« 死後の旅路の行程—スピリチュアリズムの観点から | トップページ | 第2講: 基本的事項の整理、その2 »

第1講:基本的事項の整理、その1

目 次

1.スピリチュアリズムの周辺部

2.さまざまなスピリチュアリズム

3.スピリチュアリズムの位置関係

4.代表的な死生観

5.シルバーバーチとは何者か

6.スピリチュアリズムの普及運動とは

7.霊的実在の証明手段の変更

8.スピリチュアリズムの神観とは

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

1.スピリチュアリズムの周辺部

ア)宗教

A:言葉の意味

宗教という言葉の辞書的意味は「超越的絶対者あるいは神聖なものの存在を信じ、それを信仰すること。またはそれらの教義・行事・制度・体系」(明鏡国語辞典他)とある。これに対してシルバーバーチは、宗教とは「人のために役立つ行為、霊性に動かされた行為、無私と利他的行為、自分より恵まれない人へ手を差し伸べること、弱き者へ力を貸してあげること」(潮文社370⑮~71②参照)であると述べる。すなわち「奉仕を基調とする宗教」(5130⑮~131①参照)、利他的行為のことである。

また信仰についても理性に信仰をプラスした「知識を土台とした信仰」(1巻62⑫参照)であり、盲目的信仰ではない。同じ「宗教」や「信仰」という言葉を使っていても、地上側と霊界側ではその中身は異なっている。

 

B:「勧誘形態」の違い

教団が行う勧誘には、誰彼かまわずに勧誘する形態が見られる。そこには「しつこい勧誘」や「悪質な勧誘」の話が付きまとう。シルバーバーチは教団が行う勧誘形態、例えば行事や集会の熱狂的な雰囲気を通して多くの人を改心させる勧誘形態では「霊的な価値を悟らせることはできない」(新啓示112⑦~⑧参照)と言う。なぜなら霊的な問題に関する限り、一人一人が理解の程度に応じて受容して行くのであって“集団回心”は有り得ないからと述べる(11103⑨~⑩参照)。

 

スピリチュアリズムの勧誘形態は時期の来た「大人の霊(→霊的に受け入れる用意のできた人間の魂:9巻18⑩参照)」一人一人の理性に訴えて、納得ずくによって行う点に特徴がある。イギリスのことわざに「馬を水辺に連れていくことはできても、(水を欲しなければ馬に)水を飲ませることはできない」がある。これを「霊的真理が学べる場所(講座、勉強会など)に友人を連れていくことはできても、その友人に真理を受け入れるだけの時期が来てなければ、理解してもらうことはできない」と読み替えると、スピリチュアリズムが誰彼構わず勧誘する形態をとらない理由が理解できる。

 

スピリチュアリズム(霊的な事柄)に関しては必要としている人が自ら足を運んで真理を得る形態。いわば購入意思のあるお客が店舗を選択して来店する形態、勧誘側から見れば“待ちの形態”に特徴がある。既存の宗教とスピリチュアリズムでは「宗教」の意味する内容に相違があるため、当然に勧誘形態にも違いが見られる。

 

イ)オカルティズム(オカルト

A:言葉の意味

オカルティズムはラテン語の「隠されたもの」に由来する言葉で「隠秘学」「神秘学」などと訳される。一般的な意味としては「通常の経験や科学では認められない超自然的な力の存在を信じ、それを研究すること。占星術・錬金術・神智学・心霊術などをいう」(広辞苑)。

 

B:スピリチュアリズムとの違い

オカルティズム(但し魔術を除く)もスピリチュアリズムと同様に、高次の存在や高次の世界に関心を持っている。この点で両者には共通性がある。

スピリチュアリズムでは地上世界は体験を積むための「学校」であるとして、永遠の霊的向上に重きを置く。これに対して地上世界に重きを置くオカルティズムは主知主義の傾向が強い。視点の置き所が両者では異なっている。

 

ウ)魔術

A:言葉の意味

魔術を的確に表した言葉に、儀式魔術師のアレイスター・クロウリー(英国Aleister Crowley:1875年→1947年)の「魔術とは意志に従って変化を起こす科学であり業である」(クロウリー著『魔術―理論と実践』)がある。つまり自分が意図したとおりに何らかの変化を生じさせるのが魔術であると。

一般に魔術は「この世に存在するものは相互に影響を及ぼし合っている」という相互関係に着目して「自己の望むどおりの結果をもたらす」と主張する。人の想念は外界の事象に影響を及ぼすので、強い思いを持つことにより期待通りの成果を得られると述べる(→引き寄せの法則と共通する)。

 

B:オカルティズムとの違い

オカルティズム(神智学含む)では秘儀伝授(イニシェーション)や意志力を重視するが、魔術もこれらを重視しているのでこの点で両者は共通する。しかしオカルティズムには隠れた力や存在を信じて「超越的存在との合一を目指す」という考えがあるのに対して、魔術には究極的なものに仕えるとか、自己をより高めるといった観念はなく、物質的で自己中心的な満足を求める傾向が強い。

 

C:スピリチュアリズムとの違い

魔術は物質的な実現を第一義とするが、霊性の開発という肝心な点は欠落している。これに対してスピリチュアリズムでは「本来の私という意識」に潜在している“神の分霊”の顕在化、つまり相応の形体をまとって利他的行為を行う「霊性の開発」に関心が向いている。スピリチュアリズムと魔術では目指している方向が正反対である。

 

エ)神智学

A:本来の意味

神智学の本来の意味は「神秘的直感によって直接に神を認識し神の啓示に触れようとする立場」のこと。この立場からは「神は叡知的な性格を持ち、宇宙は神の叡智によって形作られている」「人間の智や認識も神の叡智に通じる性格を持ち、人間は神を認識し神に近づくことができる」と説く。このような説を述べる神智学は、神の不可知(→人間の五感では証明や計測できないので神を論議の対象外とする)や人間の認識の限界を強調する正統派神学や哲学からは常に異端視されてきた(世界宗教百科事典)。

 

B:近代神智学

ブラヴァツキーとオルコットによって、1875年にニューヨークで「神智学協会」が創設された。この「神智学協会」によって主張された神智学は“本来の意味での神智学”ではなかった。そのため“本来の意味での神智学”と区別する意味で「近代神智学」と呼ばれている。近代神智学は使用する人の立場によって違いがあるが、一般的には「近代神智学はブラヴァツキーの著作の中で明らかにされた神秘主義を基調とした思想体系を指す」とされている。この思想体系は「東洋的要素を大幅に取り入れた点が、キリスト教神智学とは決定的に異なっている」(世界宗教百科事典)。近代神智学は東洋の神秘思想重視の傾向が強い。

 

ブラヴァツキーの近代神智学は、当時の著名なスピリチュアリストにも大きな影響を与えた。ちなみに1878年創設の英国神智学協会では、最初の1年間の入会者のほとんどはスピリチュアリストであったという。このように神智学の論理的で思弁的な理論体系は、さまざまな人たちに影響を与えつつ、ルドルフ・シュタイナーの人智学(→1913年創設の人智学協会は西洋の神秘思想を重視)や20世紀後半のニューエイジ運動に繋がっていった。

 

C:スピリチュアリズムとの違い

ブラヴァツキーによって始められた「近代神智学」は、オカルティズム・東西の神秘思想・魔術・宗教・さまざまな思想等をミックスして一つの理論体系として打ち立てたもの。この点が高級霊からもたらされた霊界通信を基にしているスピリチュアリズムとは本質的に異なっている。

またブラヴァツキーは「死者の霊は稀な例外的な場合以外は、この世に戻ることはできないと私達は主張します。また、全く主観的な方法による以外は、霊と人間と通信することもありません」(ブラヴァツキー著、神智学叢書『神智学の鍵』竜王文庫、36頁参照)と述べて、スピリチュアリズムの根幹部分である「霊との交流(→顕幽の交流は可能であるので、霊媒を通して特定の死者の霊との交信が可能)」を否定した。

 

オ)ニューエイジ運動

A:言葉の意味

1960年代のアメリカに端を発した文化現象に「対抗文化(カウンターカルチャー)」がある。この対抗文化は1970年代に「ニューエイジ運動」として定着していった。ちなみに対抗文化としての多様な形態や行動様式(→音楽、映像、ワークショップ、セラピー、ヨガ、瞑想、東洋医学、地球を一つとみなす環境運動など)を、一括りにした全体を「ニューエイジ」と呼んだ。日本ではニューエイジやニューエイジ運動は「精神世界」と呼ばれることが多い。

 

そのニューエイジの中でも“霊的な部分を総称した言葉や活動”の総体を特別に「ニューエイジ運動」と呼んでいる。宗教学者の島薗進氏は1970年代以降「ニューエイジ運動」は、「新しい意識や文明への移行が近い」という多くの人々の期待を集めて、先進国にとどまらず第三世界も含めて消費文化が発達した大都市において同時多発的に、多様な形態で展開している運動であると述べる(島薗進著『精神世界のゆくえ』51頁参照)。

 

ニューエイジという言葉は、占星術で「魚座の時代が過ぎて新しい水瓶座(アクエリアス)の時代が到来する」という考えが基になっている。魚座の時代は宗教の時代であったが、水瓶座の時代は宗教に代わる新しい霊性(スピリチュアリティ)の時代とされるから。なお社会の有り様も従来の人間中心主義的思考方法から、近年ではニューエイジの思考方法である「共生型や全体論的思考」が市民権を得て生活の中に溶け込んできている。

 

B:「精神世界」というカテゴリー

日本において“ニューエイジ的な宗教観(ニューエイジ運動)”と呼ばれるものは「精神世界」というカテゴリーで括られている。各種の解説書によれば「精神世界」は以下のような区分けをして説明がなされている。

・神道・仏教・民族宗教的な流れをもったもの

・アメリカのチャネリングやセラピーの流れにあるもの

・神秘思想の流れにあるもの

・臨死体験や退行催眠、体外離脱体験等の超心理学の周辺部にあるもの

・宇宙人・UFOの流れにあるもの

 

C:日本に於ける現状

日本ではアメリカとは異なって「伝統的文化に対抗する」という要素は少ない(→アメリカでは支配的なユダヤ教やキリスト教由来の伝統文化と敵対関係にあるのが特徴)。チャネリングは日本の巫者(→イタコ、ユタ、卜占、霊能者など)の「霊的メッセージ」と容易に結びつく。アメリカでは既成宗教とは対立関係にあるが、日本ではむしろ宗教団体がニューエイジ的な思想や、スピリチュアリズム的な思想を組織内に積極的に取り込もうとしているように見える。

 

D:問題点

一般に「ニューエイジ運動(精神世界)」は個々人のゆるやかなネットワークを中心として、内面の成長を追求したいと願う人々がメインのため、インターネット・出版物・自己啓発セミナー・ワークショップ等を媒体とすることが多い。ニューエイジ運動の当事者は純粋に「意識変容」を目指す人たちから、ニューエイジ・グッズの消費者まで幅広く存在する。

 

ニューエイジ系の書籍には「自己を癒す、自己を許す、自己愛の強調、わくわくする、今のままでよい、よい波動を受ける」などのフレーズがしばしば出てくる。基準は「自分を満足させることができるか」にある。スピリチュアリズムでは他者に霊的エネルギーを流す為に利他的行為が推奨されている。ちなみにニューエイジ系は利他的行為を行う前段階として、自己の内面を霊的エネルギーで満たす“ウォーミングアップ”を行っている状態といえる。

 

カ)心霊研究(超心理学)

A:心霊研究の始まり

1848年のハイズヴィル(フォックス家)事件に触発されて多数の霊媒が出現した。霊媒を囲んで行われる“家庭交霊会”では、霊界からのメッセージと共にラップ現象などの物理的心霊現象が頻発して起きた。このような霊媒の周りで起きる心霊現象は、まもなく科学者の関心を引き、ここから心霊研究が始まった。

 

B:研究者は現象の再現性を求めた

研究者の“現象面の科学的研究”について、スピリチュアリストは「信仰の補強としての役割」を期待した。しかし研究者は現象の再現性(追試可能性)と方法の厳格さを求めてきたために、次第に双方の利害や方向性が対立していった。

その後、研究者は霊媒現象に特有な「捉えにくさ、不確実性、不正の介在」などの問題から霊媒を退けて、一般人を対象として統計学を使った実験心理学の手法を用いる方向へと進んでいった。スピリチュアリストと心霊研究者との間の溝は次第に広がって行った。

 

C:スピリチュアリストは梱包材より中身の検証を主張

スピリチュアリストは「心霊現象は人々に霊的なものに関心を向けさせるための手段」であり、次の段階に進むための準備と位置づけた。いわば心霊現象は霊的真理を地上に届けるための“梱包材”のようなもの。その“梱包材”の成分調査や梱包状態の外見調査に明け暮れて中身を開こうとしない、中身の持つ霊的意味を探ろうとしないとの批判がスピリチュアリスト側には根強く存在する。

スピリチュアリズムから心霊研究は分離して、その後霊魂説を放棄して既成科学の傘下へ進む心霊研究(=超心理学)と、霊魂説を前提として霊的教訓を受取るスピリチュアリズムとは、交わることなく並行して進んでいくことになる(→社会学者の田中千代松氏は「同根の平行線」と名づけた:田中千代松編『新・心霊科学事典』所収「総括と展望」参照)。

 

2.さまざまなスピリチュアリズム

ア)素朴なスピリチュアリズム

霊魂は肉体が滅びても永遠に存在するという考え方は、洋の東西を問わず古代から存在していた。この「霊魂不滅」を前提として「祖先崇拝」や「輪廻転生説」が生まれた(平凡社『哲学事典』参照)。

日本の古代社会では霊魂を「たま」と呼び、死者の霊魂と人間との間を取り持つコミュニケーションの媒介者を「口寄せ」と呼んでいた。この「口寄せ」が「神憑り」して、顕幽の橋渡しを行っていた。旧約聖書の「サムエル記上、28」や「イザヤ書、8」などにも、死者の声を聴く「口寄せ」や霊媒の話が登場するので「神憑り」現象は日本だけの話ではない。

 

このような古代から世界各地に存在してきた「死者の霊魂」や「死後の世界(他界)」を前提としたコミュニケーションを「心霊術又は交霊術」と言う。近代スピリチュアリズムの「霊魂説」の観念と共通した部分が多いが、ここには多くの迷信や俗信が混在している。これを便宜「素朴なスピリチュアリズム(自然発生的なスピリチュアリズム)」と呼ぶことにする。

なお「霊魂説」とは「死後の世界」の存在を肯定して「死後も人間の個性は存続する(→死んでも私は生きている)」こと、さらに「死者との交信を認めてあの世とこの世は交流している(→プラスに働けば霊からの有益な情報がインスピレーションとして届く、マイナスに働けば憑依現象となる)」ことを信じる立場のことを言う。

 

イ)近代スピリチュアリズム

A:発端はハイズヴィルの怪奇現象

1848年以降のスピリチュアリズムを「近代スピリチュアリズム」と呼ぶ。その発端はハイズヴィルの怪奇現象であった。

アメリカのニューヨーク州ロチェスター近郊のハイズヴィルに、幽霊が出ると噂されていた木造の地下室付きの家があった。1847年12月にフォックス家の一家(→夫と妻、そして姉妹のマーガレットとケイト)がその家に引っ越してきた。始めのうちは何事もなかったが翌年18483月以降、拳で家の壁を叩く音やノックの音、家中の家具を動かす音などが連日鳴り響いた(→ポルターガイスト現象)。331日の夜にひときわ大きなラップ(叩音)が発生したので、姉妹が手を叩くという方法で通信を試みたところ、霊からラップによる返答が返ってきた(→ポルターガイストで霊との交信が出来たことは極めて異例のこと)。

 

姉妹と霊との間で通信が取り交わされた結果、霊の身元が判明した。霊の身元はチャールズ・B・ロスマ(31歳)という名前の行商人であり、5年前この家に住んでいた住人に包丁で喉を切られて、所持金の五百ドルを奪われて殺害された。さらに死体は階段を引きずられて地下室の土間に埋められた、ということが判明した。

あまりに重大な内容のため隣人を呼び、その隣人がさらに隣人を呼び寄せる中で交信が続けられた。翌日、地下室の床を掘って裏付け調査を始めたが水が湧いてきたため中止。その年の夏に作業を再開、僅かな人間の頭髪と人骨が現われたが、殺害された行商人のものと断定するまでには至らなかったという。

 

ハイズヴィル事件の56年後に急展開があった。1904年11月に“お化け屋敷”の地下室で遊んでいた小学生たちは、地下室の崩れた壁と壁の間から完全な白骨死体を発見した。通報により家の所有者が調査したところ、死体の傍から当時の行商人が金銭を入れて持ち歩いていたブリキ缶が発見された。このような物証から白骨死体は1848年にフォックス家の姉妹とラップで交信した行商人とされた。この白骨死体発見のニュースは、当時の新聞に載っている。掲載紙は19041123日付『ボストン・ジャーナル:Boston journal』、この紙面に1904年11月22日ロチェスター発の記事として掲載された。

 

B:心霊現象の発生と霊媒体質者の存在との因果関係

このラップ(1848331日夜の叩音による交信)によって霊の世界と交信を行ったフォックス家の姉妹の噂は、瞬く間にニューヨーク州北部から近隣の州へと広がり、大きく報じられて評判となった。当事者である姉妹は事件の渦中から逃れるため、ロチェスターにいる長女の家に引越をしたが、姉妹の行くところには絶えずラップやその他の心霊現象がついて回った。このことからラップ現象は、姉妹の霊媒体質を介して発生したものであることが明らかとなった(田中千代松編『新・心霊科学事典』所収「人類の将来」参照)。この一連の事実から心霊現象の発生には、エクトプラズムの供給者である霊媒体質者の存在が不可欠であること。ここから心霊現象の発生と霊媒体質者の存在との因果関係が判明した。

 

なお物理的心霊現象を引き起こすエクトプラズムは、物質と生命との中間的存在であり半物質的な性質を持っている。霊媒の中でもエクトプラズムを豊富に製造できる人が物理霊媒となる。トランス状態に入るとエクトプラズムが外部に引き出されて、各種心霊現象を引き起こす際の材料として使用される(個人的存在82⑨~⑬参照)。シャルル・リシェ(仏1850年→1935年、1913年ノーベル生理医学賞)は、霊媒から出て様々な形に変化して現象を引き起こす半物質状の物体を「エクトプラズム」と名付けた(デボラ・ブラム著『幽霊を捕まえようとした科学者たち』文芸春秋259頁~262頁参照)。

 

C:科学的検証を伴った心霊ブーム

この時期フォックス家の姉妹に触発される形で、各地に心霊現象を起こすことのできる霊媒が次々と現れた。これらの心霊現象に学者や知識人、聖職者などが関心を持ち、アメリカ社会に一大ブームを巻き起こした。日本でもこれと似たような状況は起きている。1974年にユリ・ゲラーのスプーン曲げがテレビで放映され、これがきっかけとなって各地に能力者が出現して「超能力ブーム」を引き起こした。また1910年(明治43年)から1911年(明治44年)にかけて起きた「千里眼事件」、これに触発されて“月の裏側の念写”で有名な三田光一など、念写や透視ができる霊能者が次々と出現した。これらの日本での現象はフォックス家の姉妹に触発されて能力者が次々と出現して行った状況と似ている。

 

アメリカ東海岸で起きたブームは1850年代にはヨーロッパに飛び火し、1870年以降ウィリアム・クルックス(英1832年→1919年)など、当時の一流の科学者を巻き込んだ調査研究によって、次第に心霊現象の仕組みが明らかになって行った。この調査研究は「科学的検証を伴った心霊ブーム」に道を開いて1882年のSPR(英国心霊研究協会)創設に繋がった。

 

D:霊との交信は科学的に証明が可能

このような多くの学者の科学的検証によって「霊魂説」が次第に「証明」されてきた。ハイズヴィル事件(1848331日)以降の「この世とあの世の交信は科学的に証明が可能」を強調するスピリチュアリズムを、従来の自然発生的に存在するスピリチュアリズムと区別する意味で「近代スピリチュアリズム(新スピリチュアリズム)」と呼んでいる。田中千代松著『新霊交思想の研究:改訂版』(8頁⑭~⑮)では「死者の霊との交信が科学的に可能であるという確信の上に立っている」と記されている。

 

このような科学的検証は「霊魂説」を「証明」して、霊界通信によって「質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism)」が地上世界にもたらされる際の土台部分となった。従来の自然発生的に存在する「素朴なスピリチュアリズム」と区別する意味で、ハイズヴィル事件(1848331日)以降の「この世とあの世の交信は科学的に証明可能」を強調するスピリチュアリズムを「近代スピリチュアリズム(新スピリチュアリズム)」という。

 

ウ)世俗的なスピリチュアリズム

世の中の多くの人たちが「スピリチュアリズム」や「スピリチュアル(霊的な)」「スピリチュアリティ(霊性)」という言葉に対して抱く一般的なイメージは、おおよそ「占い的なもの」や「娯楽的なもの」と思われる。それはスピリチュアリズムという言葉が、世俗的な欲求とセットとなった開運や、個人的な慰め・癒しといった“娯楽の一環”として用いられていること、または“生業の手段”として使われていることからも分かる。

 

ここから見えてくることは、近年マスコミやビジネスの世界で盛んに取り上げられている「スピリチュアリズム」等には、来世の存在や死後個性の存続と言ったスピリチュアリズムが持つ本来のテーマは含まれていない。また霊性の向上と言ったスピリチュアリズムの本質的な理解からは懸け離れた形で世俗的に用いられている。目指す方向が“物質的(この世的)”であることなどに特徴が見られる。そのためこれらを「世俗的なスピリチュアリズム(現世利益的なスピリチュアリズム)」と呼ぶことができる。

これに対してシルバーバーチが私たちに求めているスピリチュアリズムとは、個々人が霊的知識を日常生活に活かして、自身の生き方を変えて霊性の向上を図っていく実践哲学的な考え方を言う(→刻苦と苦難を“魂の磨き粉”にして霊的資質を開発していくこと)。

 

3.スピリチュアリズムの位置関係

ア)全体の位置関係

 

イ)「実証重視」と「信念重視」という二面性

一般に「近代スピリチュアリズム」の位置関係は「右隣りには実証を重視した科学の世界:D」が広がっており、反対側の「左隣には信念を重視した信仰・宗教の世界:A」が広がっている。そのため実証を重視するスピリチュアリストは「科学へ傾斜する:D」傾向を強め、信念を重視するスピリチュアリストは「信仰へ傾斜する:A」傾向を強めていく。このようなスピリチュアリズムの「実証重視:D」と「信念重視:A」という二面性は、スピリチュアリストが有する“傾向の違い”だけに留まらず、証拠に対して求める“厳密さの程度”にも違いが現れている。

 

ウ)いわゆる「事実」としての「霊魂説」

19世紀後半の西洋社会でブームとなった「家庭交霊会」では心霊現象が頻発して起きた。この心霊現象は間もなく科学者の目に留まり、広く関心を呼び起こして科学的な調査研究の対象となった。当時の一流の科学者の調査研究によって心霊現象の仕組みが明らかとなって、その結果「霊魂説」が確固たる「事実(=いわゆる事実として)」として打ち立てられた。スピリチュアリズムでは「霊魂説」を「スピリチュアリズム思想の土台部分:C」としている。この「スピリチュアリズム思想の土台部分」である「霊魂説」は、実証重視の「科学の世界:D」へと繋がっている。そして各種心霊現象を調査研究する「心霊研究」として発展し、その後「超心理学」と呼ばれるようになって学問分野の一角を占めるに至っている。

 

エ)スピリチュアリズム思想

この土台部分の「霊魂説」の上部構造には、高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想:B」がある。この「スピリチュアリズム思想」には「人生をどのように生きるべきか」や、人生に於いて遭遇する「困難や苦難にどのように対処したらよいか」など、人の生き方を深く掘り下げて考えてみる際のヒントが散りばめられている。

 

高級霊が述べているように「知識には必ず責任が伴う」(1巻119⑬参照)ことから、「スピリチュアリズム思想」を学んで知識の分量を増やしていくと、次第にその人の「生き方が問われてくる」ことになる(→知識は実生活に活用しなくてはならない:3巻42⑪~⑫参照)。いわば生き方の「質的な転換(知識から生き方へ)」を迫られることになるわけである。この「質的な転換」は個々人の自由意志にゆだねられているが、なかには「スピリチュアリズム思想」をこの世を生き抜くための「生き方の指針(実践哲学、信仰):A」にまで高めていく人も出てくる。そのため上部構造たる「スピリチュアリズム思想:B」は信仰と相性が良く「宗教・信仰の世界:A」へと繋がっている。

 

オ)質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism

このようにスピリチュアリズム思想には、各自の生き方を変えて個々人の集合体である社会をも変えていく力がある。ここには多くの人が理解する物的指向が強いこの世的な幸福追求型の「世俗的なスピリチュアリズム(現世利益的なスピリチュアリズム)」といったイメージは全くない。むしろ霊的知識を自己の生き方に活かして霊的成長を図るという「実践哲学」的な意味合いが強く見えてくる。そのため当講座ではスピリチュアリズムを「世俗的なスピリチュアリズム(現世利益的なスピリチュアリズム)」としてではなく、霊的知識を自己の霊的成長に活かしていく「質の高い高等なスピリチュアリズム(Higher Spiritualism)」として用いている。

 

4.代表的な死生観

ア)「死は終焉」と考える唯物論者の死生観(上記のA図)

多くの人は「心は脳の副産物」なので、死によって人間の精神活動一切は終焉するという唯物論的な考え方をしている。この立場では「私という意識は死によって雲散霧消してしまう」ので、当然の結果として「死後の世界」は存在しないとなる。そのためより一層この世に対する執着が強くなっていく。

 

死後の世界を一切認めない「死は終焉」という考え方の最大の問題点は「逃げ得を許すこと」である。この世で“悪行の限り”を尽くしても、見つからなければ「不正を咎められることはない」と考える人が出てくる。これでは人間社会が長年に亘って作り上げてきた倫理観の崩壊であり、ますます社会が悪くなっていく。

 

イ)「生命(霊)の海に溶け込む」という考え方(上記のB図)

上記のような唯物論的な考え方に馴染めない人たちの多くは、死を「生命循環」的に考える傾向がある。これには唯物論に近い考えをする人たち(→死は終焉、但し生きていた証は残る)から、よりスピリチュアリズムに近い考えをする人たち(→33回忌までは死霊という個別霊、それ以降は祖霊という霊の海に溶け込む。日本の伝統的な霊魂観)まで幅がある。

 

この考え方によれば、死とともに“私という個人”は消えてなくなって、死後は一種の「生命エネルギーのような大きな海」に溶け込み、そこから「大海の一滴」という形で次の新たな生命が生み出されると説く。死とともに“個性を持った〇〇という名前の付いた自分”は消えるが、「生命エネルギー」という概念の中に“自分が存在したという証”は残ると考える(五木寛之著『玄冬の門』ベスト新書124130参照)。これに近い考え方が血縁をベースにした日本の伝統的な霊的世界観にもある。日本人は比較的この「生命の循環(生命の海に溶け込む)」説に馴染み易い。

 

ウ)日本の伝統的な霊的世界観(上記のC図)

日本の伝統的な習俗からは、供養の対象となる“死霊(死者の魂)”は「弔い上げ(33回忌)」によって初めて汚れを拭い去って清まり、個性を失って先祖の霊に融合して「祖霊という大きな海」に溶け込む(→33回忌までは死霊という名の個別霊、それ以降は「〇〇家、一族」というラベルの付いた海に溶け込む)。この祖霊が草葉の陰から子孫を見守る形で、または再生することによって、「祖霊という大きな海」と地上にいる一族との間を行き来することになる。なお「祖霊」とは個性を失った“先祖の霊魂の集合体”のことであり、一種の「集合魂(霊の海)」のこと(國學院大學日本文化研究所編『神道事典、縮刷版』弘文堂390頁、『柳田国男全集13』ちくま文庫所収「先祖の話」参照)、スピリチュアリズムで言うところの死後も個性が存続する「個別霊」ではない。

 

この個別霊たる死霊が祖霊(→33回忌以降は祖霊という名の一種の“集合魂”となる)となり、祖霊は神格化して祖神や氏神として祀られる「死霊→祖霊→祖神・氏神」という流れは、民族宗教である神道にも取り入れられている。神道では「神」と「祖先」との間には明確な境界がなく渾然一体のものとして扱われており、遠い祖先は祖先であると同時に「神(人格神)」としても崇められている。

 

エ)スピリチュアリズムの考え方(上記のD図)

スピリチュアリズムでは「死の先にも人生は続く」と説く。死によって肉体の機能は停止するが、それ以降“私という意識”の表現媒体は従来までの鈍重な物的身体(肉体)から、より精妙な霊的身体(→物質性の濃い霊体、いわゆる幽体のこと)に切り替わる。その切り替えには“波長の変換(→低い物的波長からより高い霊的波長への切り替え、バイブレーションの調整)”を伴うため、必ず「死の眠り」が存在する。このように「死」とは生活の場がこの世からあの世に代わる通過点に過ぎないと主張する。

 

5.シルバーバーチとは何者か

ア)神庁からの要請

A:思念は環境を形成する

シルバーバーチは3000年前に地上生活を送った霊(3153①参照)であり、地上に再生して霊的進化を遂げる段階を卒業した古代霊(1112⑦~⑧参照)である。そのシルバーバーチが住む境涯は、適材適所で生きる喜びにあふれ芸術の花が咲き乱れた、光り輝く色彩豊かな環境であるという(2158⑪~⑭、922④参照)。

霊界では思念は実態そのもの。その思念は環境を形成するので、自ずと霊格と環境は一致する。そのため同一霊格で親和性のある霊が集まった高い境涯では、同じような思念をそれぞれの霊が発するため光り輝く環境となる。

 

B:神庁からの呼び出し

ある時シルバーバーチは、地上の霊的刷新(→地球を霊的に浄化すること)に責任を負っている霊界の上層にある神庁からお呼びが掛かり、他の同僚と一緒に仕事の要請を受けた(916⑬~⑭、1112⑫参照)。

その仕事とは暗くてじめじめした魅力に乏しい地上世界、弾力性を失ったクッションのようで何もかもだらしなく感じられる地上世界に戻って(2158②、822⑭参照)、高級指導霊のメッセンジャーとして、受け入れる用意のできた人(=大人の霊)に単純明快な形で霊的真理を届けることであった(1112⑫~13②参照)。ここからシルバーバーチは誰彼かまわずに霊的教訓を説こうとしているのではなく、あくまでも「大人の霊」を対象として説こうと決意して地上に降りてきたことが窺える。

 

イ)シルバーバーチに関する情報

A:霊界の霊媒

シルバーバーチという名の古代霊は「霊的進化の末に二度と地上世界へ生身に宿って戻ってくる必要のない段階まで到達した」(1112⑦~⑧参照)霊である。その進化レベルにある霊は、波長の低い地上圏に降りて来て地上側の霊媒と直接交信することは不可能である(810⑩~⑪参照)。そのため地上との接触には霊界側に霊媒を置く必要があった(1113⑦~⑩参照)。高級指導霊たちは霊的波長を変える「変圧器の役目」を担う「霊界側の霊媒」として、地上時代にレッドインディアンであった霊の霊体を用意してくれた(810⑨~⑬、1113⑪~⑫参照)。

 

B:個人情報は開示していない

シルバーバーチという名の古代霊は地上時代のことを「証明する手段は何一つない」(811⑭参照)との理由から、地上で如何なる人物だったのか、活躍した時代は何時かなど、一切の個人情報は開示していない。

また「私の名はシルバーバーチではありません」(1112①参照)とも述べている。この「シルバーバーチ」という名前は、かつて地上でインディアンだった「変圧器の役目」をしている霊の名前であるという(1112②~③参照)。さらに「地上時代の私はレッドインディアンではない。このインディアンよりはるかに古い時代の別の民族の者」(1112⑥~⑦参照)、いわば古代霊であるという。

この古代霊の使命はシルバーバーチよりさらに高級な指導霊たちのメッセンジャーとなって、霊的教訓を「受け入れる用意の出来た人間」(1112⑮参照)の「理性と知性と常識」(812②参照)に訴える形で届けること、と述べている。

 

スピリチュアリズムの普及に多大な貢献をしたイギリスの著名なジャーナリストのハンネン・スワッハーは、「シルバーバーチは実はインディアンではない。いったい誰なのか、本当のところは分からない。本来属する界は波長が高すぎて地上とは直接の交信が不可能であるために低い界の霊の幽体を使用している。シルバーバーチと名のるインディアンはたぶんその幽体の持ち主であろう」(110⑫~11①参照)として、「シルバーバーチ」は「霊界の霊媒の名前」であると述べている。

 

C:三者のオーラの調整

シルバーバーチという名で呼ばれている高級霊と、霊界の霊媒のインディアン霊、そして地上側の霊媒モーリス・バーバネル(1902年→1981年、1932年創刊の週刊心霊新聞サイキック・ニューズの編集長)、この三者の霊的波長の調整に関しては次のような記述がある。シルバーバーチは「私の方はバイブレーションを下げ、霊媒の方はバイブレーションを高めています。それがうまくいくようになるまで15年もかかりました」(4168②~③参照)。三者が調整を繰り返しながら完全に融合できるまで15年かかった、つまり始めて入神した1920年から1935年までの期間を霊的波長の調整に費やしたということである。

 

D:霊的真理を地上に降ろす際のルート

高級霊シルバーバーチという名の古代霊

霊界の霊媒でインディアンだった霊

地上の霊媒のモーリス・バーバネル

交霊会参加者及び「シルバーバーチの霊訓」の読者

 

ウ)霊界通信の判断基準

A:ポイント

霊界通信の判断基準ポイント

通信内容の質の高さ

霊媒の潜在意識に付着している“色”をどこまで排除できたか(オーラの融合)

 

霊界通信の判断基準のポイントは、「通信内容の質の高さ」と「霊媒の潜在意識に付着している“色”をどれだけ排除できたか」にある。一般に霊界通信は霊媒の潜在意識にある単語や概念を用いて通信を送ること(個人的存在20⑪~21④参照)、さらには霊媒の発声器官を使用すること、このようなことから多かれ少なかれ霊媒の潜在意識に脚色されてしまうものである。

 

B:潜在意識を完全に支配する

霊媒の潜在意識の影響の問題について、シルバーバーチは「回を追うごとにコントロールがうまくなり、ごらんの通りになりました。今ではこの霊媒の潜在意識にあるものを完全に支配して、私自身の考えを100パーセント述べることができます」(917⑮~18②参照)と述べている。

これはバーバネルの“潜在意識による脚色”の問題を完全に克服できたということ、シルバーバーチが事前に用意した通信内容を交霊会において100パーセント述べることが出来たということである(→ポイントは三者間のオーラの完全な同調)。これは霊界通信に於いては極めて稀有な事例である。ここに『シルバーバーチの霊訓』が数多く存在する霊界通信の中でも最高峰の位置を占める理由がある。

 

C:ホワイト・イーグルとの比較

一般にホワイト・イーグルはシルバーバーチと同格の高級霊であると言われているが、その霊界通信にはキリスト教や神智学の影響が強く表れている。この理由はホワイト・イーグルと霊界の霊媒(?)と地上の霊媒のグレース・クックの三者のオーラの同調が、完璧の域までは達していなかったことが考えられる。このためグレース・クックの潜在意識にある、言葉や概念に付着している“色”が、オーラの同調が完璧ではなかったために払拭しきれず、霊界通信にキリスト教や神智学の影響が強く表れてしまったと言える。ここに霊界通信の難しさがある。支配霊又は通信霊が極めて高級な霊といえども、オーラの同調が完璧の域まで達していなければ、多かれ少なかれ霊媒の固着観念に色付けされた霊界通信となってしまうという好例である(注1)。

 

シルバーバーチは専属霊媒のバーバネルが死去すれば別の霊媒を通じて通信することはないと述べている。その理由を「この霊媒を通じて語るための訓練に大変な年数を費やして来ましたので、同じことを初めからもう一度やり直す気にはなれません」(828⑥~⑨参照)と言う。ここからもオーラの同調がいかに大変であるかが推測できる。

 

エ)バーバネルの自由意志

A:入神状態に好感を抱かなかった

霊媒のバーバネルは「始めのうち私は入神状態にあまり好感を抱かなかった」(10218③~④参照)。またハンネン・スワッハーの助言にもかかわらず1932年創刊の心霊新聞『サイキック・ニューズ』(10219②参照)にシルバーバーチの霊訓を公表することを拒み続けていた。しかし1935年頃にバーバネルが霊媒であることを内密にするという条件のもとで、シルバーバーチの霊訓が掲載されるようになったという(最後啓示213②~⑦参照)。

 

B:抵抗し続けた期間

このようにバーバネルがスワッハーの助言に抵抗し続けた期間は、シルバーバーチの「(三者のオーラの融合が)うまく行くようになるまで15年もかかりました」(4168②~③参照)との発言から考えると、「純粋なスピリチュアリズム」を地上に下ろすための準備期間と符合する。ここからシルバーバーチはバーバネルのパーソナリティを熟知していて、頑なな抵抗に合うことを事前に予想していたことになる。

 

C:1935年以降

交霊会の霊言は『サイキック・ニューズ』や『ツー・ワールズ』に発表された。その後それらの紙面に掲載された霊訓を編纂して、最初の霊言集が1938年に『シルバーバーチの教え』というタイトルで出版された。そして1959年になって、バーバネル自身が「シルバーバーチの霊媒は誰か、実はこの私である」という見出しで公表した(最後啓示213⑪~⑬参照)。

なおバーバネルやスワッファーも述べているように、シルバーバーチの霊言は句読点を書き込むほかは非の打ちどころのないものであり、あたかも出版を前提とした文章であったという(10221⑬~222③、語る18⑪~⑫参照)。

 

6.スピリチュアリズムの普及運動とは

ア)「スピリチュアリズム」とは

一般に「Spiritualism(スピリチュアリズム)」は「心霊主義」や「心霊学」などと訳されてきたが、現在では英語の発音表記そのままに「スピリチュアリズム」とされている。なお「心霊主義」とは霊魂の実在を前提とした説のことである。

シルバーバーチは「スピリチュアリズム」とは知識のことであると述べている(7175⑧参照)。知識であるが故に「スピリチュアリズム」を「商売の手段」や「娯楽の手段」として世俗的に用いる人、あるいは日常生活に霊的知識を生かすことをせずに一般的な“知識の一つ”として「引き出しに仕舞い込む人」も当然に出てくる。

 

イ)スピリチュアリズムの普及運動

(近代)スピリチュアリズムは19世紀半ば以降(558③~④参照)、霊界主導で「地球を霊的に浄化する」目的を持った普及運動として展開している。この普及運動は顕幽二つの世界で同時に展開されている。この点につきシルバーバーチは「地上だけでなく霊界でも大変な規模で布教活動が行われている」(道しるべ199⑤~⑥参照)と述べる。

 

この世では「公」と「私」の二つの側面、具体的には霊的真理の普及によって無知を無くして、地上にはびこる悪弊を駆除して行く「社会変革運動」としての「公」の側面と、個々人が霊的知識を日常生活に生かして意識を変えていく個人の「意識変革運動」としての「私」の側面がある。この「意識変革運動」は、人間は霊的存在であり肉体はこの世で生活する為に「魂がまとう衣服である」(3171⑥~⑦参照)という意識に目覚めさせることにある。

 

あの世では幽界の下層界で生活する「物的指向が強い霊:Y―1」や「浄化の界層にいる霊:Y―2」が対象となる。これらの霊に対して「霊的自覚(→霊として今“何を為さなければならないか”という自覚)」を持たせて、幽界の下層界を浄化する運動として展開している。

なぜなら他界者は肉体を捨てただけで「習性も特性も性癖も個性も地上時代そのまま、利己的な人は相変らず利己的、貪欲な人は相変らず貪欲、悩みを抱いている人は相変らず悩んでいる」状態(724⑩~⑭参照)。また狂信的な宗教者は地上時代そのままの思想を維持している。少なくとも他界者の表面意識に「霊的自覚」が芽生える迄は地上時代そのままの意識状態を保っており(注2)、霊界から親和性のある地上人に「教唆や幇助」という形で影響を及ぼしている。

高級霊は地上世界で展開しているスピリチュアリズムの普及運動は「霊界主導」であり、地上人類へ向けての高級界からの本格的な働きかけである(霊訓上203⑱参照)と述べる。

 

◆幽界は上層界と下層界に分けられる

X:幽界の上層界は「霊的自覚(霊として何をすべきか)」が芽生えた霊が生活するエリア

Y:幽界の下層界は霊の意識の指向性が「下・物質界」を向いている霊が生活するエリア

◆下層界は二つに大別できる

Y―1:「極楽・天国のような世界」、内面にある願望が全て現象となって叶えられる世界

Y―2:意識に深く染み付いた煩悩を鎮めて「魂の歪みを矯正する浄化の為のエリア」

 

7.霊的実在の証明手段の変更

ア)物理的心霊現象という形で関心を呼びこむ

スピリチュアリズムの勃興期、霊界側は従来の物理法則では説明ができない現象を「物理的心霊現象」という形で示して、当時の科学者の関心を呼びこんで、科学的な手段を用いた方法で霊的実在の証明を行おうとした(新啓示40⑧~⑩参照)。この方法は当時の人たちの唯物論的思考や霊的レベルに対応した証明手段であって、霊界側の「一大計画」に沿ったものであった(550⑤~51④参照)。

 

イ)20世紀初頭にアプローチの変化

このような霊界主導で始まった「近代スピリチュアリズム」運動は、20世紀初頭にアプローチの変化があった。著名な科学者を巻き込んで行われた物理的心霊現象による霊的実在の証明の歴史が「詐術の嫌疑との闘いの連続」(新啓示42⑭参照)であったこと、20世紀に入り古典物理学が破たん(→相対性理論、量子力学などの登場)したこと、このような要因によって霊界から地上への働きかけにも当然に変化が生まれてきた。1920年代以降「心霊治療(sprit healing:スピリット・ヒーリング)が盛んになったのはその一つの表れ」であった(新啓示41⑬~⑭参照)。

 

シルバーバーチは物理的心霊現象が次第に衰退して「心霊治療と霊的教訓という高等な側面」(9165⑧~⑨参照)が前面に出てきた背景を「地上の人間の進化のサイクルが変わりつつあるからです」(9165⑨~⑩参照)と説明している。さらに心霊治療に関しては「身体の病気を治すという意味では物質的ですが、それを治すエネルギーは霊的なもの」(新啓示41⑭~⑮参照)として、現代の風潮にマッチした霊的実在の証明手段の一つであると述べている。

 

ウ)主たる証明方法としての「心霊治療」

心霊医療の名称

主役

A

マグネチック・ヒーリング

ヒーラー自身の肉体エネルギーを患者に与えることによって病気を治癒する

指圧、マッサージ、整体

治療師

B

サイキック・
ヒーリング

サイキック・ヒーラー。
ヒーラー自身の霊体エネルギーを患者に与えることによって病気を治癒する

気功治療、レイキ、手かざしなど

治療師

C

スピリット・
ヒーリング

スピリット・ヒーラー。
霊医が宇宙に遍満している霊的エネルギー(治療エネルギー)を、地上のヒーラーを通路にして患者に流す、これによって病気を治癒する

スピリチュアル・ヒーリング

霊界の霊医

 

A:広義の心霊治療は従来からあった

物質世界に現れた霊的徴候から霊界側の意図を推察してみると、次のような霊界側の「一大計画」(550⑧参照)の存在が推測できる。

治療師の生体エネルギーを使った広義の意味での心霊治療(サイキック・ヒーリング)は従来からあった。この心霊治療という形式を用いながら“中身(治療の質)”を高めてより洗練した形に作り変える。これを「霊的実在の証明」の手段として用いる方式が、地上世界に於ける科学技術の発達と相まって1920年代の後半以降に行われるようになった。

 

B:霊界の霊医による心霊治療

この従来の「物理的心霊現象」から「霊界の霊医による心霊治療(sprit healing)」と「霊的教訓」への転換(9165⑧~⑨参照)は、霊界側の「地上世界にスピリチュアリズムを普及する」という戦略に沿ったものであった。なおこれは主たる証明方法が「霊界の霊医による心霊治療」や「霊的教訓」に転換したという意味であり、従来の「物理的心霊現象」を必要とする人や地域においては、霊的理解の為にいまだに主たる証明方法として有効な手段として存在している(9102⑫~⑬参照)。

 

イギリスにおける「心霊治療(sprit healing)」の功労者の一人で、シルバーバーチの交霊会に招待されたことがあるW.T.パリッシュは(4巻194頁~198頁参照)、癌を患っていた妻を心霊治療で治癒させたことから名声が広まり、1927年から始めて1946年に死去するまで心霊治療に献身的に携わった。

またハリー・エドワーズ(Harry Edwards1893年→1976年)は1930年代初頭より帰幽するまでの期間、心霊治療の普及に貢献した。エドワーズが行った心霊治療の効果は、英国医学協会が1956年に発表した公式声明で「医学では不可能なことが起こった」として公認されている(田中千代松編『新・心霊科学事典』の「エドワーズ、ハリー」の項目参照)。このようにして「心霊治療(sprit healing)」は広く知られるようになった。

 

エ)シルバーバーチの出現と「霊的教訓」

A:シルバーバーチは転換期に出現した

シルバーバーチは1920年に霊媒モーリス・バーバネルを介して出現し、オーラの融合の為の試行期間を経て1930年代中頃から「本格的」に活動を開始した。時期的に見れば「霊的実在の証明」方式が物理的心霊現象から、「心霊治療と霊的教訓という高等な側面」(9165⑧~⑨参照)の段階に移行した時期と重なっている。

前述したようにシルバーバーチは霊媒の潜在意識に影響されずに、純粋な霊的教訓を地上に降ろす為の前提となるオーラの融合に「15年もかかりました」(4168②~③参照)と述べている。これは霊的教訓を地上に降ろすために行ってきた三者間の準備や調整が1935年頃に整ったことを意味する。なお最初の『シルバーバーチの霊訓(日本語タイトル:シルバーバーチの教え)』は、地上側の霊媒・霊界側の霊媒・高級霊のシルバーバーチの三者間のオーラの融合が完璧となった後の1938年に出版された。

 

B:『シルバーバーチの霊訓』は対象者限定の教え

シルバーバーチの使命はスピリチュアリズムの土台部分に当たる「霊魂説の証明」にあったのではない。この“物理的心霊現象を観察する”という手段を踏まなくても、または踏むことによって「霊魂説」の上部構造に位置する「スピリチュアリズム思想(霊的教訓)」を理解できる「大人の霊(=霊的に成人した人間の魂)」が対象となっている(918⑦~⑪参照)。

このようにシルバーバーチは「スピリチュアリズム思想」を「霊的に受け入れ態勢の整った人」に訴えようとした(3107⑧~⑨参照)。なぜなら霊的教訓は本人に受け入れる準備ができるまでは、周りが幾らお膳立てをしても受け付けないからである(155⑫~⑬参照)。たびたび引用している「馬を水辺に連れて行くことは出来ても、(水を欲しなければ馬に)水を飲ませることは出来ない」ということわざと同じである。

 

シルバーバーチは霊的に受け入れる用意のできた「大人の霊」(918⑩~⑪参照)に対して、霊的教訓に沿った生き方を日常生活の中で実践することを促した(226⑤参照)。このようにシルバーバーチは霊的教訓を誰彼かまわずに説いているわけではない。いわば“対象者限定の教え(=大人の霊を対象)”ゆえに求めるハードルは高く設定されている(868①~②、8193⑨~⑩参照)。そのため“スピリチュアリズムの周辺部”にいる人たちにとっては「シルバーバーチの教えは厳しい」と感じることになる。

 

C:生き方の変革を求める

「霊的実在の証明」方法としての「物理的心霊現象」は、主に「霊魂説」を証明して霊的知識を普及する、そのためのデモンストレーションとしての意味があった。これに対してシルバーバーチの出現と同時期に普及し始めた心霊治療(スピリット・ヒーリング)は、その本質を患者の霊的覚醒に置いている(9169①~②参照)。いわば病気治癒をきっかけとして、自らの生活や考え方を見直すという“自己努力を伴った生き方の変革”である。なぜなら心霊治療の目的が「眠れる魂を目覚めさせ、霊的自覚をもたらすこと」にあるから(1巻129⑩~⑪参照)。

このような点から判断して霊界の「一大計画」に沿った地上側の進捗状況は、ワンランク進んで地上人類は「新たな時代」に突入したことが分かる。このように「霊的実在の証明」方法としての「心霊治療(スピリット・ヒーリング)」の普及時期と、霊的教訓を説いたシルバーバーチの出現時期とは密接に連動している。ここから物理的心霊現象から「心霊治療と霊的教訓」へ、という大きな流れの存在が見えてくる。

 

8.スピリチュアリズムの神観とは

ア)神と人間の間に摂理が介在する

シルバーバーチは「摂理の神」(→神とは摂理のこと:福音47⑫参照)を強調する。図式的に言えば「神→神の摂理⇔万物」となる。この神観では「神」と「人を含む一切の万物」は直接相対することはなく、両者の間には必ず「神の摂理(法則)」が介在する。そのため万物を分け隔てなく平等に扱うことが出来るので御利益信仰は起こりようもない。なぜなら何人たりとも「神の摂理」に則れば霊的成長がもたらされ(→霊的成長とは“本来の私という意識”に潜在している“神の分霊”を顕在化させること)、逆らえば霊的成長が損なわれることになるから。いわば神の摂理という川の流れに沿って生きるのか、それとも逆らって生きるのか、その選択には人間の自由意志が介在しているから。

 

イ)人格神の否定

シルバーバーチは、神は人間的憤怒に動かされるような人間的存在ではない(372⑨~⑩参照)とか、「生身の一個の人物を絶対服従の対象としてはいけない」(386⑫参照)とか、神は個的存在でもないし人物的存在でもない(11108①参照)などと述べて、現人神や人格神を否定している。さらに「大霊(神)による直接の関与などというものは絶対にありません。あなた方が想像なされるような意味での人間的存在ではないのです」(到来46⑩~⑪参照)と述べて、人格神や神の直接関与(神⇔人間)を否定している。

 

神と人間との関係は「神とは法則なのです。あなたが正しいことをすれば、自動的にあなたは自然法則と調和するのです」(7巻79⑫~80②参照)と述べているように「神⇒摂理(法則)⇔人間」となっている。シルバーバーチは「摂理の神」を前面に出すことによって、奇跡や依怙贔屓等は一切存在せず、人間を含めた万物に公平に神の愛が行き渡ることになると説く。このように人間側から見れば神は法則として現れるので(法則の裏側に神がいる)、神は法則ですと述べた。「神は全法則に宿っている」から(5巻140⑪参照)。

 

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

<注1>

■シルバーバーチは「同志の一人であるホワイト・イーグルには彼なりの考えがあってのことでしょう」(新啓示25④)と述べて、ホワイト・イーグルを同志と呼んでいる。シルバーバーチは光明と美に溢れた境涯にいる同輩の多くに「地球浄化の大事業への参加の要請があった」(最後啓示58⑥~⑦)と述べているので、推測するにその時の同輩の一人がホワイト・イーグルを名のる霊であったのではないだろうか。

桑原啓善氏によれば、ホワイト・イーグルの霊媒グレース・クック(1979年他界)とシルバーバーチの霊媒モーリス・バーバネル(1981年他界)は親友であったという(桑原啓善訳『光への道』でくのぼう出版206頁⑦~⑧参照)。

 

<注2>

■ 慣性の法則

死んだ者は霊的には死ぬ前と全く同じであり、単に肉体が無くなっただけで地上時代に形成された「宗教・行為・思念・性癖等」の人間性にいささかも変わりはない。地上時代に培った習性は簡単には変わるものではなく、死んでも人間は変わらないから。

 

物理の法則に「運動している物体は外部から力を加えられない限り、いつまでも等速直線運動を続ける」という「慣性の法則」がある。この法則を使って霊的自覚を持つまでの他界者の意識状態が説明できる。

地上時代に形成された「偏見や性癖」、さらに「権勢欲や所有欲」などの意識は、物的身体が無くなったからといっても依然として持ち続ける。なぜなら本人が自ら変えようとする意思を起こさない限りは(→意識の表現媒体が肉体から霊体に代わっただけであるから)、そのまま「等速直線運動」が肉体から霊体へと継続されることになるから。

死後の世界で「霊の表面意識」に霊として何を為さなければならないかという「霊的自覚」が芽生えてくれば、この自覚が摩擦力として働くことになるので、「偏見や性癖」などの意識の持続は徐々に失速して行くことになる。

このように意識の中に「霊的自覚(霊的覚醒)」が芽生えてくるまでは、地上時代の習性等の地上的人格の残滓はそのままの状態で維持されている(724⑫~⑭、福音189②~⑥参照)。人間は死後、誰でも直ちに「本来の私という意識(自我の本体)」が自覚できるわけではない。

― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 

◆戻る

『シルバーバーチの霊訓』講座、その2:目次

 

 *イラストは省略

« 死後の旅路の行程—スピリチュアリズムの観点から | トップページ | 第2講: 基本的事項の整理、その2 »