 

エ)「地上天国(新しい世界)」の建設

地球を争いが絶えない地獄のような世界にするか、霊的知識をベースにした「地上天国」を建設するかは、自由意志を持った人間次第である。この宇宙の中で地球の果たす役割に変更がなければ「地上天国」が建設されたとしても、この地上世界が「学校」であることに変わりはない。「学校」である以上は何らかの“魂の磨き粉”は存在する。ただし“磨き粉”の粒子は細かくなるが。

 

例えて言えば現在の地球は“軽石”に石鹸をつけて身体を洗っているようなもの、これが「地上天国」になると“絹のタオル”に石鹸をつけて身体を洗うようなもの、身体が受けるダメージは格段に軽減する。このような「地上天国」とは、困難や苦難が無く、願望が何でも叶う世界ではない。願望が何でも叶う世界は幽界の下層世界にある「極楽のようなエリア、楽しい思い出が再現されたエリア」である。

「地上天国」の住人は霊的進化が最重要目標となっているため、当然に霊的知識を日常生活に活かす生き方を目指している。さらにまとう形体からは霊性の向上に応じて“神の属性(→愛・寛容さ・叡智・親切・優しさ・思いやりの心など)”がにじみ出ている。

 

◆遠い未来の地球の姿

「人間は地球上でさほどせわしく東奔西走している様子は見られない・・・内省的生活の占める割合が増えている」(ベールの彼方の生活4270頁参照)

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

<注1>

■霊魂とは

潜在化している「霊」とその「霊」が“顕現する場所”である「魂」、双方を合わせた「霊魂」は“意識(霊的意識)”と同義語とされている(12195⑥~⑦、語る425⑦、教え下204④参照)。ここから「霊魂=自我の本体=意識(霊的意識)」と言う関係性が出てくる。シルバーバーチが例えに用いる個別霊としての「ダイヤモンドや氷山」丸ごと一個分は、内部に「霊」を潜在させた「魂(意識、霊魂)」のことである。

 

<注2>

■神の一部である意識

シルバーバーチは「大霊の一部である意識」「この意識は私の知る限り無窮の過去より常に存在してきたもの」「(その意識が)さまざまな形態を通じて顕現し、その表現を通じて絶え間なく洗練されつつ、内在する神性をより多く発現していく」「(意識は)これまでもありとあらゆる生命現象を通じて顕現し、今なお顕現し続けております」(以上3113④~⑧参照)と述べる。

 

進化レベルに応じた形体をまとう

このようにして“意識(意識なるもの)”は、進化レベルに対応した無数の形体を順次まといながら(→形体の個別化が促進されていく、人間は個別化の頂点に立つ)、意識の中に潜在している“分霊”の顕現を増して「集合魂(→因果律の主体となる“集合魂・集合意識”から出現する形体は無数)」から、「個別霊(→因果律の主体となる個別意識から出現する形体は一つのみ)」へ進化してきた。

そして個別霊は進化するにつれて形体も洗練されていくと同時に、親切・愛・慈悲心などの“神の属性”が形体を通してより多く外部に滲み出てくる(→ますます「個性が強調された個性化の道」を強めていく)。個性化の道をシルバーバーチは「神性を増し、物質性を減らしていく、それが創造の全目的」(3113⑨~⑪参照)と述べている。

 

■まとめると

「神が外部に向けて顕現していく存在の場」としての意識は、「単なる意識(→集合魂または群魂、まとう形体はおおよそ哺乳類以下の動植物)」から個別意識の萌芽形態たる「類魂意識(→まとう形体はおおよそ哺乳類)」へと、さらには悠久の時を経て個別化の頂点である「個別意識(→まとう形体は人間)」へと進化してきた。その後「個別意識」は永遠に続く「個性化の道(→より多くの“神の属性”が、まとう形体を通して外部に滲み出てくる霊的進化の道)」を辿って行くことになる。

 

<注3>

■神の属性である“優しさ”

優しさにもピンからキリまで幅がある。一本の線の左端には特定の者や利害関係者のみに対して優しさを表し、他の者に対しては冷たい、いわば対象者を使い分けた優しさ。右端には万人に対して優しさを表すという具合に。この違いはどこから来るのか。

個別霊は地上世界で体験を積むためには肉体をまとわなければならない。その結果、肉体特有の「自己保存の本能」を持つことになる。霊性レベルが低い地球人の肉体は物質性が極めて濃くできている(→霊性レベルに比例した形体をまとうから)。物的濃度が濃ければ、それだけ自己主張は強くなる。

霊的意識から流れ込む優しさは、本能に起因する自己保存的に働く意識によって変質して行く。このように出自の異なる二つの意識は“物的脳(心)”で統合されて、一つの意識(顕在意識)となって地上的人格が形成されて行く。その形成過程で物質性を帯びた優しさとなって、肉体を通して現れ出る。

 

■神の属性である“助け合い”

地球という名の「学校」で学ぶ者どうしの助け合い。

・お金がある人は、その日の糧に困っている人にお金を提供し

・知識がある人は、道に迷っている人にその知識を提供し

・体力と行動力がある人は、被災地に出向いて困窮している人達の為に労力を提供し

・調整が上手な人は、多彩な考えを持つ人達をまとめる役割を提供し(能力や労力など)

・共感能力が高い人は、悩める人に寄り添って

・いつも笑顔の人は、元気のない人に笑顔で元気づけて、助け合いの輪を広げていく。

 

<注4>

■関節リュウマチの患者に落語を聞かせたところ、笑った後ではナチュラルキラー細胞が活性化して免疫力が高まったこと、血液中の糖質コルチコイド値が下がったこと、このような医学的なデータもある。

 

<注5>

GV・オーエン著『ベールの彼方の生活、第1巻』には「祈りは意念の操作による創造的行為である。信念のもとに祈りを捧げれば、その祈りの対象が意念的に創造され、その結果として“祈りが叶えられる”ことになる。つまり主観的な願いに対し、現実的創造作業による客観的回答が与えられる」(207⑫~⑭参照)との記載がある。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

◆戻る

『シルバーバーチの霊訓』講座、その2:目次

 

 

 

« 第3講:他界霊の意識の変化 <講義用ノート> | トップページ | 死後の旅路の行程—スピリチュアリズムの観点から »