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第5講 心霊治療・医療

目 次

1.はじめに

2.日本の医療の変遷

・近代以前の医療

・明治時代の医療

・「心霊治療」受難の時代

・明治後期から昭和初期にかけて

3.心霊治療の概略

・心霊治療の目的

・三種類の心霊治療

・心霊治療の種類

4.心霊治療の周辺部

5.心霊治療の背景

・心霊治療のメカニズム

・治療エネルギー

6.個別問題

・心霊治療家の問題

・患者側の問題

7.講座に寄せられた質問

 

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1.はじめに

ア、「心霊治療」という名称

 一般にスピリチュアリズムの世界では「心霊治療」という言葉が広く用いられているが、この「治療」という言葉には「病気の治癒や症状の軽快の為に行う医療行為」(国語辞典)という意味がある。そのため資格のない者が治療や診断などの「医療行為」を行えば「医師法」に抵触する恐れがある。

「治療」という言葉が使えるのは法的根拠がある医師と歯科医師、そして法的に医業類似行為と認定されている鍼灸師や柔道整復師、あん摩・マッサージ指圧師の職種にある者のみである(→厚生労働省、平成3年628日医事第58号通達「医業類似行為に対する取扱いについて」参照)。将来「心霊治療」がメジャーになって行けば「治療」という言葉が問題になってくると思われる。

近年では「心霊医療」という表記が使われているが、当講座では一般に流布している「心霊治療」という用語をそのまま用いて解説する。最初に日本の医療史の中で「民間医療」、その中でも特に「心霊治療」はどのような扱いをされてきたかを、日本の歴史をさかのぼって概観して行く。

 

イ、死生観による違い

心霊治療(スピリット・ヒーリング)をどのように理解するかは、その人の死生観によって見解は異なる。イラストA説の「死は終焉」と考える唯物論者は「死後の世界」を一切認めないので、当然に「霊医」という存在を言下に否定する。

イラストB説は、死と共に“私という個人”は消えてなくなって、死後は一種の「生命エネルギーのような大きな海」に溶け込むとする立場である(→作家の五木寛之氏を含む多くの人が主張している)。さらにC説は、供養の対象となる死者の魂は“弔い上げ(33年、50年)”によって清まり、個性を失って先祖の霊に融合して「祖霊という大きな海」に溶け込むとする日本の伝統的な霊的世界観である。このB説及びC説では、死後は一種の集合魂である「霊の海」に溶け込むと理解されているので、個別霊である「霊医」の存在を説明できない。

イラストD説の「スピリチュアリズムの死生観」に立って、始めて個別霊である「霊医」の存在が理解できる。なぜならD説は「死後も人間の個性は存続する(→死んでも“私”は生きている)」や「この世とあの世は交流している」ことを認めているから。

 

2.日本の医療の変遷

①.近代以前の医療

ア、古代の医療

A、医学知識の流入

大陸との交流によって日本に体系的な医学が入ってきた。古墳時代中期(390年~500年)に朝鮮から「良医(くすし)」や「医博士(くすりのはかせ)」が来て、日本に医療を伝えたことが『古事記』や『日本書紀』に記載されている。その後、遣隋使や遣唐使さらには留学僧や留学生たちによって、少しずつ中国の伝統的な医学知識が日本に入ってきた。

 

B、巫術(ふじゅつ)

古代社会では病を癒す療法は、もっぱら禁厭(きんえん、→まじないを行うこと)祈祷や、草根木皮(そうこんもくひ)による内服療法であった。757年制定の「養老律令」には、祈祷による医療行為を禁ずる規定があった(→僧尼令2条「卜相吉凶条」参照、注1)。

巫術(=シャーマニズム)については『古事記』に4世紀に在位した仲哀天皇が行った旨の記載がある(注2)。しかし古墳時代には盛んに行われていた巫術は、時代が下るにしたがって禁止されていった。

 

C、小規模な公的医療制度

大宝元年(701)制定の大宝律令の中に、日本で最初の公的な医療制度である「医疾令(いしちりょう)」の記載がある(注3)。「医疾令」によって医療は全て国の管理下(注4)に置かれて実施された(→ただし僧医は典薬寮に属さず官医に組み込まれていなかった)。

日本では奈良時代から平安中期頃までは、この「医疾令」にしたがって不十分ながら「国営医療」が実施されていた。1156年の保元の乱、1159年の平治の乱以後は天皇政治の衰微と共に律令制も崩壊した。禄を失った官医が巷に出て自ら生計を立てるようになったのが、日本の開業医の発端であるという。

 

D、日本の医療は僧医が担っていた

日本に仏教が伝来すると、仏教は多くの僧医(→僧侶である医師を僧医と呼んだ)を輩出した。近世に至るまで僧医が日本の医療の主流であったが、僧医の医療技術は「草根木皮(そうこんもくひ)の漢方や加持祈祷が主流」であった。

 

イ、中世の医療

中世の医療の特徴として日本に西洋医学が入ってきた事であった。ポルトガル人のルイス・デ・アルメイダ(Luis de Almeida 1525年→1583年)は、1552年(天文21年)に来日したが、当初は貿易商としてであった。その後アルメイダは1555年(弘治元年)にイエスズ会の宣教師(諸説あり)として、また日本初の南蛮外科医という資格で再度来日した。

豊後の国の領主大友宗麟の庇護を受けたアルメイダは、豊後府内(現在の大分県大分市)に貿易で得た私財を投じて乳児院を建てた。さらに1556年には、日本で初めて洋式の病院を開いて西洋医学を伝えたことで知られている。

 

ウ、江戸時代の医療

江戸時代は律令制が崩壊しており、現代のような医業における免許制度はなく、医者になりたいと思う者は誰でも自由に医業を行うことが出来た。医者を希望する者は、一般には漢文を学んで(→医学書の多くが漢文で書かれていたので四書五経を修める必要があった)、医者に弟子入りして手ほどきを受けながら学んだ。名前が知られるようになると大名のお抱え医者となった。

当時の医療は「伝染病に対しては西洋医学も東洋医学も全く無力であったが、解剖学は西洋医学が進んでいた。これ以外の医療分野では大差なかった」という。

自分より上位にある者の存在を許さない権力者は、宗教者が医療行為などを通して民衆の心を掌握して、目立つ存在となってくると権力を行使して統制を強めてくる(注5)。幕府は宗教団体や個人が行う宗教行為を相次いで規制していった。この幕府によって行われた宗教統制は明治以後も基本的に引き継がれた。

 

ここまで近代以前の医療の変遷を概観したが、古代社会で認められていた「巫術(霊媒行為)」は時代が下るに従って禁止されて行ったことが分かる。この動きが明治時代に入ると近代合理主義思想の導入によってさらに強まって行った。この流れを次の項目で見て行く。

 

②.明治時代の医療

ア、医療制度の整備

明治政府は国家の近代化政策推進のために西欧の近代合理主義思想を導入した。そして近代化の一環として、明治元年127日に「医学振興に関する太政官布告」を出して近代化路線を医業の面で打ち出した。この布告の背景には当時、医者は誰でもなれて開業することが出来たので、いい加減な施術や売薬等による弊害が目立っていたことがあった。この布告によって、今後は「免許を得た者でなければ医業を行うことが許されなくなる」として、医師試験の必要性を一般に知らしめた。

明治初期の医療制度を担っていたのは漢方医であった(→医師の約7割)。当時の政府の方針は西洋列強に追いつくために長い歴史がある漢方医制度は「古い時代の遺物」であると見做して切り捨て、新しい西洋医学による「医制(医療制度)」を採用するというものであった(注6)。

 

イ、民間医療に対する規制

明治政府は呪法や“民間の医術”の横行は時に社会的弊害が伴うとして、「加持祈祷等による医療行為」に対して厳しい態度で臨んできた。近代合理主義思想に合致しないものは、ことごとく迷信と見なして取締まりの対象として排除していった(注7)。

 政府は内務省通達によって(→明治15710日の内務省通達、明治1710月に再度「禁厭祈祷による医療妨害行為の禁止」の通達を出した)、教導職の「病気治し」行為が取り締まり対象であることを通知している。この時代、霊媒行為や加持祈祷行為禁止に関する明治政府の一連の通達は、公認非公認を問わず宗教活動に従事する人達にとって重圧となった。

 

③.「心霊治療」受難の時代

ア、民間医療が隆盛を極めた時代

日本では明治時代コレラ、ペスト、赤痢等の伝染病が繰り返し流行していた。大正から昭和にかけて徐々に医療水準の向上や衛生状態が整ってきたとはいっても、伝染病による死者数は現代と比較すると高水準にあった。

明治政府による医療制度改革によって、医師免許を得た者のみが医療行為が行えるように制度変更された。そのため漢方のみを学んだ者が医師となる道は閉ざされた。なお医師の資格を持つ者が漢方の診療を行うことは問題ない。当時は近代西洋医学の教育を受けた医師は少数であり、一般の人々が今日のように気軽に医療を受診できる状況にはなかった(注8)。そのため巷ではさまざまな民間医療が興隆を極めていた。

 

イ、庶民が頼る「医療」

このような時代、庶民は伝統的な医療(→明治の初期まで主流だった漢方や各種養生論)や民間療法(→薬草、温灸、指圧、食餌療法等)、庶民の中に深く根付いていた加持祈祷による療法や呪術療法、各種宗教の独自な療法などに頼らざるを得なかった。

僧侶でも神官でもない修験者(山伏)は、公的資格のない宗教者であったが、村落の祭礼行事に深くかかわってきた実績があった。民間医療を見る場合に修験者の存在は外せない。修験者は「病気直しのための祈祷」を通して、中世後期以降「加持祈祷や薬草に関する知識を持った専門家」として、僧医とともに民間医療の担い手として役割を果たしていた(注9)。明治政府は医学との境界があいまいな民間療法に対して徐々に規制を強めていった。

 

ウ、長南年恵、三田光一、浜口熊嶽のケース

A、長南年恵

霊能者の長南年恵(おさなみとしえ1863年→1907年)は現在の山形県鶴岡市(庄内藩)の没落士族の家に生まれた。田中千代松編『新・心霊科学事典』(潮文社1984年刊、320頁以下)によれば、年恵25歳、食事に変化が起き、以後サツマ芋を生のまま一日200g程度と少量の生水を取るだけで、煮焼したものは受け付けなかった。

年恵30歳頃、この頃から次第に霊能力を発揮し始める。アポーツ(八幡宮のお札など)や失せ物を言い当てる。家なり震動など。と同時にほとんど何も食べなくなり、果物の汁を吸う程度で水も少しばかり口を湿すくらい。

年恵31歳、両便(大小便)不通になる。40日間ほど腹の張りや胸のもやつきが続いて苦しむが、それが収まると“神様がおいでになるように”なった。

年恵32歳(明治28年前後)、7月より60日間“妄りに吉凶禍福を説き、愚民を惑わし世を茶毒する詐欺行為”として山形県監獄鶴岡支署に拘留される、続いて翌年10月にも同罪で7日間再拘留される(注10)。

浅野和三郎が主宰する「心霊科学研究会」の機関誌『心霊界』創刊号(大正132月)に「長南年恵の奇蹟的半生」という記事がある。この中に年恵は「日清戦争の予言が的中したこと」「不思議に病気が治るので遠方から病人が訪ねて来ること」「空中で笛・鈴などの音楽の合奏があること」などの記載がある。

 

B、三田光一

「月の裏側の念写」で有名な三田光一(1885年→1940年)は、明治末期から昭和初期にかけて活躍した霊能者である。三田は明治38年頃(19歳から20歳にかけて)、三度“罪”を犯して服役している。当時は心霊現象が詐欺罪や窃盗罪(→アポーツ現象などの物品引き寄せ)として扱われた時代であった。なお三田は「心霊治療師」でもあった(注11)。

 

C、浜口熊嶽

明治から昭和初期に活躍した有名な「心霊治療師」に浜口熊嶽(はまぐちゆうがく1878年→1943年)がいる。昭和初期の三重県にゆかりのある三有名人の一人(→真珠の御木本幸吉、政治家の尾崎行雄、気合術の浜口熊嶽)に挙げられたことがある。

浜口は気合術を病気治療に使った。治療スタイルは生体エネルギー(→肉体磁気エネルギー)によって行うタイプである。その浜口の治療が官憲の目に留まり医師法違反などによって起訴されて、生涯数多くの裁判を体験した。今もその資料が残っている(注12)。

 

エ、霊媒行為や病気直しは取締りの対象

当時は心霊治療を行う者は絶えず取締りの対象とされていた。このように霊媒行為(→三田光一の事例)や民間療法の病気治し(→長南年恵や浜口熊獄の事例)については、迷信の名のもとに取締りの対象とされてきた長い歴史が日本にはあった。

当時は「心霊治療」と言っても、治療師の“生体エネルギー(→霊体エネルギー、肉体磁気エネルギー)”使った治療(→直接・遠隔・除霊等)であった。これは浜口熊獄や三田光一の事例からも窺える。なかには治療師の霊性レベルによっては、本人は意識していなくとも霊界の「霊医」が働いたケースがあったことは否定できない(→長南年恵のケース?)。

しかし1930年以前は霊的実在を証明するための手段として、霊界側が「組織的にスピリット・ヒーリング(sprit healing)を用いた」とは考えにくい(→本講座、第1講の「7.霊的実在の証明手段の変更」令和42月号『心霊研究』15頁以下参照)。このようなケースがあったとすれば、治療師と「霊医」との間で親和性の法則が働いた結果による場合か、両者に何らかの個人的な繋がりがあって「スピリット・ヒーリング(sprit healing)」が行われたものと思われる。

 

④.明治後期から昭和初期にかけて

ア、警察処罰令による取締り

明治30年後半ごろから催眠術が大流行し、「催眠術で治療行為を行う者」が現われてトラブルが続出したため、政府は明治41年(1908年)9月に「警察犯処罰令」(注13)を公布して同年10月から施行した。この中に「濫りに催眠術を施したる者」との規定を入れて、催眠術に対して取締りを強化した。

 

イ、催眠術から霊術へ

この「警察犯処罰令」の適用と、福来友吉の「千里眼事件」の余波から、治療行為に催眠術を使うことができなくなった治療師は、「催眠」という表現を止めて「霊術」に看板を書き換えて治療行為を続けていた。

当時の霊術家は精神療法・心理療法・催眠療法・気合療法家等の肩書きを用いて「感応術・読心術・テレパシー」等を使った精神療法や、「祈祷・加持・予言・降神」などを行っていた。「警察犯処罰令」等の一連の取締り法令の施行によって、治療行為の名称が「催眠術から心霊的な表現に変更」になったに過ぎなかった。政府はその後も民間療法に対しては、監視を強化して行った(注14)。

 

ウ、霊術家の退場

大正中期から昭和初期にかけて、無数の道場、精神治療院、霊術団体などが存在していたが、これらを舞台にして盛んに行われた霊術家の治療行為(→霊術、心理療法、手技療法、健康法、電気療法、光線療法等)も昭和10年頃を境にして姿を消していった。

 

3.心霊治療の概略

①.心霊治療の目的

シルバーバーチは「健康とは身体と精神と霊の三者の関係」が調和状態にあること(1127⑫参照)。これに対して病気とは三者間の調和の欠如によって生命力(霊的エネルギー)の流れが阻害され、病的症状が出る状態と述べる(2193⑬、9171⑦~⑪参照)。

心霊治療には三つの段階がある。まず治療によって「病気も治り魂も目覚める」段階、次に「魂の目覚めはないが病気が治る」だけの段階、最後に「魂の目覚めも治病もないが、治療を施すだけ」の段階である(6181⑫~⑮参照)。

 霊的実在の証明という観点から見るならば、心霊治療によって患者の身体を癒して悩みを解消してあげても、霊的に何の感動を覚えなかったらその治療は失敗したことになる。心霊治療の目的は「眠れる魂を目覚めさせ、霊的自覚をもたらす(→霊的に何を為さなければならないかという自覚)」ことなので、「身体は治らなくても魂に何か触れるものがあれば、その治療は成功」となる。このように心霊治療の本質は魂に関わることであって、物的身体に関わることではない(1124③~⑤、9169①~③参照)。

心霊治療や各種心霊現象などの全ての霊的活動の目標は、人間は霊的存在であることを理解させることによって「生命の実相に目覚めさせること」(613⑤参照)にあるから。

なお『シルバーバーチの霊訓』を読んでいると、頻繁に「霊」という用語が出て来る。この「霊」には三種類の意味がある。まず「神の分霊」として用いる場合がある。次に「一般的な霊」として用いる場合、さらに「個別霊」として用いる場合がある。「霊」がどの意味で使われているかは文脈から判断しなければならない。

 

②.三種類の心霊治療

ア、磁気治療、心霊治療、霊的治療

 

分類

主役

A

マグネチック・ヒーリング

ヒーラー自身の肉体エネルギーを患者に与えることによって病気を治癒する

指圧、マッサージ、整体

治療師

B

サイキック・
ヒーリング

サイキック・ヒーラー。
ヒーラー自身の霊体エネルギーを患者に与えることによって病気を治癒する

気功治療、レイキ、手かざしなど

治療師

C

スピリット・
ヒーリング

霊医が宇宙に遍満している霊的エネルギー(治療エネルギー)を、地上のヒーラーを通路にして患者に流す、これによって病気を治癒する

スピリチュアル・ヒーリング

霊界の霊医

 

上記の通り心霊治療には三種類ある(1126⑬~127③参照)。まず治療家自身の物的身体が持っている豊富な生体エネルギー(生体磁気エネルギー)を、患者に注入することで病気が治る場合がある(→マッサージ、按摩、鍼灸など)。この磁気的で生理的な治療は「A、マグネチック・ヒーリング」と呼ばれるものであり、霊界との関わりは全くない物的身体レベルの治療である(644⑬~45②参照)。死後の世界を一切認めない唯物論者でも、エネルギッシュでパワーのある人の側に行くと、しばしば体調不良が軽減するという現象が存在する事から、この「マグネチック・ヒーリング」は認めている。

次に心霊的ではあっても霊的とは言えないもので、治療家自身の霊的身体が持つサイキック・エネルギーを使う「B、サイキック・ヒーリング」がある(→気功治療など)。ほとんどの遠隔治療は此処に入る(1127④~⑤参照)。唯物論者にとってこの領域は、気功を認めるか否かで見解が異なるのでグレーゾーンと言える。

そして最も程度が高い治療法で、治療家は“霊力の通路”となる「C、スピリチュアル・ヒーリング(=スピリット・ヒーリング)」がある(1127①~②参照)。死後の世界を否定する唯物論者は、この治療法は一切認めない。

 

 このように心霊治療と言っても「A、物質次元の磁気的なもの」や、エネルギーの質は「スピリチュアル・ヒーリング」より落ちるが魂への影響力が限定的な「B、治療家の霊的身体を使用した心霊的なもの」。さらにその上に「C、霊界の高い界層からのエネルギー」を使用した治療がある(最後啓示204⑦~⑨参照)。心霊治療がどの段階の霊的エネルギーを用いて行うことが出来るかは、治療家の霊性の高さによって決まる(最後啓示205⑨~⑩参照)。

 

イ、スピリチュアル・ヒーリングとは

霊界の「霊医」が関与した「スピリチュアル・ヒーリング(=スピリット・ヒーリング)」とは、“霊界の医師”が患者の病が治るべき時機が到来している時に(→未到来の場合は治病なし、一定期間が経過後に効果が出てくる場合もある)、治療家を通して治療エネルギーを患者に注ぎ込んで一瞬のうちに治してしまうものを言う(1127①~②参照)。

その際に使われる治療エネルギーは“霊医(霊界の医師)”が霊界にある化学物質に相当する霊的素材を、患者の症状に応じて“調合”して作り上げたもの。その治療エネルギーを治療家が通路となって、中間物質に転換して患者に注ぎ込む、この治療スタイルを「スピリチュアル・ヒーリング(=スピリット・ヒーリング)」と言う(9174⑪~⑬、175⑥~⑨、最後啓示189①~⑤、190⑥~⑧参照)。

 

ウ、ヒーラーの分類

心霊治療家には「主役が治療家であるサイキック・ヒーラー」と、「主役が霊医であるスピリチュアル・ヒーラー(→治療家は霊力の通路)」がいる。後者のヒーラーは、通常の方法では物質界に届かないエネルギーを治療に用いるため、霊界の医師との間で可能な限り波長の一致をはかる必要がある(→親和性の法則から)。そのため「生活態度を可能な限り理想に近づける努力」(9173⑦~⑨参照)をする必要がある。

 

エ、まとめ

◆主役は治療家

・マグネチック・ヒーリング、治療家の肉体磁気エネルギーを使用、物的身体レベル

・サイキック・ヒーリング、治療家のサイキック・エネルギーを使用、霊的身体レベル

◆主役は霊医

・スピリチュアル・ヒーリング、宇宙に遍満している霊的エネルギーの一種である治療エネルギーを使用、治療家は“通路”となる。治療家の霊性レベルに応じて“通路”を流れる治療エネルギーの質が決まる。

 

マグネチック・ヒーリングやサイキック・ヒーリングは治療家の肉体や霊的身体に具わっているエネルギーを使用する為に、多くの患者に対応すれば当然にエネルギー不足に陥り疲労困憊となる。これに対してスピリチュアル・ヒーリングの場合は、治療家はエネルギーが流れる通路になるため患者の数をこなしても疲労感を感じにくい。

 

③.心霊治療の種類

ア、遠隔治療

心霊治療には治療家と患者が相対して行う「直接治療または接触治療(contact healing)」と呼ばれるものと、相対せずに患者不在の形で、または物理的な距離をおいて行われる「遠隔治療(absent healingdistant healing)」とがある。

 直接治療や遠隔治療は「治療の申込」によって開始される(注15)。この患者側からの「申込」と治療者の「承諾」によって、治療家と患者の間に治療エネルギーが流れる磁気的な通路が出来上がる(最後啓示27⑦~⑨参照)。

治療の申込は「患者から」「患者の周辺部の人から」「治療家から」の要請によって始まる。その際に本人が自分のために遠隔治療がなされていることを知らない場合でも、また治療家が一方的に施してあげる場合でも、両者間に磁気的通路が構築されるので遠隔治療は可能である(9177③~178⑥参照)。

霊界の「霊医」から送られた治療エネルギーは、治療家の“霊的身体(→物質性の濃い霊体、つまり幽体のこと)”を通過することによって“中間物質(→半物質的治療光線:9176④参照)”に転換されて、患者との間に出来上がった磁気的通路に乗って流れていく。

 

イ、セルフヒーリング

本来の“心霊治療(スピリット・ヒーリング)”では、治療家は“治療エネルギー(霊的エネルギー)”の通路となって、このエネルギーを能動的に用いて患者の病を癒している。この“スピリット・ヒーリング”の場合には、治療家の“地上的自我である精神(現在の私)”は受け身の状態となっている。

治療家自身が病となった時は、この治療エネルギーを自分に向けることによって病を癒すことができる。自分で自分を治癒する「セルフヒーリングには精神統一と受容性」(1174③~④参照)が必要になってくる。このようにして自分で自分を治せる治療家は数多く存在する(到来231⑩~⑪参照)。

 

ウ、心霊手術

治療家はトランス状態となって、霊界の「霊医」に一時的に肉体を使用させる(→患者は意識を保っている)。「霊医」は外科手術の要領で治療を行う。この治療を「心霊手術(spirit operations)」という。心霊手術には「霊界の霊医が治療師と一体となって行う場合(→霊医は治療師の身体を完全に支配下に置いて、自分の身体と同様に自由自在に使用する)」と、「治療師の生体エネルギーを使って行う場合」とがある。両者とも直接に患者の肉体に対して物質次元での治療を施す(→腫瘍などの病変組織を取り出す)ことに変わりはない。

 人体の構造は霊的身体と物的身体(肉体)、そして両者をつなぎ留めている中間物質の接合体の三つの要素から出来上がっている。肉体に現れた異常部位は人体と同一形体をした接合体の同じ場所にも表れるので、一般にこの接合体の異常を外科手術の要領で取り除くと、肉体に表れた異常が治るという仕組みである(→フィリピンのトニーは直接“肉体の患部”を外科手術の要領で治療を施している)。

 物理的心霊現象の一つである心霊手術が1980年代のブラジルやフィリピンで行われていたのは、霊的風土が心霊手術を行うに適していたから。霊的実在の証明はその地の住民の程度(→教育水準、文化の程度、霊的なレベル)に合わせないといけないから、と言われている(9102⑦~⑬参照)。

 

エ、憑依霊の除霊

A、異常行動や病気の発症

物質界と霊的世界が接する界(中間境)の下層にいる「死の自覚がない地縛霊」や、幽界の下層にいる邪霊が、患者側(→霊的敏感者の場合)に存在する何らかの霊を引き寄せる“受け皿(→例えば薬物依存、自殺願望、強い憎しみなど)”に応じて憑依する。その憑依の結果、患者に異常行動を取らせるケースや、憑依霊が持つ病気が患者に発症するケースがある。

 

B、ウィックランド博士の事例

憑依霊の除霊治療では、アメリカの精神科医カール・ウィックランド博士による治療がよく知られている(近藤千雄訳、ウィックランド著『迷える霊との対話』ハート出版1993年。抄訳として田中武訳『医師の心霊研究30年』出版科学総合研究所1983年参照)。

 ウィックランド博士は患者が行う異常行動の原因は憑依霊にあるとして、患者に一種の電気ショックを与えて憑依霊を引き離す。そして患者から離れた憑依霊を、背後霊団のマーシーバンドが取り押さえて霊媒(ウィックランド夫人)にかからせる。霊媒に乗り移った憑依霊は、霊媒の口を使って博士と対話を行う。その対話の過程で憑依霊に死の自覚が芽生えて来て、マーシーバンドに伴われて患者から離れていく。このような方法で患者の異常行動や病の原因となっている霊を取り除いて治療を行った。ウィックランド博士が行った除霊治療は一種の“招霊実験の医学版”である。

 地縛霊は、霊的無知、誤った宗教的信仰、唯物的固定観念などが原因で「死の自覚」が持てず、霊的な波長に反応しないため周りにいる救済霊の姿が見えない(→肉体が無いにもかかわらず有ると思い込み、長年の習慣から肉眼で見ようとするため)。ウィックランド博士の霊媒はマーシーバンドという高級霊団によって保護されているので、地縛霊や邪霊を憑依させても害はない(→この除霊は霊界の霊団によるスピリット・ヒーリングのケース)。

 

C、除霊治療

一般的に行われている除霊治療には、形式や儀式偏重の傾向が見受けられる。この傾向につきシルバーバーチはキリスト教で行う悪魔払いの儀式を例に取り上げて、「ただの儀式として行うのであれば何の効果もない」「儀式は物的表現形式にすぎず、その反応はせいぜい精神の次元止まり、霊にまで及ぶことは滅多にない」(最後啓示92①~④参照)と述べる。

 

4.心霊治療の周辺部

ア、信仰治療

信仰治療は信仰の効用を利用して間接的に疾病を治療する療法で、「患者に対する治療行為が同時に信仰儀礼の一部」となっている点に特徴がある。M.エディ夫人(18211910米国)によってアメリカで創設されたキリスト教の一派、クリスチャン・サイエンスの信仰治療は良く知られている。

心霊治療(→スピリット・ヒーリングの場合)の治療主体は霊界にいる「霊医」。治療家は「霊医」と患者との間の通路となって、霊的エネルギーの変換器の役割を果たす。

これに対して信仰治療の場合は神や仏が治療を行うとされるので、病気を治すためには患者に強い信心が必要となる。そのため「病人に対してなされた祈りに効果がなく死が訪れたのは、まわりの者たちの信仰が充分でなかったためである」とされる。なぜなら「充分な信仰さえあれば神は彼らの祈りに応えてくれる」と教えられてきたから。

 イギリスの著名な心霊治療家ハリー・エドワーズ(1893年→1976年)は、患者が信仰を有していなくてもよい事例として「霊的治療が信仰治療ではないという証拠は、信仰を持つには若すぎる赤ん坊や子供が癒されるという事実によっても簡単に示される」。また本人が知らなくても「第三者からの依頼によって遠隔治療を受けるといった患者も存在する」をあげている(ハリー・エドワーズ著『霊的治療の解明』1984年、162頁~170頁参照)。

 

イ、暗示効果

精神状態を正すことで病を治す治療法として「偽薬(主薬を配合しない薬)」を使った治療がある。薬自体に何の作用がなくても患者は薬効があると信じて飲むと何らかの効果が生まれる(プラシーボ効果)。他に暗示法やイメージ法などがあるが心霊治療とは異なる。

19526月にハリー・エドワーズが盲人の目に心霊治療を施したら右目の視力が回復した。このケースに対して、英国医師会は「治癒は暗示に過ぎない」と述べた。この暗示に過ぎないという医学的説明に対して、エドワーズは「(英国医師会は)50年もの間の全盲状態の後、ただ見えますという暗示だけで視力が回復したとまじめに主張した」「(暗示だけで視力が回復するのならば)いったいなぜ、眼科医はもっと早くそれをしなかったのか、なぜ50年もほっておいたのか」と批判した(梅原隆雅訳『霊的治療の解明』168頁~170頁参照)。

 

ウ、補完・代替医療

伝統医学として、東洋医学(漢方)、気の医学(気功)、アーユルヴェーダ(→インドの伝統医学で心や体、行動、環境等の全体の調和が健康にとって重要とする治療)、ユナニ医学(→アラブ・イスラム圏の伝統医学で薬草や食事療法を中心とした治療法)などがある。また民間療法として、腹式呼吸法、カイロプラクティック、レイキ、ハーブ療法、食餌療法など数多くあり、いわば百花繚乱状態とも言える(→なかには迷信もあるので注意)。

 

5.心霊治療の背景

①.心霊治療のメカニズム

ア、「霊医」→「治療家」

治療エネルギー(→宇宙に遍満している霊的エネルギー:11213⑭参照)とは「賦活性をもった生命力の一種」(5127⑧参照)のこと。霊界の「霊医」は患者のオーラを診断して、「化学物質に相当する霊的素材」を一人一人の症状に合わせて“調合”し、治療エネルギーを作る(9174⑪、175⑥~⑨、最後啓示189②~⑤参照)。いわばスピリチュアル・ヒーリングはオーダーメイドの治療であり、準備は実際の治療行為の前に終了している。

それを霊的波長にも物的波長にも感応する治療家の霊的身体に、治療エネルギーの波長を落として潜在エネルギーの形で送る。治療家は送られてきた治療エネルギーを自身の霊的身体で「半物質的な治療エネルギーに転換」(最後啓示190⑥~⑧参照)する。

 

イ、「治療家」→「患者」

病を持つ患者は当然波長が低くなっている。そのため霊界からの高い波長を持った治療エネルギーを注ぐには、治療家の霊的身体を使って患者に合った程度まで波長を下げる必要がある(626⑥~⑪参照)。

治療家の霊的身体が持つサイキック・エネルギーと結合して中間物質に変換した治療エネルギーは、患者の霊と精神と肉体の三者が合一する場(639⑤~⑥参照)である松果体ないしは太陽神経叢を通って(640⑩参照)、患者の体内に流れ込んで全身に行き渡る。その時に患者は「電気的な温もりを感じる」(640⑪参照)。そのエネルギーが患者の「魂にカツを入れて居眠りの状態から目を覚まさせる」(9172⑫~⑬参照)。その結果、患者自身の肉体に具わっている自然治癒力が機能を発揮して健康状態を取り戻すことになる(9172⑭参照)。

 

ウ、テレパシーの使用

治療家と患者が対面していない場合(遠隔治療:absent healingdistant healing)は、患者側の“治療の申し込み”という思念が治療家のもとに届けられる。治療家が申し込みを受託した時点で、両者間にテレパシーによる“懸け橋”ができあがる。その“懸け橋”に乗って中間物質に転換された治療エネルギーは、患者の松果体ないしは太陽神経叢に送り届けられて、そこから全身に行き渡る(最後啓示191②~192⑦参照)。

 

②.治療エネルギー

ア、霊的・治療エネルギー

治療エネルギーとは「生命力の一部」であり「霊的エネルギーの一つ」(1128⑦、2108③~⑤参照)でもある。そのエネルギーが通路である治療家の霊的身体を通過して、患者の霊的身体に届けるのが心霊治療である(最後啓示69⑤~⑥参照)。

霊界の「霊医」は日頃から、治療家を通してどの程度の治療エネルギーが患者に送れるか、エネルギーの効果的な組み合わせはどれか等の研究を行っている(1130⑪~⑬、11149⑨~⑪参照)。なぜなら治療エネルギーは治療家の霊性によって制約を受けるから。ここから心霊治療家は流入する治療エネルギーの質量を高めるために、日常生活において霊性向上の努力が求められることになる(最後啓示70⑪~⑫参照)。

このような形で「霊医→治療家(通路、変圧器)→患者」と流れてきた治療エネルギーは、患者側に存在する「霊的無知、誤った生き方、誤った考え、高慢、自惚れ、嫉妬心、失望」(1134⑨~⑫参照)によって流入が拒まれてしまうことがある(→しばしば治療家は患者に治療エネルギーが入って行かず、跳ね返されると述べる)。

 

イ、治療効果

霊界の「霊医」から治療家がどの程度の治療エネルギーを受け取れるか、また患者が治療家からどの程度の治療エネルギーを受け取れるかは、さまざまな条件の下で治療が行われるので、やってみないとわからない。その時々の治療家の健康状態や、患者の霊的・精神的・身体的条件が、その患者に注入される霊力の質と量を決めることになるから(福音119⑩~120⑧参照)。

 心霊治療によって患者の病気が回復するということは、その背後に何らかの法則が存在しているということであり、さらに患者の魂がその法則を受け入れる時期に来ていることを意味する(247⑭~48②参照)。このような形で「本当の霊的治療が効を奏した時は、病はけっしてぶり返さない」(991⑫参照)。

なお心霊治療の目的は霊を目覚めさせることにあり、寿命を長引かせることではない。そのため寿命が来ている患者の場合には、治療によって魂が首尾よく肉体から離れるのを助けることになり、結果的に患者が死亡する場合も有り得る(最後啓示202⑧~⑩、9巻74⑪~⑬参照)。

 

6.個別問題

①.心霊治療家の問題

ア、治療家と霊界の関係

霊界側の協力を得るための最初の一歩は、地上人が行動で示さなければならない。まず真摯で献身的な治療家が正しい霊的法則に則って治療に当たっていることが必要である。この時の治療家は「サイキック・ヒーラー」に分類される。

この治療家の熱誠と霊性に、霊界の「霊医」が親和性から引き寄せられる(1172⑨~⑪参照)。そして治療家と「霊医」との協調関係が徐々に高まっていく。同時にその治療家のもとに、霊力を受け入れるだけの用意ができた患者が引き寄せられてくる(→患者本人による自発的な意思の発現という形をとって、霊界主導で治療家の下に連れてこられる)。

 

イ、治療家の霊性と治療エネルギーの関係

宇宙に無限に存在する“霊的エネルギー(治療エネルギー)”をどれだけ受け入れることが出来るかは、ひとえに治療家自身の霊的進化にかかっている。治療家の霊性が向上すればそれだけ受容性が高まるので、それに見合った良質の治療エネルギーが流入してくる(9103⑪~104⑧、最後啓示69⑨~70⑬参照)。そのためには「霊医」との調和状態を高めるために、治療家は可能な限り“理想に近づけた日常生活”を送る必要が出てくる。

このことから治療家に課せられた責務は、ひたすら自身の霊性を高めて良質の“治療エネルギーの受容能力”を増すことに尽きる。シルバーバーチは「現段階の地上界では、大霊の最高の治癒エネルギーは使用できません。治療家が霊的に向上するにつれて、より高いレベルのエネルギーが使用できる」(語る114⑨~⑪参照)と述べている。

 治療家の霊性を高めるということは、イラストで示した“本来の私という意識(=自我の本体、霊の心、魂)”に潜在している“神の分霊”を、“本来の私という意識”の領域により多く顕在化して行くこと(イラスト右)。顕在化率が高まれば治療家を流れる治療エネルギーの質が高まる。

 

ウ、受容力以上の霊的エネルギーが流れた場合

治療家の受容力が発達して、より高い運動速度・威力を持ったエネルギーに耐えられるようになると治療エネルギーは強度を増す(11149⑬~⑮参照)。流入する霊的エネルギーの分量に制限を加えているのは治療家の霊的発達レベルであり、それがどれだけの霊力を受け入れることが出来るかを決定づけるから(9171②~③参照)。なお強すぎる霊的エネルギーは治療家の霊的身体を通過する際に障害を引き起こす(11149⑬参照)。

 モーゼスの『霊訓』には「前節の通信(戦死者や死刑制度を霊的観点から見た場合の誤り)が書かれた時の勢いはこれまでになく激しいものだった・・・書き綴っている時は手がヒリヒリし、腕ががくがくして、強烈なエネルギーが身体を流れるのを感じた。書き終わった時はぐったりとして横になるほど疲れ果て、頭の奥に激しい痛みを覚えた。そこで翌日さっそくその頭痛の原因を尋ねた」。このモーゼスの問いかけにインペレーターは「あの時の頭痛はエネルギーの強さと、それをそなたより引き出す時の速さが度を越したからである」(霊訓上46②~⑩参照)との記載がある。

 治療家の治療行為が、上記のような高い“霊的エネルギーの通過”に伴う症状に妨げられることなく行うことができれば、治療に一層の効果をもたらすことになる(→治療家の霊性が向上することによって、通路を流れる治療エネルギーの質が向上するから)。そのためには「霊医」から流れてくるより高い強烈な威力を持った治療エネルギーに、自らの霊的身体が耐えられるように治療家の霊性レベルを向上させる必要がある。そのためには自己犠牲を伴った利他的行為を行って、潜在している“神の分霊”を“本来の私という意識”の領域により多く顕在化させて、自らの霊的な受容力を増すことが求められてくる。

 

エ、治療家の仕事

A、治療家の営業活動

霊界とパイプのできた心霊治療家のもとには、いわば霊界側が“営業マン”となって患者を連れてくる。そのため治療家みずから患者を求め歩いて「病気を治してほしい人はいませんか」とか、「私は治療家です。どなたか治してほしい方はいませんか」などと(10142⑪~143②、1164⑩~⑫参照)、日常的に触れ回って“営業活動”をする必要はない。なぜなら霊界側が選んだ患者が、みずからの意志で治療家のもとを訪れるから。

なお治療家のもとを訪れた患者に対しては分け隔てなく心霊治療を施すが、施した後のことは患者自身の責任に帰する(1165⑪~66②参照)。治療家の責任の範囲は訪れた患者に対して治療を施すまでであり、患者が「仮に治療のあと間違った生活をしてさらに厄介なことになっても、それは患者自身の責任」(1167②~③参照)だから。

 

B、霊視能力や病気の診断能力

治療家の仕事に際して患者の“オーラが見える、見えない”は治療そのものとは何の関係もない。また病気の原因が診断できるか否かも関係ない(9179⑦~⑫、最後啓示194⑫~195⑤参照)。これに対して主役が治療家である“サイキック・ヒーラー”の場合は、これらの能力は治療家の仕事に何らかの形で役に立つかもしれない(→医師法違反にならない範囲で)。しかし主役が「霊医」である“スピリチュアル・ヒーラー”の場合は関係ない。むしろ親和性を高めて「霊医」が扱いやすい状態になることが大切である(9179⑧~⑨参照)。

 

C、治癒率について

数多い治療家の中には治癒率を誇る者もいる。心霊治療の目的やカルマの存在から考えてみれば、治療家が患者の病をどれだけ治癒させたか、という“治癒の成果”を誇ることは全く無意味なことである。

治癒率を誇る治療家には、心霊治療の主役は「霊医」であり“治療家は霊力の通路に過ぎない”という本質が抜け落ちていること。さらにカルマが絡んだ病気の場合には、カルマが解消する時期が到来(→霊的負債の完済時期)していなければ、治療家がいくら熱意を込めて治療しても患者の肉体に現れた病は癒えないということの理解がない。なぜなら心霊治療は“因果律の法則の枠内”で行われる行為であるから。治療家の行為は“実態(→患者が治る時期にあること)”と“外形(→実体が無いにもかかわらず患者にいまだ病が存在すること)”の不一致を解消することであって、奇跡を起こしているのではない。

 

オ、治療家の生き方の問題

治療家の患者を思いやる人間性は、自らの苦しみの体験から生まれてくる。治療家や霊能者の人生には共通したパターンがある。「必ず人生のどん底を味わい、もはや物質の世界には頼りにすべきものがないと諦めた土壇場で霊的真理との出会いがある」。このような絶体絶命の体験を味わうことによって霊的意識が芽生え、霊界との間にリンクができるから(1163⑭~⑮、121③~⑥、最後啓示34①~⑧参照)。人生のどん底を体験した治療家や霊能者は、現在どん底にある者の気持ちが良く分かる。相談者としての共感能力が高まるから。

 

カ、治療家は変圧器・コンデンサー

治療家は治療エネルギーが流れる通路であり、高い霊的波長を物的波長に変換するコンデンサーのような存在である(624⑤参照)。その治療エネルギーが治療家を通って患者に流入して乱れてしまった調和を取り戻すことになる。

 

キ、スピリチュアル・ヒーラーへの道

A、治療家は通路意識に徹する

治療家は霊的な受容性を高めて治療霊団との一体化を深めるためにも、個人的な感情を極力控えて無垢な状態を維持した“通路意識”に徹する必要がある(最後啓示71②~③参照)。ここから治療家は“通路としての高い品質を保つ(→霊性を高める)”ためにも、当然に日常生活のあらゆる面で自己コントロール(→自己修養)に徹する必要性が出てくる。シルバーバーチは「少しでも多くの霊力が流入するようにとの祈り以外のものがあってはなりません。あくまでも道具なのですから、自分勝手な考えを差し挟むことは許されません。霊力の流れの通路であること、それが治療家の仕事です」(最後啓示71③~⑥参照)と述べている。

 

B、「霊医」が使いやすい状態をキープする

治療家は「霊医」が使いやすいような状態を常に維持すること、霊力の通路であるという意識に徹すること、“道具”として完全になることを心がけること、このようなことが努力目標として求められる。日常生活の中で努力する、そのことが霊力の流れを豊かにする(9179⑧~⑪参照)。治療家の霊性が下がれば、「霊医」との波長が合わなくなるので質の良い高い治療エネルギーを受け取れなくなるから。

 治療家のもとにやってくる患者は病を抱えているため波長が低くなっている。このような患者と日夜接していると治療家自身の波長も患者に引きずられて低くなってしまうので、祈りや瞑想の時間を意識的にもって霊性レベルの向上に努める必要が出てくる(→何もせず感謝されていると落ちていくから、日々のメンテナンスが必要となってくる)。

上記のように治療家は「生活態度を可能な限り理想に近づける努力をしなければならない」(9173⑧~⑨参照)ので、スピリチュアル・ヒーラーへの道は厳しい。世の中には“自称スピリチュアル・ヒーラー”は多いが本物は少ない。

 

②.患者側の問題

ア、治療家と患者の関係

A、患者側の協力

患者は複数の治療家から遠隔治療を受けても問題ない(645⑩~⑬参照)。また患者が精神を統一して遠隔治療に協力することは、両者の波長の調整にプラスになるので治療効果が増す(7182⑧~⑬参照)。遠隔治療を行う際に時間を指定して行っても良い。しかし治療家の能力が一段と発達すれば、治療霊団との連絡がしっかりと出来上がるのでそれも不要となる(999⑬~100④参照)。

 

B、患者のうろたえの感情

心霊治療の最大の障害物は、患者の不安と取り越し苦労、そして“うろたえの感情”である。なぜならその不安や“うろたえの感情”が、治療エネルギーが通過する連絡通路を塞いでしまうから。霊力が一番よく働くのは受け身的で穏やかな雰囲気の時である(5128①~⑩、645④~⑨参照)。

 

C、病気治癒には条件がある

病気が治るためにはそれだけの霊的な資格がなければならないので、治らない場合は治るための霊的資格ができていないからと言える(9185⑤、186③~④、到来177⑫~⑬参照)。なぜなら患者には病気がきっかけとなって従来の生活を反省して、本来の生き方を学ぶ機会が与えられたのだから(1166④~⑤参照)、いわば病気は「魂の磨き粉」の役割を担っているから(→“本来の私という意識”に内在している“神の分霊”を、病という磨き粉を使って発現させているようなもの)。

治療家は患者側に存在する「治る時期の未到来」の問題や、病は「魂の磨き粉」という表現は、患者の精神状態を見ながらオブラートに包んだ表現で言うべきであろう。ストレートに言うと傷つけてしまうことになる。これは霊能者にも同じことが言える。低級霊の変化霊や想念霊の問題もあるので、安易に霊視したことをそのまま伝えると誤解を与えることになりかねない場合もある。

 患者の霊的成長段階によって、その人に注がれる治癒力の分量が決まるので(福音131⑮~⑯参照)、患者の魂に治療エネルギーを吸収する受け入れ態勢が出来ていない時は何の効果もない(到来151⑪~⑫参照)。治療家の責任は患者に治療を施すことであり、治療を施した後のことは患者自身の責任に帰すべき問題となる(1166①参照)。

 

イ、カルマと治る時期の問題

A、受け入れる段階にあるか否か

患者の中には“カルマ(霊的負債)”によって病が発症している場合がある。その肉体的苦痛が患者の霊的成長にとって不可欠の要素(→病が魂の磨き粉として必須)となっている場合で、目標とする成長レベルにいまだ達していなければ、いくら治療エネルギーを注いでも、いかなる治療家によっても治すことはできない。なぜなら患者の魂に治療エネルギーを受け入れる為の準備が整っていないから(1135⑧~⑩、619⑫~⑭参照)。

病とカルマとの関係から言えば、患者は“病という体験”を通して前世での霊的負債を返済しているので、完済しない限り治癒はあり得ない(1170⑪~⑮参照)。

 

B、「外形」を「実態」に合わせる

例えば銀行から借金してマイホームを購入した場合、銀行は物件に抵当権を設定する。20年後に住宅ローンの返済が完了したとする。この段階に至って初めて借金は完済、つまりカルマが解消したので肉体に存在している病気は“治る時期が到来”したことになる。しかし借金を完済しても、登記簿上にはいまだ銀行の抵当権が付いたまま残っている。この抵当権を抹消して始めて「自宅は完全に自分のものだ」と主張できる。

いわば心霊治療家はこの「実態(→借金は完済した、原因は消滅した)」と「外形(→いまだ銀行の抵当権が付いている、病気は残っている)」の不一致状態を正しているに過ぎない。いわば治療家は法務局に「抵当権抹消登記申請」をして、実態にそぐわない外形を正す行為を行っているようなもの。毎月の借金の返済(→カルマの解消の為に行う諸々の行為)はあくまでも“債務者である患者自身”が地道に行わなければならない。

 

C、病は魂の磨き粉

病と霊的エネルギーとの関係から言えば、魂がその反応を示す段階まで発達していなければ肉体への反応も起こり得ない。心霊治療が功を奏するためには、霊的エネルギーを受け入れるだけの態勢が、患者の魂に出来ていることが絶対条件となる。魂に受け入れ態勢が整うまでは往々にして“悲しみや病気がお伴をする”ことになる(→患者に伝える場合は慎重に)。なぜなら戦争ばかりしている地球人の極めて低い霊性レベルから見れば、病気は霊性の向上のための「魂の磨き粉(→磨き粉の粒子は粗い)」という位置づけになっているから。

心霊治療は最初に魂が癒され、その結果肉体が癒されるのが順序(622⑤~⑩参照)。治療家は「治るべき条件の整った人を治しているだけ」(到来152⑦参照)とも言える。

 

7.講座に寄せられた質問

①.質問その1

<質問>「シルバーバーチによると“神とは摂理のこと”ですが、第4講で取り上げた親和性の法則の他にどのようなものがありますか。一通り列挙して頂けると有難いです」

<回答>

ア、神は摂理として表れる

神は私たちの前には摂理(法則)として表れる。図式的に言えば「神→神の摂理⇔万物」となる。シルバーバーチは「神とは宇宙の自然法則です・・・神は全生命に宿っています。全存在の内部に宿っています。全法則に宿っています」(5巻140⑦~⑪参照)と述べる。

 

イ、基本的な霊的法則と派生的な法則

1「神」は創造者、万物は神の作品

スピリチュアリズムでは「神」を「一切の創造主」(1巻196⑤参照)として、宇宙はその「神」によって創られた作品であると説明している(→全宇宙が神の創造物であり、その隅々まで神の霊が浸透している、語る356⑤~⑥参照)。ここから万物を創造した「神」と創造された存在物という関係が出来上がり、神と万物の間には厳然とした一線が引かれていることが分かる。

 霊界は“神の分霊”の顕在化の程度に応じてヒエラルキーの世界になっている。万物に内在している神そのものは完全だが、その神が完全な形で顕現しているわけではなく、無限の時間をかけて不純物を取り除いて顕現の度合いを高めていく(6114⑧~⑫参照)。その“神の分霊”の顕現の割合に応じた序列が厳然と存在する世界である。

 

2因果律(基本的な法則)

宇宙の最も基本的な法則の一つに「因果律」がある。これはすべての現象は何らかの原因があって発生するという「原因と結果の法則」のこと。この「原因と結果の法則」には「カルマの法則」や、原因があっても条件(縁)によってその表れ方(結果)が法則の範囲内で異なって生じるという「因縁果の法則」がある(→同じタネをまいても水や光の当て具合によっては収穫量に差が出る、水や光が条件・縁となるから)。また社会現象は一見すると複雑に見えるが、個々の単純に働く因果律が複合的に作用した結果に過ぎない。

 

3愛の法則(基本的な法則)

愛は宇宙の原動力であり、霊的宇宙と物的宇宙の全ての根源となっている。シルバーバーチは「愛が全ての根源です。人間的愛はそのほんのささやかな表現に過ぎませんが、愛こそ神の摂理の遂行者です」(1巻60⑭~61①参照)と述べている。

この「愛の法則」から派生したものに「親和性の法則」がある。“霊と霊”さらには“霊と地上人”どうしが親和性によって引かれ合うという関係(→霊界では同一霊格で親和性ある霊が霊的家族・類魂を作る)、この親和性のベースには愛がある。憑依現象は親和性がマイナスとなって表れたもの(→愛が自己中心的に働いた結果、憑依となって表れた)。

さらに「愛の法則」の根幹部分には「利他性の法則」がある。自己中心的な愛は自分を萎縮させるのに対して、利他的行為は宇宙に遍満している霊的エネルギーを私が通路となって他者に流す“自分を拡大して行く行為”である。

 

4霊的成長(基本的な法則)

万物は霊的成長の道を歩むという法則がある。私たちは地上世界で困難・苦難を“魂の磨き粉”にして、日々霊性向上の道を歩んでいる。

霊的成長の仕組みとしての「再生の原理」がある。私たちは「再生の原理」を使って霊的成長をして「地球圏霊界」を卒業して行く。そして地上に再生する必要がない「宇宙圏霊界(→太陽系霊界、さらに天の川銀河圏霊界など)へと旅立ってゆく。

個別霊たる人間は動物と異なり、個々人は霊的摂理という川の流れに沿って生きるのか、それとも逆らって生きるか、その選択を行う自由意志を持っている。人間はこの自由意志を行使して霊的成長をして行く(→自由意志の法則)。さらに霊的成長は自分自身の力で獲得する自己責任が原則となっている(→自己責任の法則)。

霊的成長の法則の一つに自分自身が犯した罪は自分の行為を通して償うという「償いの法則」がある(630⑨参照)。この法則は光を見出すのは闇の中、低く下がれるだけ高く上がれるという形でも表れる(11153⑩~⑪参照)。

 人間が意識するかしないかに関わらず、すべての現象には「埋め合わせの法則(1巻38⑩~⑫、42⑬~⑭参照)」が働いてバランスが保たれている(→例えば目が見えない人の場合は勘が鋭くなるなど、障害を持った肉体に宿った場合には必ず埋め合わせがある)。人間にも、動物にも、その他の生物にも「埋め合わせの法則」が働いて霊的成長をして行く。

 人間には男性と女性の性別がある。二つの性で互いに足らざるところを補い合って全体を完成させるという原理があり、この「補完の法則」は日常生活の隅々に行き渡っている(→理性で回答のでないところは直感で補うなど)。これもまた霊的成長の為にある。

 物質の世界で生きる私たちは“霊優位”で生きるのか、肉体煩悩の赴くまま“モノ優位”で生きるのかの選択を絶えず迫られている。これも霊的成長の法則の一つである。

 

②.質問その2

<質問>「霊訓を読んでいると“地縛霊、邪霊、低級霊”という言葉が良く出てきますが、その違いがよく分かりません」「先生は明確に区別して説明をしておりますが、その区別する利点は何でしょうか」

<回答>

ア、高級霊の見解

『シルバーバーチの霊訓』では「地縛霊=邪霊」として用いている箇所としては「そういう人たちは(=復讐心に燃えている霊のこと)みな地縛霊になっている」(10194④参照)がある。また「地縛霊」本来の使い方をしている箇所としては「自分の肉体がなくなったことに気づかない、霊的には死者同然の霊」(895③参照)や「最後の審判日を待ちわびながら死体の埋葬地で暮らしている霊」(メッセージ70④~⑬、546⑨~48③参照)などがある。

 モーゼスの『霊訓』では「地縛霊は地上時代の肉体的欲望と性向を残している。それを直接感識する器官はすでにないが、欲求だけは消えない」(霊訓上49⑥~⑦参照)、「地縛霊が酒色に耽る人間を虜にして今一度地上的快楽を味わう」(霊訓上49⑯参照)、「かつて宿っていた肉体の欲情による地縛的状態から抜け切れずにいる霊」(続霊訓119⑬参照)などの記載がある。高級霊は「地縛霊」「低級霊」「邪霊」の区別があいまいである。

 

イ、「霊的自覚」がポイント

『シルバーバーチの霊訓』やモーゼスの『霊訓』で使われている「地縛霊」とは、物質臭が強く霊的状態が地上的波動に合致している霊のことで、「低級霊」や「邪霊」までも含んでいる。これらは地上にも霊界にも適応できない霊のことである(8168⑧~⑨、福音238⑥~⑧参照)。

このように高級霊は押し並べて「地縛霊」「邪霊」「低級霊」の区別が曖昧である。なぜなら高級霊から見れば「霊的自覚G」を持たない霊は、「地縛霊」も「低級霊」も「邪霊」も押し並べて物質臭が強く「霊界の悲劇(→地上の落伍者、備えなき者、未熟者が次から次へと霊界に送り込まれて来ること)」(724⑥~⑦参照)の対象となる霊であるから、どれも同じように見えるのかもしれない。

 

ウ、筆者の見解

A、旅の行程

他界者はどのような段階を経て本来の世界へ戻っていくのか。ポイントは「死の自覚(→肉体を棄てて霊の世界に来たという自覚)F」と「霊的自覚(→霊として何を為すべきかという自覚)G」である。その行程を次に示す。

、極限状態(シルバーコードで肉体と霊体は繋がっている。臨死体験、お迎え現象など)

現在地「a地上世界」

、死(シルバーコードが切断する。虫の知らせ、夢枕に立つ現象などは切断直後の現象)

 現在地「b中間境(=幽界の下層界の一部)」

C、死後の深い眠り(眠りの中で物的波長から霊的波長への切り替えが進む)

 現在地「b中間境」

D、ガイドとの出会い(出会いには他界者が穏やかな意識状態にあることが必要不可欠)

 現在地「b中間境」

E、“本来の私”が審判者(俗説の閻魔大王のこと)となって私の地上体験をチェックする

 現在地「b中間境」

F、明確な死の自覚を持つ(この自覚を有した者は中間境を抜けて幽界の下層に移行する)

現在地「c幽界の下層(Y―1またはY―2)」

G、明確な霊的自覚を持つ(この自覚を有した者は幽界の上層に移行する)

現在地「d幽界の上層」

H、さらに自覚が深まる(狭義の霊界に移行して“霊的家族たる類魂”と合流する)

 現在地「e狭義の霊界」

 

B、地縛霊、低級霊、邪霊の定義

死んで霊の世界に来た他界者の多くは、いまだに“モノに意識が向いている”ため、霊的波長よりは物的波長の中で暮らしている者である。その物的波長の中で暮らしている者の中でも、死によって肉体を棄てたにもかかわらず本人は死を自覚せずに、いまだに肉体があると信じており、意識が地上世界に向いている者。つまり「意識の切り替えが長引いて完了していない他界者」のことを「地縛霊」と呼ぶ(→意識が地上に縛られている霊だから、成仏できない霊)。

「地縛霊」とは上記のとおり「意識の切り替え」が長引いて完了せず「明確な死の自覚F」が持てない霊のこと。これに対して「低級霊」とは「明確な死の自覚F」を有するも「明確な霊的自覚G」を持たない霊のことで、幽界の下層界(Y―1、Y―2)で生活する霊のこと。さらに「邪霊」とは積極的に地上世界に悪影響を及ぼしている霊のことであり、それは「地縛霊の一部」と「低級霊の一部」からなると定義する。

 このように「地縛霊」「低級霊」「邪霊」を区別する利点は、他界者の旅の行程がよく分かり霊的理解がスムーズになること、さらに「バイブレーションの切り替え」や「供養・救済の対象」となる霊の範囲が特定できることなどである。

 

C、霊的バイブレーションへの切り替え

他界者は「死の自覚(→自分は死んで霊の世界に来たという自覚)」を持つことによって、物的バイブレーションから霊的バイブレーションへの切り替えが完了する。その後は霊体が持つ“五感”である霊的視力の完全な使用が可能となる。霊的視力は「死の自覚F」の芽生えとともに少しずつ能力が機能し始める。

 死後も「死の自覚F」が芽生えず、未だに肉体を有していると思っている他界者は、地上に脱ぎ棄ててきた肉体の目でモノを見ようとするため、しばしば何も見えず暗闇に置かれると述べる。定評ある文献には「死後にも生命があることを知らずに肉体から離れた人は、暗闇に置かれるのです。無知が生み出す暗闇です」と諭している場面がある(ウィックランド著『迷える霊との対話』ハート出版1993年、513⑫~⑬参照)。

 

D、病気の状態を持ち越す他界者

他界者は「死の自覚F」を持つことによって、“意識の焦点”が肉体から霊的身体に切り替わる。その結果、脱ぎ棄てた肉体に存在した病気、その病気の苦しみから解放される。このことに関してシルバーバーチは、地上時代に味わった「物的身体がもたらしていた一切の痛みと苦労と障害から解放される」(748⑬~⑭参照)、「肉体の病に苦しむことがない」(788⑬参照)と述べる。現実に他界者が「死の自覚F」を持つことにより、他界者の意識が“病を持った肉体”から離れると同時に病からも解放されたという話がある。病は肉体にあって霊的身体にはないから(ウィックランド著『迷える霊との対話』ハート出版、399頁~415頁参照)。

 

E、地上側の「供養・救済の対象」となる霊、その1

シルバーバーチは「死の自覚F」が持てずに霊的調整が長引いて中間境に留まる他界者(=地縛霊)について、「死んだことを認めようとしない人も同じです。自らその事実を認めない限り、私たちにもどうしようもない」(5巻46⑭~47①参照)と述べる。死んだことを認めようとしない他界者は、いまだ意識の切り替えが完了していないので、霊的身体に具わっている霊的な“感覚器官”を使用することはできない。自力で霊的視力を使えるまでに至っていないので、救済霊の姿が見えず他界者側からの接触は難しい。

しかし地上から送る縁者の念は、両者の間に存在する愛に基づく“磁気回路”を通って「死の自覚」がない他界者(=地縛霊)に届き易い。この特性を生かして地縛霊に対しては、地上側からの救済活動が主となってくる。

これに対して「死の自覚F」を持った幽界の下層界にいる「低級霊Y―1、Y―2」の場合は、霊的レベル相応の“霊的な感覚器官”の使用が可能となっているので、救済霊は「低級霊」との接触がし易い。ここから「供養・救済の対象」は原則として中間境にいる「地縛霊」のみであって、幽界の下層界にいる「低級霊」は霊界の救済霊の管轄となる。但し例外として幽界の下層界で「霊的牢獄」にいる霊や極めて物質指向の強い霊のケースが問題となる。

 

F、地上側の「供養・救済の対象」となる霊、その2

 幽界の下層にいる「低級霊」の中でも、地上時代の思想や宗教の教義と言った固着観念に縛られて「霊的牢獄」に閉じ込められている霊や、極めて物質指向の強い「低級霊」の場合には救済霊が行う救済効果が今一つ上がらないことが多い。

これらの霊は意識の指向性が“地上的なモノ”に強く向いている点から、地上側からの念が届きやすいという特徴がある(2巻45⑧~⑩参照)。このような「霊的牢獄」に閉じ込められている霊や、物質に対する指向性が極めて強い「低級霊」の場合には、霊界側と地上側の双方からの「救済活動(→救済とは“地上的なモノ”に縛られた意識からの解放、“霊的牢獄”からの解放のこと)」が行われている。霊界側の救済霊と共に地上の縁者からの“救済の為の念”も大きな助けとなる。

 

③.質問その3

<質問>「霊能者〇〇〇〇さんについて質問させてください。瞑想の世界で有名な方です。その方は組織運営が得意で、荒稼ぎをしているという批判を耳にします。しかし病気直しについては評判が良いようです。病が改善されたという体験談が後を絶たない様子です」。また「サマディとはどのような現象なのでしょうか」(個人を特定する箇所は省略した)

<回答>

ア、霊能者と金銭の問題

 霊能者が金銭的になり過ぎて荒稼ぎをし出すようになると、それまでの人助けをしようとする高尚な意識状態から離れて行き、日頃の関心が“より効率的にお金を稼ぐ”ことに向く。霊能者の意識の“指向性がモノ”に向かう結果、霊的波長が下がってしまう。波長が下がることによってそれまで霊能者を指導してきた高級霊は離れて行き、感応道交する霊は物質臭の強い幽界の下層にいる低級霊だけになってしまう。その為、霊能者を評価する際の指標として「霊能者と金銭」の問題は良く使われている。

 

イ、“表の顔”と“裏の顔”

 霊能者に限らず一般に人には「表の顔(→公人、よそ行きの顔)」と「裏の顔(→私人、家庭での顔)」がある。親しくならない限り人には「裏の顔」は見せないのが普通。しかし時間をかけてその人を観察して見ると、周囲から「裏の顔」の評判が漏れ伝わってくるもの。その評判は案外その人の本質をついている可能性が高い。

 多くの人は霊能者と言うと尊敬のまなざしで見たり一目置いたりする態度をとる。霊能者とは体質的に「霊的に敏感な人」と言うだけ、人とは違った特異体質を持っているに過ぎない。例えば聴音能力に“絶対音感”がある。この音感を持った人はみな人格者かと言うと相でもない。問題ある人も多い。それと同じく霊能者と言ってもピンキリである。

 

ウ、心霊治療

 本当の心霊治療の場合、シルバーバーチも述べているように「本当の霊的治療(=スピリット・ヒーリング)が効を奏した時は、病は決してぶり返さない」(991⑫参照)もの。心霊治療によって症状が良くなった、病が回復したと言っても多くの場合、数年後にぶり返しているのが現実。その為ほとんどの心霊治療家は、実態は“サイキック・ヒーリング”レベルだと思われる。

質問者の霊能者〇〇〇〇氏の場合、心霊治療を受けた患者の追跡調査をすれば、その点は明らかとなる。しかし病気が治った時点で大部分つながりが切れるので難しいと思われる。

 

エ、サマディ(三昧)とは

 サマディとはヨガの用語。一番深い瞑想状態で本人の自我意識が消滅した状態を言う。

 

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<注1>

757年に公布・施行された「養老律令(ようろうりつりょう)」の「僧尼令(そうにりょう)2条」の「卜相吉凶条(ぼくそうきっきょうじょう)」では、妖言によって治安や人心を乱すことから、僧尼が吉凶を占うことが禁止された。また祈祷による医療行為も禁じられた。しかしここで禁止されたのは根拠不明の祈祷や呪術であって、仏教経典に根拠を有する祈祷等は禁止されていなかった。また「僧尼令5条」の「非寺院条」では、「妄りに罪福を説いた者」は還俗にするとの規制がある(→非公認の宗教活動を禁じた)。

 

<注2>

『古事記』の「人代篇、其の四」に仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)が琴を弾き、神功皇后(じんぐうこうごう)が憑り代となり武内宿禰大臣(たけうちのすくねのおおおみ)が審神者(沙庭)として帰神を行った旨の記載がある。

 

<注3>

医疾令(いしちりょう)の中に医学教育の内容や試験の仕方、入学資格、修業年限等が細かく規定されていた。この法令に基づいて宮内省の中に、医療・調薬を担当する部署である「典薬寮(てんやくりょう、くすりのつかさ)」が置かれた。この長官に典薬頭を置き、その下に「医博士(くすりのはかせ)、医師(くすし)、医生(いしょう)」を置いた。

 

<注4>

医療に携わる医師を官学で養成して、そこで養成された官医を諸国に配置して医療に携わらせる「医療の国有化を目指した」制度であった。しかし公的医療制度自体が小規模であったため、この恩恵にあずかれる人は限定されていた。そのため制度は「十分に機能しなかった」と言われている。

 

<注5>

幕府は「本山末寺制の導入(16319月)」や「諸宗寺院法度(しょしゅうじいんはっと、16657月)」。さらには「諸社禰宜神主法度(しょしゃねぎかんぬしはっと、16657月)」などを矢継ぎ早に定めて、宗教団体に対する監視・統制を強めた。また「公事方御定書(くじかたおさだめがき)」の「新規之神事并奇怪異説御仕置之事(しんきのしんじ あわせて きかいいせつおしおきのこと)」では、個人や小規模の宗教的行為を規制して、民衆の心を掴もうとする宗教者を権力者の監視下に置いた。

 

<注6>

政府は明治中期にかけて公的医療制度の構築のため矢継ぎ早に通達を出している。政府は医学部卒業生に「近代合理主義思想に基づいた医学教育制度構築のための主導的役割を担わせた」。このような方針に基づいて、明治末にかけて西洋近代医学に基づいた医療の免許制度が確立していった。

 

<注7>

近代合理主義思想に合致しないものは、ことごとく迷信と見なして取締まりの対象として排除した。次の一連の通達からも分かる。

・明治6年(1873年)115日に教部省通達(梓巫市子馮祈祷狐下ケ禁止ノ件、教部省第二号達)によって、「梓巫(あずさみこ)、市子(いちこ)、馮祈祷(よりきとう)、狐下(きつねさげ)等が禁止」された。依頼者の求めに応じて霊を呼び出して霊媒にかからせる行為を禁じたものである。

・明治7年(1874年)67日に教部省は「禁厭祈祷(きんえんきとう)ヲ以って医薬ヲ妨クル者取締ノ件、教部省第22号達」を出して、「まじない、護摩祈祷などによる災厄除け、病気治癒などの医療類似行為」を行うことを禁じた。

・明治15年(1882年)1月に内務省通達によって「神官の教導職兼補の廃止」が出された。これによって神官と教導職が分離され、“神道は非宗教”であるため神官は布教をしないとされた。教導職でなければ布教活動は厳禁とされたので、多くの教団指導者は「教導職の資格」を取得して一連の通達を回避していった。

・明治15年(1882年)2月に再度「禁厭祈祷をもって医薬を妨げることを禁じる」通達が出された。

・明治15年(1882年)710日に「神官や僧侶などが禁厭祈祷(きんえんきとう)により病人を治療することを禁止する」内務省通達が出された。

・明治17年(1884年)10月には、内務省は神道教派内の教会によって行われる「禁厭祈祷による医療妨害行為の禁止」を改めて出している。

 

<注8>

このような医師不足や公的医療保険制度の未整備によって、日本では昭和30年代後半まで、庶民が気軽に医療を受診できる環境にはなかった。国民健康保険制度が整備されて「国民皆保険」が達成されたのは昭和36年のこと。

 

<注9>

宗教は死後の世界(魂の行くえ)を扱うが、一般に民衆が宗教に求めるものは「病気治し」や「商売繁盛」「家庭全般の悩み事」等の現世利益である。始めから高邁な真理探求を求めて宗教の世界にやってくる人はまれであろう。宗教者の多くは民衆の心をつかむため、その手段として心霊治療(→主に生体エネルギーを使った治療のこと)や加持祈祷行為による現世利益を前面に出して、信者の獲得を目指してきた。

 

<注10

弟の長南雄吉は「当時の日本の官憲はいかにして心霊現象を撲滅し、この無邪気なる霊覚婦人を抑圧すべきかに全力を挙げたのでした。西洋の物質文明に中毒した日本の官憲は、恐らく国内に係る心霊現象の起こるのを国家の恥辱とでも考えたのでしょう。とにかく当時の長南年恵に対して執れる態度方針は無茶というか、乱暴というか」(南博編『近代庶民生活誌19 ―迷信・占い・心霊現象』三一書房219頁)と述べている。

 

<注11

不自然な点として毎回出所した直後に再び“罪”を犯して、すぐに捕まり「警察での取調→裁判→拘置所生活」を繰り返している箇所である。拘置所から出所して自由の身となった日が数日もない不自然な経緯から、「監視」という付加刑が付いているとはいえ、三田光一は警察から徹底的にマークされていたことが推測できる。

三田光一は「心霊治療師」としての一面も持っていた。その治療光景は子息の三田晴康によれば次のような状況であったという。

三田は病人からの話を聞いてから「病人の枕元に正座して精神統一に入り、約一分位経過してから覚醒、詳しく病状を説明した後、再び精神統一に入り、そのままの状態で主として右手(時には両手)を病人の各部から続いて患部と思われるところに次々と当ててゆきます」。その際の三田の表情は「勿論その間正座は少しも崩さず、また極度の差こそあれ念写の場合と同様、歯ぎしりする位力を入れ、汗をかき、約3分位して静かに覚醒致します(三田晴康著「父三田光一の思い出」、雑誌『福心会報』№1411頁以下参照)。このような治療状況から判断して三田の病気治療は「サイキック・エネルギー」や「マグネティック・エネルギー(肉体磁気エネルギー)」を使った治療法であったことが分かる。

 

<注12

浜口熊嶽が行った気合術は修験道にその起源を有し、明治以降は香具師による大道芸の技になっていたもの。その浜口熊嶽が関与した次のような興味深い裁判がある。

浜口は明治32年(1899年)10月末に「大阪府違警罪に違反」したとして逮捕拘留された。大阪区裁判所では罰金刑の有罪判決を受けたが、控訴審の大阪地裁で同年1216日に判決があり、「主文:原判決を取り消し被告熊蔵を無罪とす」として、浜口勝訴となった。この判決には「気合術実験」という実地検分があり、判決に先立って125日、裁判官の実地検分が浜口の施術所で行われた。大阪地裁の判決は、このような実地検分の状況が判決に現れたものであった。この判決を不服として検事側が上告し、明治33118日の大阪控訴院判決は「主文:本件上告は之を取り消す」として浜口の全面勝訴に終わった。

 資料には次のように記されている。明治32125日浜口の気合術による治療の実地検分が行われた。裁判官、検事、弁護士、医師等の立会いの下で、患者の抜歯やリュウマチの治療を行った。医師によって浜口が気合術を行う前に診断された15名の患者が実験台として選ばれた。浜口は患者の正面に座り、「呪文のあと九字を繰り返すこと三度」吉田徳松の上顎第3歯を、一切手を触れずに抜歯した。次にリューマチで歩行困難な前田喜一にも同様に「呪文九字のあと例のパァパァが2回繰り返され、駄目押しのパァが1回前田喜一にあびせられると、彼は自発的に立ち上がって歩きだした」。再び抜歯、いぼ取り等と実験が続いた。事前の診察をしていた医師が再度、施術後の患者の状況を診察して治病効果を確認した(井村宏次著『霊術家の饗宴』心交社88頁~94頁参照)。

さらに明治36年(1903年)930日の『神戸又新日報』には、医師法違反事件の被告である浜口は、裁判官の面前で手を触れずに抜歯を行った旨の記事が載っている。1審無罪後、検事側の控訴があり、同年1031日発行の『神戸新聞』によれば控訴審で再び裁判官による実地検分が行われた。当日の患者の中に左右の肩がリュウマチで苦しんでいる地裁の末永判事がいて、一回の施術で治ったという。その際の浜口の様子は「額より流れる汗は玉のごとく」であったとのこと(田中生著「霊術師濱口熊嶽、上」雑誌『心霊研究』195411月号、田中平助著「霊術師濱口熊嶽、下」雑誌『心霊研究』195412月号参照)。

 

<注13

この「警察犯処罰令」は徳川幕府の「御定書百箇条(公事方御定書、くじかたおさだめがき)」の「新規之神事并奇怪異説(しんきのしんじ あわせて きかいいせつ)」の禁止が時代に合った姿に変えられたものであった。この中に「濫りに催眠術を施したる者」との規定を入れて、催眠術に対して取締りを強化した。

ちなみに「警察犯処罰令」は第2条で「左の各号の一つに該当する者は30日未満の拘留又は20円未満の科料に処す」として、「17、妄りに吉凶禍福を説き又は祈祷、符呪等を為し若しくは守札類を授与して人を惑わしたる者」「18、病者に対し禁厭、祈祷、符呪等を為し又は禅符、神水等を与え医療を妨げる者」「19、濫りに催呪術を施したる者」を取締りの対象とする旨を定めている。

 

<注14

政府は明治44年(1911年)に按摩術営業取締規則、鍼術・灸術営業取締規則を制定した。昭和5年(1930年)11月には警視庁は療術行為に関する取締規則(警視庁令第43号)を公布して監視を強化した。同様な規則は他県でも公布された。

 

<注15

心霊治療は直接・遠隔を問わず治療依頼により開始する(9176⑨~177②参照)。治療の依頼がないということは本人が治療を望んでいないとも受け取れる。これは自由意志の問題とも絡んでくるため霊界側は本人が望んでいない以上は手出しができないからである。

治療依頼に関しては、ハリー・エドワーズ著『霊的治療の解明』(29⑩~30⑧参照)に次のような興味深い事例が載っている。

――ある治療師の奥さんが背骨を悪くした。その晩、夫の治療師が霊媒となって交霊会を持った。子供たちは交霊会に現れた治療霊(霊医)に向かって「なぜ治療霊は母親のことを治してくれないのかと食ってかかった」。それに対して治療霊は「私たちは頼まれていなかったのですよ」。そこで息子は「それじゃあ今からはっきりとお願いしましょう」。治療霊はそれに応えて「よろしい、やってみましょう」といった。その晩母親は背骨をいじり回されているのを感じたが翌朝全快して普段と変わらずに歩き回れたという――

 

◆日本の医療の変遷、主な参照文献

・酒井シズ著『日本の医療史』(東京書籍1982年刊)

・吉良枝郎著『日本の西洋医学の生い立ち』(築地書館2000年刊)

・小川鼑三著『医学の歴史』(中公新書1964年刊)

・山折哲雄監修『日本宗教史年表』(河出書房新社2004年刊)

・井村宏次著『霊術家の饗宴』(心交社1984年刊)

*通達の年月日については『日本の医療史』所収の「日本の医療年表」と『日本宗教史年表』を参照した

 

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『シルバーバーチの霊訓』講座、その2:目次

 

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