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第4講:顕幽の交流

目 次

1.親和性の法則

・基本的な法則

・憑依(負の親和性)

2.霊能者について

・霊能者(霊媒)とは

・霊的影響力の違い

・霊的能力(サイキック能力、スピリチュアル能力)

・霊能者と金銭

3.心霊現象について

・心霊現象の種類

・物理的心霊現象について

・物理的心霊現象の目的

4.交霊会・霊界通信について

・交霊会の参加者・立会人

・霊界通信について

・霊媒現象の周辺部

・予知・予言について

5.講座に寄せられた質問

 

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◆はじめに

スピリチュアリズムの土台部分である霊魂説には「この世とあの世は相互に交流が行われている」がある。この交流がなされる根底には「親和性の法則」が存在する。最初にこの法則の解説から始める。次に「顕幽の交流」の要となる「霊能者」の問題を扱い、その霊能者の周りで生起する「心霊現象」、さらには「交霊会」や「霊界通信」を見て行く事にする。

 

1.親和性の法則

①.基本的な法則

ア、霊界とこの世の間にも働く

霊的摂理に「親和性の法則」がある。これは霊的成長度が同じで親和性を有する者との交流が日常的に行われている霊界では基本的な法則だが(最後啓示149①参照)、霊界とこの世との間にもこの法則は働いている(5234①~③参照)。

 人の為という利他的な願望は、自動的に同じ願望を抱く霊界人を引き寄せる(217⑤~⑥参照)。例えば献身的に心霊治療を行っているサイキックヒーラーがいた場合に、このヒーラーの治療状況を霊界側から一定期間見ていた霊医が、この“治療家は本物だ”と判断して援助が為されて、スピリットヒーリングが始まるケースである。なぜならヒーラーが煩悩に惑わされることなく、当初の決意を失わずに治療が続けられるかを見極める為の一定の観察期間(=試用期間)と、オーラの同調の為の期間が必要だからである。

 

イ、最初の一歩は地上人が行動で示す

霊界側からの援助が始まるプロセスを見ると、まず霊界人の援助を引き寄せる為の“何らかの利他的な行動や強い思い”が地上人側に先行して存在する必要がある。最初の一歩は地上人側からであり、「必要な条件を人間側が用意する」(2209⑨参照)ことから始まる。なぜなら地上人の利他的な行動や思いに共鳴した霊界人が親和性によって引き寄せられるから。霊界人から見れば地上人の意識の高さや霊的成長度はオーラから一目瞭然にわかるので、それだけの“資格”がなければ霊界人の援助は引き寄せられない。これが基本となる。

 

ウ、何のために霊界人は地上人を指導するのか

地上人が人のために行う利他的行為は、地上人のみならず霊界人にとっても霊性向上のチャンスとなるので、「親和性の法則」から同じ願望を持つ霊界人を引き寄せることになる。なぜなら親和性によって引き付けられた霊界人は、地上人の“利他的行為を援助する”ことによって、自らの霊性レベルを引き上げることができるから。霊界人も霊性向上の為に常に“人世のために働く”ことを願っている。その為に絶えず霊的エネルギーの“通路・道具”となり得る地上側の協力者を求めている。

 

エ、「引き寄せの法則」の問題点

巷には「思いは現実になる」という霊的法則を応用して、これをこの世的な「成功法則」と謳ったセミナーや解説本で溢れている。それによると強い願望である“富の獲得”や望み通りの人間関係が達成されたイメージを強く持つと、その思念が「お金を引き寄せる」「恋を引き寄せる」「思い通りの進学先や就職先を実現させる」ことになると説かれている。当然に引き寄せる対象は物質性が強い“この世的なモノや利己的な願望”である。

 他界霊の利他的願望は霊性向上の為の動力源となり(→ベクトルの向きが上、霊性向上を向いているから)、モノや利己的願望は物的世界に縛り付けるという原則から見ても(→ベクトルの向きが下、物質界を向いているから)、巷で喧伝されている「引き寄せの法則」には問題がある。そこには地上世界は霊性レベルを向上させるために物的体験を積むための「学校」と言った観点や、各自が遭遇する困難や障害は“魂の磨き粉”であると言った観点は全くない。

このような地上人が己の利己的願望達成の為に引き寄せる霊界人とは、親和性の法則から見て物質臭が強い低級霊(→幽界下層の“浄化の世界”にいる霊)や地縛霊(→いまだ死んだという自覚のない霊)、さらには邪霊(→悪意を持った低級霊や地縛霊)などである。引き寄せる人が霊的に敏感な体質者の場合には、親和性の法則から良からぬ影響を受けるケースがあるので注意(→稀に霊的敏感者が遊び半分で行う“こっくりさん”と同様なことが起こり得る)。

 

②.憑依(負の親和性)

ア、意識の振れ幅

地上の人間の一日は、高尚な意識状態から動物性を過度に発現させた意識状態の両端の間で、絶え間なく揺れ動いている。人の魂を揺さぶる行動や話を見聞きすれば意識は高揚する。これに対して過度のアルコール摂取は、自らの“理性の蓋”を開放して動物性を強く発現させることになる。このように人間は意識の揺れ幅の状態に応じて、日常的にあらゆる霊的レベルにある霊からの影響力にさらされている。例えば日頃まじめな人が一時的に邪霊の影響下に置かれて、ふとしたことから魔が差してスーパーで万引きをするとか、酒の席で悪い友人に誘われて違法カジノに行くなど、後で振り返ってみれば「なんであんなことをしたのか」と自分を責めることになる。

しかし「実際に引き寄せるのは自分と同じ霊格を持った霊だけ」(894⑭~⑮参照)であり、それも「両者の間に親和関係がある場合に限られる」(語る435⑦~436③参照)。憑依は本人側に霊を引き寄せる何らかの“受け皿”が必ず存在する(→霊的に敏感者の場合には直接憑依するという形で)。

 

イ、マイナス作用の親和性

親和性の法則には、原因があればその“原因の性質”に応じた形で、両者間に「親しみ結びつきやすさ」という関係がある。原因を発する者の行為や言動に相応した霊界人が引き寄せられるという関係は憑依現象にも言える。なぜなら憑依現象は親和性が“マイナスの作用”となって表れたものだから。これに対して霊界人の援助は親和性が“プラスの作用”となって表れたもの。

親和性があると言うことは人間の堕落した生活が“受け皿”となって同類の邪霊を引き寄せることになるので、人間の側から餌をまかなければ憑依は防げることになる(霊訓上48⑫~⑭、50⑥~⑧参照)。シルバーバーチは「自分は大人物であると思い込んでいる人間、大酒飲み、麻薬中毒患者などがこちらへ来ると、地上で似たような傾向を持つ人間を通じて満足感を味わおうとする」(5234⑦~⑨参照)と述べる。専門書によれば薬物依存症は「脳の神経回路が薬物に支配されてしまい、薬物の使用を自分の意志でコントロールできない状態(→生命力が流れる通路に障害物ができる:9巻125⑨参照)」であるという。既に存在する薬物に支配された神経回路を邪霊が代用できる為、影響が及ぼし易くなるから。

 

ウ、顕幽の悪循環を断ち切る

霊的世界に移行後さほど時間がたっていない霊の場合や、物質臭が極めて強い幽界の底辺部分で生活する霊にとっては、同じような“受け皿”を持った地上人には親和性から影響力を行使しやすいという特徴がある。なぜなら長年に亘って形成されたマイナスの性格傾向は、その人の潜在意識にパターン化されて組み込まれているから。死後間もない霊や幽界の底辺部分にいる霊と地上人との間に、共通の文化・思考法・似たような地上体験などがあれば、憑依は殊更に簡単に行えてしまう(→地上的な習慣はパターン化されて潜在意識に組み込まれるため、いまだ霊的自覚が芽生えない霊界人の表面意識に色濃く残っているから)。

 高級霊は「地上の罪悪と悲劇の多くは邪霊が同種の人間に働いた結果に他ならない」(霊訓下156②~③参照)ので、その「悪循環を断ち切る方法は人類全体の道徳的意識の高揚と物的生活の向上に俟つほかない」(霊訓上50②~③参照)と述べる。

その為には地上においては霊的知識の普及活動(→各種講座・勉強会・読書会など集団を通して、または個々人に対する個別対応を通して普及させる)と、学んだ知識を日常生活に活用する各自の実践活動が求められている。これらが“車の両輪”となって、悪しき連鎖(→邪霊の影響下に置かれたり憑依現象が発生したりするなど)が断ち切られて行く。地上の問題を根本的に解決するには、個々人の意識の変化が喫緊の課題となっている。

 この地上人と霊界人の関係を「音叉(おんさ)」の実験に例えて見れば良く分かる。固有振動数が同じ共鳴箱付き音叉を二つ用意して、片方を鳴らすと空気の振動を伝わって他方の音叉もなり始める、音叉の固有振動数が違う場合は共鳴しないという現象がある。ここからも連鎖を断ち切る為には固有振動数を変える、霊性向上の努力が必要となってくる。

 

エ、邪霊に憑依されるまでの三つの段階

A、第一段階のレベル

アラン・カルデック編『霊媒の書』には「低級霊(邪霊)に憑依されるまでの三つの段階」として、憑依が進行して行く状況が紹介されている(208頁~211頁参照)。

前著によれば、霊能者は常に低級霊(→幽界の下層界にいる物質臭の強い霊や、浄化の界層にいる霊)や邪霊(→悪意を持った低級霊や地縛霊)に付け狙われている。しかし低級霊や邪霊と波長が合って通信状態に入っても、一時的なものですぐに縁が切れるので、これは憑依ではない。本人も低級霊や邪霊にしつこく付きまとわれている状態を理解している。霊能者がこんな事をしていてはダメだと判断して生活を変えて行けば(→固有振動数を変える)、憑依の危険から逃れることは可能である。しかし「自分は特殊な人間」であると思い込み始めて自惚れてくると(→固有振動数が一致して行く)、次第に第二段階に移行していく。このように第一段階は「しつこく付きまとわれる」レベルであるという。

 

B、第二段階のレベル

前著によれば、低級霊や邪霊がしつこく付きまとって日常生活に支障を来すレベルに、幻惑が加わった状態、これが第二段階のレベル。低級霊や邪霊が霊能者の思念そのものに直接的に働きかけて幻想を生じさせるレベルである。その結果、霊能者の正邪や善悪の判断力は麻痺してしまうことになる。低級霊や邪霊が最も恐れるのは、霊能者の周辺にいる第三者の説諭によって、霊能者が理性を取り戻すことであるという。

 アラン・カルデックは第二段階に陥った霊能者の状態を次のように述べている。霊能者自身に「自分は神の化身であると思い込ませ、それらしき勿体ぶった態度で御託宣を述べさせる。誰が聞いても滑稽きわまる内容なのであるが、その辺の判断力がマヒしているから、本人は微塵もおかしいとは思わずに大真面目で大言壮語をする」(210①~③参照)。低級霊や邪霊は「慈悲心だの人類救済だの神の愛と言った美辞麗句を吹き込む。当人は既に魅入られているから、救世主にでもなったかのような錯覚に陥って、大真面目にそれらしいことを口にする」(210⑰~211①参照)と。

 

C、第三段階のレベル

前著によれば第三段階は、当人の思考活動だけでなく自由意志まで完全にマヒし、人格全体が憑依されてしまうレベル。「精神が憑依されていく場合は、支離滅裂な行為をしながら、それを正常で立派な行為と思っている」「肉体的に憑依されている場合は肉体器官そのものも支配されて、不随意筋まで自由に操られるようになる」(211⑨~⑬参照)という。

ウィックランド著『迷える霊との対話』(近藤千雄訳ハート出版1993年刊、抄訳として田中武訳『医師の心霊研究30年、日本心霊科学協会叢書』1983年刊がある)に、この第三段階にある憑依患者が正常な精神状態に戻った事例が載っている。

 

2.霊能者について

①.霊能者(霊媒)とは

ア、言葉

A、顕と幽の間を取り持つ人

霊能者(霊媒)とは、一般に霊体の目で見る霊視・霊体の耳で聞く霊聴・潜在意識を介して受ける自動書記などの「精神的心霊現象」、または物品浮揚・物品移動・物質化現象などの「物理的心霊現象(→霊能者から出るエクトプラズムが重要な役割を果たしている)」によって、この世とあの世(霊的世界)の間のコミュニケーションを司る媒介者をいう。この言葉は19世紀半ば以降のスピリチュアリズム普及運動の中で盛んに使われるようになったが、現象自体は古代から洋の東西を問わず存在している。日本では「霊媒型巫者」の卑弥呼や「口寄せ巫女(→東北地方のイタコ、南西諸島のユタなど)」の存在はよく知られている。

 

B、特有の体質を持つ者を霊能者という

人間を体質的に分けると「霊的に敏感な人」と「霊的に鈍感な人」に大別できる。一本の線上の左端には体質的に「霊的に極めて強い敏感な者」がいる。そこから右に行くに従って鈍感の割合が強くなって行き、右端には「霊的に極めて強い鈍感な者」がいる。人が持つ霊的感受性はこの左端から右端の何れかの地点の体質を生まれながらに身に付けて来ている。このように生まれながらに特有の敏感体質を持つ者を霊能者という(→霊能者とは取り扱いが難しい“精密機械のような体質”を持った者、その能力を使いこなすにはそれなりの訓練が必要になる)。

 

イ、人は誰でも潜在的な霊能者

生者も霊であるので、霊的な能力自体は霊的身体が持つ知覚力なので本来的に全ての人間に具わっている。それ故に「人間はみんな潜在的な霊能者」(新啓示117⑦参照)といえる。人間は物質文明の発達と引き換えに心霊的な能力を失ってしまったが(5105②、福音31⑦~⑩参照)、ごく少数だがこの能力を有する者がいる。この者を霊能者(霊媒体質者)と呼ぶ。

 

ウ、霊界と繋がった霊能者

人間は霊的成長に伴って“霊体に具わっている能力”が発揮できるようになっていく。いずれは人間のすべてが発揮する能力だから(5105⑤~⑥参照)。しかしこの世で霊的能力が発揮できる能力を持った霊能者の多くは、霊界とは何の繋がりもない“五感の延長”である心霊的な能力、地上界の範囲内だけの物的法則と繋がった心霊的能力を有するに過ぎない(福音79⑬~80②参照)。霊界と繋がった霊的な能力(スピリチュアル能力)を持つ者は少ない(1163⑪~⑫参照)。「進化の先駆け」である本物の霊能者は少ないということ。

シルバーバーチは人間のすべてが例外なく霊的資質を宿している、ただそれが発現しやすい段階にまで来ているか否かの差があるだけです(道しるべ250③~④参照)と述べる。なお心霊能力が潜在意識の表面近くまで来ている人は、霊能開発などによって容易く使用できるようになる(2105④~⑪参照)。

 

エ、霊能者はより多くの利他的行為が出来る人

  

イラストにもある通り人は誰でも自我の本体(本来の私という意識)の中に“神の分霊”を潜在的に宿している。その潜在的完全性(神の分霊)を意識の領域(本来の私という意識)に顕在化させていくことが、永遠の旅人たる人間の宿命となっている(→イラスト参照、利他的行為を通して徐々に“神の分霊”の顕在化率を高めていく、最終的には本来の私という意識一杯一杯まで高めていく。ゴールである“本来の私という意識”イコール神を目指す)。

その為には肉体や霊的身体などの形体をまとって利他的行為を積み重ねて(→高級霊は思念を通して利他的行為を行う)、その体験によって潜在的完全性を顕現させていくことになる。分霊の顕現度合いに応じて、愛や慈悲心などの“神の属性”が形体を通して滲み出てくる(→高級霊の思念や形体からは愛に溢れた雰囲気が滲み出ている)。この分霊の顕現はあくまでも自らの体験によって顕在化させていくのであり、他者の祈りや祭りごとによって他力本願的に霊的進化が進むのではない。

 霊能者とは地上人生に於いて、一般人よりも多くの利他的行為ができる能力(→霊力の通路となる能力)を与えられた者である。スピリチュアリズムが目指している世界(地上天国)の招来に果たすことのできる役割は、一般人に比べても格段に大きいからである。それを「地上へ誕生する前の本人の自由意志」(新啓示118①参照)で決めてきた。

 

②.霊的影響力の違い

ア、霊力の通路となり得る者とは

シルバーバーチは“霊力の通路”として、霊能者が果たす役割の重要性をしばしば強調して述べている。たとえば「霊媒というチャンネルが増えれば増えるほど霊的真理という活力あふれる水が地上へ流れ込む」(2182⑮~183①参照)。さらには「大霊の力はそれを顕現させる能力を具えた人を通してしか発現できません。それが霊媒現象の鉄則です」(新啓示51①~②参照)などと。このような文言を目にするたびに、「霊力の通路となりうるのは霊能者のみなのか」という素朴な疑問が湧いてくる。

 しかし『シルバーバーチの霊訓』をじっくりと読んでみれば、霊能者以外の一般人もまた立派に霊力の通路たり得ることが述べられている。たとえば「通路は霊媒に限りません。それとは気づかぬままに通路となっている人も大勢います」(179⑨~⑩参照)とか、「私たちが欲しいのはそういう道具、霊媒、あるいは普通の男女、その人を通じて霊力が受け入れられ、霊の教えが語られ、知識が伝達されるような精神構造をした人たちです」(3123⑤~⑦参照)。さらには「霊力に反応する人であればいつでもどこでも神の道具となります」(431⑤~⑥参照)など。

 

イ、霊力の通路としての影響力の違い

霊能者も一般人の男女も「霊界側の真理普及の計画」を推し進める際に、霊力を地上に降ろす際の“手足・通路”となりうることには変わりない。しかし役割や影響力という観点から見ると両者には大きな違いがある。なぜなら霊能者がいなければ霊界から地上に、霊的教訓を降ろすことや霊的証拠を提示することができないからである。

このような役割を持つ霊能者は、「際限なき貪欲と利己主義、唯物主義」がはびこる地上世界という“戦場”においては、破壊力の大きな「戦車」にたとえることができる。なぜならたった一台の「戦車の破壊力(影響力)」は、歩兵(一般人の男女)が持つ「小銃の破壊力(影響力)」の数千倍もの威力があるから。

以上からも明らかなように霊力の通路となりうるのは、霊能者だけに限らず当然に一般人の男女もなりえる。このことはシルバーバーチがしばしば述べているように「奉仕を基調とする宗教」(5巻130⑮~131①参照)や「奉仕は霊の通貨」(11142②参照)など、利他的行為を推奨している言葉からも分かる。両者の大きな相違点は霊力の通路としての影響力、つまり「戦車」の砲塔から放たれる弾丸の破壊力と、歩兵が持つ小銃の破壊力の違いだけである。このようにシルバーバーチは、スピリチュアリズムの普及運動において重要な役割を演ずる「霊能者(戦車)」を、「一般人の男女(歩兵)」以上に強調して述べただけである。

 

ウ、日本に於ける「攻めの普及活動」

大正時代の末期から昭和初期にかけて、浅野和三郎は霊能者を活用した「攻めの普及活動」を行おうと考えて、スピリチュアリズムの普及に大きな貢献ができる優秀な霊能者を探し求めていた。それは当時(20世紀初頭)の欧米社会においては「いずれの国においても客観的(物理的)心霊現象の霊媒が、心霊運動の口火を切る役になっていた」からであった。

 昭和3年(1928年)9月にロンドンで行われた第3回「国際スピリチュアリスト連盟(International Spiritualist Federation、略称ISF)」の大会に参加した浅野和三郎は、英米の多くのスピリチュアリストや霊媒と接触して実験会に参加する機会に恵まれた。これらの体験はその後の浅野が日本に於いてスピリチュアリズムの普及を進めていく上で、かけがえのない財産となった。

帰国した翌年の昭和4年(1929年)以降、浅野のもとに亀井三郎など物理的心霊現象を引き起こすことが出来る霊能者が次々と集まってきた。それらの霊能者を前面に据えたデモンストレーションによって霊的知識の普及に弾みがつき、霊的レベルの向上がもたらされた(→霊能者という“戦車”を中核に据えた“攻めの普及活動”が行われた)。このことによって日本のスピリチュアリズムは「黎明期」から「発展期」へと大きく飛躍した。

 

③.霊的能力(サイキック能力、スピリチュアル能力)

ア、二種類の能力

霊的能力の発達には、まず“本来の私という意識(自我の本体)”に内在している“神の分霊”を、意識の領域に顕在化させていく「自我の本体そのものの進化」、いわゆる「霊の進化(スピリチュアル能力の発達)」がある。次にこれとは別に“自我の表現器官たる霊体”に具わっている「心霊能力の開発」、つまり自我が霊の世界において自己を表現する為にまとう霊体に具わっている能力、自我の表現器官に関する発達(サイキック能力の発達)がある。

このように霊的能力の発達には「自我の本体の進化(スピリチュアル能力の発達)」と「自我の表現器官の発達(サイキック能力の発達)」の二種類ある(499⑩~⑭、到来81⑪~⑮参照)。霊能開発をしようとして精神統一の訓練をすると最初に心霊的(サイキック)な能力が出てくる(1157⑫~⑬参照)。人間は例外なく心霊的能力を具えているから(1237⑦参照)。この心霊的な能力が発現した後に霊的(スピリチュアル)な能力が出てくる。

 

イ、霊的進化の指標

シルバーバーチは一貫して「霊の進化(スピリチュアル能力の発達)」の必要性を説いている。霊的進化の指標はサイキック能力の発現ではないから。「人の為に役立つ仕事を目的として霊界のスピリットの協力を得ながら心霊能力を開発した時」(2109①~③、福音81⑦~⑫参照)が本当の意味で霊的進化の始まりの時と述べている。

そのためには霊能開発と並行して他者のために役立つ仕事をして、霊界人の協力を得る必要がある。これに対してサイキック能力は霊的身体という形体に具わっている能力であり、霊が進化していく過程で自然に発揮されていくものである。サイキック能力が発揮できるようになることが必ずしも「霊の進化」の指標とはならないから(12214④~⑤参照)。

 

ウ、霊的に進化したと言える為には

霊能者(霊媒体質者)の“心霊的な能力の発達(→霊が使用する形体の発達のこと、サイキック能力の発達)”に“霊性の進歩(スピリチュアル能力の発達)”が伴っていなければ、霊的に進化したとは言えない(499⑩~⑭、到来81⑪~⑮参照)。なお心霊現象は霊媒体質者が有する心霊的(サイキック)な能力と、霊界人の協力による霊的(スピリチュアル)な能力の組み合わせで起こるものである(福音81①~④参照)。

 

④.霊能者と金銭

ア、評価の指標

しばしば霊能者は金銭的になり過ぎると“仕事”がうまくいかなくなると言われている。一般に「霊能者と金銭」の問題は、霊能者を評価する際の指標として良く用いられている。それは霊能者が金銭的になり過ぎると意識の指向性(→ベクトルの向き)が下・地上的なモノに向かい、その結果霊的波長が下がって感応道交する霊は物質臭の強い霊だけとなってしまうからである。

霊媒現象における“霊界人の協力”は顕幽を隔てるバイブレーションの壁を、親和性と“愛の力(磁気的な通路)”をベースにして乗り越えて発揮されるもの。霊能者が金銭的になり過ぎるとバイブレーションが物質的となって、援助しようとする霊界人との関係が疎遠になるから(→霊訓では“愛の力”が低下するからという表現が使われている)。親和性の法則により物質レベルのバイブレーションに見合った低級霊や邪霊を呼び寄せてしまい、その影響下に置かれるからとされる。

 

イ、目的限定の能力

高級霊は「(霊媒能力は)あくまで霊的な目的の為に使用しなければならない。営利目的の為、単なる好奇心の満足の為、あるいは低劣な無意味な目的の為に使用してはならない」(続霊訓123⑬~⑮参照)と述べる。また日本における「スピリチュアリズム(心霊主義)&サイキカル・リサーチ(心霊研究)」の草分けの一人である浅野和三郎も「たとえ乞食になろうとも、霊媒になって飯を食おうなどとはお考えにならぬが得策です」(脇長生編『精神統一入門』霊魂研究資料刊行会、58⑨~⑩参照)と述べている。多くの事例を見てきた先人たちによれば営利目的に走った霊能者の末路は悲惨だという。

 上記のように高級霊や先人たちは、霊能力は営利目的や単なる好奇心の満足のために使用してはいけないと述べる。なぜなら霊能力は“地上人生で利他的行為にのみ使用する”という、目的を限定して与えられた能力だから。

シルバーバーチは霊能力の問題を、常に“潜在的完全性(分霊)”の顕在化という観点に立って述べている。「霊媒はやむにやまれぬ献身的精神に燃えなければならない。その願望そのものが霊格を高めていく」(6巻118①~⑥、到来112④~⑩参照)からと。

 

3.心霊現象について

①.心霊現象の種類

心霊現象には誰にでも見える形で出現する“空中浮揚・物体移動・物品引き寄せ”などの「物理的心霊現象」と、霊媒を通して語られる“霊視・霊聴・霊言・自動書記”などの「精神的心霊現象」、そして両者の中間形態の「心霊治療(心霊医療)」の三つに分けることが出来る。

心霊治療は身体の病気を治すという意味では物質的だが、それを治すエネルギーは霊的なもので、二重の要素を持つ(新啓示41⑭~⑯参照)。

 

②.物理的心霊現象について

ア、物的要素が濃いエクトプラズム

A、霊の進化と物的エネルギーの関係

霊の進化と物的エネルギーの関係には「霊は進化するほど物的エネルギーが扱えなくなり、精神的感応力に訴えて知的な指導と指揮にあたることになる」(続霊訓160⑬~⑭参照)という記述がある。なぜなら物質化現象を起こす為にはエクトプラズムの材料となる中間物質が必要となるから。実験に携わる霊界人はいまだ物的波動から抜け切っていない霊性レベルの低い霊であり、その霊が霊界側の技術者となって高級霊の監督の下で物理的心霊現象を演出するために働くことになる(霊訓上64⑬~65④、77⑧参照)。

 

B、物質化現象の材料

客観的な心霊現象である「物理的心霊現象」の出現には、霊媒から流出するエクトプラズムがカギを握っている。エクトプラズムは物質と生命との中間的存在(半物質)である接合体の中で作られて(個人的存在82⑨~⑩参照)、物質化現象の材料となる。

このエクトプラズムを豊富に作る能力を持っている人が物理的霊媒になることが多い(個人的存在82⑫~⑬参照)。霊的体質の違いによってエクトプラズムには個体差があるが、トランス状態になるとそれが外部に流出する。これに霊界の技術者が特殊な成分を混ぜ合せて、物理的心霊現象を引き起こす為の材料を作る。

 

C、名付け親

このエクトプラズムの名付け親は、フランスの生理学者(パリ大学医学部教授、1913年ノーベル賞受賞)のシャルル・リシェ(Charles Richet1850年→1935年)である。

リシェは多くの霊媒を調査して、物理的心霊現象は霊媒の体内から出る半物質状の透明な物体がさまざまに変化して、物質化して現象を起こすということを突き止めた。その半物質状の物体を「エクトプラズム」と名付けた。

 

イ、エクトプラズムについて

A、エクトプラズムの性質

エクトプラズムは多量の白血球と上皮細胞を含んだ唾液の成分に似ており、これが霊媒の口・鼻孔・目・くるぶしの裏側などの皮膚の薄いところから出て来て物質化現象を引き起こすことが知られている。エクトプラズムの性質に関しては、湿り気があり独特のにおいがする。またエクトプラズムはすべて霊媒の細胞からできており、物理現象がどのような形態であっても、エクトプラズムは全て霊媒の身体から出て霊媒の身体に戻って行くので「エクトプラズムは霊媒の一部である」ことになる。さらに物理的心霊現象の目的を果たしたエクトプラズムが、霊媒の体内に戻る速さもまた瞬間的であり「まるでゴムのようにビューンという音とともに消えてしまったことがある」という(ハリー・エドワーズ著『ジャック・ウェバーの霊現象』国書刊行会1985年、135頁~144頁参照)。このようにエクトプラズムは物質化現象の材料に使われる。

上記で紹介した『ジャック・ウェバーの霊現象』の中に「エクトプラズムが製造されると、専門の霊が出現を希望するスピリットのエーテル体(幽体)の周りにそのエクトプラズムを塗り付ける。その際、そのスピリットはエクトプラズムの中から物質化する為に必要なエネルギーを吸収することが出来る。そうすることによって内臓までも物質化させて、地上時代と全く同じ固さの物質をまとうことになる。それでしゃべったり歩いたりと、人間と同じことが出来るわけである」(138⑮~139⑤参照)との記載がある。

 

B、霊媒の霊格とエクトプラズムの関係

エクトプラズムは霊媒から抽出されるため、「霊媒の体質が粗野であればエクトプラズムも精神的ないし霊的に程度が低く、精妙度が劣る。精神的に霊的に垢抜けした霊媒であれば、その性質がエクトプラズムにも反映する」(190⑬~91①参照)という具合に、霊媒の霊的レベルはエクトプラズムの質に反映する。

物理霊媒の霊格が低いほどエクトプラズムの質は落ちる(メッセージ84⑦~⑨参照)。また霊媒自身の健康状態によっても左右される(ハリー・エドワーズ著『ジャック・ウェバーの霊現象』136⑤参照)。このような性質を持つため霊媒は霊的レベルの向上を心がけた生活を送れば、人間性が向上すると同時にエクトプラズムの質まで向上することになる。

 

③.物理的心霊現象の目的

ア、受容性に見合ったもの

物理的心霊現象は従来の物理的法則では解釈のつかない現象を、あくまで科学的手段によって実在性を立証するという目的を持ったもの。その方法は当時の人たちの受容性に見合った形がとられることになる。19世紀後半から20世紀初頭は「従来の物理的法則では解釈のつかない現象を、あくまで科学的手段によって、その実在性を立証する」(新啓示40⑨~⑩参照)として、物理的心霊現象が科学者の関心を呼んだ時期であった。

この時期に頻発した現象は、地上に霊的真理を普及するという計画の一環として行われたものであった。霊的実在の証明方法は当然に人間の霊性レベルに応じて手段は変化して行く。物理的心霊現象から「心霊治療と霊的教訓」への変化はその表れの一つであった。それは「霊媒現象の歴史が、詐術の嫌疑との闘いの連続であった」(新啓示42⑭参照)から。

 

イ、物理的心霊現象は補助的手段

いつの時代にも「自分の目で確かめ、手で触れないと気が済まない人、物的次元での証拠を必要とする人」(到来49③~⑨参照)はいるので、その人のために物的な現象は必要である。シルバーバーチはスピリチュアリズムにおける様々な物理的心霊現象は「注意をひくためのオモチャにすぎない」(1巻126⑩参照)と述べる。

物理的現象が伴う交霊会や精神的心霊現象などの目的は、見る目を持つ者、聞く耳を持つ者、触れる手を持つ者に一点の疑いもなく霊的真理の実在性を納得させて、人間は霊的な存在であるということを自覚させることにある。本来、物理的心霊現象は霊的自覚を得るための補助的なものに過ぎなかった(1161④~⑤、2181⑮~182②参照)。

20世紀に入ると物理的心霊現象は徐々に後退して「心霊治療と霊的教訓という高等な側面」(9165⑧~⑩参照)が前面に出てきた。

 

ウ、ハンネン・スワッハー・ホームサークル

バーバネルが霊媒となってシルバーバーチが出現する交霊会は「ハンネン・スワッハー・ホームサークル」という名称で知られている(110①参照)。このサークルでも交霊会の初めにテーブル現象がしばしば行われていた。参加者全員がテーブルの上に手を置き賛美歌を歌っているうちにテーブルが動き出す。そしてシルバーバーチ霊団のメンバーが各々テーブルを動かして挨拶をした(714①~⑩参照)との記載がある。

翻訳者の近藤千雄氏によれば、このテーブル現象は「交霊会の霊的磁場を強固なものにするため」(霊媒の書90⑦参照)であったという。物理現象によって何の問題も起こらなかったのは「背後に高級霊団が控えており、邪魔が入らないように万全の対策を講じていたから」(霊媒の書90⑧参照)と述べている。

 

4.交霊会・霊界通信について

①.交霊会の参加者・立会人

ア、霊的エネルギー

A、霊的な柵の構築

霊的面から交霊会を見れば、会場に入ってほしくない霊を締め出すために(→周りに霊的な結界を作るため)、霊界側に“霊的な柵”をこしらえられるだけのエネルギーを参加者から供給してもらわなければならない(794⑥~⑦参照)。参加者全員から少しずつエネルギーを取り出し、それを霊界側が用意したエネルギーとミックスして、支配霊は交霊会の運営のために使用する(794⑩~⑪、2137⑦~138④参照)。このように「参加者全員のエネルギー」と「霊界側のエネルギー」が融合して、交霊会には霊的な“結界”が作られる。

 公開交霊会では支配霊を中心とする霊団が霊媒と通信霊を取り囲んで行われている。なぜならば交霊会に無分別な霊がもぐり込んできて「通信を正確に伝えるのに必要なデリケートなバイブレーションを台無しにしてしまう」から。それだけ周到に注意を払っても「その囲いの外から自分の存在を認めてもらおうとして大声で叫んでいる霊を鎮めることは出来ない」(M・バーバネル著『これが心霊の世界だ、新装版』潮文社87⑧~⑨参照)。ある公開交霊会では“結界”の外から、ロンドン訛りの霊から「なあ、ねえさん、オレにもやらせてくれなよ。ほかの連中はみんなやったじゃねえか」(バーバネル著『これが心霊の世界だ、新装版』88①参照)と言われたという。

このように霊の世界に行けばすぐに高い霊格が得られるというわけではなく、この世の人間と何ら変わるところはない。霊と云えども単に肉体がないだけであって、その本性は「霊的自覚(→意識の指向性が上・霊性向上に向く、霊として何をすべきかの自覚)」が芽生えてくるまでは地上時代と何ら変わりはない。交霊会を台無しにされないためにも“霊的な柵”を作る必要があるわけである。

 

B、顕幽のエネルギーを融合して用いる

物質化現象を起こすために使われるエネルギーは、参加者全員から少しずつ取り出し、それを霊界側が用意したエネルギーとミックスして交霊会の運営の為に使用する(7巻94⑩~⑪、2137⑦~138④参照)。このように「参加者全員のエネルギー」と「霊界側のエネルギー」が融合して“霊的な柵”を作ったり、通信霊や霊媒にエネルギーを供給したりして交霊会の運営の為に利用される。

物質化現象を起こす為の交霊会で使われるエネルギーは、霊媒や実験会の参加者、さらには実験室内にあるあらゆる物(→カーテン、カーペット、家具、その他室内備品)からも抽出される。物質化霊の衣装に色を付けるために部屋中の素材から色素だけを抽出することもあるという(道しるべ95④~96⑦参照)。

 

C、具体例

シルバーバーチの交霊会に参加した霊媒のリリアン・ベイリー女史(Lilian Bailey)は、霊視で交霊会の舞台裏で働く“霊界の技術者”たちの姿を実況してみせた。「このボリュームあふれるエネルギー、迫りくるパワーは物質化現象に使われるものですね」「何人かのスピリットがそのエネルギーを部屋の中央へ運んで一つの固まりをこしらえているようです」「私が見たところでは大きな柱のようですね。白い柱です。コチコチに固いものではありません。そこから何本かの紐状のものが伸びて、メンバーの一人一人とつながろうとしています。各メンバーから何かを摂取しようとしているみたいです」(4181③~182④参照)と述べている。

 

イ、交霊会参加者の心得

A、実験会の参加者は単なる見学者ではない

実験会の参加者は単なる見学者ではなく、物理的実験に必要なエネルギーを供給する役割を果たしている(→主に交霊会の運営や霊的な結界などに使用される)。交霊会の会場の雰囲気は受け身的でなければいけない(福音208⑩~209⑦参照)。なぜなら地上側はあくまでも受信者だから。

現象を起こすために用いるエネルギーは、霊媒や参加者の身体機能が受け身的な状態の時のみ利用できる。激論をしてエネルギーが脳に動員されている状態の時や、消化器官が活発に活動している状態の時はそれぞれの器官で消費されているので使用できない(続霊訓169⑥~170③参照)。出席者の中に一人でも病気や精神的悩みを抱えている者がいると、オーラ本来の機能が低下して通信に影響が出てくる(続霊訓166④~⑪参照)。また参加者が特別な先入観を抱いている場合や出席者の間に不協和音があると、それが交信の障害となって霊媒と支配霊との融和を妨げることになる。

交霊会の進行中は絶え間なく精神的エネルギーが作用しているので、「出席者の想念、思念、意志、欲求、願望のすべてが通信に何らかの形で影響を及ぼす」(4159⑩~⑪、福音208⑩~⑫参照)ことになる。

 

B、心霊研究者や懐疑論者はエネルギーの供給を無意識に拒絶

一般に心霊研究者や懐疑論者は、心霊現象に霊媒(超能力者)による不正行為が存在したか否かに関して常に強い関心を持っている。そのため実験に不正行為が介在しない為にあらゆるケースを想定して、厳格に管理された条件下で行おうとする。当然に心霊現象の出現は弱く小さくなる。なぜなら心霊研究者や懐疑論者は物理的実験に必要なエネルギーの供給を無意識的に拒絶するから。このように参加者が持つ思念や特別な先入観などは、心霊現象に大きく影響を及ぼすことになる。

また霊界にいる低級霊の妨害も考慮しなければならない。学術的な研究目的ではなく、単なる懐疑論者が催す興味本位の実験会では、支配霊はエネルギー不足から実験会場を霊的にガードする“柵(結界)”が構築できず、低級霊のなすがままにされてしまう場合がある。実験会のメンバーの間に意見の衝突があって雰囲気が乱れている時も、低級霊の介入を許すスキを与えてしまうことになる(福音236⑫~⑬参照)。

 

ウ、レギュラーメンバーの存在意義

交霊会はレギュラーメンバーで定期的に開くのが安全である(2133⑭~134②参照)。すぐれた支配霊による交霊会では、レギュラーメンバーは何らかの存在意義を持った者が厳選される。中にはただ出席して椅子に腰かけているだけで好影響を及ぼす人もいるという。このようなレギュラーメンバーによる交霊会では、普段からその人のオーラを通じて霊的エネルギーが供給されているため霊的に安定している。しかし初めての人ばかりの集まりだと、交霊会の環境・条件を改めて整える必要がある(2143⑧~⑮参照)。

 

②.霊界通信について

ア、霊媒の潜在意識を使用する

A、霊言現象の仕組み

霊媒現象の一種である霊界通信は霊媒の潜在意識を使用して行われる(4157⑫参照)。通信霊は霊媒のオーラと通信霊自身のオーラを融合させて、霊界から携えてきた映像、思想、アイディアを霊媒の潜在意識にある単語や思想を使って文章にする(→方法その1)。または霊媒の潜在意識が自動翻訳機的な働き方をすることによって自ら単語や思想を選び出して文章にする(→方法その2)。例えば“方法その2”では、通信霊は霊媒の“柔らかいロウのような潜在意識”(永遠の大道27⑮~⑯参照)にシンボルを押し当てる、その押し当てられた“型”に当てはまる用語や概念を霊媒自身の潜在意識が自ら選び出してくるという方法で。

そして“方法その1”や“方法その2”によって文章にして、霊媒の潜在意識と繋がった言語機能に関わる器官(声帯、舌、口)を使って、一連の言葉として霊媒の口から発声される。これが霊言現象の仕組みである。

 

B、一時的に吐き出させる

その際に霊媒の精神を強く支配している固着観念があって、それが何らかの表現を強く求めているような場合がある。そのようなケースでは霊界から携えてきた通信を送る前に、その観念を一時的に吐き出させる必要がある。その際の通信は霊媒の潜在意識の中に存在する特定の観念の表明であり、何らかの強い思いでしかない(189③~⑦参照)。このような事例があるので通信内容を鵜呑みにせず、必ず理性で吟味する必要がある。

 

C、霊界通信の良し悪し

霊媒の潜在意識を使った霊界通信の良し悪しは、「オーラの融合具合」「頑なに固執している固着観念の問題」「霊媒の健康状態」「会場を取り巻く雰囲気の問題」など、多くの条件によって左右される(189③~⑧、6207①~⑤参照)。霊媒の潜在意識に付着している“色”の問題は(→通信内容に霊媒の潜在意識によって、どこまで歪められているかの問題)、通信霊のオーラと霊媒のオーラが完全に融合しているか、部分的か、全く融合していないかに掛かっている。「百%融合できたとしたら霊媒の潜在意識による影響はゼロということになる」(4159①~②参照)。

このように通信霊が伝えたいとする内容は霊媒の潜在意識によって影響を受けるため、霊媒を通して地上側に百%伝わることは滅多にない(1巻88①~②参照)。この点からもシルバーバーチが「霊媒の潜在意識にあるものを完全に支配して、私自身の考えを百%述べることが出来る」(917⑮~18②参照)状態は、極めて稀有な現象であることが分かる。ここに数多い霊界通信が存在する中で『シルバーバーチの霊訓』の優位性の根拠がある。

 

D、用語がないので通信できなかった例

霊媒現象では霊媒の潜在意識にある用語が使われるので、無学文盲の霊媒では高度な通信は送れない。このことに関してマイヤース霊は自動書記霊媒のカミンズの“記憶の層(→潜在意識の比較的浅い部分に存在する再生人生に於ける記憶の層の部分)”に、天文学に関する用語が無かった為に通信が送れないとして一時通信を中断したことがある。そしてカミンズに百科事典の天文学の項目を読むように指示して読ませた。マイヤース霊が欲しかったのは宇宙に関する用語であって、知識ではなかった(個人的存在20⑪~21②参照)。

 

E、霊媒の人間性の問題

霊媒には霊媒としての考えがあり偏見があり好き嫌いがあるので、霊界通信にはある程度まで霊媒の固着思想が影響を及ぼしている(4158⑪~159②参照)。このような問題があるため霊媒の潜在意識が心霊現象に及ぼす影響の程度や、人間的性質の完全な排除の問題など、霊媒の人間性がしばしばテーマとなっている。

シルバーバーチは「通信のメカニズム」に関して「安ものの楽器よりも名匠の作になる楽器の方が良い音楽を生むのと同じで、霊媒も教養が高いほどよい、良い道具ほど良い通信を受けやすいから」(4巻160⑧~⑩、メッセージ83⑤~84⑫参照)と述べる。マイヤースの通信からも分る通り(個人的存在20⑪~21②参照)、霊媒の潜在意識に多くの言葉が蓄積されてないと、送れる通信の内容が限定されてしまうから。さらにシルバーバーチは「高級霊が人間性の低い霊媒を通して出ようとしても、その霊格の差のために出られません。接点が得られないから」(4161⑩~⑪、メッセージ83⑤~84⑫参照)と述べる。

 

イ、情報源との連絡網

通信霊は霊媒の潜在意識を支配すると同時に、情報の供給源である霊界との連絡網を維持しなければならない。この世でもテレビの収録現場でカメラの前に立つ司会者は、シナリオ通りに出演者と会話を交えて番組を進めているが、予想外の展開になった時はカメラの死角にいるアシスタントがボードを使って必要な情報を司会者に送っている。司会者はテレビカメラに向き合って番組を進めると同時に、想定外の情報はアシスタントから入手している。

このようにテレビの収録現場では出演者やスタッフが“平面上の同じ空間”で仕事をして、番組を作成しているが、霊界通信では霊の世界から波動の異なる物質の世界へと、次元を超えて通信を送らなければならない。さらに地上側の雰囲気が悪いと霊界との連絡網が限定されると同時に、通信霊と霊媒のつながりも弱くなってしまう。そのためより一層通信が困難となる(2118⑪~119⑥、メッセージ20⑤参照)。

 

ウ、多様な通信霊と通信内容

霊の世界は無辺であり、そこに住む霊の体験も多様であり無限であるので、霊界通信としてどういう内容のことが伝えられるかはひとえに通信霊の霊的レベルに係っている。霊の世界に移行後も固着観念を捨てきれずに地上的波動の中で暮らしている「霊的自覚」の芽生えが無い霊は、その固着観念に沿った内容のメッセージを送ってくることになる。ここに霊によって送られてくる内容に食い違いが生じる理由がある(1087①~88①、到来30②~⑧参照)。

霊界通信は送られてきた内容によって価値が決まるので(2204⑦~⑬、道しるべ37①~②参照)、価値ある情報を入手したければ自らの霊性を高めると同時に、感応道交する霊のレベルを上げる必要がある。このように多様な通信霊の存在と通信内容が存在するため、霊界通信に接する場合には理性で通信内容を吟味して、常識的に考えて辻褄が合わないものは拒否する態度が必要となってくる(1088②~③参照)

 

エ、犠牲を伴った行為

霊妙な波長にある霊の世界から荒い波長の地上世界に、霊媒現象という形で霊が戻って来るには、多くの困難な条件をクリアする必要がある。そのため困難を克服して戻ってくる霊は愛念を抱く者や、使命がある霊に限られる。愛念こそが「地上の縁者を慰め、導き、手助けしようと思わせる駆動力」となるからである(189⑨~90①参照)。ここから多くの霊界通信は意識の関心が地上に向いている(→意識の指向性・ベクトルの向きが下を向いている霊)、物質臭の抜けきらない幽界の下層に居住する血縁者からのものとなる。ここに血縁重視の霊界通信が多くなる理由がある。

 さらに何らかの使命がある霊性レベルの高い霊の場合には、波長の切り替えを行って地上の荒い波長に同調させなければならない。このような困難を乗り越えてまで遂行しようとする使命とは、人間は霊であり自我の本体には例外なく神の分霊が宿っていること、その神性を地上生活中に自覚して(→霊的自覚のこと)意義ある地上生活を送ってもらいたい為である。ここに霊媒現象に秘められた目的がある(最後啓示49⑥~⑧、187⑤~⑧参照)。

 

オ、自動書記通信

自動書記通信で有名なモーゼスの場合は、一人きりになって心が受け身的になっている時に通信が不意に来るという。その際にモーゼスのオーラがしみ込んだノートや、使い慣れたテーブル、自分の部屋の方が現象は出やすいと述べる(霊訓上17⑨~⑩、20⑥~⑦参照)。

モーゼスは霊から、仕事で過労気味の時、興奮状態の時、身体の調子が悪い時、精神的な悩みや心配事のある時、食事のすぐ後、身体が眠気を催している時は自動書記をしないようにと注意された(霊訓上77⑫~78⑧、79④~80⑰参照)。このような状態の時は霊媒の波長はより物質性が強まっているから。

 

③.霊媒現象の周辺部

ア、バーバネルの場合

シルバーバーチの霊媒バーバネルが入神に至るまでの状況は、まず気持ちを落ち着かせて受け身の心境を作る。いわば気分的に身を投げだす状態に置く。その状態で祈ると次第に温かみを感じて(→霊界人のオーラと霊媒のオーラが融合していく時の反応)、呼吸がリズミカルになり意識が薄らいでいく。その時の状況は柔らかい毛布で包まれたみたいな感じであるという(1巻14⑦~16③参照)。また意識が回復して目覚めた時は、部屋がどんなに温かくしてあっても下半身が妙に冷えており、時には入神中に感情が使用されたのが分かるという(1巻15④~⑤参照)。このようにオーラを介して霊媒現象が行われる。

 

イ、潜在意識との関係

A、潜在意識の持つ自動連携機能を操作して行う

身体機能をコントロールする潜在意識は(→この機能は潜在意識の浅い部分に存在する)、顕在意識の命令にしたがって機能することに慣れている。一般的な霊媒現象はその潜在意識の持つ自動連繋機能を操作して行われる。つまり命令の指示系統を通常の「顕在意識の指示 → 身体機能をコントロールする潜在意識」から、「知的存在の指示 → 身体機能をコントロールする潜在意識」に変える必要がある(→憑依現象もこれと同じパターン)。

なぜなら霊媒現象はすべて霊媒の潜在意識が使用されて行われているから(266⑬、メッセージ80⑦~⑫参照)。その為には支配霊は霊媒の潜在意識の連携パターンを熟知する必要がある(メッセージ81④~⑧参照)。

これはタイプライターに例えて説明がなされている。一般的な和文タイプライターでは文字配列表にカーソルを合わせてキーを押すと、該当する活字が用紙に押し付けられて印字される仕組みになっている。この例からも分かる通り、支配霊や通信霊は前もって霊媒の“身体機能と結びついた潜在意識”の機能を熟知しておく必要がある。

 

B、霊媒現象と睡眠との違い

なおこの場合の潜在意識とは、身体をコントロールしている潜在意識や記憶が貯蔵された潜在意識のことであって、比較的浅い部分に存在する潜在意識のことである。霊媒現象を起こすためには霊媒の潜在意識を使用する必要があるので、霊媒が睡眠状態に入ると“身体をコントロールする潜在意識”も活動を停止してしまうので現象が起こせない。ここに霊媒現象と睡眠との違いがある(メッセージ74②~⑪参照)。

 

C、オーラの融合がポイント

霊媒に乗り移った霊は意識に浮かんだ映像、思想、アイディアを音声に変えなくてはならない。その際に霊媒のオーラと霊のオーラがどこまで融合できるかがポイントになる(→オーラを通して操作するから)。なぜならオーラの融合具合によって、霊媒の潜在意識の中にある語彙(→霊媒自身が忘れている語彙もあるが、記憶の層にちゃんと残っている:878⑧~⑨参照)に付着している“色”を、どこまで排除できるかの問題があるから(188⑦~89②参照)。通信霊が高級霊であってもオーラの融合具合によっては、霊媒の潜在意識に影響された通信となってしまう(→霊訓の内容は別にして、ホワイト・イーグルの霊訓やオーエンの『ベールの彼方の生活』にはキリスト教の色が強く出ている)。

 

D、ホワイト・イーグルの場合

シルバーバーチは「同志の一人であるホワイト・イーグルには彼なりの考えがあってのことでしょう」(新啓示25④参照)と述べて、同志と呼んでいる。霊的レベルはシルバーバーチと同格の高級霊であると思われるが、その霊界通信にはキリスト教や神智学の影響が強く表れている(→でくのぼう出版、桑原啓善訳『光への道』『秘儀への道』は色が強い)。

霊界通信に霊媒の潜在意識に付着している“色”が表れたのは、ホワイト・イーグルと霊界の霊媒(?)と地上の霊媒のグレース・クックの三者のオーラの同調が、完璧の域までは達していなかったことが考えられる。このためグレース・クックの潜在意識にある、言葉や概念に付着している“色”が、オーラの同調が完璧ではなかったために払拭しきれず、霊界通信にキリスト教や神智学の影響が強く表れてしまったと言える。ここに霊界通信の難しさがある。支配霊又は通信霊が極めて高級な霊といえども、オーラの同調が完璧の域まで達していなければ、多かれ少なかれ霊媒の固着観念に色付けされた霊界通信となってしまうという好例である。

 

ウ、「優秀な霊能者」と「重度の憑依患者」はコインの裏表

霊媒現象の全ては霊媒の潜在意識を使用して行われるので(266⑬参照)、霊媒現象の良し悪しは支配霊と霊媒のオーラとの融合具合にかかっている。両者のオーラの融合具合が進むほど純粋な通信を受信できるようになる、これを「優秀な霊能者」という。支配霊や通信霊がいかに高級霊であっても、霊媒とのオーラの融合具合が悪ければ高度な通信は送れず、その通信内容は単に霊媒の潜在意識の表明でしかない。

 これに対して憑依現象は、親和性の法則によって自分の霊的波長に見合った憑依霊(→中間境の下層にいる地縛霊や幽界の下層にいる邪悪な意図を持った邪霊)を呼び込み、霊媒体質者のオーラと融合して潜在意識が支配されてしまう状態をいう。憑依霊は霊媒体質者の身体機能や思考機能をコントロールして、異常な行動や言動や病気を引き起こすことになる。憑依現象にも両者のオーラの融合具合に応じて、軽い憑依現象から重大な憑依現象まである。このように霊媒体質者が同意して潜在意識を使用させるのが霊媒現象であり、霊媒体質者の意思を無視して潜在意識を支配する場合が憑依現象である。

 

④.予知・予言について

霊界から送られてきた情報で「霊的なものは霊的に理解するのが鉄則」であり、「象徴的に述べられているものをそのまま真実として読み取ってはいけない」(2208⑪~⑫参照)。

高級霊にとっても「未来の出来事の予見は、ある一定のプロセスによって閃光の形でひらめく」こと、地上と霊界では時間の流れが異なること、複数の次元にわたる大変な調整が必要(→台風の進路予想に似ている)であり至難の業であることなどから、「先のことがすべて分かっているわけではない」(道しるべ77①~④、到来192①~⑨参照)という。

 

5.講座に寄せられた質問

①.質問その1

<質問>「偶発的な事故で亡くなった場合は、自らが設定した寿命と言えるのでしょうか」

<回答>

ア、「偶発事故」について

「偶発事故」に関してシルバーバーチは「一つとして偶然というものが無いのです。偶発事故というものが無いのです。すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分かるようになります」(1巻60⑤~⑧参照)と述べている。

この世で起きる全ての事象は、原因と結果の綴れ織りの中で存在している。そのため表面上は偶発事故や奇跡と見える現象の裏側には、当然に因果律の存在がある。どのような現象であろうと自然法則の枠内で起こるものなので、因果律から離れた偶然という現象はない。この世で起きる現象の中で因果関係が分からない現象をたまたま偶発事故と呼んでいるに過ぎない(→奇跡は全ての条件が揃った時に起きるもので、私たちにはそれが教育的配慮から見えないだけである)。したがって「偶発的な事故」は霊的背景が見えないこの世的な見方に過ぎない。

 

イ、「自ら設定した寿命」について

地上人生を送る際の寿命は“本来の私”が自ら設定したもの(8巻71⑩~⑪参照)。この寿命には“幅(糊代部分)”がある(482②~④参照)。例えば物的脳で感知する“現在の私という意識”が有する自由意志で「薬物依存、アルコール依存、暴飲暴食」など不健康な生活を送るとか、危険な職業に従事する場合などには、想定していた寿命の早い段階(→“寿命の糊代部分”の早い段階)で死を迎えることもある。このように大体において定められた時期に霊界に来るが、そこには例外もある(最後啓示133②~⑦参照)。それはナザレのイエスのケースである。

 

ウ、ナザレのイエスの場合

イエスは宗教改革者であると同時に、信仰と政治の双方の自由を説いた偉大な社会改革者でもあった(霊訓下25⑥、26①、26⑦参照)。その説く教えは「(宗教改革者・社会改革者ゆえに)余りに厳しく、一般民衆には付いて行けなかった。その生活上の戒律は余りに霊的に過ぎ、放縦と安逸の時代にはそぐわなかった」(霊訓下203⑨~⑭参照)。そして過激な「宗教改革者・社会改革者」であったが故に、当時の支配者であった権力者たちから睨まれて刑死した。偉大なる使命を持って地上に誕生したが故に、予定外に早期に地上人生を終えた。モーゼスの『霊訓』には「イエスの地上での生涯は失敗であり、後世の潜在的影響力で終わった」(霊訓下186⑦参照)との記載がある。

改革者という使命を持ったイエスの事例は例外として、シルバーバーチは「個人には自由意思があり、また、もろもろの事情によって寿命を伸び縮みさせることも不可能ではない」(482③~④参照)。「圧倒的多数の人間の地上生活の寿命は、あらかじめ分かっております。同時に、自由意志によってその死期を伸ばすことが出来るケースもたくさんあります」(新啓示20⑩~⑫参照)と述べている。

 

②.質問その2

<質問>「育児放棄や虐待、子供に貧困を押し付ける親は負のカルマを負うと理解してよろしいのでしょうか」「今回の講義を拝聴していると、親は子供に何をしても無罪のような印象を受けたためお尋ねします」

<回答> 

ア、「育児放棄や虐待」

 霊的に成長していく道は数多くあるが、子供を授かった親は子供の育児を通して霊的に成長して行く道を選択したはず(→本来の私という意識の立場で)。親としての責任は子供が自然な成長を遂げるようにしてあげること(11118⑫~⑬参照)。育児放棄や虐待はせっかくのチャンスを活かすことが出来ずに、質問者が言うように“負のカルマ”を作ってしまったと言えると思われる。

 

イ、「子供に貧困を押し付ける」

 霊的な問題とお金の問題は分けて考える。シルバーバーチは「お金は霊的成長とは何の関係もないこと、進化は各自の生活そのものによって決まって行く」(福音247⑧~⑨参照)、「経済的事情は物的身体を束縛することは有っても、魂までは束縛することはできない。束縛しているのは経済的事情ではなく、その人自身の精神です」(道しるべ182①~②参照)、「物的財産は霊的成長を難しくする」(新啓示197①参照)と述べている。

 物的なモノは地上生活を送るに際してそれなりの役割があるが、誰しも死によって全ての金銭や物的財産を地上に置き去りにして霊界に行かなければならない。霊訓を読んでみると、次の世界へ携えて行けるものは“愛・情愛・無私の行為”といった永遠の資質だけであるので、物的なモノに必要以上の価値を置いてはいけないということが読み取れる。

現実に親の失業や諸々の事情によって経済的に逼迫する中でも、親の愛を受けて立派に育つ子供もいる。重要なのは経済的なモノではなく、親が子に注ぐ愛であると考える。

 

ウ、「親は子供に何をしても無罪」

人は何の目的も無く地上に生まれる訳ではない。一般的に地上に誕生する者は二つの側面から成る「P(再生)地上人生のテーマ」、つまり「X負のカルマの解消(個別霊側から見た側面)」と「Y新たな地上体験を積む(霊的家族側から見た側面)」を設定して生まれ出るもの。そのテーマ達成に最も適した「Q試練」「S国・民族」「T家庭環境」「U性別」「V体質」「W両親(親から見て子供)」を選んで地上に誕生してくる。

他方の親もやはり「地上人生のテーマXY」を持って、霊的に成長するという目的を有して地上に誕生した。ここにXYというテーマに沿って双方の霊的成長に最も適した「親と子」という組み合わせが出来上がる。

ケースによっては組み合わせが「ハイリスク・ハイリターン(→危険性の可能性と裏腹に成功すれば大きな成長がもたらされる)」を伴う場合もあり得る。例えば霊能者は霊的真理の普及に大きな貢献ができる可能性を持っているが(→ハイリターン)、同時にモノや煩悩に対する誘惑も強くなる(→ハイリスク)。

親も子も「X負のカルマの解消」と「Y新たな地上体験を積む」ことを目的に関係を持った訳なので、親が子に対して霊的成長を損なう行為を行えば当然に「負のカルマ」を積み上げてしまうことになる。親が子に対して何をしても「無罪」となる訳ではない。

 

③.質問その3

<質問>「スピリチュアリズムの基本原則について」

<回答>

ア、根幹部分に「霊魂説」がある

まずスピリチュアリズムの土台部分に「霊魂説」がある。「霊魂説」とは「死後の世界の存在」を前提として「死後も人間の個性は存続する(→死んでも“私”は生きている)」こと、さらに「死者との交信を認めてあの世とこの世は交流している(→プラスに働けば霊からの有益な情報がインスピレーションとして届くが、マイナスに働けば憑依現象となる)」ことを肯定する立場のこと。

「霊魂説」は心霊現象を起こす主体は、あの世にいる「何らかの知的存在である」とする立場を統一的に説明する際に用いられる仮説である。スピリチュアリズムではこの「霊魂説」は「スピリチュアリズムの土台部分C」とされており、この土台の上部構造に高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想B」が存在する。

 

イ、上部構造にある「スピリチュアリズム思想」

高級霊から霊界通信によってもたらされた「スピリチュアリズム思想B」には、人の生き方の変革(→個人の意識変革運動としての側面)だけにとどまらず、社会の有り方(→社会の変革運動としての側面)さえも変えてしまう力がある。

また「スピリチュアリズム思想」には「人生をどのように生きるべきか」や、人生において遭遇する「困難や障害にどのように対処したらよいか」など、人の生き方を深く掘り下げて考えてみる際のヒントが散りばめられている。

 

ウ、「スピリチュアリズム思想」の基本原則(主なもの)

主な基本原則を項目的に列挙すれば以下の通りである。これら基本原則から「スピリチュアリズム思想B」で説かれている各種法則が派生している。ここでは基本的な“法則(=神の摂理)”のみを列挙する。

,スピリチュアリズムの「神観」、宇宙における原理・現象の一切を創造者としての「神」の存在を肯定する「創造説」に立って説明している

,「因果律」、この因果律とは一切のものには原因があって生じ、原因がなくては何ものも生じないという原理のこと、基本的な霊的法則の一つである

,「愛」、この愛は宇宙の原動力であり、世の中の全ての根源となっている。行為者の愛から発した利他的行為によって、宇宙に遍満する霊的エネルギーは万物に行きわたる。その際に通路となった行為者の霊的成長を促進させる。このように「愛」は「因果律」と同様に基本的な霊的法則の一つである

  

,万物は永遠の「霊的成長」の道を歩む、基本的な霊的法則の一つである。ここから「自由意志」「償いの法則」「再生・類魂」など、各種法則が派生している

 

④.質問その4

<質問>「神様とは摂理と本に書いてありますが、今一つ飲み込めないでいます。白髭の優しい男性のイメージを抱いていたせいかもしれませんが、摂理についても教えて頂ける機会があれば有難いと思います」

<回答>

ア、公平性の確保

シルバーバーチは「摂理の神」を強調して「神とは摂理のこと」(福音47⑫参照)と述べる。図式的に言えば「神→神の摂理⇔万物」となる。この神観では「人を含む一切の万物」は「神」と直接相対することはなく、両者の間には必ず「神の摂理(=法則)」が介在することになる。そのため万物を分け隔てなく平等に扱うことが出来る。なぜなら誰であろうとも「神の摂理」に則れば、「人を含む一切の万物」にとっての目標である「霊的成長」が平等にもたらされ、摂理に逆らえば「霊的成長」が損なわれることになるから。

いわば「神の摂理」という川の流れに沿って生きるのか、それとも逆らって生きるのか。そこには人間の自由意志が介在する(→人間以下の動植物には自由意志はない:5112⑤~113②参照)。

 

イ、人格神の否定

シルバーバーチは、神は人間的憤怒に動かされるような人間的存在ではない(372⑨~⑩参照)とか、「生身の一個の人物を絶対服従の対象としてはいけない」(386⑫参照)、神は個的存在ではない、人物的存在でもない(11108①参照)と述べて、現人神や人格神を否定している。さらに「大霊(神)による直接の関与などというものは絶対にありません。あなた方が想像なされるような意味での人間的存在ではないのです」(到来46⑩~⑪参照)と述べている。

 神と人間との関係は「神とは法則なのです。あなたが正しいことをすれば、自動的にあなたは自然法則と調和するのです」(779⑫~80②参照)と述べるように「神→摂理(法則)⇔人間」となる。シルバーバーチは「摂理の神」を前面に出すことによって、奇跡や依怙贔屓等による例外規定は一切存在せず、人間を含めた万物に公平に神の愛が行き渡ることになると説いている。このように人間側から見れば神は法則として現れるので(→法則の裏側に神がいる)、神は法則ですと述べたまで(→神は全法則に宿っている:5140⑪参照)。

 

ウ、一本の線で「愛」を説明すると

第2講でも解説したが再度取り上げて説明する。一本の線を引いて線上の左端には物質性を帯びた「利己的な愛(→束縛する愛、血縁や仲間重視の愛)」を置き、線上の右端には「利他的な愛(→与えるだけの愛)」の極致である“神の愛”を置く。

この線上を物質性の濃い左端に行けばいくほど、「愛の表現」に利己性や特殊性が帯びてきて、そこに何らかの物質的見返り、つまり「愛」に「お金、モノ、保護などの対価」が伴ってくる。一方右に行けば行くほど「愛」に内在するところの利己性が薄れてきて、「愛」に利他性が増して来て普遍性を帯びてくる。「愛」を受け取る対象者も特定の個人から、次第に万人に、すべての生き物に、自然に、宇宙へと拡大して行く。

このように対象者の拡大に伴って「愛」に内在する所の「規則性、公平性、普遍性」といった無機質さが前面に出てくる。このように考えると究極的な「愛」の表現は“法則”となって万物の前に表れる(→愛する者と愛される者との距離が大きいから。飼主と犬猫の関係と飼主と鈴虫の関係の比較、第2講参照)。

この“法則”として現われた「愛」が不完全な世界に行くに従って、“法則”の裏側に隠されていた温かみが表面に現われてきて(→愛する者と愛される者との距離が近くなるから)、次第に「愛」に個別事情と言った特殊性(→血縁、仲間、お金、モノ、保護の対価など)が帯びてくることになる(注1)。

線上の右端に位置する神は(→厳密には創造者であるため線上の欄外に置かれるが)、宇宙を統治する仕組みとして「神→法則(摂理)⇔万物」を創った。その仕組みの背後には、万物が平等に霊的成長を果たすための“究極の愛”が隠されている。なぜなら「愛とは摂理のこと、神そのものが愛」、すなわち「神=愛=摂理」だから(8126⑪~⑫参照)。

 

エ、「摂理」について

「摂理」については上記「③.質問その3」の「スピリチュアリズムの基本原則について」を参照のこと。

 

⑤.質問その5

<質問>「スピリチュアリズムの勉強を始めてから、死後の世界への憧れが強くなってしまい、ほとほと困っています。早くお迎えが来ないかなと。どうしたら良いでしょうか?」

<回答>

ア、この世は「学校」

 スピリチュアリズムを勉強して、あの世のことを知れば知るほど質問者のような状況に陥る人は多い。それだけこの世が矛盾に満ちた“暗い世界”と言うことになる。

スピリチュアリズムではこの世は「学校」と位置付けている。その「学校」でさまざまな「困難や障害(→定期試験や魂の磨き粉に例えられる)」に出会いながら「地上人生(再生人生)のテーマ」を達成すべく、日々努力しているのが私たちの日常生活ということになる。

私は学生時代、試験が近づくと試験科目とは関係の無い本が急に読みたくなり、一日中読みふけっていた。当然のごとく成績は超低空飛行であった。地上世界と言う「学校」で「早くお迎えが来ないかな」という心理は、「卒業」を待ち侘びる状態と同じだが、ゆとりを持って卒業するか超低空飛行で卒業するかの違いは、あの世に行ってから大きい。

 

イ、この世はモノの世界、集中力や意志力を鍛える世界

地上という「学校」を“不十分な学び”の状態のままで「卒業」してしまうとどうなるか。幽界の下層界にある「極楽・天国のようなエリア(幻想の世界)」を、スピリチュアリズムを学んだ多くの人たちが短期間で通過して行くのに対して、十分に学びきらないうちに「卒業」した人は「霊的自覚(→霊として何を為すべきかという自覚)」の芽生えが遅れ、「幻想の世界」の滞在時間が長くなる傾向がある。

地上世界は独裁者や権力者でさえも自分の思い通りには動かない世界である。この困難に満ちた世界で一つのものをやり遂げる「意志力」や「集中力」を十分に身に付けることができさえすれば、その努力はあの世に行ってから大いに役立つことになる。なぜならあの世は何事も意念によって作り出される世界だから。

シルバーバーチ的に言えばまだお迎えが来ないということは“やり残している課題”があるということ。お迎えが来るその日まで「意志力」や「集中力」を高める生活を心掛けて過ごせば、その努力はあの世に行ってから大いに役立つことになる。楽しみはもう少し先に置いておきましょう。

 

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<注1>愛を正三角形で表現すると

利己性や特殊性を帯びた「愛」が、次第に「愛の表現」に普遍性を帯びてくることは、正三角形を使った例えからも説明が出来る。一本の直線を引き、この線の中心に「私」を置く。この「私」から上に向かって垂直線()を引く。「私」の真上の垂直線上にAを、少し高い位置にBを、さらに高い位置にCを、さらに高い位置にDを置く(→霊格はABCDの順に高くなる)。Aは「私」のすぐ上にいるので、「私」はAの愛を一身に受けとめることが出来る。この関係は母親と第一子の関係に見られる。

次に垂直線上のBを起点に正三角形を描く。すると「私」を含めた一定の長さを持った底辺が出来る。Bから「私」が受け取る主観的な愛は一対一のAの愛よりも希薄化する。例えば母親と五人の子供の関係。母親の子どもに注ぐ愛は変わらないが、第一子が受け止める主観的な愛は五分の一となり希薄化する。

同じくCを起点に正三角形を描く。「私」を含めたさらに長い底辺が描ける。Cから受け取る主観的な愛は、愛を受け取る対象者の拡大によってBの愛よりもさらに希薄化する。Cの愛には普遍性が帯びてくる。

さらに高い位置にいるDを起点に正三角形を描く。「私」を含めたさらに長い底辺が描ける。愛を受け取る対象者は万物に拡大する。Dから「愛」を受ける「私」にとっては、これは一般にいう所の「愛」とは呼べない別物と感じる。このように「利己性や特殊性を帯びた一対一の愛(私とAの関係)」は、対象者の拡大によって次第に「普遍性を帯びた愛(私とBやCの関係)」に変わり、最終的には「法則としての愛(私とDの関係)」になっていく。

 

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『シルバーバーチの霊訓』講座、その2:目次

 

 

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